はじめに:OTAをめぐる最近の動向
昨今、オンライン・トラベル・エージェント(OTA)をめぐる話題がホテル業界を賑わせています。特に、宿泊予約サイト「Agoda」において、予約したはずの客室が確保されていなかったといったトラブルが相次いで報告され、星野リゾートの星野佳路代表がSNSで名指しで批判したことは大きな注目を集めました。これを受け、観光庁がAgodaに行政指導を行い、Agoda側もサービス改善に向けた声明を発表する事態に至っています。
参考:星野リゾートも怒り心頭な「アゴダ」、旅行予約サイトでトラブルを回避する自己防衛策とは (ダイヤモンド・オンライン)
参考:アゴダCEOがサービス改善へ声明、トラブル原因の事業者の取扱い停止、AI事前監視システムや補償オプションなど導入へ (トラベルボイス)
多くのホテルにとって、OTAは国内外から膨大な数の旅行者を呼び込んでくれる強力な集客チャネルです。その恩恵は計り知れず、今やホテル経営に不可欠な存在と言えるでしょう。しかし、今回のAgodaの問題は、OTAへの過度な依存がもたらすリスクを改めて浮き彫りにしました。本記事では、この一件をきっかけに、ホテルが今後いかにしてOTAと健全な関係を築き、自らの収益性とブランド価値を高めていくべきか、その鍵となる「ダイレクトブッキング戦略」の重要性について深掘りしていきます。
OTA依存の光と影
ホテルがOTAを利用するメリットは明確です。世界中の潜在顧客にリーチできるマーケティング力、多言語対応のプラットフォーム、そして膨大な広告宣伝費を肩代わりしてくれる集客力は、特に独立系のホテルや小規模施設にとっては非常に魅力的です。しかし、その裏側には見過ごすことのできないデメリット、すなわち「リスク」が存在します。
OTA依存がもたらすリスク
1. 利益率の圧迫
OTAを経由した予約には、一般的に10%から20%程度の販売手数料が発生します。これはホテルの利益を直接的に圧迫する大きな要因です。特に競争の激しいエリアでは、OTA上での価格競争も相まって、収益性の確保が困難になるケースも少なくありません。
2. ブランド価値の毀損
OTAのプラットフォーム上では、ホテルは数多くの競合施設と横並びで表示されます。価格やレビューの星の数といった画一的な基準で比較されるため、ホテルが本来持つ独自の魅力や世界観を伝えきれず、価格だけの勝負に陥りがちです。これは、長期的に見てホテルのブランド価値を毀損するリスクをはらんでいます。
3. 顧客データの喪失
OTA経由の予約では、宿泊者の詳細な顧客データはOTAが保有し、ホテル側には限定的な情報しか提供されないのが一般的です。本来、顧客データはホテルにとって最も貴重な資産の一つです。このデータを活用して顧客との関係を深め、リピーターになってもらうためのCRM(顧客関係管理)戦略を展開することが、OTA依存の体制下では極めて困難になります。
4. プラットフォームへの従属
OTAのアルゴリズムや規約、手数料率の変更など、プラットフォーム側の方針転換にホテルは常に振り回されることになります。自社の努力だけではコントロールできない外部要因に経営が大きく左右されるのは、非常に不安定な状態と言えるでしょう。
今こそ「ダイレクトブッキング」を強化すべき理由
これらのリスクを軽減し、安定的で収益性の高いホテル経営を実現するために、今改めて注目されているのが「ダイレクトブッキング」、すなわち自社の公式サイト経由の直接予約を増やす戦略です。ダイレクトブッキングの強化は、ホテルに多くのメリットをもたらします。
ダイレクトブッキング強化のメリット
- 収益性の最大化: OTAに支払う手数料が不要になるため、予約1件あたりの利益率が大幅に向上します。
- 顧客との直接的な関係構築: 顧客データを自社で直接獲得・管理できるため、パーソナライズされたコミュニケーションや効果的なCRM施策が可能になり、ロイヤルカスタマーの育成につながります。
- ブランドコントロールの実現: 自社サイトでは、ホテルのコンセプトやストーリー、サービス内容を自由に、そして深く伝えることができます。価格以外の価値を訴求し、ブランドイメージを主体的に構築できます。
- 柔軟なマーケティング戦略: OTAの規約に縛られることなく、公式サイト限定のプランやキャンペーン、アップセル・クロスセルの提案などを自由に行うことができます。
ダイレクトブッキング強化のための具体的戦略
では、具体的にどのようにしてダイレクトブッキングの比率を高めていけばよいのでしょうか。ここでは、すぐにでも取り組める具体的な戦略をいくつかご紹介します。
1. 魅力的で使いやすい自社予約サイトの構築
すべての基本は、顧客が「このサイトで予約したい」と思えるような自社サイトを構築することです。以下の点は最低限クリアすべきでしょう。
- 優れたUI/UX: 直感的で分かりやすく、ストレスなく予約完了まで進めるデザイン。
- スマートフォンへの最適化: 今や予約の大半はスマートフォン経由です。レスポンシブデザインは必須です。
- 高品質なビジュアル: プロが撮影した魅力的な写真や動画をふんだんに使い、ホテルの世界観を伝える。
- 高性能な予約エンジン: 空室検索が速く、カレンダー表示が見やすいなど、機能性の高い予約エンジンを導入する。
2. 公式サイト限定特典(Book Direct特典)の提供
顧客に「公式サイトから予約する方がお得だ」と明確に認識してもらうためのインセンティブ設計が重要です。
- ベストレート保証(最低価格保証): どのOTAよりも公式サイトが最も安い価格であることを約束します。
- 金銭以外の付加価値: レイトチェックアウト、客室の無料アップグレード、ウェルカムドリンク、館内利用券など、公式サイト予約者だけの特別な特典を用意します。
- 公式サイト限定プラン: 記念日プラン、連泊割引プラン、特定のアクティビティとセットになったパッケージプランなど、OTAにはないユニークなプランを造成します。
3. ロイヤルティプログラム(会員制度)の導入
一度宿泊してくれた顧客を離さず、リピーターへと育成するための仕組みです。会員登録を促し、公式サイトでの再予約につなげます。
- ポイント制度: 宿泊金額に応じてポイントを付与し、次回の宿泊割引などに利用できるようにする。
- 会員ランク: 宿泊実績に応じてランクが上がり、より良い特典が受けられるようにすることで、顧客の満足度と再訪意欲を高めます。
- 会員限定オファー: 会員限定の割引料金やセール情報の先行案内などを提供します。
4. デジタルマーケティングの戦略的活用
魅力的なサイトや特典を用意しても、それが見込み客に届かなければ意味がありません。戦略的なデジタルマーケティングで、公式サイトへの流入を増やしましょう。
- SEO(検索エンジン最適化): 「地域名+ホテル」「ホテル名」などのキーワードで検索された際に、自社サイトがOTAよりも上位に表示されるよう対策します。
- Web広告の活用: Googleホテル広告などを活用し、予約を検討しているユーザーに自社サイトの料金や特典を直接アピールします。
- SNSマーケティング: Instagramなどでホテルの日常や魅力を発信し、ファンを育成。プロフィール欄から公式サイトへ誘導する動線を確保します。
- メールマーケティング: 獲得した顧客リストに対して定期的にニュースレターを配信し、忘れられないための関係性を維持し、再訪を促します。
「脱OTA」ではなく「共存」を目指すチャネルミックス戦略
ダイレクトブッキングの強化は、決して「OTAを完全に排除する」という極端な話ではありません。OTAが持つ圧倒的な新規顧客獲得能力は、依然として大きな魅力です。重要なのは、それぞれのチャネルの特性を理解し、戦略的に使い分ける「チャネルミックス」の視点です。
「OTAは新規顧客獲得のための広告塔、自社サイトはリピーター育成と利益確保のための本丸」
このように役割を明確に分けることが肝要です。そして、OTA経由で初めて宿泊した顧客に対し、チェックイン時の案内や客室内のポップ、チェックアウト後のサンクスメールなどを通じて、次回はよりお得な公式サイトから予約してもらえるよう、丁寧に誘導していく仕掛けが求められます。
まとめ
今回のAgodaをめぐる一連の問題は、ホテル業界全体がOTAとの関係性を見つめ直し、より自律的で強固な経営基盤を築くための警鐘と捉えるべきです。OTAへの依存度を適切にコントロールし、ダイレクトブッキングという自社の幹を太くしていくこと。それこそが、予測不能な変化の時代を乗り越え、ホテルの持続的な成長を実現するための最も確実な道筋と言えるでしょう。自社の予約エンジンやCRMシステムといったテクノロジーを最大限に活用し、今日からダイレクトブッキング戦略の一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
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