はじめに
2025年、ホテル業界はかつてない変革期を迎えています。パンデミックからの回復を経て、需要は堅調に推移する一方で、人手不足の常態化、人件費の高騰、そしてテクノロジーの急速な進化が、ホテル経営に新たな課題と機会をもたらしています。特に総務人事部は、これらの変化の波を直接受け、人材採用、教育、そして離職率の低減という喫緊の課題に対し、従来の枠にとらわれない戦略的なアプローチが求められています。
本稿では、大手ホテルグループが現在直面している人員削減と自動化の進展という現実を深く掘り下げつつ、総務人事がどのようにして未来志向の人材戦略を構築し、持続可能な組織を築き上げていくべきかについて考察します。
大手ホテルグループにおける人員削減と自動化の進展
2025年現在、主要なホテルグループは、コスト規律とテクノロジーの進化を背景に、企業レベルおよびプロパティレベル以上のチームにおいて、選択的な人員削減と役割の統合を進めています。この動きは、収益成長の正常化と自動化の加速が主な要因とされており、2025年から2026年にかけても、さらなるターゲットを絞った削減が予想されています。米国の宿泊施設における雇用者数はパンデミック前の水準に回復しているものの、多くの市場では、生産性向上とサービスモデルの変更により、稼働客室あたりの従業員数は2019年を下回っています。
この状況は、Hotel News Resourceが報じた記事「Hotel Giants Trim Corporate Ranks As Cost Discipline and Tech Reshape Staffing; Targeted Cuts Likely to Continue」でも指摘されており、大手ホテルグループが企業レベルでの人員削減を進め、自動化を推進している実態が浮き彫りになっています。賃金の上昇もこの動きを後押ししており、ホテルは広範な現場レベルでの人員削減ではなく、離職を促したり、選択的な採用凍結やターゲットを絞った削減を行ったりすることで対応しています。
このニュースは、総務人事部にとって非常に重要な示唆を含んでいます。単に人手を増やすだけでなく、組織全体の生産性を高め、テクノロジーを最大限に活用しながら、いかに効率的かつ効果的に人材を配置していくかという、より高度な戦略が求められているのです。
総務人事が直面する新たな課題:人材ポートフォリオの再構築
このような環境下で、総務人事部は従来の「採用して育成する」という役割に加え、組織全体の「人材ポートフォリオ」を戦略的に再構築する視点を持つ必要があります。これは、単に欠員を補充するのではなく、将来の事業成長を見据え、必要なスキルセットを持つ人材をどのように確保し、配置し、育成していくかという、より経営に近い視点での取り組みです。
現場のリアルな声としても、「定型業務が自動化されたことで、お客様との対話により多くの時間を割けるようになったのは良いが、その分、お客様のニーズを深く理解し、パーソナルな体験を提供するスキルがこれまで以上に求められるようになった」という意見が聞かれます。これは、テクノロジーが代替する業務と、人間ならではの価値が求められる業務の棲み分けが進んでいることを示唆しています。
総務人事は、この変化に対応するため、以下の3つの柱で戦略を強化する必要があります。
- 採用戦略の再構築:未来を見据えた人材ポートフォリオの構築
- 育成戦略の転換:テクノロジー活用能力と人間的スキルの両立
- 定着率向上へのアプローチ:働きがいとキャリアパスの明確化
テクノロジーと共存する採用戦略:未来を見据えた人材ポートフォリオ
自動化が進む現代において、総務人事は「人にしかできない価値」を見極める採用基準を確立する必要があります。これは、単にホスピタリティ精神があるかどうかにとどまらず、変化への適応力、問題解決能力、共感力、そしてテクノロジーを使いこなす能力といった、より汎用性の高いスキルセットに注目することを意味します。
1. スキルベース採用と潜在能力重視
従来の経験や学歴だけでなく、候補者が持つポータブルスキル(業界横断的に活用できるスキル)や、新しい知識・スキルを習得する潜在能力を重視した採用が重要です。例えば、データ分析ツールやCRMシステムを使いこなせる人材、あるいは未経験でも論理的思考力やコミュニケーション能力が高い人材を積極的に採用する戦略が考えられます。
2. AIを活用した採用プロセスの効率化
採用プロセスにおいてもAIの活用は不可欠です。履歴書スクリーニング、チャットボットによる初期対応、オンライン適性検査などを導入することで、採用担当者はより候補者との対話や見極めに時間を割けるようになります。これにより、採用のスピードアップとミスマッチの低減が期待できます。
3. 多様な人材の確保
労働力人口が減少する中で、多様なバックグラウンドを持つ人材の確保は必須です。年齢、性別、国籍、障がいの有無に関わらず、それぞれの強みを活かせる環境を整えることが、組織全体の競争力向上に繋がります。例えば、海外からの労働者や、育児・介護と両立しながら働きたい人向けの柔軟な勤務体系を提示することも有効です。
参考記事:総務人事のVR戦略:ホテル人材の「採用力強化」と「定着率向上」
実践力を高める教育・育成プログラム:テクノロジーと人間的スキルの融合
採用した人材をいかに育成し、変化する業務環境に適応させていくかは、総務人事の重要な役割です。2025年以降のホテル業界では、テクノロジーの活用能力と、人間ならではのホスピタリティスキルを両立させる教育が不可欠です。
1. OJTの進化とデジタルツールの活用
従来のOJT(On-the-Job Training)は、指導者の経験や能力に依存しがちでした。これからは、デジタルツールを活用した効率的かつ標準化されたスキル習得プログラムが求められます。例えば、AR/VR技術を用いたトレーニングは、実際の現場に近い環境で、リスクなく反復練習を可能にします。これにより、新人スタッフは短期間で実践的なスキルを習得でき、既存スタッフも新しいテクノロジーやサービス手順を効率的に学ぶことができます。
参考記事:ホテル人材育成のDX:AR/VRが拓く「実践力」と「従業員エンゲージメント」
2. クロストレーニングと多能工化
人員削減や自動化が進む中で、一人のスタッフが複数の業務をこなせる「多能工化」は、業務効率化と柔軟な人員配置に貢献します。総務人事は、部門横断的なクロストレーニングプログラムを設計し、スタッフが多様なスキルを習得できる機会を提供すべきです。これにより、急な欠員時にも対応できるだけでなく、スタッフ自身のキャリアアップにも繋がります。
3. リーダーシップ育成と変化への適応力
変化の激しい時代において、現場を率いるマネジメント層の役割はより重要になります。総務人事は、リーダーシップ育成プログラムを通じて、変化を前向きに捉え、チームを導くことができる人材を育成する必要があります。データに基づいた意思決定能力、多様なチームメンバーをまとめるファシリテーション能力、そして従業員のウェルビーイングを考慮したマネジメントスキルなどが求められます。
4. 従業員が自律的に学習できる環境の提供
テクノロジーの進化は止まりません。従業員が常に新しい知識やスキルを自律的に学び続けられるよう、オンライン学習プラットフォームの導入や、資格取得支援制度の拡充なども有効です。これにより、組織全体のスキルレベルを継続的に向上させることができます。
参考記事:ホテリエの新時代:未来を創る「超汎用スキル」と「無限の選択肢」
離職率を低く維持するためのエンゲージメント戦略:働きがいとキャリアパスの明確化
採用と育成に多大なコストをかけた人材が早期に離職してしまうことは、ホテル経営にとって大きな損失です。総務人事部は、従業員が長く働き続けたいと思えるような「働きがい」と「キャリアパス」を明確に提示し、エンゲージメントを高める戦略を推進する必要があります。
1. 従業員の「働きがい」の再定義
「働きがい」は、単なる給与や福利厚生だけでなく、仕事の意義、成長機会、人間関係、そして組織への貢献実感によって形成されます。自動化によって定型業務が減少する中で、従業員はより創造的で、お客様に深い感動を提供できる仕事に価値を見出すようになります。総務人事は、従業員が自身の仕事がお客様や組織にどのような価値をもたらしているかを実感できるようなコミュニケーションを強化し、個々の貢献を正当に評価する仕組みを構築すべきです。
2. キャリアパスの透明化と成長機会の提示
「このホテルで働き続けることで、どのような未来が待っているのか」という疑問は、特に若手従業員の離職理由の上位に挙げられます。「キャリアの先が見えないと不安になる」という現場の声は、まさにこの課題を浮き彫りにしています。総務人事は、具体的なキャリアパスのモデルを提示し、マネジメント職だけでなく、スペシャリストとしての道筋や、他部門への異動の可能性など、多様な成長機会を明確に伝える必要があります。メンター制度の導入や、定期的なキャリア面談も有効です。
3. フィードバック文化の醸成とオープンなコミュニケーション
従業員が安心して意見を言える、オープンなコミュニケーション環境は、エンゲージメント向上に不可欠です。上司から部下への一方的な指示だけでなく、双方向のフィードバックが活発に行われる文化を醸成することで、従業員は自身の成長を実感し、組織への帰属意識を高めることができます。定期的な従業員満足度調査や、匿名での意見箱の設置なども有効です。
4. 従業員のウェルビーイングへの配慮
心身ともに健康な状態で働けることは、生産性向上だけでなく、離職率低減にも直結します。ストレスチェックの実施、カウンセリングサービスの提供、柔軟な休暇制度の導入、健康増進プログラムの提供など、従業員のウェルビーイングを多角的にサポートする取り組みが求められます。
参考記事:ホテル人材定着の羅針盤:総務人事が導く「働きがい」と「テクノロジー戦略」
総務人事への提言:データドリブンな意思決定と経営層との連携
2025年以降、総務人事部は、単なる管理部門ではなく、ホテル経営の根幹を支える戦略部門としての役割を強く認識する必要があります。そのためには、以下の提言を実践することが重要です。
1. データドリブンな意思決定
採用、育成、定着に関するあらゆるデータを収集・分析し、客観的な根拠に基づいた意思決定を行うことが不可欠です。例えば、離職率が高い部門や特定の業務プロセスを特定し、その原因を深掘りすることで、効果的な改善策を講じることができます。HRテック(Human Resources Technology)の導入は、このデータ活用を強力に支援します。
2. 経営層との連携強化
人材戦略は、事業戦略と密接に連携していなければなりません。総務人事部は、経営層と密に連携し、事業目標達成のためにどのような人材ポートフォリオが必要か、どのような人材育成が求められるかを積極的に提言していく必要があります。人材を「コスト」ではなく「最も重要な資産」として捉え、その価値を最大化するための戦略を共有することが重要です。
参考記事:総務人事の挑戦2025:ホテル人材を「最重要資産」に変える戦略
3. 変化への適応力と柔軟性
ホテル業界を取り巻く環境は常に変化しています。総務人事部は、これらの変化を敏感に察知し、人材戦略を柔軟に調整していく適応力が求められます。新しいテクノロジーの導入、労働市場の変化、従業員の価値観の多様化などに対応できるよう、常に最新の情報を取り入れ、学び続ける姿勢が重要です。
まとめ
2025年、ホテル業界の総務人事部は、コスト圧力と自動化の進展という厳しい現実の中で、人材戦略を根本から見直す時期にあります。大手ホテルグループが人員削減を進める一方で、現場では「人にしかできない価値」がより一層求められるという二重の課題に直面しています。
この状況を乗り越えるためには、総務人事部が戦略的な視点を持ち、テクノロジーを積極的に活用しながら、未来を見据えた人材ポートフォリオを構築することが不可欠です。採用においては、スキルベースと潜在能力を重視し、多様な人材を受け入れる柔軟性を持ちます。育成においては、AR/VRなどのDXを活用し、テクノロジー活用能力と人間的ホスピタリティスキルを両立させる実践的なプログラムを展開します。そして、定着率向上には、従業員の働きがいを再定義し、明確なキャリアパスとウェルビーイングへの配慮を通じて、エンゲージメントを高めることが重要です。
人材は、ホテル経営において最も価値のある資産です。総務人事部がデータに基づいた意思決定を行い、経営層と連携しながら、変化に適応し続けることで、ホテルは持続的な成長を遂げ、真のホスピタリティを提供し続けることができるでしょう。


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