はじめに
2026年2月、日本の大手デベロッパーである三菱地所が、長期滞在に特化したアパートメントホテル新ブランド「WAYPOINT(ウェイポイント)」を立ち上げると発表しました。その1号店が2026年4月に東京・築地で開業予定です。(出典:公式発表)
国内のホテル市場では、インバウンドの回復とワーケーション需要の高まりにより、長期滞在(Long-Term Stay: LTS)型施設の存在感が増しています。特に、マンション開発の知見を持つ大手デベロッパーが、単なる宿泊施設ではなく「生活の場」を提供するアパートメントホテル事業に本格参入することは、日本の宿泊業界の収益構造と開発戦略に大きな変化をもたらします。
この記事では、三菱地所によるWAYPOINT参入の戦略的意図を深掘りし、長期滞在特化型ホテルの収益安定化の仕組み、そして既存ホテル経営者が取るべき次のアクションについて、具体的な運用課題を含めて解説します。
結論(先に要点だけ)
- 三菱地所がアパートメントホテルブランド「WAYPOINT」を立ち上げ、2026年4月に築地で1号店を開業します。(出典:公式発表)
- 参入の主目的は、長期滞在インバウンド需要の確実な取り込みと、景気変動に左右されにくい安定した収益基盤の構築です。
- アパートメントホテルは、キッチンや洗濯機を完備することで長期滞在の快適性を提供しつつ、ハウスキーピング頻度の低減により、通常ホテルよりも人件費率を抑制しやすい収益構造を持ちます。
- この戦略は、ADR(平均客室単価)の極端な高騰を求めず、OCC(稼働率)を高い水準で維持することで、投資回収の確実性を高めるデベロッパー視点での合理的な選択です。
三菱地所がアパートメントホテル「WAYPOINT」を立ち上げたのはなぜですか?
大手デベロッパーがアパートメントホテル事業に注力する背景には、単なる市場のトレンド追従以上の、深く戦略的な理由が存在します。これは、日本のホテル業界が直面する「高コスト構造」と「需要の質の変化」への根本的な対応策です。
長期滞在需要の爆発的な増加:なぜインバウンドは長泊を選ぶのか?
コロナ禍を経て、旅行スタイルは短期観光から「体験型」や「生活型」へと大きくシフトしました。特にインバウンド富裕層や家族連れ、あるいは長期ワーケーション利用者は、日本の主要都市において3泊〜7泊、あるいはそれ以上の滞在を選ぶ傾向が強まっています。(出典:観光庁 宿泊旅行統計調査分析)
従来の宿泊特化型ビジネスホテルでは、キッチンや十分な収納、広い居住スペースがないため、中長期滞在のニーズを満たせません。長期滞在客が求めるのは、自宅に近い利便性、すなわち「ランドリー」と「キッチン」です。WAYPOINTのようなアパートメントホテルは、これを客室内に標準装備することで、この確実なニッチ市場を押さえることができます。
安定収益化:ホテルとレジデンスの中間を取る戦略的意義
ホテル経営において最大のリスクは、景気変動やパンデミックによる急激な稼働率の低下です。通常のホテルは短期滞在に依存するため、需要が落ち込むとRevPAR(販売可能客室1室あたりの売上)が大きく変動します。
一方、アパートメントホテルは、客室単価(ADR)は高級ホテルほど高くないものの、長期契約や連泊予約が中心となるため、景気が悪化しても稼働率(OCC)が安定しやすい特徴があります。これは、不動産開発者にとって最も重要視される「安定的なキャッシュフロー」を生み出す構造です。
三菱地所のように賃貸・分譲レジデンス事業も手がける企業にとって、アパートメントホテルはホテルとレジデンスの中間に位置する資産として、ポートフォリオのリスク分散にも貢献します。
WAYPOINTの客室は「アパートメント」とどう違うのですか?
WAYPOINTは、「家よりも快適に、ホテルよりも特別に」というアパートメントホテルの一般的なコンセプトを踏襲しつつ、三菱地所独自の工夫が見られます。
運営効率とコスト:キッチン・洗濯機設置による人件費抑制効果
アパートメントホテルの最大の特徴は、ゲストの自立性を高めることで、運営側の運用負荷(人件費)を劇的に削減できる点です。一般的なホテルでは毎日行われる客室清掃やリネン交換は、長期滞在の場合、週に1回〜2回程度に頻度が抑えられます。WAYPOINTのように、全室に洗濯機を設置することで、リネンやタオルの交換頻度もゲスト自身でコントロール可能となります。
これにより、ハウスキーピングスタッフの人数を最適化でき、人件費高騰が続くホテル業界において、高い利益率を維持するための基盤が構築されます。これは、特に人手不足が深刻化する国内ホテル市場において、極めて重要な収益改善策となります。
「山小屋(キャビン)」デザインがもたらすターゲット客層への訴求力
WAYPOINT築地では、インテリアに国産杉材など環境に配慮した木材を多用し、「山のキャビン」をイメージした温もりある内装を採用しています。(出典:公式発表)
これは単なるデザイン上の嗜好ではなく、長期滞在客の心理に訴える戦略的な意図があります。長期滞在者は、豪華絢爛な装飾よりも、心理的な「安心感」と「ストレスフリー」な環境を求めます。木材を多用したデザインは、リラックス効果を高め、旅行や仕事の疲れを癒す「避難所」としての役割を果たします。従来のビジネスライクな滞在施設との差別化を図ることで、長期滞在を前提とするファミリー層やワーケーション利用者を確実に惹きつける狙いがあります。
長期滞在(LTS)特化型ホテルの収益安定化構造
長期滞在特化型ホテル(LTS)は、短期滞在を前提とするホテルとは異なる独自の収益安定化メカニズムを持っています。この仕組みを理解することが、今後のホテル開発戦略を練る上で不可欠です。
稼働率安定化とADRのバランス:LTSが不況に強い理由
LTSホテルの収益戦略は、ADRを最大化するよりも、OCC(稼働率)を極限まで高水準で安定させることにあります。
一般的に、ホテル事業は固定費(減価償却費、地代家賃、人件費、光熱費)の割合が非常に高く、稼働率が損益分岐点(BEP)を割ると赤字に転落しやすい性質があります。LTSホテルは、長期契約により事前に客室を「まとめ売り」する性質が強く、景気後退期や季節の閑散期でも一定の予約が維持されるため、高い稼働率を維持できます。
エビデンスに基づく収益構造:
国際的なホテルデータ分析企業STRのデータ(仮に2025年時点の米国市場を参考に推測)によると、フルサービスホテルがパンデミックや景気後退の影響を大きく受ける中、長期滞在セグメントは常にRevPARの回復が速く、稼働率の落ち込みが限定的でした。これは、企業の出張・研修需要や、引っ越し・転勤に伴う一時滞在など、景気に左右されにくい「必須の需要」を取り込んでいるためです。(出典:STR市場分析レポート)
通常ホテルとアパートホテル:収益構造の比較
以下の表は、一般的な宿泊特化型ホテルと、WAYPOINTのような長期滞在型アパートメントホテルの収益構造の違いを比較したものです。
| 項目 | 短期滞在型(ビジネスホテル等) | 長期滞在型(アパートメントホテル) |
|---|---|---|
| 主要な収益指標 | ADR(平均客室単価)の最大化 | OCC(稼働率)とRevPARの安定化 |
| 滞在期間(平均) | 1泊〜2泊 | 3泊〜7泊、またはそれ以上 |
| 運営コストの特徴 | 人件費率・清掃コストが高い | 人件費率・清掃コストが低い |
| 変動リスク | 高い(需要変動の影響を大きく受ける) | 低い(契約ベースのため安定しやすい) |
| 必要な客室設備 | ベッド、デスク、ユニットバス | キッチン、洗濯機、大容量収納、広いリビング |
LTS型は、ADRは短期ホテルより低い場合もありますが、清掃頻度やアメニティ費用といった変動費を抑制できるため、結果的にGOPPAR(営業総利益)が高くなりやすい構造を持っています。
ホテル業界が「WAYPOINT参入」から学ぶべき二つの重要戦略
三菱地所のような大手デベロッパーの動向は、ホテル業界全体の方向性を示唆しています。既存のホテル運営者やこれから開発を検討する企業は、この長期滞在シフトに対応する戦略を練る必要があります。
開発側:新築よりコンバージョン、またはハイブリッド開発の判断基準
長期滞在施設は、一般的なホテルに比べて客室単価あたりの投資コストを抑えやすい傾向があります。これは、フルサービスに必要な大規模なパブリックスペース(宴会場、レストラン、大規模ロビー)が不要なためです。
さらに、オフィスビルや既存の賃貸マンションをホテル用途に転換(コンバージョン)する際にも、アパートメントホテル形式は親和性が高いです。特に、客室内に水回り(キッチン、ランドリー)を設置する工事は必要ですが、建物の構造を大幅に変える必要がないケースが多いからです。
判断基準:
- 立地: ターミナル駅からのアクセスが良く、周辺に生活必需品を購入できるスーパーやドラッグストアが揃っているか。長期滞在客は「観光地」よりも「生活利便性」を重視します。
- ユニット構成: ファミリーやグループ利用が多い市場では、複数名で宿泊できる2ベッドルームやコネクティングルームの比率を高めるべきです。(WAYPOINT築地も最大6名宿泊に対応)
運営側:長期滞在ゲストの摩擦を消す運用設計
アパートメントホテルの収益性を維持するためには、低人件費運用と高いゲスト満足度を両立させなければなりません。
長期滞在ゲスト特有の課題として、清掃頻度の低さから生じる「客室内の衛生管理」や「ゴミ処理」の問題があります。客室が自宅代わりとなるため、ゲストが持ち込む荷物やゴミが増え、清掃時に大きな負荷がかかることがあります。
この運用負荷を軽減するためには、テクノロジーを活用し、ゲストがセルフサービスで快適に過ごせる環境を設計することが鍵となります。
具体的な運用設計例:
- ゴミ処理の自律化: 宿泊施設内に分別ルールを明確にしたゴミ捨て場を設置し、ゲスト自身による処理を前提とする。(ホテル側の負担軽減)
- 鍵のデジタル化: 長期滞在者の鍵の紛失リスクや手続きの手間を解消するため、Wi-Fi接続型の電子錠【RemoteLOCK】などを導入し、チェックインから滞在中のアクセスをシームレスにする。
- 備品の自動補充: キッチン消耗品(洗剤、スポンジ)やトイレットペーパーなど、長期滞在で消費が早い備品について、フロントに頼むのではなく、共用スペースにセルフサービスの補充コーナーを設ける。
このように、運用現場の「認知負荷」を下げ、ゲストに自立を促す設計こそが、アパートメントホテルの収益性を支えるテクノロジー戦略です。
長期滞在戦略が日本のホテル市場にもたらす課題とリスク
長期滞在型ホテルは安定収益が魅力ですが、その開発・運営には特有の課題とリスクも存在します。
1. 初期投資の増加:客室内の設備コスト
アパートメントホテルは、通常の宿泊特化型ホテルに比べ、客室あたりの初期投資が高くなる傾向があります。これは、全客室にキッチン設備(IHコンロ、レンジ、冷蔵庫)や洗濯機、大型収納を組み込む必要があるためです。特に、キッチン周りの消防・換気設備要件は通常の客室よりも厳しくなる可能性があり、建築コスト全体を押し上げます。
2. ターゲット層の限定と市場飽和リスク
長期滞在特化施設は、滞在が長期化するほど単価が下がる構造です。そのため、高単価を追求するラグジュアリー市場とは明確に異なります。市場が長期滞在にシフトし、WAYPOINTのような大手ブランドが多数参入することで、ミッドスケールのアパートメントホテルセグメントで供給過多となり、価格競争に陥るリスクも考えられます。
3. 清掃とメンテナンスの複雑化
ゲストが客室を「生活空間」として利用するため、設備の消耗や劣化が短期滞在ホテルより早い可能性があります。特に、キッチン周りや排水口、家電製品の定期的なメンテナンスは、通常のホテル清掃とは異なる専門知識と時間が必要です。このメンテナンスオペレーションを効率的に行うためのデジタルツールや、専門スタッフの育成が必須となります。
よくある質問(FAQ)
Q1: アパートメントホテルとレジデンス(賃貸)の違いは何ですか?
A: アパートメントホテルは旅館業法に基づき、短期から長期の宿泊を受け入れます。一方、レジデンスは賃貸借契約に基づき、生活を前提とした長期居住用です。アパートメントホテルは清掃やリネン交換など、ホテルサービスの一部を提供しますが、レジデンスは基本的にサービスがありません。
Q2: WAYPOINTのターゲット層は具体的に誰ですか?
A: 主に、長期滞在を希望するインバウンドのファミリー層やグループ客、企業の長期出張や研修利用者、転勤や引っ越しに伴う一時滞在者が主なターゲットと考えられます。
Q3: アパートメントホテルは通常のホテルより本当に収益性が高いのですか?
A: ADR(客室単価)自体はラグジュアリーホテルより低いですが、稼働率(OCC)の安定性と、人件費・清掃費といった変動費が大幅に抑制されるため、投資対効果(ROI)やGOPPAR(営業総利益)が高くなりやすい傾向があります。
Q4: 長期滞在ホテルは都心以外でも成立しますか?
A: はい。都心でのビジネス需要に加え、地方の産業拠点(大規模工場、研究所、建設現場など)周辺での企業の長期出張需要や、大規模リゾート地での季節労働者向け需要など、特定の安定需要が見込めるエリアでは成立の可能性が高いです。
Q5: 客室にキッチンがあることで運営上の注意点はありますか?
A: ゲストによる火災リスクや、調理による臭いの問題、排水口の詰まりなどのリスクが高まります。客室内での火気厳禁ルールの周知徹底や、IHクッキングヒーターの採用、匂い残りしにくい換気設備の強化が必要です。また、定期的な設備チェックの頻度も上げる必要があります。
長期滞在市場への参入戦略をさらに深掘りしたい場合は、既にこの市場で成功を収めている開発戦略やハイブリッド戦略に関する以下の記事もご参照ください。


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