客層はホテルがつくる:ドーミーイン論争から考える、離職を防ぐ客層設計

宿泊ビジネス戦略とマーケティング
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結論

「客層が良いホテル」は、運や立地の結果ではありません。価格の付け方、提供する商品、事前に示すルール、売る経路という4つの経営判断の結果として、ホテル自身がつくっているものです。そして客層は、宿泊客の満足度だけでなく従業員の定着に直結します。

観光庁が2024年度に実施した調査では、宿泊業から他業界へ移った離職者300人のうち14.0%が離職理由に「クレーム対応が多く精神的にストレスだったから」を挙げ、「給料に不満があったから」の11.3%を上回りました。宿泊業・飲食サービス業の離職率は25.1%(2024年)で、全産業の14.2%を大きく上回ります。客層の設計は、マーケティング施策であると同時に人事施策でもある、というのがこの記事の主張です。

  • 「客層の良さ」は属性ではなく、行動(マナー)と要求の妥当性で定義する
  • 多くのトラブルは、客の期待と、ホテルが実際に提供するものとのズレから生まれる。ズレは価格と商品の設計で小さくできる
  • 客層はチャネル別・料金プラン別のトラブル発生率として測り、離職率と並べて経営会議で扱う

はじめに

2026年9月22日、あるX(旧Twitter)ユーザーの投稿が話題になりました。前日に数倍の料金の高級ホテルに泊まったが、ドーミーインの客のほうが明らかに振る舞いが良い、ドーミーインこそ日本の客層の頂点だ、という趣旨の感想です。反応をまとめたTogetterのまとめには、「年間100泊するが不快な思いをしたことがない」「朝食会場も平和」といった同意が並びました。

もちろん、これは個人の印象の集まりです。ただ、ドーミーインは日本生産性本部の2025年度JCSI(日本版顧客満足度指数)※注1でビジネスホテル業種の顧客満足1位に選ばれています。報道によれば、ドーミーイン事業の2026年3月期の客室単価は1万6700円、稼働率は88.9%で、客室単価が7,000〜8,000円台だった2012〜13年度から倍以上に上がっています。単価を上げながら「客層が良い」という評判を保っている点に、経営として学ぶべきものがあります。

ホテル経営者の多くは、客層の問題を肌で知っています。一部の客の横柄な態度や理不尽な要求が続くと、現場の空気が悪くなり、若手から辞めていきます。一方で、それを口に出すと「お客様を選ぶのか」と言われそうで、正面から議論されにくいテーマでもあります。この記事では、客層を「選別」ではなく「設計」の問題として扱い、経営として何を決めればよいかを整理します。

編集部員
編集部員
でも「客層が良い・悪い」って、ホテル側が口にしていい話なんでしょうか。お客様を選んでいるように聞こえませんか?
編集長
編集長
大事なのは、人の属性で選ぶのではなく、どんな過ごし方をしてほしい宿かをはっきりさせることだよ。その宿の過ごし方に共感する人が集まれば、結果として客層は良くなる。これは差別ではなく、商品設計の話なんだ。

「客層が良い」とは何か:属性ではなく行動で定義する

最初に言葉を整理しておきます。SNSでの「客層」の議論には、年齢、職業、所得、国籍といった属性で人をくくる表現が混ざりがちです。しかし経営が扱うべきなのは属性ではありません。旅館業法第5条※注2は、法律で定めた事由に当たる場合を除いて宿泊を拒んではならないとしており、属性で客を選ぶことはそもそも許されません。また、属性で客を語る組織では、従業員の接客にも偏見が入り込みます。

経営として扱える「客層の良さ」は、次の2つに分解できます。

観点内容現場で見える例
行動(マナー)他の客や施設への配慮大浴場での騒ぎ、深夜の廊下の騒音、客室の著しい汚損、備品の持ち帰り
要求の妥当性ホテルに対する要求が、支払った対価と約束した内容の範囲に収まっているかプランにないサービスの強要、不当な値引きの要求、長時間の詰問

このうち、従業員の負担に直結するのは主に後者です。そして要求が妥当かどうかは、客の人柄だけでは決まりません。客がどんな期待を持って来館したかに大きく左右されます。

客層は従業員の定着を左右する

まず、客層と離職の関係をデータで確認します。

宿泊業の離職率は全産業の約1.8倍

厚生労働省の「令和6年雇用動向調査」によると、2024年の宿泊業・飲食サービス業の離職率は25.1%で、全産業の14.2%を大きく上回ります。入職率も28.4%と高く、人が入っては辞める状態が続いています。就業形態別では一般労働者の離職率が18.1%、パートタイム労働者が29.9%です。

離職理由で「クレーム対応」が「給料」を上回る

観光庁の「宿泊業の人材確保・育成の状況に関する実態調査」(令和6年度)は、宿泊業から他業界へ移った離職者300人に、業界を離れた理由を尋ねています(複数回答)。主な結果は次のとおりです。

宿泊業を離れた理由(上位)割合
自分のしたい業務ができなかったから20.0%
立ち仕事や重労働が多く体力的に厳しかったから16.7%
クレーム対応が多く精神的にストレスだったから14.0%
人手不足等により、1人当たりの業務量が多すぎたから14.0%
給料に不満があったから11.3%
職場の人間関係が合わなかったから8.7%

「給料」より「クレーム対応」を挙げた人のほうが多いという結果は、経営にとって重い意味を持ちます。賃上げは必要ですが、クレームが多く発生する構造を放置したまま賃金だけを上げても、定着の効果は限られるということです。また「業務量が多すぎた」も同じ14.0%で、クレーム対応はその業務量を押し上げる要因でもあります。1件の深刻なクレームは、対応した本人だけでなく、事後の報告、上司の謝罪、他のスタッフの穴埋めと、現場全体の時間を奪います。

2026年10月にはカスタマーハラスメント対策が事業主の義務になります。対策の中身はカスハラ対策義務化と旅館業法5条の解説で詳しく扱いましたが、義務化で求められるのは主に「起きた後の対応」です。この記事で扱うのは、その手前にある「起きにくい客層をつくる」経営判断です。

トラブルの多くは「期待のズレ」から生まれる

Togetterのまとめで興味深かったのは、客層が良い理由として「高すぎず安すぎない価格帯」を挙げる声に加え、レストランを備えた総合型ホテルになると客が求めるものが高くなり、かえって要求が厳しくなるという指摘があったことです。これはホテル経営の実感とも一致します。

クレームの多くは、客が期待していたものと、実際に受けたサービスとの差から生まれます。高価格のホテルでは、客は料金に見合う「特別扱い」を期待し、その期待がホテルの提供範囲を超えたときに不満が要求に変わります。一方、極端に安いホテルでは、価格だけを理由に選んだ客が、施設の狭さや簡素さに不満を持つことがあります。

ドーミーインの場合、提供する価値がはっきりしています。天然温泉の大浴場、サウナ、夜食の「夜鳴きそば」の無料提供などです。何を提供し、何を提供しないかが明確なので、客の期待がそこに揃います。そして大浴場という共用空間を楽しみに来る客は、共用空間のマナーを守る動機も持っています。期待が揃い、過ごし方の前提が共有されていることが、「客層が良い」と感じられる状態の正体だと考えられます。

客層をつくる4つのレバー

では、経営は何を動かせばよいのでしょうか。客層に影響する判断は、次の4つに整理できます。

レバー客層への作用具体的な判断
1. 価格価格の水準と一貫性が、どんな動機の客を呼ぶかを決めるダイナミックプライシングの下限、直前の値下げ幅、長期連泊割引の条件
2. 商品何を提供し何を提供しないかで、期待の水準と種類が揃う看板となる体験の明確化、提供しないサービスの明示
3. ルール過ごし方の前提を予約前に共有できるハウスルールの予約時表示と同意、共用部のマナー掲示
4. チャネルどこで売るかで、宿のことを理解して予約する客の比率が変わる公式サイト・会員経由の比率、OTAのプラン構成、契約外の再流通の排除

レバー1:価格は「水準」より「下限と一貫性」が効く

レベニューマネジメント※注3では、空室を残すよりは値下げして埋めるほうが売上は増える、という発想が基本になります。売上だけを見ればそのとおりです。しかし、直前に大幅に値下げした客室は、普段の価格帯では来ない、価格だけを理由に選んだ客を呼び込みます。こうした客は宿の特徴を理解していないことが多く、期待のズレが起きやすくなります。

対策は、値下げの下限を「売上」だけでなく「客層」の観点からも決めることです。たとえば、直前の値下げは通常価格の一定割合までにとどめ、それでも埋まらない客室は空けておく、という判断です。これは稼働率を一部犠牲にしますが、後述するように、トラブル対応のコストと採用のコストを含めれば見合う場合があります。

レバー2:商品は「提供しないもの」を明示する

客の期待を揃えるうえで効くのは、提供するものの宣伝よりも、提供しないものの明示です。ルームサービスがない、ベルスタッフによる荷物の運搬がない、夕食は外食を前提にしている、といった情報を予約前に明確にしておけば、そのサービスを当然視する客は予約の段階で別の宿を選びます。「限定サービス」を掲げるホテルは、その限定をむしろ前面に出すべきです。

レバー3:ルールは予約時に見せて同意を得る

大浴場の入浴マナー、深夜の騒音、客室内での飲み会、ゲストの訪問といったルールは、チェックイン時に初めて伝えると反発を招きます。予約の確認画面や確認メールで示し、同意を得ておくと、ルールを守る気のある客が集まり、守らない客にも根拠を持って対応できます。ルールの文面は、禁止事項を並べるだけでなく「他のお客様も快適に過ごせるように」という理由を添えると受け入れられやすくなります。

レバー4:チャネルは「宿を理解して予約する客」を増やす

公式サイトや会員プログラム経由で予約する客は、宿の情報を読んだうえで予約しているため、期待のズレが起きにくい傾向があります。逆に、契約していない経路に客室が流れると、宿の条件が正しく伝わらないまま客が来館します。先日取り上げたアゴダ問題と契約外予約のフロント対応は、チャネルの管理が客層の問題でもあることを示す典型例です。

客層を「測る」:経営会議で見るべき指標

客層を感覚で語っている限り、経営判断にはなりません。次のような指標を、月次で離職率と並べて見ることをお勧めします。

指標計算方法何が分かるか
100室泊あたりのクレーム件数クレーム記録件数 ÷ 販売室泊数 × 100客層の全体的な変化
チャネル別・プラン別のトラブル発生率予約経路・料金プランごとのクレーム件数 ÷ 販売室泊数どの売り方が問題を呼んでいるか
クレーム対応に要した時間対応記録の所要時間の合計現場の負荷の大きさ
夜間の対応件数22時〜翌6時の騒音・トラブル対応件数少人数体制の時間帯の負荷
リピーター比率2回目以降の宿泊客の割合宿を理解している客の厚み
部署別の離職率・休職者数人事データ客層の負荷がどこに集中しているか

特に効果が大きいのは、チャネル別・プラン別のトラブル発生率です。「直前割プラン経由の予約でトラブルが多い」「特定の経路の予約で深夜の騒音対応が多い」といった傾向が見えれば、レバー1とレバー4の判断に直結します。クレームの記録様式を統一しておくことが前提になるので、カスハラ対策義務化で整える記録の仕組みと一体で運用すると無駄がありません。

試算:値下げで埋めた客室は本当に得か

考え方を示すために、仮の数字で試算してみます(数字はすべて説明用の仮定です)。直前値下げで月に100室泊を追加で販売し、1室泊あたり6,000円の売上が増えたとします。月60万円の増収です。一方、その客室でトラブルが通常より多く、対応に月40時間が余計にかかったとします。さらに、それが一因となってフロントスタッフが年に1人多く辞め、採用と教育に1人あたり数十万円以上かかるとすれば、増収の相当部分が消えます。レベニューの判断に、トラブル対応の時間と離職のコストを含めて考えることが、客層設計の出発点です。

若手の早期離職そのものへの対策は、スキル可視化で若手の早期離職を減らす方法もあわせて参照してください。

デメリット・リスク

客層設計には、次のようなリスクがあります。

  • 属性による選別に転じる危険:「客層を良くする」を合言葉にすると、特定の国籍や年齢層を避けるような運用に流れる危険があります。これは旅館業法上も倫理上も許されません。指標は必ず行動(トラブルの発生)で取り、属性では取らないことを徹底します
  • 稼働率と売上の低下:値下げの下限を設けたり、提供しないサービスを明示したりすると、短期的には稼働率が下がる可能性があります。特に需要の弱い時期には、固定費を賄えるかどうかの判断が必要です
  • 絞りすぎによる需要の取りこぼし:ターゲットを狭めすぎると、需要の波に弱くなります。hotelx.techでも星野リゾートの「真面目な八方美人」戦略を紹介しました。客層設計は「誰を排除するか」ではなく、「どんな過ごし方を約束するか」を明確にすることであり、幅広い客を受け入れることと矛盾しません
  • 評判の反動:「客を選ぶホテル」という評判が立つと、ブランドを損ないます。ルールや方針は、禁止や排除ではなく、快適さを守るための約束として伝える必要があります
編集部員
編集部員
稼働率が下がるかもしれないとなると、オーナーを説得するのは難しそうです……。
編集長
編集長
だからチャネル別・プラン別のトラブル発生率と、離職率を同じ表に並べるんだ。数字で「この売り方は現場を壊している」と示せれば、議論は感覚論から経営判断に変わる。ドーミーインが単価を倍に上げながら評判を保っているのも、客層を運任せにしていない証拠だと思うよ。

まとめ

ドーミーインの客層をめぐるSNSの議論は、個人の感想の集まりですが、ホテル経営にとって重要な問いを含んでいます。客層は、ホテルが価格、商品、ルール、チャネルを通じて自らつくっているものであり、従業員の定着に直結する経営課題だということです。

  • 客層の良さは、属性ではなく行動と要求の妥当性で定義する
  • 宿泊業からの離職理由では、クレーム対応のストレス(14.0%)が給料への不満(11.3%)を上回る
  • トラブルの多くは期待のズレから生まれ、そのズレは価格と商品の設計で小さくできる
  • 4つのレバー(価格の下限と一貫性、提供しないものの明示、予約時のルール同意、チャネルの管理)を動かす
  • チャネル別・プラン別のトラブル発生率を測り、離職率と並べて経営会議で扱う

「お客様は選べない」と考えている限り、現場の負担は運任せになります。どんな過ごし方を約束する宿なのかを明確にすることが、客にとっても従業員にとっても居心地の良い宿をつくる近道です。

よくある質問(FAQ)

Q1. ホテルが客を選ぶことは法的に許されるのですか?

旅館業法第5条は、法定の事由に当たる場合を除いて宿泊を拒んではならないと定めています。属性を理由に宿泊を断ることはできません。この記事で扱う客層設計は、価格・商品・ルール・チャネルを通じて「どんな過ごし方の宿か」を明確にするもので、特定の人を排除するものではありません。

Q2. 値下げの下限を設けると、売上が下がりませんか?

短期的には稼働率が下がる可能性があります。ただし、値下げで得た増収と、それに伴うトラブル対応の時間や離職のコストを比べると、見合わない場合があります。チャネル別・プラン別のトラブル発生率を測ったうえで判断するのが確実です。

Q3. 高価格のホテルは客層が悪くなりやすいのですか?

価格が高いこと自体が問題なのではなく、客の期待がホテルの提供範囲を超えやすいことが問題です。高価格帯のホテルほど、何を提供し何を提供しないかを明確にし、期待を揃える設計が重要になります。

Q4. 客層を測る指標は、どこから始めればよいですか?

まずはクレームの記録様式を統一し、予約経路と料金プランを記録に含めることから始めます。そのうえで、100室泊あたりのクレーム件数と、チャネル別・プラン別の発生率を月次で集計します。

Q5. ハウスルールを厳しくすると、口コミで悪く書かれませんか?

禁止事項を並べるだけの伝え方だと反発を招きます。予約前に示し、「他のお客様も快適に過ごせるように」という理由を添えることで、ルールに共感する客が集まりやすくなります。

Q6. 小規模な旅館でも客層設計はできますか?

できます。むしろ小規模な宿ほど、1組の客が館内の雰囲気や従業員に与える影響が大きくなります。公式サイトで宿の過ごし方を明確に伝え、予約時にルールへの同意を得るだけでも効果があります。

Q7. カスハラ対策の義務化と客層設計はどう関係しますか?

カスハラ対策の義務化で求められるのは、主に問題が起きたときの対応と相談体制です。客層設計は、問題が起きにくい状態をつくる予防策にあたります。両方を組み合わせることで、従業員を守る仕組みが完成します。

※注1:JCSI(日本版顧客満足度指数) 公益財団法人日本生産性本部が実施する、業種横断で顧客満足度を測定する調査。

※注2:旅館業法第5条 旅館業の営業者が宿泊を拒むことができる事由を定めた条文。2023年12月施行の改正で、いわゆるカスタマーハラスメントに当たる「特定要求行為」が拒否事由に加わった。

※注3:レベニューマネジメント 需要の予測に基づいて客室の価格と販売量を調整し、収益の最大化を図る手法。

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