結論
国土交通省が2026年9月15日に公表した令和8年都道府県地価調査(基準地価)では、全国の商業地が+2.9%と5年連続で上昇しました。商業地の上昇率上位10地点のうち7地点が白馬・野沢温泉・浅草周辺で、国交省は「インバウンドが増加した観光地等では、旺盛な店舗・ホテル需要を背景に、高い地価上昇が継続」と説明しています。
ところが、同じ観光地でも温泉街は揃って上がっているわけではありません。編集部が全21,456地点の生データ(国土数値情報)を集計したところ、温泉街の商業地37地点のうち上昇は12地点、下落は19地点でした。野沢温泉(+27.0%)、熱海(+16.7%)、草津(+14.0%)が大きく上がる一方で、鳴子温泉(-5.1%)は商業地の下落率で全国ワースト4位です。
地方の商業地で、周辺の説明に「ホテル」が出てくる地点と「旅館」が出てくる地点を比べると、差はさらに明確です。前年比の中央値は+1.9%と-1.1%、10年間の変化では+9.5%と-19.1%と、方向が逆になっています。地価は、その土地で今後どれだけ稼げるかという市場の見立てです。同じ温泉地のなかで、稼げる街と稼げない街が数字で分かれ始めたと読むべきです。
はじめに
基準地価のニュースは、「全国平均で何%上がったか」「最高価格はどこか」で報じられるのが普通です。しかし宿泊施設の経営にとって大事なのは、自館が立つ街の地価がどちらを向いているかです。地価は、借入の担保評価、固定資産税、売却や事業承継のときの値付け、新規出店の採算のすべてに関わります。
この記事では、国交省の公表資料に加え、国土数値情報「都道府県地価調査(L02・令和8年)」の全地点データを編集部で集計し、次の問いに答えます。
- 観光地の地価は、どこが上がり、どこが下がっているのか
- 温泉街の中で、上がった街と下がった街にはどんな違いがあるか
- 地価の動きは、ホテル・旅館の経営にどう効いてくるか
全国の概況:商業地は+2.9%、地方圏は+0.9%
まず国交省の公表値を確認します。令和8年都道府県地価調査は、2026年7月1日時点の全国21,466地点が対象です。
| 圏域 | 全用途平均 | 住宅地 | 商業地 |
|---|---|---|---|
| 全国 | +1.5% | +1.0% | +2.9% |
| 東京圏 | +5.4% | +4.0% | +8.9% |
| 大阪圏 | +3.6% | +2.3% | +6.8% |
| 名古屋圏 | +1.9% | +1.5% | +2.7% |
| 地方圏 | +0.4% | +0.1% | +0.9% |
| うち地方四市(札幌・仙台・広島・福岡) | +4.1% | +2.9% | +6.0% |
| うちその他の地域 | +0.2% | 0.0% | +0.7% |
出典:国土交通省「令和8年都道府県地価調査の概要」。
地方圏のその他の地域は、商業地でも+0.7%にとどまります。この「ほぼ横ばい」の平均の中に、大きく上がる観光地と下がり続ける観光地が混ざっています。
変動率の上位を見ると、観光地の強さが際立ちます。
| 順位 | 商業地 | 変動率 | 住宅地 | 変動率 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 長野県白馬村 | +35.6% | 北海道富良野市(北の峰町) | +32.0% |
| 2 | 長野県野沢温泉村 | +27.0% | 長野県白馬村 | +31.3% |
| 3 | 東京都台東区浅草一丁目 | +26.9% | 長野県白馬村 | +31.1% |
| 4 | 長野県白馬村 | +25.9% | 長野県野沢温泉村 | +21.8% |
| 5 | 北海道千歳市 | +25.2% | 茨城県つくば市 | +19.0% |
出典:国土交通省「令和8年地価調査 変動率上位順位表(全国)」。
商業地の上位10地点のうち、白馬(2地点)、野沢温泉、浅草周辺(4地点)の7地点が観光・インバウンド需要の強い場所です。千歳市は半導体工場の進出に伴う需要が背景にあります。住宅地も上位10地点のうち6地点が富良野・白馬・野沢温泉・妙高・宮古島といったリゾート地で、国交省は「別荘・コンドミニアムや移住者、従業員向け住宅の旺盛な需要」を理由に挙げています。
温泉街の37地点:上昇12、横ばい6、下落19
ここからは編集部の集計です。基準地のうち、所在地か周辺の土地利用の説明に「温泉」を含む商業地37地点を抜き出し、前年からの変動率と、10年前(2016年)からの変化を並べました。※注1
| 地点 | 価格(円/㎡) | 前年比 | 10年前比 |
|---|---|---|---|
| 長野県野沢温泉村(湯沢) | 50,800 | +27.0% | +99.2% |
| 静岡県熱海市(銀座町) | 300,000 | +16.7% | +114.3% |
| 群馬県草津町(西町) | 138,000 | +14.0% | — |
| 群馬県草津町(新田町) | 98,500 | +10.1% | +18.1% |
| 札幌市南区(定山渓温泉) | 46,000 | +9.0% | +37.7% |
| 兵庫県豊岡市(城崎町湯島) | 250,000 | +3.3% | — |
| 栃木県日光市(鬼怒川温泉滝) | 22,900 | -1.3% | -14.2% |
| 長野県山ノ内町(渋湯) | 26,000 | -1.5% | -20.0% |
| 栃木県那須塩原市(塩原) | 19,300 | -2.0% | -23.1% |
| 栃木県那須町(湯本) | 17,300 | -2.8% | -28.2% |
| 宮城県大崎市(鳴子温泉) | 12,900 | -5.1% | -40.6% |
出典:国土数値情報「都道府県地価調査(L02・令和8年)」をもとに編集部集計。「—」は10年前の価格がない地点(途中で新設・選び替えられた地点)。
※注1:「温泉」を含む地点の抽出は、国交省の基準地データに記載された所在地と「周辺の土地の利用の現況」の文言による編集部の分類です。温泉地のすべての基準地を網羅しているわけではありません。
37地点全体では、前年比の中央値が-0.2%、10年前比の中央値は-17.6%です。全国の商業地(中央値+1.0%、10年前比+2.4%)と比べると、温泉街は全体として長く下がり続けてきたことが分かります。その中で、野沢温泉と熱海の2地点は10年で約2倍になりました。平均的な温泉街は10年で2割近く下がり、上位の数地点だけが倍になった、というのが実態です。
「ホテル」が並ぶ街と「旅館」が並ぶ街で逆方向
基準地のデータには、地点の周辺がどんな街かを表す説明文があります(例:「旅館、土産品店、飲食店等が建ち並ぶ温泉街」)。この説明文に「ホテル」を含む地点と「旅館」を含む地点を比べました。東京圏・大阪圏・名古屋圏の都府県を除いた地方の商業地に絞っています。※注2
| 周辺の説明に含まれる語 | 地点数 | 上昇/横ばい/下落 | 前年比(中央値) | 10年前比(中央値) |
|---|---|---|---|---|
| ホテル | 70 | 50/10/10 | +1.9% | +9.5% |
| 旅館 | 59 | 16/4/39 | -1.1% | -19.1% |
| (参考)地方の商業地全体 | 3,414 | 1,503/602/1,309 | 0.0% | -4.3% |
※注2:三大都市圏の範囲は本来は市区町村単位で決まっていますが、ここでは東京・神奈川・埼玉・千葉・大阪・京都・兵庫・奈良・愛知・三重の10都府県を除く形で簡易に区分しました。
「ホテル」が並ぶ地点の多くは、地方都市の駅前や中心市街地です。「旅館」が並ぶ地点の多くは、温泉街や古くからの観光地です。つまりこの差は、ホテルと旅館という業態の優劣というより、駅前・中心部の立地と、交通の便が悪い温泉街という立地の差を映しています。ただし、その温泉街に立つのが主に旅館である以上、旅館経営者にとっては自館の資産価値の問題として受け止める必要があります。
上がった温泉街の共通点は何か
上昇した温泉街を見ると、いくつかの型に分けられます。地価の変動要因は地点ごとに複合的なので、以下は公表データと各地の立地条件から編集部が整理した傾向です。
| 型 | 該当する地点 | 読み取れる特徴 |
|---|---|---|
| スキー・インバウンド型 | 野沢温泉、(温泉以外では白馬・富良野・妙高) | 冬の海外スキー客に加え、別荘・コンドミニアム・従業員住宅の需要が地価を押し上げている。国交省もリゾート地域の住宅需要を上昇理由に挙げている |
| 大都市近接型 | 熱海、定山渓 | 熱海は東京から新幹線で1時間圏、定山渓は札幌市内。週末・日帰りを含む需要が安定している |
| 街歩き型 | 草津、城崎 | 温泉街の中心部を歩いて楽しめる街並みがあり、旅館の外で飲食や買い物をする客が多い |
反対に下落が続く地点には、大型の旅館・ホテルが団体客を館内で囲い込む形で発展した温泉地が多く含まれます。こうした温泉地では、廃業した大型施設が残ることが街全体の価値を下げる要因にもなります(参考:廃業ホテルが燃えた鳥羽:観光地の廃屋を放置できない時代の出口コスト)。熱海も一時は同じ課題を抱えた温泉地でしたが、10年で地価が2倍になりました。昭和の大型施設を別の用途に作り替えた例は、宴会場をキッズパークに:ホテルニューアカオに学ぶ昭和の大箱再生術で紹介しています。
訪日客の動きも、この二極化を後押ししています。訪日客の宿泊は地方へ広がりつつありますが、行き先はスキー場や知名度の高い温泉地に偏っています(参考:訪日客が都市を離れた!地方シェア32.7%とゴールデンルート減速の実像)。
地価の動きはホテル・旅館の経営にどう効くか
地価の上昇と下落は、経営のそれぞれの場面で効き方が違います。
| 場面 | 地価が上がる街 | 地価が下がる街 |
|---|---|---|
| 借入・担保評価 | 担保余力が増え、改装資金を借りやすくなる | 担保評価が下がり、借り換えや追加融資の条件が厳しくなる |
| 固定資産税 | 評価替えで税額が上がる。2027年度は3年に1度の評価替えの年 | 税額は下がるが、売上の減少には追いつかないことが多い |
| 人材・社員寮 | 周辺の家賃が上がり、従業員の住まいの確保が難しくなる | 住まいは確保しやすいが、街の人口減少で採用が難しい |
| 売却・事業承継 | 買い手が付きやすく、ホテル会社やファンドへの売却も選択肢になる | 買い手が見つかりにくい。建物の解体費が土地の値段を上回ることもある |
| 新規出店・競合 | 外資やコンドミニアムの参入で競合が増え、客室単価の上限は上がる | 新規参入は少ないが、廃業施設が景観と集客を下げる |
白馬や野沢温泉のように地価が急騰している街では、地元の旅館にとって「売らないなら、税金と人件費だけが上がる」状態になりがちです。逆に下落が続く街では、建物の解体費が土地の価値を上回り、閉じたくても閉じられないことが問題になります。どちらの街でも、地価を見ずに経営判断をすることはできません。
自館でできる確認手順
- 自館に近い基準地・公示地を特定する:国交省の「不動産情報ライブラリ」で、自館から近く、用途地域(商業地など)が同じ地点を2〜3地点選びます
- 10年分の推移を並べる:前年比だけでなく、10年前比を見ます。前年比が横ばいでも10年で2割下がっていれば、担保評価への影響は大きくなります
- 固定資産税の見込みを出す:2027年度の評価替えで税額がどう変わるか、顧問税理士と試算します。地価が急騰している街では、客室単価への転嫁を前提に予算を組みます
- 建物の出口コストを見積もる:解体費の概算と土地の価格を比べます。解体費が上回るなら、廃業ではなく用途変更や事業譲渡の選択肢を早めに検討します
- 街単位の動きを見る:同じ温泉地の他の地点も確認し、街全体が上がっているのか、自館の周辺だけが取り残されているのかを見分けます
全国の地価の差を体感したい方には、hotelx.tech運営チームが公開しているブラウザゲーム「ホテル用地ハイ&ロー」もあります。全国の基準地価(令和7年)から2つの土地を見比べ、地価が高い方を当てるゲームで、温泉地やリゾート地の意外な価格差を確かめられます。
デメリット・リスク:この分析の限界
- 基準地は街の代表点にすぎない:基準地価は1地点の価格です。同じ温泉地でも、中心部と外れでは動きが違います。自館の土地の価格は、基準地価と一致しません
- キーワードによる分類は簡易なもの:「温泉」「ホテル」「旅館」の分類は、国交省データの説明文に含まれる語による編集部の区分です。説明文の書き方は都道府県ごとに違います
- 7月1日時点の価格:国交省は、2026年の熊本地震と8月の千葉豪雨の影響は反映されていないと注記しています。中国からの訪日客の減少のような直近の需要変化も、価格に表れるまでには時間がかかります
- 急騰地の反動:前年比+20%を超える上昇が続く地点は、需要が減ったときの下げ幅も大きくなり得ます。白馬・野沢温泉は冬のインバウンド需要への依存が大きく、為替や航空便の変化の影響を受けやすい構造です
- 上がれば良いとは限らない:地価の上昇は税負担と人件費・家賃の上昇を伴います。営業を続ける事業者にとっては、売上が同じだけ伸びなければ負担増になります
まとめ
令和8年の基準地価は、全国の商業地で+2.9%と5年連続の上昇でした。上昇率の上位には白馬・野沢温泉・浅草といった観光地が並びますが、温泉街の商業地37地点を個別に見ると、上昇12地点に対して下落19地点で、10年前比の中央値は-17.6%です。地方の商業地では、周辺に「ホテル」が並ぶ地点が10年で+9.5%、「旅館」が並ぶ地点が-19.1%と、逆の方向に動いています。
地価は、その街で今後どれだけ稼げるかという市場の評価です。観光地の地価が上がっているというニュースを、自館の資産価値が上がっていると読み替えてはいけません。自館に近い基準地の10年の推移を確かめ、評価替えと出口コストまで含めて、次の設備投資や事業承継の計画に反映させてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 基準地価(都道府県地価調査)とは何ですか。
国土利用計画法施行令に基づき、各都道府県知事が毎年7月1日時点の基準地の1平方メートル当たりの価格を調べて公表するものです。国が1月1日時点で調べる地価公示と、時期と地点を補い合う関係にあります。令和8年は全国21,466地点が対象でした。
Q2. 2026年の基準地価で上昇率が最も高かったのはどこですか。
商業地では長野県白馬村(+35.6%)、住宅地では北海道富良野市北の峰町(+32.0%)です。商業地の2位は長野県野沢温泉村(+27.0%)でした。
Q3. 温泉街の地価は上がっているのですか、下がっているのですか。
編集部が集計した温泉街の商業地37地点では、上昇12地点、横ばい6地点、下落19地点でした。前年比の中央値は-0.2%、10年前比の中央値は-17.6%で、全体としては下落傾向です。ただし野沢温泉、熱海、草津のように大きく上がった地点もあります。
Q4. 鳴子温泉の地価はどのくらい下がっていますか。
宮城県大崎市鳴子温泉の商業地の基準地は1平方メートル当たり12,900円で、前年比-5.1%でした。商業地の下落率で全国ワースト4位です。10年前と比べると約4割下がっています。
Q5. 地価が上がると、ホテル・旅館にはどんな影響がありますか。
担保評価が上がり借入はしやすくなりますが、固定資産税の負担が増え、周辺の家賃上昇で従業員の住まいの確保が難しくなります。外資やコンドミニアムの参入で競合も増えます。売上が同じだけ伸びなければ、営業を続ける事業者には負担増になります。
Q6. 地価が下がり続ける温泉街の旅館は、何をすべきですか。
まず自館に近い基準地の10年の推移と、建物の解体費の概算を確認してください。解体費が土地の価格を上回る場合、廃業の判断が遅れるほど選択肢が狭まります。用途変更や事業譲渡を早めに検討し、廃屋撤去の補助制度など自治体・国の支援策も調べておくことが大切です。
Q7. 自館の近くの基準地価はどこで調べられますか。
国土交通省の「不動産情報ライブラリ」で、地図から基準地と公示地の価格と過去の推移を確認できます。全地点のデータは「国土数値情報ダウンロードサイト」でも公開されています。
Q8. 固定資産税の評価替えはいつですか。
土地の固定資産税評価は3年ごとに見直され、次は2027年度です。地価が急騰している地域では税額が上がる可能性があるため、早めに税理士と試算しておくと安心です。
出典:国土交通省「全国の地価動向は全用途平均で5年連続上昇~令和8年都道府県地価調査~」/国土交通省「令和8年都道府県地価調査の概要」/国土数値情報「都道府県地価調査データ(令和8年)」


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