離職率25.6%の衝撃。ホテルが「選ばれる職場」になるための新常識

ホテル業界のトレンド

全産業平均の1.7倍。離職率25.6%という不都合な真実

ホテル業界が深刻な人手不足に喘いでいることは、もはや周知の事実です。しかし、その根底にある問題の深刻さを、私たちは正しく認識できているでしょうか。先日、人材サービス大手ランスタッド株式会社が発表したニュースリリースが、業界に衝撃を与えています。

参考:タレント部長西野雄介が日本ホテル協会トップセミナーに登壇。従業員にとっての「今」の価値観を捉えた人材採用と定着について講演 | ランスタッド株式会社のプレスリリース

この記事によれば、ホテル・宿泊業界の離職率は実に25.6%。これは、全産業平均の15.0%を大きく上回る、驚異的な数値です。つまり、4人に1人が1年以内に職場を去っているという計算になります。この数字は単なる統計データではありません。採用コストの増大、サービス品質の低下、残された従業員の負担増、そして何よりも、ホテルというビジネスの根幹をなす「おもてなし」の文化そのものの崩壊を示唆する、危険信号です。

なぜ、これほどまでに多くの人材がホテル業界を去っていくのでしょうか。本記事では、この「25.6%」という数字の裏側にある構造的な問題を深掘りし、これからのホテルが単なる「職場」ではなく、従業員から「選ばれる場所」になるために何をすべきかを考察します。

「給与と休み」だけでは響かない。新世代ホテリエの価値観

かつて、人材定着の議論は「給与を上げる」「休みを増やす」といった待遇改善に終始しがちでした。もちろん、これらが重要な要素であることは間違いありません。しかし、前述のニュースリリースが指摘するように、現代の働き手の要望はより多様化しており、待遇面だけではもはや根本的な解決には至らないのです。

特に、これからの業界を担う若手世代は、仕事に対して以下のような新しい価値観を持っています。

1. 成長実感とキャリアへの展望

彼らは、単に日々の業務をこなすだけでなく、その仕事を通じて自分がどう成長できるか、将来どのようなキャリアを築けるかを重視します。毎日同じルーティンワークの繰り返しでは、モチベーションを維持することは困難です。「このホテルで働き続ければ、市場価値の高いホテリエになれる」という明確なビジョンを提示できるかどうかが問われています。そのためには、戦略的なジョブローテーションや体系化された研修制度が不可欠です。

2. 心理的安全性と良好な人間関係

どれだけ仕事内容が魅力的でも、職場の人間関係が悪く、心理的なストレスが大きい環境では、人は定着しません。自分の意見が尊重され、失敗を恐れずに挑戦できる「心理的安全性」の高い組織文化を醸成することは、経営の最重要課題と言えるでしょう。上司や同僚との円滑なコミュニケーションは、従業員のエンゲージメントを大きく左右します。

3. 貢献実感とパーパス(存在意義)

「この仕事が、誰の、何の役に立っているのか」を実感できることは、働く上での大きな喜びです。お客様からの「ありがとう」という言葉はもちろん、ホテルが地域社会に貢献している、新しい価値を創造しているといった、より大きなパーパスを感じられる環境が求められています。自分の仕事が単なる作業ではなく、意味のある活動だと感じられたとき、従業員のロイヤリティは飛躍的に高まります。

脱「リテンション」。EVP(従業員価値提案)を設計せよ

これらの新しい価値観に応えるためには、従来の「辞めさせない(リテンション)」という発想から、「積極的に選ばれる(アトラクション)」という発想への転換が必要です。その鍵を握るのが、「EVP(Employee Value Proposition=従業員価値提案)」という考え方です。

EVPとは、企業が従業員に対して提供できる「価値」の総体を指します。それは給与や福利厚生といった金銭的報酬だけでなく、キャリア成長の機会、やりがいのある仕事、良好な職場環境、企業のビジョンへの共感など、あらゆる非金銭的報酬を含みます。顧客に対して「バリュープロポジション(顧客価値提案)」を設計するように、従業員に対しても独自の価値提案を設計し、明確に伝えていく必要があるのです。

では、ホテル業界におけるEVPはどのように構築できるでしょうか。ここでテクノロジー、すなわちDXの活用が大きな意味を持ちます。

例えば、単純作業やバックオフィス業務をRPAやAIで自動化すれば、従業員はより創造的で、人間らしい「おもてなし」に集中できます。これは、仕事のやりがいを高める上で非常に効果的です。また、勤怠管理やシフト作成に特化したシステムを導入すれば、公平で柔軟な働き方を実現しやすくなります。

さらに、従業員のスキルや経験、パフォーマンスをデータとして可視化し、それに基づいた公正な評価やキャリアプランの提示を行えば、従業員の成長意欲を刺激し、エンゲージメントを高めることができるでしょう。

EX(従業員体験)向上が、CX(顧客体験)を凌駕する日

これまでホテル業界は、CX(Customer Experience=顧客体験)の向上に心血を注いできました。しかし、25.6%という離職率が示す通り、その担い手である従業員の体験、すなわちEX(Employee Experience=従業員体験)が疎かにされてきたのではないでしょうか。

優れたEXなくして、優れたCXはありえません。疲弊し、未来に希望を持てない従業員が、心からのおもてなしを提供できるはずがないのです。これからのホテル経営は、顧客視点を従業員に向けることから始まります。ゲストがホテルでの滞在を通じて特別な体験を得るように、従業員もまた、そのホテルで働くことを通じて成長と幸福を実感できる。そんな場所こそが、2025年以降の厳しい競争を勝ち抜くことができる「選ばれるホテル」の姿です。

離職率25.6%という数字は、業界にとっての警鐘であると同時に、変革への大きなチャンスでもあります。この危機を乗り越え、従業員一人ひとりが誇りを持って働ける業界へと再生できるか。その鍵は、私たち自身の意識改革にかかっています。

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