2025年ホテル集客の未来図:「投稿価値」が拓く「真正な体験」と収益化

宿泊ビジネス戦略とマーケティング
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はじめに

現代のホテル業界において、単に快適な宿泊施設を提供するだけでは、激化する競争を勝ち抜くことは困難です。特にソーシャルメディアが消費者の購買行動に大きな影響を与える2025年現在、ホテルはゲストの心に響き、自発的な発信を促すような「体験」をデザインすることが、マーケティング戦略の要となっています。今回は、この「体験デザイン」と「真正性(オーセンティシティ)」がホテルのビジネスにどのような影響を与え、どのように収益に繋がるのかを深く掘り下げていきます。

「投稿する価値のないロビー」が示す本質

先日、Hospitality Netに掲載された「Your Lobby Isn’t Worth Posting」という記事は、現代のホテルが直面するマーケティング課題を端的に示しています。

参照記事:Your Lobby Isn’t Worth Posting – Hospitality Net

この記事が指摘するのは、多くのホテルのロビーが「写真映え」を意識してデザインされているにもかかわらず、実際にはゲストが自発的にソーシャルメディアに投稿するほどの「価値」を提供できていないという現実です。単に美しいだけでは不十分であり、ゲストが「これはシェアしたい」と感じるような、本物の体験がなければ、その空間はデジタル時代におけるマーケティング資産としては機能しない、という厳しい見方です。

これはロビーに限った話ではありません。客室、レストラン、バー、その他の施設においても同様の課題が存在します。ホテルが提供すべきは、単なる物理的な空間やサービスではなく、ゲストの感情に訴えかけ、記憶に残るような「体験」そのものなのです。

「真正性(オーセンティシティ)」がマーケティングの核となる理由

記事では、ホテルが「本物だと感じられること」の重要性を強調しています。では、この「真正性」とは具体的に何を指すのでしょうか。それは、単に「流行のデザインを取り入れる」ことや「豪華な調度品を置く」こととは一線を画します。

  • 平均的ではないが、本物であること:どこにでもあるような無難なデザインではなく、そのホテルならではの個性や物語が感じられること。
  • インターネットフレンドリーでありながら、対面での体験が中心であること:オンラインでの共有を意識しつつも、実際にその場にいるからこそ得られる感動や喜びが核にあること。
  • 文化的に関連性があり、真正であること:その土地の歴史、文化、芸術、ライフスタイルを尊重し、それをホテルの空間やサービスに自然に溶け込ませること。
  • 排他的で非日常的でありながら、本物で楽しいと感じられること:特別な体験を提供しつつも、ゲストが気負うことなく、心から楽しめる雰囲気があること。

現代の消費者は、広告や作り込まれたイメージよりも、友人やインフルエンサー、あるいは見知らぬ人々のリアルな投稿を信頼する傾向にあります。そのため、ホテルが自ら発信する情報以上に、ゲストが自発的に発信する「証言」の価値は計り知れません。この「証言」を生み出す源泉こそが、ホテルが提供する体験の「真正性」なのです。

体験デザインへの投資:具体的なアプローチ

では、ホテルはこの「真正性」を伴う「体験」をどのようにデザインし、投資していくべきでしょうか。記事が示唆するように、それは単に内装を刷新するだけではありません。

1. 空間デザインを超えた「物語」の創出

ロビーやバー、レストランといった物理的な空間は、そのホテルの「顔」であり、ゲストが最初に接する「体験の入り口」です。しかし、重要なのは、その空間がどのような「物語」を語りかけてくるかです。例えば、地元のアーティストによるアート作品を展示する、地域の歴史を紐解くようなデザイン要素を取り入れる、あるいは特定のテーマに沿ったユニークなコンセプトバーを設けるなど、ゲストがその空間にいるだけで特別な感情を抱くような仕掛けが必要です。

これは、単なる視覚的な魅力に留まらず、五感全体に訴えかける体験へと昇華させることを意味します。香りの演出、BGMの選定、手触りの良い素材の使用、そして地元の食材を活かした料理など、細部にわたるこだわりが、ゲストにとって忘れがたい記憶を創造します。

関連する過去記事として、KOKO HOTELS「おだしパック」戦略の深層:五感で紡ぐ「体験価値」とブランド成長 が挙げられます。これは五感に訴えかける体験価値の創造の良い例です。

2. 従業員が「体験の語り部」となる

どんなに素晴らしい空間デザインがあっても、それを活かすのはです。現場のスタッフ一人ひとりが、ホテルのコンセプトや「物語」を深く理解し、それをゲストに伝える「語り部」となることが不可欠です。単なるマニュアル通りのサービスではなく、ゲストの興味や関心に合わせて、その空間や提供される体験の背景にあるストーリーを語り、共感を呼ぶことができれば、体験の価値は飛躍的に高まります。

これは、従業員教育の重要性を再認識するものです。ホテルのビジョンやミッションを共有し、スタッフが自らホテルの魅力を発見し、発信できるような環境を整えることが求められます。ゲストが「このホテルを選んでよかった」と感じる瞬間は、スタッフとの何気ない会話の中に生まれることも少なくありません。

関連する過去記事として、ホテリエの未来を拓く:人間力と言語化で創造する「心動かす体験」 が挙げられます。ホテリエが体験を言語化し、ゲストに伝える重要性を示唆しています。

3. デジタルとリアルの融合による体験の拡張

記事が指摘するように、ゲスト体験はチェックアウト後もデジタル空間に広がります。ホテルは、このデジタルな広がりを意識した体験デザインを行う必要があります。

  • 投稿を促す「フォトジェニック」な要素:単なる「映え」ではなく、ホテルのコンセプトや真正性を反映した、ゲストが「思わず撮りたくなる」「シェアしたくなる」ようなデザイン要素やアートピース。
  • ハッシュタグや位置情報との連携:ゲストの投稿がより多くの人々に届くよう、適切なハッシュタグの推奨や位置情報の活用を促す。
  • UGC(User Generated Content)の活用:ゲストが投稿したコンテンツを、ホテルの公式SNSやウェブサイトで紹介し、共感を広げる。これは、ゲストへの感謝を示すとともに、新たなゲストを惹きつける強力なマーケティングツールとなります。

重要なのは、デジタルな側面はあくまでリアルな体験を補完・拡張するものであり、その核には常に「本物の体験」があるべきだということです。デジタルツールは、その体験をより広く、より深く伝えるための手段に過ぎません。

現場が直面する課題と機会

このような「体験デザイン」への投資は、現場に新たな課題と同時に大きな機会をもたらします。

課題:デザインと運用のギャップ

新しいデザインやコンセプトが導入されても、それが現場の運用と乖離しているケースは少なくありません。例えば、ゲストが自由に写真を撮れるアートピースが設置されても、その周辺の清掃が行き届いていなかったり、スタッフがそのアートの背景を説明できなかったりすれば、体験の価値は半減してしまいます。デザイン部門と現場部門との密な連携が不可欠です。また、新しいコンセプトを導入する際には、現場スタッフへの十分な説明とトレーニングが欠かせません。単に「こうあるべき」と押し付けるのではなく、現場の意見を吸い上げ、現実的な運用体制を構築することが重要です。

機会:スタッフのモチベーション向上とエンゲージメント強化

ゲストがホテルの体験に感動し、それをSNSで発信することで、その投稿はスタッフの目に触れることもあります。ゲストからの直接的な感謝の言葉や、ポジティブなフィードバックは、スタッフにとって大きなモチベーションとなります。自分たちの提供するサービスや空間が、ゲストの心に響いていることを実感できることは、仕事への誇りやエンゲージメントを高める貴重な機会です。

この点において、ホテル人材「定着」の深層:総務人事が実践する育成と人間力エンゲージメント の記事で述べられているように、スタッフのエンゲージメントを高めることは、長期的な人材定着にも繋がります。ゲストの喜びがスタッフの喜びとなり、それがさらなる質の高いサービスへと繋がる好循環を生み出すことができます。

「真正性」がもたらす収益戦略としての価値

記事は「真正性はもはやオプションではなく、収益戦略、マーケティングエンジン、差別化要因である」と結論付けています。

  • 無料の広告効果:ゲストの自発的な投稿は、ホテルにとって費用対効果の高い無料広告となります。特に信頼性の高いUGCは、従来の広告よりも高いコンバージョン率を期待できます。
  • ブランド価値の向上と差別化:競合他社との差別化を図り、独自のブランドイメージを確立することで、価格競争に巻き込まれることなく、高い客室単価を維持・向上させることが可能になります。
  • リピーターの獲得とロイヤルティ向上:心に残る体験は、ゲストのロイヤルティを高め、リピーターへと繋がります。ロイヤルティの高いゲストは、単に再訪するだけでなく、友人や家族にもホテルを推薦してくれる「ブランドアンバサダー」となる可能性を秘めています。
  • 新たな顧客層の開拓:特定のテーマやコンセプトに特化した体験は、その価値観に共鳴する新たな顧客層を惹きつけることができます。例えば、サステナビリティや地域文化体験に重きを置くゲストなど、従来のマーケティングではリーチしにくかった層へのアプローチが可能になります。

このように、「真正性」を核とした体験デザインは、短期的な集客だけでなく、中長期的なブランド価値の向上と持続的な収益成長に寄与する、戦略的な投資であると言えます。

まとめ

2025年のホテル業界において、成功の鍵は、単なる物理的な設備やサービス提供に留まらず、ゲストの感情に深く訴えかける「体験」をデザインし、その「真正性」を追求することにあります。ゲストが自発的にシェアしたくなるような空間とサービスを提供することで、ホテルは無料の広告効果を得るだけでなく、強固なブランドロイヤルティを築き、持続的な成長を実現できるでしょう。これは、デザイン部門、マーケティング部門、そして現場スタッフが一丸となって取り組むべき、ホテル経営の新たな常識と言えます。

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