結論
複数店舗を展開するホテルにおいて、顧客データが各施設で分断されていることは、現場の確認作業を増やし、リピーターの直販獲得機会を損なう要因となります。2026年7月に発表された東急ホテルズ&リゾーツの「tripla(トリプラ)」導入事例のように、「施設間での横断的な顧客情報管理」を実現することで、現場の負担を増やすことなく、一貫した高品質なおもてなしとデータに基づいたマーケティングが可能になります。本記事では、この横断顧客管理を現場負担ゼロで実現するための具体的な手順と課題への対策を解説します。
はじめに:複数ホテルで顧客情報が「バラバラ」になる限界
「A館でのリピーター様がB館に泊まられた際、好みの枕やアレルギーの情報が共有されておらず、普通のご新規様として対応してしまった……」
複数店舗を展開するホテルや、グループホテルを運営する企業の総務・運営担当者の方から、このようなお悩みを非常によく伺います。観光庁が発表する「宿泊旅行統計調査」によると、宿泊需要の回復に伴いホテルのリピーター対策(顧客エンゲージメント向上)は生存戦略において最優先課題となっています。
しかし、多くのホテルでは「システムが各館で独立している」ため、顧客情報がバラバラに管理されています。その結果、せっかくの常連客に対するおもてなしが空振りし、現場の確認作業ばかりが増えてしまうという悪循環に陥っています。
2026年7月3日、東急ホテルズ&リゾーツが運営する全国44施設に、宿泊予約システム大手のトリプラが提供するシステムが横断的に導入されたことが、観光経済新聞の公式発表で明らかになりました。この導入により、施設間をまたいだ顧客情報の一元管理と、それに基づいた精度の高いマーケティングが動き出しています。
本記事では、複数店舗を持つホテルがどのようにして現場に負担をかけずに「顧客情報の一元化」を成し遂げ、リピーターを獲得すべきなのか、その具体的なシステム設計と運用方法を分かりやすく解説します。
編集長!複数のホテルを運営しているチェーンなのに、別のお店に行くと自分の情報が全く伝わっていないことって、意外とよくありますよね。あれってどうしてなんですか?
そうだね。それは「PMS(宿泊管理システム)」や予約エンジンがそれぞれの館ごとに独立していて、データを互いに参照できない仕組みになっているからなんだ。これでは、現場のスタッフが「裏で一生懸命メールや電話で確認する」しかなくなってしまうんだよ。
なぜ「チェーン間で顧客情報が繋がらない」と現場が疲弊するのか?
ホテルを複数運営している企業において、顧客情報の共有が進まない背景には、システム的な構造と現場の運用課題があります。大きく分けて、以下の2つの問題が現場と顧客の両方に悪影響を及ぼしています。
館ごとに独立したPMSが生む「伝言ゲーム」
多くの多店舗ホテルでは、各館にそれぞれ独立したPMSが導入されています。同じメーカーのPMSを導入していたとしても、データベース自体は館ごとに分かれていることが多く、横断的な検索ができません。これにより、以下のような無駄な「手作業」が発生します。
- 「A館でよく泊まる〇〇様が、今度うちのB館に泊まるらしい」という情報を、予約確認メールや手動のリストチェックで必死に探す。
- 見つけた後、A館のスタッフに「〇〇様って何か特別なリクエストはありましたか?」と電話やチャットで確認する。
- 確認した内容(例:高反発枕を希望、卵アレルギーありなど)を、手動でB館のPMSのメモ欄に転記する。
これらはすべて、現場スタッフの大切な時間を奪う「目に見えない認知負荷」です。人手不足が深刻な現在のホテル業界において、このような属人的な伝言ゲームは、オペレーションの崩壊を引き起こす原因になりかねません。
常連客が「またイチから説明する」ストレス
顧客の視点に立ってみると、同じグループやブランドのホテルに泊まっているにもかかわらず、行く先々で「アレルギーはございますか?」「お部屋のご要望は?」と毎回同じ質問をされるのは、非常にストレスです。「自分はファンなのに、大切にされていないのではないか」という不信感にも繋がり、他社のホテルへと流出するきっかけを作ってしまいます。
このように、ブランドとCX(顧客体験)が分断されている状況は、マーケティング戦略としても大きな損失です。同じ顧客に向き合っているはずなのに、システムの壁によって「一貫したおもてなし」が提供できないのが、現在の多くのホテルが抱える最大のジレンマなのです。
※前提理解として、ホテルのシステム統合による現場負担の解消アプローチについては、以下の記事で詳しく解説しています。
ホテル・レジデンスの二重運用に終止符!現場負担ゼロのPMS統合術
施設横断CRMがもたらす「現場負担ゼロ」の顧客対応モデル
では、どのようにすれば「現場の負担を増やさず」に、全ての店舗で一貫した顧客対応ができるようになるのでしょうか。その答えが、予約システムや顧客管理システム(CRM)をプラットフォームとして「一元化・横断化」することです。東急ホテルズ&リゾーツの事例を参考に、その具体的な仕組みを見ていきましょう。
東急ホテルズも取り入れた「データ横断管理」の仕組みとは?
東急ホテルズ&リゾーツ(全国44施設)が2026年7月にトリプラのシステムを導入した大きな目的は、「施設間での横断的な顧客情報管理の実現」です。これにより、お客様がどの店舗で予約をしても、過去の宿泊履歴や登録したプロフィールが一つの共通データベースに統合されます。
この仕組みのポイントは、ホテルのスタッフが手作業でデータをコピー&ペーストする必要が一切ない点にあります。予約が発生した時点で、システムが「名前」「電話番号」「メールアドレス」などのキー情報を元に、同一人物のデータを自動でマッチングし(名寄せ)、過去の情報を自動で紐付けます。
現場の作業を1秒も増やさない、自動データ連携の流れ
具体的な運用の流れは以下の通りです。この手順を踏むことで、現場スタッフは特別な操作をすることなく、おもてなしに必要な情報を手に入れることができます。
| ステップ | システム側の動き(自動) | 現場スタッフの動き |
|---|---|---|
| 1. 予約受付 | お客様が自社サイトやアプリから予約。登録情報から過去の利用店舗やリクエスト履歴を自動検索。 | 特になし(通常通りの予約確認のみ) |
| 2. 顧客カードの自動統合 | 「名寄せアルゴリズム」が働き、同一人物の顧客カード(好みの部屋タイプ、アレルギーなど)を瞬時に統合。 | 特になし |
| 3. フロントでの確認 | 当日の到着予定リストに、「他店舗での宿泊履歴あり」「高反発枕希望」などのフラグを自動表示。 | 画面に表示されたメモを確認し、あらかじめ部屋に枕をセットしておく。 |
| 4. チェックイン対応 | お名前を聞いた際、過去の好みに応じた自然なお声がけ(例:「いつも〇〇館をご利用いただきありがとうございます。本日も高反発の枕をご用意しております」)を可能にする。 | 自然なコミュニケーションでおもてなしを行い、リピーターの信頼を獲得する。 |
このように、現場の作業は「画面に自動表示された顧客メモを確認するだけ」です。これにより、スタッフが裏で確認の電話をかける手間や、手動で転記する時間を「ゼロ」に削減しながら、パーソナライズされた体験(CX)を提供できます。
なるほど!システムが勝手に裏でデータを繋いでくれるから、現場は何も頑張らなくていいんですね。だから「現場負担ゼロ」なんだ!
その通り。さらに、このデータは現場のおもてなしだけでなく、「マーケティング」にも威力を発揮する。例えば、東京の店舗にばかり泊まっているお客様に対して、「今度は京都の店舗に行きませんか?」といった個別のメールやオファーを自動で送ることができるんだよ。
※このように、現場に負担をかけずに個別のおもてなしを徹底する方法については、こちらの記事も参考にしてください。
ホテル人手不足解消へ!高単価を叶える「現場負担ゼロ」個別おもてなし3原則
個別管理と横断管理は何が違う?徹底比較
ここで、従来の「館ごとの個別管理」と、システムを統合した「施設横断管理」の違いを表で整理してみましょう。どれだけのメリットがあるのか、判断の基準にしてください。
| 比較項目 | 従来の個別管理(各館バラバラ) | 施設横断管理(統合データ) |
|---|---|---|
| 顧客情報の把握範囲 | 自館に泊まった時の履歴のみ。他館の利用状況は不明。 | グループ全施設の利用履歴、合計利用金額、一貫した好みの情報。 |
| 現場の確認・転記作業 | 非常に多い(電話・チャットでの確認、手動メモ転記が必要)。 | ゼロ(自動で名寄せ・紐付けされ、画面に表示される)。 |
| おもてなしの精度 | 属人化する。スタッフの熱量や経験によってサービスの質に差が出る。 | 標準化される。誰が対応しても一貫したパーソナライズが可能。 |
| マーケティング施策 | 一律のメルマガ送信のみ。直販への誘導率が低い。 | 顧客の好みに合わせたセグメント配信が可能。直販リピーター化を促進。 |
| 導入・運用の心理的負荷 | 低い(現状維持のため)。ただし現場は疲弊し続ける。 | 一時的に高い(移行準備やルール決めが必要)。導入後は劇的に楽になる。 |
システム導入に伴う「3つの課題」と失敗を避けるための対策
施設横断の顧客管理(CRM)を導入することは、ホテル経営にとって多くのメリットがありますが、同時に「導入コスト」や「運用の負荷」「失敗のリスク」も存在します。ここでは、客観的な視点から、事前に把握しておくべき3つの課題と、その具体的な解決策を提示します。
1. PMSや予約エンジンとの接続コスト(システム連携の壁)
最も大きなハードルは、既存システムとの「つなぎ込み」です。すでに全店舗で異なるメーカーのPMSを導入している場合、それらを一から統一するか、あるいは全てのPMSとCRMをAPI(データ連携口)で接続する必要があります。これには、ITベンダーのシステム接続仕様の調査などが必要となり、初期コストが高くなる傾向があります。
【対策と考察】
全てのPMSを一度に買い替えるのは、数千万円〜数億円のコストと膨大な研修時間がかかるため現実的ではありません。そこで、東急ホテルズ&リゾーツのように「予約エンジン(triplaなど)側で顧客データを吸収し、一元管理する」というアプローチが賢明です。予約時にデータが統合されるため、既存のPMSを大きく変更することなく、比較的低コストで横断CRMを構築できます。APIの接続可否について、ITベンダーに事前にしっかりとホワイトペーパー等を取り寄せて確認することが不可欠です。
2. 現場スタッフの「入力ルール」のバラつき(データ品質の低下)
いくらシステムが自動で名寄せをしても、元となるデータが汚れていては意味がありません。例えば、あるスタッフは「高反発枕」と入力し、別のスタッフは「硬めの枕希望」とフリーフォーマットで入力していると、システムが同一のリクエストとして認識できない、あるいは活用できないという事態が発生します。
【対策と考察】
フリー入力を極力排除し、選択式(タグ形式)で顧客の特徴や好みを登録できるようにルール化(標準化)することが重要です。「禁煙」「枕:高反発」「アレルギー:卵」といったタグを選択するだけにすれば、現場の入力時間を削減でき、データの品質も担保されます。私は、この「入力の仕組みをいかにシンプルにするか」が、CRM導入成功の8割を握っていると考えています。
3. 個人情報保護(プライバシーポリシー)の改定対応
複数施設間で顧客の個人情報(宿泊履歴や好みなど)を共同利用する場合、法律上の取り扱いに注意が必要です。事前の告知なしに他店舗と情報を共有すると、個人情報保護法違反となる恐れがあります。
【対策と考察】
プライバシーポリシー(個人情報保護方針)の中に、「グループホテル間での共同利用」に関する項目を明記し、お客様から事前に同意(規約への同意など)を得るフローを確立しなければなりません。予約時の規約確認画面に必ずこの同意項目を組み込み、法務部門や顧問弁護士を交えて、2026年時点の最新の法令に則った規約改定を進める必要があります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 顧客の「名寄せ」は、同姓同名の場合どう判別するのですか?
A1. システムは名前(カナ)だけでなく、電話番号やメールアドレスの「一致率」を基準に名寄せを判断します。仮に同姓同名のお客様がいても、連絡先情報が異なれば別顧客として判別されます。どうしても判別がつかない場合は、システム上で「重複の可能性あり」とアラートを出し、フロントで確認できる仕組みが一般的です。
Q2. 小規模なホテルチェーン(2〜3店舗)でも導入するメリットはありますか?
A2. はい、十分にあります。店舗数が少ないからこそ、顧客との距離が近く、「あちらの店舗でお世話になりました」という一言が極めて強いファン化を生みます。手動で管理する限界を超えるためにも、早期のシステム導入をおすすめします。
Q3. OTA(じゃらん、楽天トラベルなど)経由の予約でも、顧客情報は統合できますか?
A3. 可能です。多くの統合型CRMや予約エンジンは、OTA経由で入ってきた予約データも自動で取り込み、名前や電話番号を元に既存の自社顧客データとマッチング・名寄せを行うことができます。
Q4. システムを導入することで、現場スタッフの教育コストは上がりますか?
A4. むしろ下がります。属人的な「伝言ゲーム」や、複雑なメモ転記の手順を覚える必要がなくなるため、新人スタッフでも「画面に表示された指示通りに対応するだけ」でおもてなしが可能になり、研修期間を短縮できます。
Q5. 顧客データの横断管理を導入すると、直販率は本当に上がりますか?
A5. 上がります。顧客の好みや過去の利用データに基づき、「東京店を利用したことのあるお客様だけに、新オープンする京都店の早期割引プランをメールで案内する」といったパーソナライズされたアプローチ(セグメント配信)が可能になるため、リピーターの直販移行が促進されます。
Q6. プライバシーを気にするお客様から「なぜ他店での宿泊履歴を知っているのか」と不審に思われませんか?
A6. 「プライバシーの境界線」を意識した丁寧なお声がけが必要です。「過去の宿泊履歴に書いてありました」と機械的に伝えるのではなく、「以前、弊社グループをご利用いただいた際のご要望に基づき、本日もお手配いたしました」と、ブランドとしての一体感を強調する表現を使うことで、安心感に変わります。
まとめ:顧客を「点」ではなく「線」で捉える未来
2026年のホテル経営において、顧客を「その日の、その店舗のゲスト(点)」として扱うか、「ブランド全体の生涯顧客(線)」として扱うかの差は、将来の収益力に決定的な違いをもたらします。
東急ホテルズ&リゾーツの事例が示すように、施設を横断した顧客データの管理は、もはや「あれば便利な機能」ではなく、直販を増やし、現場のオペレーション負担を削減するための「必須のインフラ」です。
「お客様のデータがバラバラで活用できていない」「現場が手作業の共有で疲弊している」と感じているなら、まずは現在の予約エンジンやPMSの仕様を見直し、自動でデータが繋がる仕組みの検討を始めてみてはいかがでしょうか。


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