RevPAR至上主義の限界。GOPPARを最大化する「プロフィットマネジメント」とは
インバウンドの本格的な回復や国内旅行需要の底堅さに支えられ、多くのホテルで客室単価(ADR)と稼働率が上昇し、それに伴いRevPAR(販売可能な客室1室あたりの収益)もコロナ禍以前を上回る水準で推移しています。一見すると、ホテル業界は活況を呈しているように見えますが、その裏側では、深刻化する人手不足、高騰するエネルギーコストや仕入れ価格、そして激化するオンラインでの顧客獲得競争など、利益を圧迫する要因が山積しています。
このような状況下で、私たちホテル業界人は、これまで最重要指標(KPI)としてきたRevPARだけを追い求める経営で、本当に持続的な成長を実現できるのでしょうか。客室が満室でRevPARが過去最高を記録しても、そのために多額の広告費を投じ、付帯施設が十分に利用されなければ、手元に残る利益はわずかかもしれません。今、ホテル経営に求められているのは、売上という「表面」だけでなく、利益という「実質」に焦点を当てた、より高度な経営戦略です。本記事では、RevPAR至上主義の限界を乗り越え、ホテル全体の利益を最大化する新たな経営アプローチ「プロフィットマネジメント」について、その概念から実践方法までを深く掘り下げていきます。
なぜRevPARだけでは不十分なのか?
プロフィットマネジメントを理解する上で、まずは従来のレベニューマネジメントと、その中心的な指標であるRevPARの限界を正しく認識する必要があります。
レベニューマネジメントとRevPARの役割
レベニューマネジメントは、「適切な商品を、適切な顧客に、適切な価格で、適切なタイミングで提供する」ことで収益の最大化を目指す科学的なアプローチです。ホテル業界では、需要を予測し、客室の価格と在庫をコントロールすることで、主に客室部門の収益を最大化するために活用されてきました。その成果を測る指標がRevPAR(Revenue Per Available Room)であり、ADR(平均客室単価)とOCC(客室稼働率)を掛け合わせることで算出されます。RevPARは、ホテルの収益化能力を示すシンプルで分かりやすい指標として、長年にわたり業界標準のKPIとして君臨してきました。
RevPAR至上主義がもたらす「見えない損失」
しかし、RevPARを唯一絶対の指標とすることには、いくつかの大きな落とし穴があります。
1. コストを考慮していない
RevPARは収益(売上)の指標であり、利益の指標ではありません。例えば、OTAに高い手数料を支払って稼働率を上げた結果、RevPARが向上しても、顧客獲得コスト(CAC)を差し引いた後の利益は、自社サイト経由の予約よりも低くなるケースは珍しくありません。また、インバウンドの団体客で満室にしても、彼らが館内施設をあまり利用せず、清掃やオペレーションのコストがかさむ場合、RevPARの数字ほどホテルは儲かっていない可能性があります。
2. 客室以外の収益を見過ごす
ホテルにはレストラン、バー、宴会場、スパ、ショップなど、客室以外にも多様な収益源があります。RevPARはこれらの付帯収益を一切含んでいません。例えば、ビジネス客は高い客室単価を支払うかもしれませんが、館内での消費額は少ない傾向があります。一方で、レジャー客は客室単価が多少低くても、レストランで食事を楽しみ、スパを利用するなど、ホテル全体に落とす金額(総消費額)は大きくなる可能性があります。RevPARだけを見ていると、こうした「利益貢献度の高い顧客」を見誤るリスクがあります。
3. 部門間のセクショナリズムを助長する
ホテルの評価がRevPARに偏重すると、宿泊部門の成果ばかりが注目されがちです。その結果、「宿泊部門は売上を最大化するために、利益率の低い団体客で客室を埋める」「F&B部門は、宿泊客が利用しなくても外部からの集客で売上を立てれば良い」といったように、部門が個別の目標達成に走り、ホテル全体の利益最大化という視点が失われる「サイロ化」が進んでしまいます。これでは、F&B部門をプロフィットセンターに変えるといった全社的な取り組みは困難になります。
利益を最大化する「プロフィットマネジメント」への転換
こうしたRevPARの限界を超える概念として登場したのが「プロフィットマネジメント」です。これは、従来のトータル・レベニューマネジメントがホテル全体の「収益」を対象としていたのに対し、さらに一歩踏み込み、ホテル全体の「営業総利益」を最大化することを目的とします。
プロフィットマネジメントにおける最重要指標は**GOPPAR(Gross Operating Profit Per Available Room)**、つまり「販売可能な客室1室あたりの営業総利益」です。GOPPARは、ホテルの総収益から運営費用を差し引いた営業総利益を、総客室数で割ることで算出されます。この指標を用いることで、収益性だけでなく、運営の効率性やコスト管理能力まで含めた、ホテル経営の総合的な実力を測ることが可能になります。
プロフィットマネジメント実践の3ステップ
では、具体的にプロフィットマネジメントを導入するには、何から始めればよいのでしょうか。大きく分けて3つのステップが考えられます。
ステップ1:データの集約と可視化
プロフィットマネジメントの土台となるのは、正確で網羅的なデータです。しかし、多くのホテルでは、宿泊予約データはPMS(宿泊管理システム)、レストランの売上はPOS(販売時点情報管理システム)、宴会予約は専用システム、顧客情報はCRM(顧客関係管理システム)というように、データが各部門のシステムに散在し、サイロ化しています。これでは、ホテル全体の利益構造を正確に把握することはできません。
最初のステップは、これらの散在するデータを一元的に集約し、可視化することです。BI(ビジネスインテリジェンス)ツールやCDP(カスタマーデータプラットフォーム)を導入し、全部門の収益データとコストデータを統合・分析できる環境を構築する必要があります。これにより、例えば以下のような分析が可能になります。
- 予約チャネル(自社サイト、OTA、法人契約など)ごとの顧客獲得コストと、その顧客がもたらす総利益(TRevPAR – Total Revenue Per Available Room – からコストを引いたもの)
- 顧客セグメント(ビジネス、レジャー、ファミリー、カップルなど)ごとの館内施設利用額と利益貢献度
- 特定の宿泊プランやプロモーションが、客室以外の部門収益に与えた影響
こうしたデータに基づいた分析こそが、プロフィットマネジメントの出発点です。
ステップ2:部門横断のKPI設定と組織改革
データ基盤が整ったら、次は組織の意識改革です。ホテル全体の共通目標として「GOPPARの最大化」を掲げ、それに基づいて各部門のKPIを再設計します。
- 宿泊部門:RevPARだけでなく、利益率の高いチャネルからの予約比率や、自社予約比率もKPIに加える。
- F&B部門:単なる売上高だけでなく、利益率、原価率、宿泊客の利用率、顧客単価などを重視する。
- マーケティング部門:キャンペーンの予約数だけでなく、投下した広告費に対する利益(ROI – 投資収益率)を測定する。
そして、この変革を主導する人材として、従来のレベニューマネージャーの役割を拡張した「プロフィットマネージャー」や「コマーシャルディレクター」といった役職を設置することが有効です。彼らは、宿泊、F&B、マーケティング、セールスといった各部門を横断的に見て、データに基づきホテル全体の利益を最大化するための戦略を立案・実行する司令塔の役割を担います。
ステップ3:利益ベースでの戦略的な意思決定
データと組織が整うことで、初めて「利益ベース」での戦略的な意思決定が可能になります。
- マーケティング戦略:どの顧客セグメントが最も利益貢献度が高いかを特定し、そのセグメントに響くメッセージで、最も利益率の高いチャネルを通じてアプローチする。
- プライシング戦略:需要と供給だけでなく、顧客セグメントごとの利益率を考慮したダイナミックプライシングを実践する。時には、稼働率を犠牲にしてでも、利益率の高い価格を維持するという判断も必要になります。
- アップセル・クロスセル戦略:チェックイン時や滞在中に、どの顧客に、どのタイミングで、何を提案すれば総消費額と満足度が最大化されるか、AIなどを活用したデータ分析に基づいてパーソナライズされた提案を行う。
まとめ:未来のホテル経営は「利益」から始まる
ホテル業界を取り巻く環境が複雑性を増し、あらゆるコストが上昇し続ける2025年以降の市場において、もはやRevPARという単一の指標に依存した経営は限界を迎えています。表面的な売上を追い求めるのではなく、顧客獲得コストから運営コストまで、すべてを考慮に入れた「利益」を最大化するプロフィットマネジメントへの移行は、もはや選択肢ではなく必然と言えるでしょう。
プロフィットマネジメントの導入は、単に新しいツールを導入したり、KPIを変更したりするだけでは完結しません。それは、データに基づいて部門の壁を越え、ホテル全体で利益創出を目指すという、組織文化そのものを変革する壮大なプロジェクトです。この変革を成し遂げたホテルこそが、激しい競争を勝ち抜き、顧客からも従業員からも選ばれ続ける、真に持続可能なホテルとなるのではないでしょうか。ホテルの経営者、マネージャー、そしてこれからホテル業界でキャリアを築こうとするすべての人にとって、「利益」という視点を持つことが、未来を切り拓くための最も重要な鍵となるはずです。
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