ADRとOCCの最大化が鍵。ホテル収益を飛躍させるレベニューマネジメントの本質

ビジネス戦略とマーケティング

好景気の裏側にある戦略:データが語るホテル収益最大化の鍵

昨今、インバウンド需要の回復に牽引され、ホテル業界は活況を呈しています。実際に、株式会社東京商工リサーチが2024年7月に発表した「上場ビジネス・シティホテル『客室単価・稼働率』調査」によると、多くのホテルで客室単価(ADR)と客室稼働率(OCC)が前年を上回る水準で推移しており、業界全体の好調さがうかがえます。

しかし、この好調は単なる需要増という追い風だけによるものでしょうか。実は、その裏側には、データを駆使して収益の最大化を目指す「レベニューマネジメント」という科学的なアプローチが存在します。本記事では、ホテルの経営において今や不可欠となったレベニューマネジメントの本質と、その実践方法について深掘りしていきます。ホテルのDXを推進する担当者の方から、ホテル業界でのキャリアを志す方まで、今後のビジネス戦略を考える上での一助となれば幸いです。

レベニューマネジメントとは何か?

レベニューマネジメントとは、一言で言えば「適切な商品を、適切な顧客に、適切な価格で、適切なタイミングで、適切なチャネルを通じて販売することにより、収益を最大化する」ための一連の戦略・手法を指します。もともとは1980年代にアメリカの航空業界で生まれ、その後ホテル業界にも応用されるようになりました。

ホテルにおける「商品」とは客室です。客室の最大の特徴は、その日に売れなければ価値がゼロになる「非貯蔵性(Perishable Inventory)」にあります。飛行機の座席と同じで、昨日の空室を今日売ることはできません。この機会損失をいかに最小限に抑え、一日ごとの収益を最大化するかが、ホテル経営の生命線となります。レベニューマネジメントは、そのための羅針盤となる極めて重要な経営手法なのです。

収益最大化を測る3つの重要指標

レベニューマネジメントを実践する上で、欠かすことのできない3つの重要業績評価指標(KPI)があります。これらの指標を正しく理解し、連動させて見ることが成功の第一歩です。

1. ADR (Average Daily Rate / 平均客室単価)

ADRは、特定期間における販売した客室1室あたりの平均販売価格を示す指標です。計算式は以下の通りです。

ADR = 売上合計 ÷ 販売客室数

ADRが高ければ高いほど、1室あたりの収益性が高いことを意味します。しかし、ADRを追求するあまり価格を高く設定しすぎると、販売客室数が減ってしまい、結果として全体の売上は下がってしまいます。

2. OCC (Occupancy Rate / 客室稼働率)

OCCは、販売可能な全客室のうち、実際にどれだけの客室が販売されたかを示す割合です。計算式は以下の通りです。

OCC = 販売客室数 ÷ 販売可能総客室数

OCCが100%に近いほど、多くの客室が埋まっていることを意味します。しかし、OCCを上げるために価格を安くしすぎると、「満室なのに儲からない」という「満室貧乏」の状態に陥る危険性があります。

3. RevPAR (Revenue Per Available Room / 販売可能客室数あたり収益)

RevPARは、販売可能な客室1室あたり、どれだけの収益を上げられたかを示す指標であり、レベニューマネジメントにおいて最も重要視されます。ADRとOCCを掛け合わせることで算出されます。

RevPAR = ADR × OCC もしくは RevPAR = 売上合計 ÷ 販売可能総客室数

RevPARは、単価(ADR)と稼働率(OCC)のバランスを総合的に評価する指標です。例えば、ADRが20,000円でOCCが50%の場合、RevPARは10,000円です。一方で、ADRを12,500円に下げてOCCを80%に上げた場合も、RevPARは同じく10,000円です。どちらの戦略が自社にとって最適か、人件費や清掃コストなども考慮しながら判断していく必要があります。レベニューマネジメントの目的は、このRevPARを最大化することにあると言っても過言ではありません。

レベニューマネジメントの実践サイクル

では、具体的にレベニューマネジメントはどのように進められるのでしょうか。基本的には以下の4つのステップを繰り返し行うPDCAサイクルで実践されます。

Step 1: データ収集と分析 (Plan)

全ての基本はデータです。過去の実績データ(日別、曜日別、月別のADR、OCC、RevPAR)、予約データ(予約日と宿泊日の間隔を示すリードタイム、滞在日数、予約チャネル)、市場データ(近隣のイベント、祝日、季節性)、競合ホテルの価格動向など、あらゆるデータを収集・分析します。これらのデータは、PMS(Property Management System)やCRS(Central Reservation System)に蓄積されています。

Step 2: 需要予測 (Do)

収集したデータを基に、将来の需要を予測(フォーキャスティング)します。例えば、「来月の3連休は、過去3年間のデータから見て満室になる可能性が高い」「近隣で大規模な国際会議が開催されるため、通常よりも早い段階で予約が入り、高い価格でも販売できるだろう」といった予測を立てます。

Step 3: 最適化と価格設定 (Do)

需要予測に基づき、収益が最大化されるように価格や販売条件を最適化します。需要が高いと予測される日は価格を強気に設定し、逆に低い日は価格を下げたり、連泊割引プランを提供したりします。これが「ダイナミックプライシング(変動価格制)」です。また、特定のOTA(Online Travel Agent)での販売を停止する「クローズアウト」や、最低宿泊日数を設定する「ミニマムステイ」などの販売制限も有効な手法です。

Step 4: 実行とモニタリング (Check & Action)

決定した価格戦略を実行し、予約のペース(ブッキングカーブ)を常に監視します。予測よりも予約のペースが速すぎる場合は、価格を上げる余地があるかもしれません。逆にペースが遅い場合は、価格を下げるか、新たなプロモーションを打つ必要があります。このように、市場の反応を見ながらリアルタイムで戦略を修正し、次のサイクルへと繋げていきます。

テクノロジーが加速させる次世代のレベニューマネジメント

これまで述べたサイクルを人間の手作業だけで行うには限界があります。特に、競合の価格が1日に何度も変動する現代において、勘と経験だけに頼った価格設定は機会損失の温床となります。そこで重要になるのがテクノロジーの活用、すなわちホテルのDXです。

レベニューマネジメントシステム (RMS)

RMSは、膨大な内部データと外部データを自動で取り込み、AIや機械学習アルゴリズムを用いて分析し、最適な販売価格をリアルタイムで推奨・自動更新してくれるシステムです。レベニューマネージャーは、RMSが算出した価格を基に最終的な意思決定を行うことで、より戦略的で精度の高い価格設定が可能になります。これにより、担当者は単純な価格更新作業から解放され、より創造的な戦略立案に時間を費やすことができるようになります。

AIによる需要予測の高度化

AIを活用した最新のRMSは、過去のデータだけでなく、天候予報、航空券の予約状況、SNS上の口コミやトレンドといった、従来では考慮しきれなかった非構造化データまで分析に含めることができます。これにより、需要予測の精度は飛躍的に向上し、より早く、より正確に市場の変化を捉えることが可能になります。

チャネルマネージャーとの連携

複数のOTAや自社サイトの料金・在庫を一元管理するチャネルマネージャーとRMSを連携させることも不可欠です。RMSが算出した最適価格を、瞬時に全ての販売チャネルに反映させることで、価格の不整合を防ぎ、販売機会の損失をなくすことができます。

まとめ

ホテル業界の好景気に沸く今だからこそ、その裏側で収益性を支えるレベニューマネジメントの重要性はますます高まっています。ADRとOCCという2つの指標のバランスを常に意識し、その積であるRevPARを最大化するという視点は、全てのホテル関係者が共有すべき基本理念です。

そして、その実践はもはや勘や経験だけに頼る時代ではありません。PMSやRMSといったテクノロジーを積極的に活用し、データに基づいた科学的なアプローチを取り入れることが、競争の激しい市場で勝ち残り、持続的な成長を遂げるための絶対条件と言えるでしょう。レベニューマネジメントは、ホテルのDXを推進する上で最も投資対効果の高い領域の一つであり、この分野でキャリアを築くことは、ホテル業界の未来を担う上で非常にエキサイティングな挑戦となるはずです。

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