結論
2026年11月、東急が展開する定額宿泊サービス「ツギツギ(Tsugi Tsugi)」が旅行テックの国際アワード(TIS2026)で入賞し、ホテル業界の長年の課題である「平日・閑散期の需要創出」における成功事例として大きな注目を集めています。休日の客単価(ADR)向上だけでは解決できない平日空室のマネタイズにおいて、定額制(サブスクリプション)モデルは有効な選択肢です。一方で、休日需要とのカニバリゼーションや清掃コストの増加といったリスクも存在します。本記事では、定額宿泊モデルの収益構造、現場運用のメリット・デメリット、自施設に導入すべきかの判断基準を詳しく解説します。
定額宿泊「ツギツギ」が評価された背景と平日空室の現実
2026年11月に開催された国際観光アワード(TIS2026)において、東急の定額宿泊サービス「ツギツギ」が平日や閑散期における新たな需要を創出した点が高く評価され、入賞を果たしました(出典:トラベルボイス 2026年11月2日報道)。週末や観光シーズンに満室となる一方で、火曜日や水曜日の稼働率が著しく低下するという構造的課題を抱えるホテル業界において、このモデルは極めて画期的な試みと言えます。
観光庁が公表している「宿泊旅行統計調査」のデータを見ても、全国のホテル・旅館における平日と休日の稼働率(Occ:客室稼働率 ※注1)には依然として20〜30ポイント以上の開きが存在します。客室という商品は「今日売れなければ翌日に繰り越せない」無形アセット(在庫の非耐久性)であるため、平日の空室はそのまま機会損失となります。多くのホテルが「宿泊価格を下げてOTA(オンライン旅行会社)で集客する」手法に頼りがちですが、単なる値引き販売はブランド価値を毀損し、利益率を圧迫する要因となります。
以前『宿泊者減少なのに支出は増加?ホテルが稼ぐ「量より質」の新常識』でも触れた通り、現代のホテル経営においては単に売上高を追うのではなく、最終的に手元に残るGOP(営業粗利益 ※注2)を最大化する視点が不可欠です。ツギツギのような定額制サービスは、従来のOTA経由の割引販売とは異なる客層(リモートワーカーや多拠点生活者)を取り込むことで、価格競争に巻き込まれずに平日の稼働を底上げする手法として機能しています。
編集長、定額制で泊まれるサービスって、ホテル側からすると安く買い叩かれて利益が出にくくならないんですか?
良い質問だね。確かに安売りすればGOPを圧迫するけれど、ポイントは「売れ残るはずだった平日の空室だけを定額枠に割り振る」という在庫コントロール(レベニューマネジメント)ができているかどうかだよ。
なるほど!全室ではなく、本来空いている部屋だけを定額会員に開放して、限界利益を回収する仕組みなんですね。
なぜ定額宿泊モデルは平日の限界利益を高められるのか?
ホテルのコスト構造は、建物の償却費や固定人件費といった「固定費」が大きな割合を占めます。客室を1室稼働させる際に追加で発生する「変動費」(リネン洗濯費、アメニティ費用、電気水道光熱費など)は、一般的に1室あたり2,000円〜4,000円程度とされています(※ホテル形態や地域による推計)。
つまり、平日に15,000円の定価客室が空室のままであれば利益はゼロですが、定額制プラットフォーム経由で1室あたり6,000円〜8,000円の精算額であっても販売できれば、変動費を差し引いた4,000円前後の「限界利益」が確実に手元に残ります。この積み重ねが、最終的なRevPAR(販売可能客室数あたり収益 ※注3)とGOPの押し上げに貢献します。
さらに、定額制サービスを利用する顧客層は、館内のレストラン利用やワーキングスペースの活用、周辺店舗での消費を行う傾向が高く、宿泊単価以外のTRevPAR(総販売可能客室あたり収益 ※注4)の向上にも期待できます。地方ホテルにおける外貨獲得や付加価値化については『なぜ地方ホテルは稼げない?日帰り・素泊まり依存を脱却する唯一の道』でも考察していますが、滞在時間を伸ばし館内消費を促す導線作りが鍵となります。
ホテルが定額・サブスクモデルを導入・参画するメリットと課題
定額宿泊プラットフォームへの参画や、自社でのサブスクプラン導入には明確なメリットがある反面、運用上のリスクや課題も存在します。導入を検討するにあたり、以下の比較表で客観的な事実と弊害を整理します。
| 評価項目 | メリット(得られる成果) | デメリット・課題(発生するリスク) |
|---|---|---|
| 収益・稼働面 | 平日の空室率低減、見込み稼働の安定化、TRevPAR(付帯施設利用)の増加 | 休日の高単価予約をブロックしてしまう「カニバリゼーション(共食い ※注5)」のリスク |
| 顧客層・認知 | 新規顧客(リモートワーカー・多拠点生活者)の開拓、認知度向上 | 従来のターゲット層との客層の不一致、館内マナー問題の発生可能性 |
| 現場オペレーション | 長期滞在・連泊の増加によるチェックイン・清掃件数の集約効果 | 部屋タイプのやりくり(ブロック調整)の複雑化、PMS(客室管理システム)の連動負荷 |
| コスト構造 | OTA手数料の削減(自社サブスクの場合)や固定的な清算収入 | リネン代や光熱費などの変動費増加、プラットフォーム参加手数料の発生 |
特に注意すべき失敗例は、レベニューマネジメントのコントロールを誤り、「土曜日や祝前日など、本来高単価(ADR)で売れるはずの客室まで定額ユーザーに提供してしまう」ケースです。これによりRevPARが低下し、繁忙期の利益率を落とす結果となります。定額枠はあくまで「平日の消化枠」として厳格に在庫調整(ブラックアウト日の設定や販売上限数の制限)を行う運用ルール(SOP)が求められます。
施設タイプ別:定額宿泊モデル導入のYes/No判断基準
すべてのホテルが定額宿泊サービスに適しているわけではありません。自施設が定額制モデルを取り入れるべきか判断するためのチェック基準を作成しました。
【Yes/No 判断チェックリスト】
- チェック1: 火曜日〜木曜日の平均客室稼働率(Occ)が60%未満であるか? → Yes の場合は検討価値あり。
- チェック2: 客室の清掃・リネンコスト(変動費)を正確に把握できているか? → No の場合は導入前にコスト算出が必須。
- チェック3: PMS上で「サブスク専用在庫」の売れ残り自動調整や販売制限(ブラックアウト)が可能か? → No の場合はオーバーブッキングのリスク大。
- チェック4: コワーキングスペースやWi-Fi環境など、平日滞在層(デスクワーク客)を受け入れるインフラがあるか? → Yes の場合は顧客満足度が向上しやすい。
上記チェックにおいて、平日稼働率が低く変動費の算出ができており、システムの在庫制限が可能な施設であれば、ツギツギのような外部サービスへの参画や自社型定額プランの実施により、GOPの底上げが非常に高い確率で期待できます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 東急の「ツギツギ」とはどのようなサービスですか?
A1. 「ツギツギ(Tsugi Tsugi)」は、定額料金で対象のホテルに自由に滞在できるサブスクリプション型宿泊サービスです。全国の提携ホテルを期間内に移り変わりながら利用できるため、多拠点生活者やリモートワーカーから人気を集めています。2026年11月には、平日・閑散期の需要創出が評価され「TIS2026」に入賞しました。
Q2. サブスク客を受け入れると、清掃コストが増えて赤字になりませんか?
A2. 清掃費やアメニティ代などの「変動費」を上回る清算価格(ホテル受取額)が設定されていれば、赤字にはなりません。また、サブスクユーザーは「エコ清掃(数日に1回の清掃)」を受け入れるケースが多く、通常の1泊客よりも清掃負担を抑えられる運用設計が可能です。
Q3. 自社の直販サイトでサブスクプランを導入することは可能ですか?
A3. 可能です。予約エンジンやPMSと連携したサブスク決済機能を導入することで、自社独自の「月額〇円で平日4泊まで宿泊可能」といったプランを提供できます。ただし、会員管理や解約手続き等の運用設計(SOP)を事前に整備する必要があります。
Q4. 休日の予約をサブスク客に占領されないための対策は?
A4. レベニューマネジメントシステムやPMSで「ブラックアウト日(除外日)」を設定する、あるいは「サブスク枠は各日最大3室まで」といった在庫上限を設定します。繁忙期は一般の高単価予約を優先することが収益最大化の基本です。
Q5. ビジネスホテルとリゾートホテル、どちらが定額モデルに向いていますか?
A5. 平日の稼働が落ち込みやすいリゾートホテルや郊外型ホテル、あるいはワークスペースを備えた都市型ビジネスホテルの双方にメリットがあります。リゾートホテルでは長期滞在による付帯施設(スパ・レストラン)利用の促進、ビジネスホテルでは平日空室の確実な消化に役立ちます。
Q6. 定額制を導入した場合、OTA依存度を下げることができますか?
A6. プラットフォーム経由の定額利用者をリピーター化し、次回以降自社直販(自社予約)へ誘導する導線設計ができれば、中長期的なOTA手数料の削減につながります。
専門用語の解説(注釈)
※注1 Occ(Occupancy Ratio / 客室稼働率): 販売可能な客室総数のうち、実際に客が宿泊した客室の割合を示す指標。
※注2 GOP(Gross Operating Profit / 営業粗利益): ホテルの総売上高から、売上原価および販売管理費(現場人件費・水光熱費・一般経費等)を差し引いた利益。ホテル運営の健全度を示す主要指標。
※注3 RevPAR(Revenue Per Available Room): 全販売可能客室1室あたりの売上高。計算式は「客室売上÷総客室数」または「ADR(平均客室単価)× Occ(稼働率)」で求められる。
※注4 TRevPAR(Total Revenue Per Available Room): 宿泊売上だけでなく、レストラン、スパ、駐車場などの付帯売上も含めた「1室あたりの総合売上高」。
※注5 カニバリゼーション(Cannibalization / 共食い): 自社の新商品や割安なプランが、自社の既存の高単価商品(標準宿泊プランなど)の売上を奪ってしまう現象。
まとめ:単なる値引きに頼らない平日稼働の仕組み化
東急の「ツギツギ」が入賞を果たした事例が示すように、2026年現在のホテル経営において「平日の空室をいかにスマートにマネタイズするか」は、持続可能な経営を実現するための必須要件です。安易な価格破壊やOTA経由の過度な割引販売は利益率を下げますが、定額・サブスクモデルをレベニューマネジメントの一環として適切に組み込むことで、ブランド価値を守りながら確実な限界利益を確保できます。自施設の変動費と平日稼働率を正しく算定し、適切な在庫コントロールのもとで定額モデルの活用を検討してみてはいかがでしょうか。


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