ドイツ・ハンブルクの超高層ホテルに見る、ラグジュアリー開発における「運営力」と「デジタルインフラ」の選定基準
ホテル開発や不動産投資を検討する際、立地やブランド力に注目が集まりがちですが、長期的な収益性を左右するのは「誰がどのように運営するか」という点です。特に、大規模なランドマーク開発では、その傾向が顕著です。
2026年1月、ヨーロッパ有数の独立系ホスピタリティプラットフォームであるPRIMESTAR Groupが、ドイツのハンブルクで建設中の象徴的な超高層ビル「Elbtower(エルブタワー)」内に入る「ヒルトン ハンブルク エルブタワー」の運営権を獲得したことが公式発表されました(出典:Hospitality Net)。
これは単なるホテル開業のニュースに留まりません。ホテルオーナーや投資家、そして運営会社にとって、大規模かつラグジュアリーな新規開発プロジェクトにおいて、どのような「運営会社」が選ばれ、どのような「デジタルインフラ」が開発初期から要求されているのかを示す、重要な指標となります。
この記事では、この事例を基に、高収益を生み出す新規ホテル開発の成功戦略について、運営戦略とテクノロジーの側面から深掘りします。
結論(先に要点だけ)
- 「ヒルトン ハンブルク エルブタワー」の運営権は、独立系運営会社のPRIMESTAR Groupが獲得しました(2029年開業予定)。
- 運営会社選定の鍵は、既存のメジャーブランド(ヒルトン)を補完する、独立した収益拡大実績と、特定の市場ニーズに合わせた独自のブランド展開力です。
- この5つ星ホテルは、開業時からモバイルチェックイン、デジタルキー、オンラインコンシェルジュなどの「デジタルエコシステム」を前提として設計されており、デジタルファーストがラグジュアリーの必須要件となりました。
- ホテルオーナーは、箱(ハード)の魅力だけでなく、長期的な収益を保証する運営会社の技術力と商業戦略を重視していることが分かります。
ドイツのランドマークタワーにヒルトンが進出:何が起きた?
今回、開発が進められているElbtowerは、ハンブルクの都市再開発において中心的な役割を担う、象徴的な超高層ビルです。このビル内に、195室の客室とスイートを有する「ヒルトン ハンブルク エルブタワー」が2029年までに開業する予定です。
運営を担うことになったのは、ヨーロッパで広範なネットワークを持つ独立系ホスピタリティプラットフォーム、PRIMESTAR Groupです。この契約は、同グループにとって、自社のブランド(June SixやJune Stay)の展開に続く形で、5つ星のラグジュアリーセグメントに本格的に参入する大きな一歩となります(出典:Hospitality Net)。
Elbtower(エルブタワー)とは?なぜ戦略的拠点なのか?
ハンブルクで最も重要なスマートシティ開発の一つとされるElbtowerは、単なるオフィスや商業施設の複合ビルではなく、街の未来を象徴するプロジェクトです。このような大規模な都市開発では、ホテルは単に宿泊機能を提供するだけでなく、「その街の顔」として機能し、経済活動や国際的な認知度を高める役割を担います。
投資家コンソーシアム(不動産投資家Dieter Becken氏主導)が主導するこのプロジェクトにおいて、ホテル運営会社に求められるのは、単なるブランド名の提供ではなく、高い水準のサービス品質と、長期にわたる安定した収益パフォーマンスです。
なぜ「PRIMESTAR Group」が運営者に選ばれたのか?
ヒルトンという世界的ブランドのプロジェクトでありながら、運営者としてグループ本体ではなく、独立系プラットフォームであるPRIMESTAR Groupが選ばれた点は、日本のホテルオーナーや投資家が特に注目すべき構造変化です。
PRIMESTAR Groupは、ドイツ、オーストリア、イタリアで既に19のホテルを運営しており、その商業戦略とオペレーション能力が評価されました。オーナー側が独立系の運営会社を選ぶ主な理由は、「収益複合力」と「柔軟性」にあります。
オーナー側が運営会社に求める「収益複合力」とは?
近年、特に大型ホテル開発において、オーナーが運営会社に求める能力は以下の3点に集約されます。
- ブランド力とのシナジー: 今回の例では、ヒルトンという集客力のあるブランドを使いながらも、PRIMESTARが持つヨーロッパ市場での深い知識や、独自ブランド開発で培った迅速な市場対応力を融合させることで、最大収益を目指します。
- 卓越したコスト管理能力(ホワイトレーベル運営): 独立系の運営会社(ホワイトレーベルオペレーター)は、特定のブランドに縛られないため、最も効率的かつ収益性の高い技術やシステム(PMSや流通チャネル)を選択・導入できます。これにより、ハード(建物)の償却が始まった後も、低い運営コストを維持しやすい構造を構築できます。
- デジタルインフラ設計力: 単にサービスを提供できるだけでなく、開業時から収益最大化のためのデジタルエコシステムを設計し、それを実行できる技術力が必要です。これが次の項目で詳述する「デジタルファースト」の要件です。
ブランドは集客力と認知度をもたらしますが、実際の収益(GOP:Gross Operating Profit)を最大化するのは運営者の手腕です。この事例は、オーナーが運営会社に対し、ブランドを越えた専門性と収益へのコミットメントを求めていることを示しています。
(参考記事:ホテル資産価値を倍増させる、独自技術を持つ運営会社の選び方)
2029年開業のラグジュアリーホテルが「デジタルファースト」を貫く理由
Elbtower内のヒルトンは、単に最新設備を備えるだけでなく、開業時から高度な「デジタルエコシステム」を組み込むことが明記されています。これは、ラグジュアリーセグメントであっても、もはやデジタル技術はコスト削減のためではなく、ゲスト体験と収益向上を両立させるための必須投資であるという業界の明確なトレンドを示しています。
導入されるデジタルインフラの具体的な中身は?
PRIMESTAR Groupがat-visionsおよびswissnet Groupと提携して開発する技術インフラに含まれるのは、以下の機能です(出典:公式発表)。
| 機能名 | 目的 | 現場への影響(オペレーションの視点) |
|---|---|---|
| モバイル・セルフチェックイン/アウト | 物理的な待ち時間ゼロ、摩擦ゼロの実現 | フロントスタッフの業務負荷を大幅軽減。定型業務から「パーソナライズされたおもてなし」へのシフト。 |
| デジタルルームキー | 物理的な鍵の受け渡し・管理コストの削減 | 鍵の紛失リスクや再発行の負荷を解消。ゲストはスマートフォンでシームレスに入室可能。 |
| オンラインコンシェルジュサービス | パーソナライズされた情報提供と追加収益機会の創出 | レストラン予約、テイクアウト注文、アクティビティ予約などをオンラインで一元管理。コンシェルジュは複雑な相談に集中できる。 |
これらの機能は、一見すると「効率化」のツールに見えますが、ラグジュアリーホテルの視点から見ると、「ゲストの時間を奪わないこと」が最大の価値となります。チェックインの待ち時間や鍵の受け渡しで手間取らせることは、5つ星体験においては致命的なミスと見なされるようになっているのです。
「摩擦ゼロの体験」が5つ星ホテルの収益をどう変えるか?
デジタルファースト戦略は、単なる効率化を超え、収益の柱を強固にします。
1. 従業員の専門性の最大化
定型的な手続きをデジタルに任せることで、フロントやコンシェルジュは、VIPゲストの特別なリクエスト対応や、滞在価値を高める「人間によるコミュニケーション」に時間を割けるようになります。これは、高い宿泊料金を正当化する上で不可欠な要素です。
2. アップセル機会の増加
オンラインコンシェルジュを通じて、ゲストの滞在スタイルや好みに合わせて、スパの予約、高級レストランの席、ルームアップグレードなどの情報をパーソナライズして提供できます。モバイルで完結するため、ゲストは自分のタイミングで検討しやすく、コンバージョン率が高まります。これは、ダイナミックアップセル(AIやデータに基づき価格や商品を変動させるアップセル)を導入するための土台ともなります。
3. データ収集による未来のパーソナライゼーション
デジタルシステムを通して、ゲストがどのサービスを、いつ、どのように利用したかという詳細なデータが蓄積されます。このデータは、次の滞在時の超パーソナライズ(例:部屋の温度設定、好みのレストランジャンルのレコメンド)に直結し、ロイヤリティを高め、リピート収益の向上に寄与します。
ラグジュアリーセグメントでは、この「摩擦ゼロ」なデジタル体験をシステムベンダー(今回はat-visionsとswissnet Group)と協業し、ハードの開発と同時に設計することが、もはや国際的な標準となっているのです。
日本のホテル経営者が学ぶべき、開発と運営の分離戦略
Elbtowerの事例は、日本のホテル業界においても、特に新規開業やリブランドを検討する際に、非常に重要な示唆を与えます。
学ぶべき構造:運営会社は「ブランド依存」から脱却せよ
日本のホテル業界では、大手ブランドの直営や、ブランド本体が運営を担うケースが多く見られます。しかし、海外ではPRIMESTARのような独立したホワイトレーベルオペレーターが台頭し、オーナーの代わりにブランド力と収益性の最適解を追求しています。
オーナー側から見ると、ブランド(ヒルトン)と運営(PRIMESTAR)を分離することで、資産価値の最大化という目的に集中でき、運営者はブランドの規定内で最大限の収益を上げるための自由度(システム選択、人事戦略)を得られます。
国内のホテル運営会社も、特定のブランドに依存するのではなく、以下のような「運営のプロ」としての独自の価値を確立することが求められます。
- テクノロジー統合の専門性: 複数のシステム(PMS、RMS、CMS、ゲストコミュニケーション)をシームレスに連携させ、現場スタッフが混乱なく使える環境を提供する能力。
- 人材育成のデータ化: 属人的なサービス品質を、デジタルデータを活用した共通指標で測定し、コストを抑えつつ高いサービス水準を維持する人事戦略。
- リスク管理と透明性: オーナーに対して、リアルタイムで正確な財務・運営データを報告し、信頼性の高いパートナーシップを築くこと。
開発における「デジタルインフラ先行投資」の重要性
既存ホテルがDXを進める場合、古いシステムや配管、配線がボトルネックとなり、導入費用が膨大になる「技術的負債」に悩まされます。しかし、Elbtowerのように開発初期からデジタルエコシステムを前提とすれば、導入コストは抑えられ、開業時からスムーズな運営が可能です。
日本の開発案件においても、建設コストを優先するあまり、チェックインシステムやデジタルキーなどの「ゲスト体験に直結するインフラ」が後回しにされていないか、投資フェーズの初期段階で厳しくチェックすることが、今後の国際競争力を左右するでしょう。
よくある質問(FAQ)
Q1: PRIMESTAR Groupとはどのような会社ですか?
A: PRIMESTAR Groupは、ヨーロッパを拠点とする独立系ホスピタリティプラットフォームです。特定のブランドに縛られず、オーナーの代理として複数のブランド(ヒルトン、IHGなど)や自社ブランド(June Six, June Stay)のホテル運営を担い、高い収益性を目指す「ホワイトレーベルオペレーター」としての役割を果たしています。
Q2: Elbtower(エルブタワー)はいつ、どこに開業しますか?
A: Elbtowerはドイツのハンブルクで建設中の超高層ビルです。ヒルトンホテルは2029年までに開業予定であり、このビルはオフィス、商業施設、ホテルが複合する大規模なスマートシティ開発の一部です。
Q3: ラグジュアリーホテルでのデジタルキーの導入メリットは何ですか?
A: 主なメリットは「摩擦ゼロの体験」の提供です。物理的な鍵の受け渡しや紛失リスクをなくし、ゲストはスマートフォンだけで客室に入室できるため、ストレスなくシームレスな滞在が可能になります。また、運営側にとっては鍵の管理コストや再発行の手間が削減されます。
Q4: デジタルエコシステムを導入することで、本当に収益は上がりますか?
A: はい、間接的および直接的に収益向上に寄与します。直接的には、オンラインコンシェルジュを通じたパーソナライズされたアップセル(高額な飲食やサービス)が増えます。間接的には、業務効率化で人件費を最適化しつつ、高いゲスト満足度(GSS)を維持することで、リピート率とブランドロイヤリティを高めます。
Q5: なぜヒルトン本体ではなく、独立系運営会社が選ばれるのですか?
A: 投資家やオーナーは、ブランド力(ヒルトン)と運営力(PRIMESTAR)を分離することで、各分野の専門性を最大限に活用しようとします。独立系運営会社は、特定ブランドの制約を受けずに、その地域や資産の特性に合わせて最も収益性の高い運営戦略を柔軟に適用できるため、オーナーの投資回収目標達成に貢献しやすいからです。
Q6: 日本のホテルがデジタルファースト戦略を採用する際の課題は何ですか?
A: 既存のレガシーシステム(古いPMSなど)との連携が最も大きな課題です。また、ホテルスタッフがデジタルツールを使いこなすための研修コストや、ゲスト層がデジタルサービスに慣れていない可能性への対応(ハイタッチとロータッチのバランス)も考慮が必要です。


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