ホテルの収益源を多様化する「スペースコマース」とは?遊休資産活用の新潮流

ビジネス戦略とマーケティング

はじめに:客室稼働率への依存というリスク

ホテルビジネスの収益の根幹は、長らく客室の販売による宿泊収益でした。しかし、新型コロナウイルスのパンデミックは、人の移動が制限されることで客室稼働率がいかに脆いものであるかを浮き彫りにしました。インバウンド需要の回復や国内旅行の活発化により客足は戻りつつあるものの、季節や景気、国際情勢といった外部要因に収益が大きく左右される構造的なリスクは依然として存在します。

このような状況下で、多くのホテル事業者が模索しているのが、客室稼働率だけに依存しない新たな収益源の確立です。その答えの一つとして今、大きな注目を集めているのが「スペースコマース」という考え方です。本記事では、ホテルのビジネスモデルを根底から変える可能性を秘めたスペースコマースについて、その概念から具体的な導入ステップ、成功事例までを深掘りしていきます。

スペースコマースとは何か?

スペースコマースとは、ホテルが保有する物理的な空間(スペース)を宿泊以外の目的で商品化し、収益を得るビジネスモデルを指します。従来「遊休資産」と見なされがちだったロビー、宴会場、レストランの空き時間、さらには客室そのものを、時間単位で貸し出したり、新たな体験価値を提供する場として活用したりする取り組みです。

具体的には、以下のような活用法が考えられます。

  • ロビー・ラウンジ:高速Wi-Fiと電源を完備したコワーキングスペース、地域住民も利用できるカフェ、ポップアップストア
  • 宴会場・会議室:セミナー、研修、展示会、小規模なコンサート、eスポーツ大会の会場
  • 客室(日中):テレワークやWeb会議に集中できるデイユースプラン、動画配信サービスと音響設備を備えたプライベートシアタールーム、「推し活」のための鑑賞会ルーム
  • レストラン・バー(アイドルタイム):料理教室やワークショップの開催、デリバリー専門のゴーストキッチンとしての活用
  • 屋上・プールサイド:ヨガやフィットネスのクラス、ビアガーデン、プライベートなパーティー会場

このように、ホテルの持つ上質で多様な空間は、宿泊という目的を外して見ると、様々なビジネスチャンスに溢れていることがわかります。

なぜ今、スペースコマースが注目されるのか?

スペースコマースが現代のホテル業界で注目を集める背景には、顧客ニーズの変化とホテル側の経営課題という二つの側面があります。

1. 顧客ニーズの多様化

働き方の多様化により、ワーケーション(Work + Vacation)やブレジャー(Business + Leisure)といった新しい旅のスタイルが定着しつつあります。彼らは快適な執務環境を求めており、ホテルのデイユースプランは魅力的な選択肢です。また、消費者の価値観がモノの所有から体験(コト消費)へとシフトする中、ホテルは単に寝る場所ではなく、特別な体験ができる「デスティネーション(目的地)」としての役割が求められるようになりました。友人との誕生日会、好きなアイドルのDVD鑑賞会(推し活)、趣味のワークショップなど、特定の目的を持ってホテルを利用する顧客層が増加しています。

2. ホテル側の経営課題

ホテル側にとっては、収益構造の安定化が喫緊の課題です。スペースコマースは、宿泊需要が落ち込む平日やオフシーズンの稼働率を向上させ、収益を下支えする効果が期待できます。さらに、これまで接点のなかった地域住民やビジネスパーソンに施設を利用してもらうことで、新たな顧客層を開拓できます。これは将来的な宿泊客の獲得につながるだけでなく、「地域に開かれたホテル」としてブランドイメージを向上させる効果も持ち合わせています。

スペースコマース導入の具体的なステップ

では、実際にスペースコマースを導入するにはどうすればよいのでしょうか。ここでは4つのステップに分けて解説します。

Step 1: 自社アセットの棚卸しと可視化

まずは自社ホテルが持つ「空間資産」をすべて洗い出します。どのスペースが、どの曜日のどの時間帯に空いているのかを徹底的に可視化します。広さ、収容人数、備品(プロジェクター、音響設備など)、電源やWi-Fiの有無、雰囲気といった各スペースの特性を詳細にリストアップすることが重要です。

Step 2: ターゲットと提供価値の明確化

次に、棚卸ししたスペースを「誰に」「どのような価値」で提供するかを定義します。例えば、「平日の日中に空いている小会議室」を「高速Wi-Fiとモニターを完備し、近隣のスタートアップ企業にWeb会議用のスペースとして提供する」といった具合です。地域の特性や潜在的な顧客ニーズを分析し、自社の強みとマッチングさせることが成功の鍵です。

Step 3: プライシングとオペレーションの設計

提供価値が決まったら、価格設定と運営方法を設計します。時間貸し、半日パッケージ、月額固定など、ターゲットが利用しやすい柔軟な料金体系を用意します。また、予約受付、鍵の受け渡し、清掃、トラブル対応といったオペレーションを、既存の宿泊業務とどう連携させるかを検討する必要があります。ここで後述するテクノロジーの活用が不可欠となります。

Step 4: マーケティングとプロモーション

最後に、作り上げた商品をターゲット顧客に届けます。まずはスペースマーケットインスタベースといったスペース貸しのポータルサイトに登録し、認知度を高めるのが効率的です。並行して、自社のウェブサイトに専用ページを設けたり、SNSで活用事例を発信したりするなど、積極的なプロモーションを展開しましょう。

テクノロジーが加速させるスペースコマース

スペースコマースの成否は、テクノロジーをいかに活用できるかにかかっています。特に重要なのが以下の3つです。

  • スペース管理・予約システム:時間単位の複雑な予約や在庫管理、オンライン決済を自動化するシステムは必須です。これにより、フロントスタッフの負担を大幅に軽減できます。宿泊予約を管理するPMS(Property Management System)と連携できるものであれば、さらに効率的な一元管理が可能です。
  • スマートロック:予約時間になると有効になる暗証番号やQRコードで入室できるスマートロックを導入すれば、スタッフが物理的な鍵の受け渡しをする必要がなくなり、非対面・非接触でのスペース提供が実現します。
  • データ分析:どのスペースが、どのような目的で、誰に利用されているのかといったデータを収集・分析することで、よりニーズに合ったサービス改善や、需要に応じた価格変動(ダイナミックプライシング)が可能になります。

国内外の成功事例

すでに多くのホテルがスペースコマースに取り組み、成功を収めています。

  • 京王プラザホテル「推し活応援プラン」:大型モニターやDVDプレーヤー、推し色でデコレーションできる客室を提供し、新たな顧客層の獲得に成功しています。まさに顧客ニーズを的確に捉えた好事例です。(参考: 京王プラザホテル 推し活応援プラン
  • サンシャインシティプリンスホテル「IKEBUS(イケバス)ラウンジ」:ロビーラウンジをコワーキングスペースとして宿泊者以外にも開放。地域のビジネスパーソンの需要を取り込み、新たな収益源としています。(参考: サンシャインシティプリンスホテル コワーキングスペース
  • Accor「Wojo」:フランスの大手ホテルチェーンAccorは、「Wojo」というブランドでホテル内にコワーキングスペースを積極的に展開。宿泊施設とワークプレイスを融合させた新しい価値を提供しています。

まとめ

スペースコマースは、単なる空きスペースの収益化に留まらず、ホテルのビジネスモデルそのものを変革するポテンシャルを秘めています。それは、ホテルを「泊まる場所」から「集う場所」「働く場所」「楽しむ場所」へと再定義する試みです。テクノロジーを駆使してオペレーションを効率化し、顧客との新たな接点を生み出すことで、ホテルは地域社会に不可欠なハブとしての役割を担うことができます。自社のホテルにある「眠っている資産」を見つけ出し、新たな価値を吹き込むこと。それが、不確実な時代を生き抜くための重要な経営戦略となるはずです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました