ADR・RevPARの次へ。ホテル経営の鍵を握る『TRevPAR』とは?

ビジネス戦略とマーケティング

好景気の今こそ見直すべき、ホテル経営の重要指標

昨今、インバウンド需要の回復や国内旅行の活発化を受け、ホテル業界は活況を呈しています。多くのホテルで客室稼働率(OCC)と平均客室単価(ADR)が上昇し、それに伴い販売可能客室数あたり収益(RevPAR)も改善傾向にあります。実際に、東京商工リサーチの調査でも、主要な上場ホテル運営企業の客室単価が前年を上回る見通しであることが報じられています。(参考:日本経済新聞「東京商工リサーチ、上場ビジネス・シティホテル「客室単価・稼働率」調査の結果を発表」

このような状況は喜ばしい限りですが、経営指標の焦点を「客室」だけに当てたままで良いのでしょうか。特に、レストランや宴会場、スパなどの付帯施設を持つフルサービスのホテルやリゾート施設にとって、客室収益のみを追いかける経営は、機会損失につながる可能性があります。そこで本記事では、RevPARのさらに先を見据えた経営指標である「TRevPAR(Total Revenue Per Available Room)」に焦点を当て、その重要性と最大化するための戦略について深掘りしていきます。

ホテル経営の基本指標:ADR, OCC, RevPARを理解する

TRevPARの話に入る前に、まずは基本となる3つの経営指標について簡単におさらいしましょう。これらはホテル経営の根幹をなすKPI(重要業績評価指標)です。

ADR (Average Daily Rate / 平均客室単価)

ADRは、一定期間に販売した客室1室あたりの平均価格を示す指標です。「総客室売上 ÷ 販売客室数」で算出されます。ADRが高いほど、1室あたりの収益性が高いことを意味し、ホテルのブランド価値や価格戦略の成果を測る上で重要です。

OCC (Occupancy Rate / 客室稼働率)

OCCは、販売可能な総客室数のうち、実際にどれだけの客室が販売されたかを示す割合です。「販売客室数 ÷ 総販売可能客室数 × 100」で算出されます。OCCは、集客力やマーケティング活動の効果を示す指標と言えます。

RevPAR (Revenue Per Available Room / 販売可能客室数あたり収益)

RevPARは、販売可能な全客室1室あたり、どれだけの収益を上げたかを示す指標です。計算方法は2通りあり、「総客室売上 ÷ 総販売可能客室数」または「ADR × OCC」で算出できます。ADRとOCCの両方の要素を組み合わせた指標であるため、ホテルの収益パフォーマンスを総合的に評価する上で最も重要な指標の一つとされています。

客室収益の先へ:TRevPAR (Total RevPAR) の重要性

RevPARは客室部門の収益性を測る優れた指標ですが、その名の通り「客室(Room)」からの収益しか考慮していません。ホテルのビジネスは宿泊だけにとどまりません。そこで登場するのがTRevPARです。

TRevPARとは何か?

TRevPARは「Total Revenue Per Available Room」の略で、日本語では「総販売可能客室数あたり総収益」と訳されます。その計算式は以下の通りです。

TRevPAR = (客室収益 + 飲食収益 + 宴会収益 + スパ収益 + その他すべての収益) ÷ 総販売可能客室数

つまり、TRevPARは客室だけでなく、レストラン、バー、宴会、スパ、駐車場、アクティビティなど、ホテル内で発生したすべての収益を合算し、それを販売可能な客室数で割った指標です。これにより、ホテル全体の総合的な収益力を評価することができます。

なぜ今、TRevPARが注目されるのか?

ホテル経営において、TRevPARという視点を持つことの重要性は、近年ますます高まっています。その理由はいくつか考えられます。

1. 収益源の多角化と安定化
客室収益は季節や景気、イベントの有無など外部要因による変動が大きいという特性があります。飲食や宴会、ウェルネスといった付帯施設の収益を伸ばすことは、経営の安定化に直結します。TRevPARを追うことで、経営陣は客室以外の収益源へも意識を向けるようになり、バランスの取れた収益構造の構築を目指せます。

2. 顧客体験価値(CX)の可視化
TRevPARが高いということは、宿泊客が客室以外でも多くのサービスを利用し、ホテルでの滞在そのものを楽しんでいる証拠と言えます。つまり、TRevPARは単なる収益指標ではなく、顧客がそのホテルで得られる体験価値の高さを間接的に示す指標ともなり得るのです。魅力的なレストランでの食事、リラックスできるスパ体験、楽しいアクティビティへの参加など、顧客満足度が高まるほど、TRevPARも向上する傾向にあります。

3. 正確な顧客価値の把握
例えば、宿泊料金は安いプランで予約したものの、滞在中に高級レストランやスパを頻繁に利用してくれる顧客もいます。RevPARだけで見ると「単価の低い顧客」と判断されてしまうかもしれませんが、TRevPARの視点で見れば、その顧客はホテルにとって非常に価値の高い「優良顧客」であることがわかります。このように、TRevPARは顧客一人ひとりの真の価値をより正確に捉えることを可能にします。

4. データドリブン経営への進化
かつては、客室部門と飲食部門、スパ部門などのデータはそれぞれ独立して管理されているのが一般的でした。しかし、PMS(宿泊管理システム)、POS(販売時点情報管理システム)、CRM(顧客関係管理システム)などのテクノロジーが進化し、データ連携が容易になったことで、TRevPARの正確な計測と分析が可能になりました。これにより、データに基づいた戦略的な意思決定が行えるようになっています。

TRevPARを最大化するためのマーケティング&DX戦略

では、具体的にTRevPARを高めるためには、どのような施策が考えられるでしょうか。ここでは、マーケティングとDXの観点から5つの戦略をご紹介します。

1. 顧客セグメンテーションとパーソナライズ

すべての顧客に同じアプローチをするのではなく、顧客の属性や行動履歴に基づいてセグメント分けし、それぞれに最適な提案を行うことが重要です。例えば、PMSやCRMのデータを分析し、「記念日旅行で宿泊しているカップル」にはロマンティックなディナーコースを、「子連れのファミリー層」には館内で楽しめるキッズアクティビティを、チェックイン時や滞在中にパーソナライズして提案します。これにより、付帯サービスの利用率を高めることができます。

2. アップセルとクロスセルの強化

予約からチェックアウトまでの顧客接点のあらゆる場面で、アップセル(より高価格帯の商品への誘導)とクロスセル(関連商品の合わせ買い提案)の機会があります。予約確認メールでスパトリートメントの事前予約割引を案内したり、客室のタブレット端末からルームサービスの特別メニューを注文できるようにしたりと、テクノロジーを活用することで、スムーズかつ効果的に顧客単価を引き上げることが可能です。

3. 付帯施設の魅力向上とパッケージ化

付帯施設そのものに魅力がなければ、利用は促進されません。地域の食材を活かしたレストランの季節限定メニュー開発、著名なインストラクターを招いたヨガリトリートの開催など、そこでしか体験できない価値を創造することが求められます。さらに、「宿泊+ディナー+レイトチェックアウト」や「宿泊+スパ+朝食」といった魅力的なパッケージプランを造成し、自社サイトやOTAで積極的に販売することで、予約時点でのTRevPAR向上に貢献します。

4. データを活用した収益機会の発見

DX推進の核心は、データ活用にあります。PMSとPOSのデータを連携させれば、「どの客層が、どの時間帯に、どのレストランで、いくら利用しているか」といった詳細な分析が可能になります。分析の結果、「平日のランチタイムにビジネス客の利用が少ない」ことがわかれば、ビジネス客向けのランチセットを開発してプロモーションを行う、といった具体的なアクションにつながります。データは、これまで見過ごされていた収益機会を発見するための羅針盤となります。

5. ロイヤルティプログラムの戦略的活用

リピーターを育成するロイヤルティプログラムも、TRevPAR向上に有効な手段です。会員ランクに応じてレストランでの割引率を変えたり、誕生月にスパの無料券を進呈したりすることで、再訪を促すだけでなく、滞在中の付帯施設利用を積極的に後押しします。会員限定のイベントや体験を提供することも、顧客エンゲージメントを高め、結果として消費額の増加につながるでしょう。

まとめ:データで切り拓くホテル経営の新たな地平

ホテル業界が好況にある今だからこそ、目先のRevPARの数字に一喜一憂するのではなく、より長期的かつ総合的な視点を持つことが重要です。TRevPARは、ホテルの真の収益力と顧客体験価値を映し出す鏡であり、持続的な成長を目指す上での北極星となり得る指標です。

TRevPARを経営の中心に据えることは、単に売上を最大化するだけでなく、「どうすればお客様にもっと滞在を楽しんでいただけるか」を全部門で追求する文化を醸成することにもつながります。そして、その実現のためには、PMS、POS、CRMといったシステムに蓄積された膨大なデータを統合・分析し、顧客一人ひとりを深く理解するDXの推進が不可欠です。客室収益の壁を越え、データという武器を手にすることで、ホテル経営は新たな地平を切り拓くことができるでしょう。

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