「数字」に強いホテリエが、未来を拓く。現場で活かす計数管理能力

宿泊業での人材育成とキャリアパス

はじめに:おもてなしの、その先へ

「ホテルで働く」と聞いて、多くの方が思い浮かべるのは、心のこもったおもてなしや、お客様の笑顔ではないでしょうか。もちろん、それらはホテリエという仕事の核心であり、最大の魅力です。しかし、素晴らしいキャリアを築き、業界で長く活躍していくためには、もう一つ、非常に重要なスキルセットがあります。それが「数字」を読み解き、活用する力、すなわち「計数管理能力」です。

「数字の話は、支配人やマネージャーの仕事でしょう?」そう思う方もいるかもしれません。しかし、これからのホテル業界、特にテクノロジーの活用が不可欠となる時代においては、現場の最前線で働く一人ひとりが数字に強い意識を持つことが、個人の成長とホテルの成功に直結します。この記事では、ホテル業界への就職や転職を考えている方、そして既にホテリエとして活躍されている若手の方々に向けて、なぜ今「計数管理能力」が重要なのか、そしてそのスキルを現場でどう磨いていけばよいのかを、少しだけ先輩の目線からお伝えしたいと思います。

なぜ、現場のホテリエに「数字」が必要なのか?

華やかなロビーやレストランの裏側で、ホテルという巨大な組織は無数の「数字」によって動いています。その数字を理解することは、日々の業務に新たな視点を与え、あなたの仕事の価値を何倍にも高めてくれます。

日々の業務とホテル経営の「点と線」をつなぐ

例えば、あなたがフロントで担当したアップセル。それは単に「少し高い部屋が売れた」という出来事ではありません。その一つのアクションが、その日のホテルのADR(平均客室単価)を引き上げ、結果としてRevPAR(販売可能客室数あたり収益)というホテル経営の最重要指標を向上させる、重要な貢献なのです。

レストランで働くスタッフが、メニューの原価率を意識しながらお客様におすすめを提案すること。ハウスキーピングが、リネンやアメニティの在庫を適切に管理し、無駄をなくすこと。これら一つひとつの行動が、ホテルの利益(GOP:営業総利益)に直接影響を与えます。日々の仕事の意味を数字で理解することで、「やらされ仕事」は「経営に参加する仕事」へと変わるのです。

主体性を育み、改善提案の精度を高める

自ホテルの稼働率の推移や、曜日による客層の変化を数字で把握していれば、「この時期には、こんなプランがあればもっとお客様を呼べるのではないか」「この備品は、こちらのほうがコストを抑えつつ顧客満足度を維持できるかもしれない」といった、具体的で説得力のある改善提案ができるようになります。感覚や経験則だけに頼るのではなく、データという客観的な根拠を持つことで、あなたの意見はチームや上司にとって、より価値のあるものになります。これは、若手ホテリエが現場で発揮すべき「リーダーシップ」とは、まさにこのような主体的な行動から生まれるのです。

まず覚えたい、ホテリエ必須の経営指標

専門的な会計知識はすぐには必要ありません。まずは、ホテルの「健康状態」を示す基本的な指標に親しむことから始めましょう。ここでは、特に重要な4つの指標をご紹介します。

  • 客室稼働率(OCC: Occupancy Rate)
    販売可能な客室のうち、実際にどれだけ販売できたかを示す割合です。「部屋がどれだけ埋まっているか」を示す、最も基本的な指標と言えるでしょう。
  • 平均客室単価(ADR: Average Daily Rate)
    販売した客室1室あたりの平均販売価格です。単純に「一部屋いくらで売れたか」を示します。高価格帯の客室が多く売れればADRは上がります。
  • RevPAR(Revenue Per Available Room)
    販売可能な全客室1室あたりの収益を示す指標で、「ADR × 客室稼働率」で算出されます。ホテルの収益力を測る上で最も重要な指標の一つです。稼働率が高くても単価が低ければRevPARは伸び悩みますし、その逆も然り。このバランスをどう最適化するかが、ホテル運営の腕の見せ所です。
  • GOPPAR(Gross Operating Profit Per Available Room)
    販売可能な全客室1室あたりの営業総利益です。RevPARが売上ベースの指標であるのに対し、GOPPARは人件費や光熱費などの運営コストを差し引いた利益ベースの指標。より経営の実態に近い数字であり、ホテルの「稼ぐ力」そのものを示します。より深く学びたい方は、プロフィットマネジメントの記事も参考にしてみてください。

これらの数字が日々のレポートでどのように動いているのかを意識するだけで、ホテル全体の動きが立体的に見えてくるはずです。

現場で「計数管理能力」を磨くための4つのアクション

では、具体的にどうすれば数字に強くなれるのでしょうか。特別な研修を受けなくても、日々の仕事の中で意識を変えるだけで、計数管理能力は着実に身についていきます。

1. 「なぜ?」という好奇心を持つ

まずは、身の回りの数字に好奇心を持つことから始めましょう。「なぜ今日の宿泊料金はこの価格なのだろう?」「今月の稼働率目標はどれくらいだろう?」「レストランのランチセットで一番利益率が高いのはどれだろう?」こうした素朴な疑問が、数字への興味の第一歩です。

2. 上司や他部署の同僚と話す

分からないことは、遠慮なく上司に質問してみましょう。「今日のレベニューレポートについて、少し教えていただけませんか?」と声をかければ、喜んで教えてくれるはずです。また、セールスやマーケティング、経理といった他部署のスタッフと話すことも有効です。彼らがどのような指標を追いかけているかを知ることは、ホテルビジネスの全体像を理解する上で非常に役立ちます。こうしたコミュニケーションは、部門の垣根を超えたクロス・トレーニングの一環とも言えるでしょう。

3. 業界のニュースやデータに触れる

社内の数字だけでなく、業界全体の動向にも目を向けましょう。観光庁が発表する宿泊旅行統計調査や、業界専門誌のウェブサイトには、市場のトレンドを読み解くためのデータが溢れています。例えば、宿泊旅行統計調査から見る業界の動向のように、マクロな視点を持つことで、自ホテルの置かれている状況を客観的に分析する力が養われます。

4. 小さな目標を立てて、数字で振り返る

「今月はアップセルを5件成功させる」「担当する宴会のドリンク売上を前任者より5%上げる」など、自分の業務に関連する小さな目標を立て、その結果を数字で振り返る習慣をつけましょう。PDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを回す経験は、目標達成能力と分析力を同時に鍛えてくれます。

「数字」が拓く、ホテリエとしての多様なキャリアパス

計数管理能力を身につけることは、あなたのキャリアの可能性を大きく広げます。おもてなしのプロフェッショナルであると同時に、ビジネスのプロフェッショナルでもある人材は、ホテル業界において極めて価値が高いからです。

現場のオペレーションから、チームを率いるマネージャーや総支配人を目指す上では、計数管理能力は避けて通れない必須スキルです。しかし、キャリアパスはそれだけではありません。

日々の需要を予測し、客室料金を最適化する「レベニューマネジメント」。市場を分析し、効果的な販売戦略を立案する「セールス&マーケティング」。ホテルの資産価値を最大化する「アセットマネジメント」。そして、ホテル全体の財務を司る「経理・財務」。これらの専門職はすべて、高度な計数管理能力を土台としています。現場で培ったお客様視点と計数管理能力を掛け合わせることで、ホテルの心臓部であるバックオフィスへとキャリアを広げる道も開かれます。

特に、DX(デジタルトランスフォーメーション)が加速する現代のホテル業界では、現場のオペレーションとデータを繋いで考えることができる人材の需要がますます高まっています。データ活用能力は、これからのホテリエにとって最強の武器の一つとなるでしょう。

おわりに

「おもてなし」というアートと、「経営」というサイエンス。この両輪をバランスよく回せるホテリエこそが、これからの時代に求められる人材です。数字は、決して冷たく無機質なものではありません。お客様の満足度、従業員の努力、そして経営の健全性を示す、温かい「物語」なのです。

ホテル業界を目指す皆さんも、既に現場で奮闘している皆さんも、ぜひ明日から、目の前にある数字に少しだけ目を向けてみてください。その数字の裏側にある物語を読み解こうとすることで、あなたのホテリエとしての視野は格段に広がり、キャリアの新たな扉が開かれるはずです。

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