「地域」が最強の武器になる。ホテルがDMOと組むべき理由と成功の鍵

宿泊ビジネス戦略とマーケティング

はじめに:個の戦いから、面の戦いへ

インバウンドの本格的な回復、旅行ニーズの多様化、そして激化する競争環境。現代のホテル業界を取り巻く状況は、一施設だけの努力で乗り切るにはあまりにも複雑で、変化のスピードが速すぎます。価格競争やOTA(Online Travel Agent)への高い手数料に悩み、自社の魅力だけで顧客を引きつけ続けることに限界を感じているマーケターや経営者の方も少なくないでしょう。

こうした時代において、持続的な成長を遂げるための鍵は、個々のホテルという「点」の戦いから、地域全体という「面」の戦いへと視点を転換することにあります。そして、その戦略の中核を担うのが「DMO(Destination Management/Marketing Organization)」の存在です。DMOは、単なる観光協会ではありません。地域の魅力を磨き上げ、戦略的に世界へ発信し、ホテルを含む地域の事業者と共にデスティネーション(目的地)としての価値を最大化する「司令塔」です。

本記事では、なぜ今、ホテルがDMOと積極的に連携すべきなのか、その具体的なメリットから成功の鍵、そして国内外の先進事例までを徹底的に掘り下げます。「地域との連携」という言葉が持つ抽象的なイメージを、明日から実践できる具体的な戦略へと落とし込むための一助となれば幸いです。

DMOとは何か?今さら聞けない基本を再確認

DMOという言葉は耳にする機会が増えましたが、その役割や機能を正確に理解しているでしょうか。連携を考える上で、まずはその定義と重要性を正しく把握することが第一歩です。

DMOの定義と役割

DMO(Destination Management/Marketing Organization)は、日本語では「観光地域づくり法人」と訳されます。観光庁の定義によれば、「地域の『稼ぐ力』を引き出すとともに『観光地経営』の視点に立った観光地域づくりの舵取り役として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人」とされています。

ポイントは、以下の3点です。

  1. 戦略策定機能:地域の観光資源、ターゲット顧客、市場トレンドなどを科学的データに基づいて分析し、「誰に、何を、どのように売るか」というマーケティング戦略を策定します。
  2. 調整機能(ハブ機能):ホテル、旅館、飲食店、交通事業者、アクティビティ提供者、自治体、住民など、多様なステークホルダーの間に立ち、利害を調整し、合意形成を図ります。まさに地域のハブとしての役割です。
  3. マーケティングとプロモーション:策定した戦略に基づき、ウェブサイトやSNSでの情報発信、メディアへのPR活動、国内外の旅行博への出展など、地域統一ブランドの下でプロモーション活動を展開します。

従来の観光協会が案内業務やイベント開催が中心だったのに対し、DMOはより経営的な視点、マーケティングの視点を持って地域の観光をマネジメントする組織なのです。

なぜ今、DMOが重要なのか?

DMOの重要性が高まっている背景には、旅行市場の大きな構造変化があります。かつてのような名所旧跡を巡る「モノ消費」から、その土地ならではの文化や体験を重視する「コト消費」へと旅行者の価値観はシフトしました。彼らはもはや「ホテルに泊まる」のではなく、「その地域で過ごす時間」を求めています。このニーズに応えるには、ホテル単体ではなく、地域全体で魅力的な体験を提供する必要があります。

また、インバウンド市場の質的変化も大きな要因です。欧米豪の富裕層や長期滞在者を誘致するには、洗練されたプロモーションと、地域全体での質の高い受け入れ体制が不可欠です。これは個々のホテルの努力だけでは成し遂げられません。さらに、オーバーツーリズムサステナビリティといった課題に対応するためにも、地域全体での戦略的な舵取り役であるDMOの役割はますます重要になっています。

ホテルがDMOと連携する5つの戦略的メリット

DMOと連携することは、単なる社会貢献活動ではありません。ホテルの収益性やブランド価値を直接的に高める、極めて戦略的な経営判断です。ここでは、具体的な5つのメリットを解説します。

1. マーケティング力の飛躍的向上

独立系のホテルや小規模なチェーンでは、大規模なマーケティングキャンペーンや海外プロモーションを展開するための予算やノウハウが限られています。DMOと連携することで、こうしたリソースの壁を乗り越えることができます。DMOは地域の宿泊施設や事業者から資金を集め、国や自治体からの補助金も活用して、個々のホテルでは到底不可能な規模のプロモーションを実施します。これにより、これまでリーチできなかった国内外の新たな顧客層にホテルの存在を認知させることが可能になります。

2. 新たな顧客体験の創出と高付加価値化

旅行者はホテルだけでなく、食事、アクティビティ、文化体験などをトータルで楽しみたいと考えています。DMOは地域の様々な事業者をつなぐハブとなり、魅力的な体験プログラムやパッケージ商品を造成します。ホテルはこうした取り組みに参画することで、自社の宿泊プランに「地域ならではの体験」という付加価値を加え、単価を向上させることができます。例えば、「ワイナリー巡りと宿泊のセットプラン」や「伝統工芸体験付きの長期滞在プラン」など、宿泊以外の収益源を生み出すことにも繋がります。

3. OTA依存からの脱却と収益性改善

多くのDMOは、地域独自の公式サイトや予約プラットフォームを運営しています。これらのチャネルは、地域の魅力を深く伝え、旅行者の予約意欲を高めるコンテンツが充実しているため、OTAを介さない直接予約の獲得に繋がりやすいという特徴があります。結果として、OTAへの手数料支払いを削減し、収益性を改善することが可能です。また、地域全体で販売戦略を共有することで、ホテル間の過度な価格競争を防ぎ、市場全体の価格の安定化に貢献することも期待できます。

4. データに基づく戦略的な意思決定

DMOは、観光客の国籍、年齢層、興味関心、消費動向といった貴重なマーケティングデータを収集・分析しています。ホテルはこれらのデータを活用することで、より的確なターゲット設定や商品開発、プロモーション活動を行うことができます。勘や経験だけに頼るのではなく、データに基づいた意思決定を行うことは、現代のホテル経営において不可欠です。DMOとの連携は、データ活用能力を組織全体で高める絶好の機会となります。

5. 人材育成と強力なネットワークの構築

DMOは、地域の事業者を対象とした研修会やセミナーを頻繁に開催しています。デジタルマーケティング、インバウンド対応、サステナビリティなど、最新のテーマについて学ぶ貴重な機会です。また、DMOの会議やイベントに参加することで、他のホテルや異業種の経営者・担当者と交流し、情報交換や新たな協業の可能性を探ることができます。こうした異業種アライアンスの基盤となる人的ネットワークは、お金では買えない重要な資産となります。

DMO連携を成功させるための3つの鍵

DMOとの連携は、ただ加盟して会費を払うだけでは意味がありません。その効果を最大化するためには、ホテル側の能動的な姿勢が不可欠です。

1. 「受け身」から「積極的参画」へ

最も重要なのは、DMOを「下請け業者」ではなく「戦略的パートナー」と捉え、当事者意識を持って関わることです。DMOの会議には積極的に出席し、自社の持つ顧客データや現場の知見を共有しましょう。「私たちのホテルにはこんな強みがある」「こういう顧客層を開拓したい」といった具体的な提案を行うことで、DMOの戦略に自社の意向を反映させることができます。受け身で待っているだけでは、その他大勢の一員として埋もれてしまいます。

2. データ連携とDXの推進

効果的なデスティネーション・マーケティングの基盤はデータです。個人情報保護に最大限配慮した上で、自社の予約データ(国籍、リードタイム、滞在日数など)をDMOのデータ基盤と連携させることは、地域全体のマーケティング精度を飛躍的に向上させます。DMOが導入を進める地域の共通予約システムや顧客管理システム(CRM)があれば、積極的に対応しましょう。これは自社のDXを推進する上でも大きなメリットがあります。

3. 短期的な利益と長期的視点のバランス

DMOの活動は、すぐに自社の予約数に直結するとは限りません。デスティネーションのブランド構築や新たな市場の開拓には時間がかかります。短期的な成果を求めすぎず、地域全体の価値向上という長期的な視点を持つことが重要です。時には、自社の利益と競合するような場面もあるかもしれません。しかし、パイの奪い合いではなく、地域全体でパイを大きくするという発想に立ち、DMOを介して粘り強く合意形成を図る姿勢が、最終的には自社の持続的な成長に繋がります。

国内外の成功事例に学ぶ

DMOとの連携がどのように成功に繋がるのか、具体的な事例を見てみましょう。

国内事例:北海道ニセコエリア(一般社団法人ニセコプロモーションボード)

世界的なスキーリゾートとして知られるニセコは、DMOの成功事例として有名です。ニセコプロモーションボード(NPB)は、地域のホテルやコンドミニアム、スキー場、アクティビティ事業者などが一体となり、データに基づいたマーケティングを展開。特に海外市場へのアプローチに力を入れ、「NISEKO」ブランドを確立しました。冬だけでなく、夏のコンテンツも開発・発信することで通年型リゾートへの転換を進めています。地域のホテルは、NPBを通じて世界中の富裕層にリーチし、高い客室単価を実現しています。

海外事例:スイス政府観光局

国レベルのDMOとして世界的に高い評価を受けているのがスイス政府観光局です。彼らは「自然」「鉄道」「ハイキング」といった明確なテーマを掲げ、一貫したメッセージを発信し続けています。各地域のホテルは、この強力な国家ブランドの傘下でプロモーションを行うことができます。また、スイス政府観光局が開発した「スイストラベルパス」は、鉄道やバス、美術館などが乗り放題になる企画乗車券で、旅行者の周遊を促し、地方のホテルにも送客する仕組みとして非常にうまく機能しています。

まとめ:地域こそが、最強の武器になる

もはやホテル経営は、建物の中だけで完結するビジネスではありません。顧客が求めるのは、その土地でしか得られない特別な体験であり、その価値は地域全体で創り上げていくものです。DMOとの連携は、この新しい時代の潮流に対応するための、最も効果的で戦略的な選択肢と言えるでしょう。

DMOとの連携は、単なるコストではなく、未来への投資です。自社のリソースを地域の発展のために提供し、地域の魅力を自社の競争力として取り込む。この好循環を生み出すことができれば、価格競争から抜け出し、顧客から真に「選ばれるホテル」としての地位を確立できるはずです。まずは、あなたの地域のDMOのドアを叩き、パートナーシップの第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

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