はじめに:稼働率は高いのに、なぜ利益が伸び悩むのか?
先日、「マカオのホテル業界、客室稼働率上昇も平均単価は下落」という興味深いニュースが報じられました。マカオホテル協会の発表によると、2025年上半期の平均客室稼働率(OCC: Occupancy Rate)は93.6%と非常に高い水準に達した一方で、平均客室単価(ADR: Average Daily Rate)は前年同期比で下落したとのことです。詳細はこちらの記事で確認できます。
このニュースは、多くのホテル経営者やマーケティング担当者が直面するジレンマを象徴しています。「客室を埋めること」を最優先するあまり、価格を下げて稼働率を確保する。しかし、その結果として全体の収益性が損なわれてしまう――。これは「稼働率至上主義の罠」とも言える現象です。
本記事では、ホテルの収益性を測る上で最も重要な指標であるRevPAR(販売可能客室数あたり客室売上)を最大化するために、OCCとADRの最適なバランスをどのように見つけていくべきか、その戦略について深く掘り下げていきます。
OCC、ADR、RevPAR:ホテル収益の三種の神器
戦略を議論する前に、まずは基本的な指標の定義を再確認しておきましょう。
- OCC(客室稼働率):販売した客室数 ÷ 販売可能な総客室数。ホテルの人気度や集客力を示す指標です。
- ADR(平均客室単価):客室売上 ÷ 販売した客室数。一室あたり平均いくらで販売できたかを示す指標です。
- RevPAR(販売可能客室数あたり客室売上):客室売上 ÷ 販売可能な総客室数。ホテルの全体的な収益力を測る最も重要な指標とされています。
重要なのは、RevPARは ADR × OCC という式でも算出できる点です。つまり、RevPARを高めるには、ADRとOCCの両方を高めるか、あるいは片方が多少下がっても、もう片方をそれ以上に引き上げる必要があります。マカオの例では、OCCが上がってもADRがそれ以上に下がったため、結果としてRevPARの伸び悩みが懸念される状況と言えます。
「稼働率至上主義」がもたらす5つの弊害
「満室」という言葉には、ホテルスタッフにとって大きな達成感と安心感があります。しかし、稼働率だけを追い求める戦略は、長期的にはホテルの価値を損なう危険性をはらんでいます。
1. 過度な価格競争と利益率の圧迫
稼働率を上げる最も手軽な方法は、料金を下げることです。しかし、近隣の競合ホテルも追随して値下げを始めれば、エリア全体を巻き込んだ消耗戦に突入します。結果としてADRは下がり続け、たとえ満室にできたとしても、一室あたりの利益は大きく減少してしまいます。さらに、稼働率が上がれば清掃コストやリネン代、水道光熱費といった変動費も増加するため、売上は上がっても利益が残らないという事態に陥りかねません。
2. ブランドイメージの毀損
恒常的な値下げは、「あのホテルはいつも安い」「安くないと泊まる価値がない」というブランドイメージを顧客に植え付けます。一度定着した安売りのイメージを覆すのは非常に困難です。本来であれば正規の価格で泊まってくれるはずだった顧客までもが、セール期間を待つようになったり、より安いプランを求めるようになったりしてしまいます。
3. 顧客層の変化と満足度の低下
価格を主な理由としてホテルを選ぶ顧客が増えると、客層が変化します。必ずしも悪いことではありませんが、ホテルが本来提供したい価値やサービスを評価しない顧客が増えることで、スタッフのモチベーション低下に繋がることがあります。また、低価格で満室状態が続くと、現場は多忙を極め、一人ひとりのお客様へのきめ細やかなサービスが提供しにくくなり、結果として顧客満足度の低下を招くリスクもあります。
4. 付帯施設の収益機会の損失
価格に敏感な顧客は、宿泊費以外の出費、例えばレストランやバー、スパなどの利用に消極的な傾向があります。ADRの高い顧客は、ホテル滞在そのものを楽しむ目的で訪れることが多く、付帯施設での利用額も高い傾向にあります。ADRを犠牲にして稼働率を追求することは、客室以外の収益機会を逃すことにも繋がりかねません。
5. リピーターの育成阻害
価格だけで選んだ顧客は、次回もより安いホテルを探す可能性が高く、ロイヤルカスタマーになりにくいと言えます。ホテルのファン、つまりリピーターを育成するためには、価格以外の価値(独自の体験、快適な空間、質の高いサービスなど)で選ばれる必要があります。ADRを維持・向上させる戦略は、結果としてホテルの価値を理解してくれる優良な顧客との関係構築に繋がります。
RevPAR最大化への道:ADRを重視したレベニューマネジメント
では、稼働率の罠に陥らず、RevPARを最大化するにはどうすればよいのでしょうか。その鍵は、ADRを意識した戦略的なレベニューマネジメントにあります。
1. 需要予測に基づいたダイナミックプライシング
闇雲に価格を下げるのではなく、データに基づいて未来の需要を予測し、価格を柔軟に変動させる「ダイナミックプライシング」が不可欠です。PMS(宿泊管理システム)やサイトコントローラーに蓄積された過去の予約データ、曜日、季節、周辺エリアのイベント情報、競合の価格動向、さらには航空券の予約状況といった外部データも活用し、「この日は高くても予約が入る」「この日は少し価格を調整して需要を喚起すべき」といった判断の精度を高めていきます。この領域こそ、レベニューマネジメントシステム(RMS)のようなテクノロジーが真価を発揮する分野です。
2. 顧客セグメンテーション
すべての顧客に同じ価格を提示する必要はありません。顧客をいくつかのセグメントに分類し、それぞれに最適な価格とプランを提供することが重要です。
- 法人契約・団体客:安定した需要が見込めるため、一定の割引価格を提供。
- レジャー客(カップル・ファミリー):価格感度は高いが、食事付きプランや体験アクティビティとのセット販売で付加価値を高め、単価を維持・向上させる。
- OTA経由の顧客:手数料を考慮した価格設定。OTA限定の特典で魅力を高める。
- 自社サイト・リピーター:ベストレートギャランティを保証し、特典を付与することで直接予約を促し、ロイヤリティを高める。
このようにセグメントごとにアプローチを変えることで、全体のADRをコントロールしやすくなります。
3. 価格以外の「価値」の創造と訴求
価格競争から脱却するためには、「このホテルだから泊まりたい」と思わせる独自の価値が必要です。それは、息をのむような絶景かもしれませんし、地元の食材を活かした絶品の朝食かもしれません。あるいは、スタッフの心のこもったパーソナルなサービスや、他にはないユニークなデザイン、快適なワーケーション環境かもしれません。自社の強みを明確にし、それをウェブサイトやSNS、広告で効果的に訴求することで、「価格」ではなく「価値」で選ばれるホテルを目指すべきです。
4. アップセルとクロスセルの強化
予約後からチェックイン、滞在中に至るまで、顧客単価を高めるチャンスは数多く存在します。予約完了後のメールで「追加料金で眺めの良いお部屋にアップグレードしませんか?」と提案したり、チェックイン時に「本日限定で、ディナーコースを20%オフでご利用いただけます」と案内したりするなど、顧客体験を向上させつつADRや総顧客単価を引き上げる施策を積極的に行いましょう。
まとめ:データに基づいた戦略で「質の高い満室」を目指す
ホテルの収益性を測る上で、OCCは重要な指標ですが、それだけを追い求めるのは危険です。マカオの事例が示すように、高い稼働率が必ずしも高い収益性に結びつくとは限りません。
真に目指すべきは、ADRとの最適なバランスを取り、RevPARを最大化すること。つまり、適切な価格で客室が埋まる「質の高い満室」です。そのためには、勘や経験だけに頼るのではなく、PMSやRMSといったテクノロジーを活用してデータを分析し、需要を正確に予測した上で、戦略的な価格設定を行うレベニューマネジメントが不可欠となります。
自社のホテルの価値を信じ、それを適切な価格で提供する。その勇気ある判断こそが、持続的な成長と高い収益性を実現するための第一歩となるでしょう。
コメント