地方分散型観光の時代:ホテルが果たすべき役割と地域連携の重要性
近年、日本の観光業界は目覚ましい成長を遂げていますが、その恩恵は都市部に集中し、地方への誘客が課題となっています。政府や観光庁は、この「一極集中」から「地方分散」へと観光の流れを変えるべく、様々な施策を打ち出しています。これは、ホテル業界、特に地方のホテルにとって、大きなビジネスチャンスであると同時に、地域社会との新たな関係性を構築する好機でもあります。
本記事では、この地方分散型観光という大きな潮流をニュースとして捉え、その背景とホテル運営における具体的な考慮点、そして地域連携の重要性について深掘りしていきます。
観光庁が推進する「地方誘客」とDMOの役割
日本政府は、2030年の訪日外国人旅行者数6,000万人という目標を掲げていますが、その達成には、東京、大阪、京都といったゴールデンルート以外の地方への誘客が不可欠であると認識しています。観光庁は、「新たな観光戦略」の中で、地方への誘客促進を重点施策の一つとして位置づけ、地域固有の魅力の発掘や多言語対応の強化、交通インフラの整備などを進めています。
この地方誘客の鍵を握るのが、DMO(観光地域づくり法人)の存在です。DMOは、地域の観光資源を最大限に活用し、戦略的な観光地域づくりを進める司令塔としての役割を担います。観光地域全体のマーケティング、プロモーション、商品造成、そして地域内の関係者(宿泊施設、交通事業者、観光施設、飲食店、地域住民など)との連携を促進することで、個々の事業者が単独では成し得ない大きな誘客効果を生み出すことを目指しています。
実際、全国各地でDMOが設立され、地域ごとの特色を活かした体験型コンテンツの開発や、地域ブランドの確立に向けた取り組みが活発化しています。例えば、特定の地域では、サイクリングやトレッキングといったアクティビティと連携した宿泊プランを造成したり、伝統文化体験と組み合わせた滞在プログラムを提供したりすることで、都市部とは異なる「地方ならではの価値」を旅行者に提供しています。このような動きは、地方のホテルにとって、DMOとの連携が単なる集客チャネルの一つではなく、地域全体で観光価値を高めるための不可欠なパートナーシップであることを示唆しています。
ホテル運営における考慮点:地方分散型観光への対応
地方分散型観光の進展は、ホテルの運営戦略に新たな視点をもたらします。単に宿泊施設を提供するだけでなく、地域の一員として、その魅力を最大限に引き出し、旅行者に提供する役割が求められます。
1. 地域資源の活用とブランド化
地方のホテルが最も差別化できる点は、その地域固有の文化、自然、食といった地域資源です。これらを単に「あるもの」として提供するのではなく、ホテルのコンセプトやサービスに深く組み込み、独自のブランドとして確立することが重要です。
- **食を通じた地域体験**: 地元の旬の食材を積極的に取り入れ、その生産者との連携をアピールする。料理教室や収穫体験といったプログラムを提供し、食の背景にあるストーリーを伝えることで、単なる食事以上の価値を創造します。
- **文化・自然体験の提供**: 地域に伝わる伝統工芸、祭り、自然景観などを活用した体験プログラムを企画・提供します。ホテルスタッフが地域のガイドを務めたり、地元の専門家と連携したりすることで、より深く、本物の体験を提供できます。
- **建築・デザインによる地域性表現**: ホテルの建築や内装に地域の伝統的な素材やデザインを取り入れることで、滞在そのものが地域文化に触れる体験となるよう演出します。古民家再生や廃校活用といったユニークな施設も、その背景にある物語が強い魅力となります。
これらの取り組みは、ホテルが提供する「宿泊」というサービスに、その地域でしか得られない「体験価値」を付加し、リピーターの獲得や高単価化にも繋がります。
2. 地域住民との共生と持続可能性
地方誘客を進める上で、地域住民との良好な関係構築は不可欠です。都市部で問題となるオーバーツーリズムの反省を活かし、地域社会と共生し、持続可能な観光を実現するための視点が求められます。
- **地元雇用の創出と地域人材の育成**: ホテルスタッフとして地元住民を積極的に採用し、彼らが地域の魅力を伝える担い手となるよう育成します。地域に根ざした雇用は、地域経済の活性化にも寄与します。
- **地域イベントへの参画と協力**: 地元の祭りやイベントにホテルが積極的に関わり、開催支援や情報発信を行うことで、地域コミュニティの一員としての存在感を高めます。宿泊客にもこれらのイベントへの参加を促し、地域との接点を創出します。
- **環境負荷の低減と地域貢献**: 地域のエコシステムに配慮した運営(省エネルギー、廃棄物削減、地元産品の優先使用など)を推進し、環境に優しいホテルとしての姿勢を示します。また、地域清掃活動への参加や、地域の子どもたちへの教育プログラム提供など、社会貢献活動にも積極的に取り組みます。
これらの活動は、ホテルが単なるビジネス施設ではなく、地域社会の一員として認められ、住民からの理解と協力を得る上で非常に重要です。
3. 多様な顧客層への対応
地方を訪れる旅行者は、インバウンド旅行者だけでなく、国内の富裕層、ワーケーション利用者、教育旅行、長期滞在者など、そのニーズは多様化しています。それぞれの顧客層に合わせたサービス設計が求められます。
- **多言語対応と文化理解**: 訪日外国人旅行者向けに、多言語での情報提供、食事のアレルギー対応、宗教・文化に配慮したサービスなどを徹底します。スタッフの異文化理解を深める研修も有効です。
- **長期滞在・ワーケーション対応**: 高速Wi-Fi、ワークスペースの提供、ランドリー設備、長期滞在割引など、ワーケーションや長期滞在に適した設備・サービスを強化します。地域の生活情報提供も重要です。
- **テーマ型宿泊プランの造成**: サイクリング、釣り、登山、星空観察、陶芸体験など、特定のテーマに特化した宿泊プランを造成し、ニッチなニーズを持つ旅行者をターゲットにします。
画一的なサービスではなく、多様なニーズに応じた柔軟な対応が、顧客満足度を高め、リピートに繋がります。
4. 新たな集客チャネルの開拓
地方のホテルは、大手OTA(オンライン旅行会社)だけでなく、地域に特化した集客チャネルや、DMOとの連携を強化することが重要です。
- **DMOとの連携強化**: DMOが企画するプロモーション活動や、造成する周遊ルート、体験コンテンツに積極的に参加します。DMOの持つ情報発信力やネットワークを活用し、自ホテルの露出を増やします。
- **SNSを活用した情報発信**: 地域の魅力を伝える写真や動画を積極的にSNSで発信し、ホテル滞在と地域体験を一体としてプロモーションします。インフルエンサーマーケティングも有効です。
- **地元企業・団体との連携**: 地域内の観光施設、飲食店、交通機関、イベント主催者などと連携し、共同でプロモーションやパッケージ商品の開発を行います。例えば、レンタカー会社との提携で周遊プランを提案したり、地元のワイナリーや農園と連携したツアーを企画したりすることが考えられます。
- **直販チャネルの強化**: 公式ウェブサイトの魅力を高め、予約システムを使いやすくすることで、手数料のかからない直販を促進します。ウェブサイトでは、ホテルの魅力だけでなく、周辺地域の観光情報も充実させることが重要です。
これらの多角的なアプローチにより、特定のチャネルに依存しない、安定した集客基盤を構築できます。
5. 人手不足への対応と地域人材の活用
地方においては、ホテル業界に限らず人手不足が深刻な課題です。これを乗り越えるためには、従来の採用戦略にとどまらない、地域特性を活かしたアプローチが求められます。
- **多様な働き方の導入**: 短時間勤務、週休3日制、兼業・副業の推奨など、柔軟な働き方を導入することで、子育て中の主婦層や高齢者など、これまで労働市場に参加しにくかった層の活用を図ります。
- **地域住民の「おもてなし」力活用**: 地域の文化や歴史に詳しい地元住民を、ガイドや体験プログラムの講師、あるいは非常勤のコンシェルジュとして活用します。これにより、ホテルは地域に根ざしたサービスを提供できるだけでなく、住民は自身の知識やスキルを活かす機会を得られます。
- **多拠点居住者・ワーケーション層の活用**: 地方への移住者や、ワーケーションで滞在する人々の中に、ホテル業務に興味を持つ人材がいる可能性があります。彼らを短期的なアルバイトやプロジェクト単位で活用することも検討できます。
- **DXによる業務効率化**: 清掃ロボットの導入、自動チェックイン機の導入、AIを活用した問い合わせ対応など、テクノロジーを積極的に導入し、定型業務の自動化・効率化を進めることで、少ない人数でも質の高いサービスを提供できる体制を構築します。これにより、スタッフはより付加価値の高い業務に集中できるようになります。
人手不足は業界全体の課題ですが、地方においては地域コミュニティとの連携を深めることで、新たな人材源を開拓するチャンスにもなり得ます。
成功事例と乗り越えるべき課題
実際に、地方分散型観光の潮流に乗って成功を収めているホテルや宿泊施設は増えています。例えば、過疎地域で廃校をリノベーションし、地域住民が運営に携わる体験型宿泊施設は、そのユニークなコンセプトと地域との深いつながりから、国内外の注目を集めています。また、大手ホテルチェーンが地方の古民家を再生し、地域の文化や歴史を尊重したラグジュアリーホテルを展開する事例も多く見られます。これらの成功事例に共通するのは、単なる宿泊機能の提供に留まらず、「その地域でしか得られない特別な体験」をデザインし、提供している点です。
一方で、課題も少なくありません。地方への交通アクセスの不便さ、多言語対応人材の不足、情報発信力の弱さ、そして初期投資や運用コストの高さなどが挙げられます。これらの課題を克服するためには、国や自治体によるインフラ整備支援、DMOによる広域連携とプロモーション、そしてホテル自身のDX推進による業務効率化とサービス品質向上が不可欠となります。
今後の展望:ホテルが地方創生に貢献する可能性
地方分散型観光は、単に旅行者を地方に誘致するだけでなく、地域の経済活性化、雇用創出、文化の継承、そして地域住民の誇りの醸成といった「地方創生」に直結する大きな可能性を秘めています。ホテルは、その中心的な担い手の一つとなり得ます。
これからのホテリエには、単に宿泊サービスを提供するだけでなく、地域の魅力を最大限に引き出し、旅行者に伝える「地域プロデューサー」としての視点が求められます。地域の人々と深く交流し、地域の課題を理解し、その解決に貢献する意識を持つことが、持続可能なホテル運営、ひいては地域全体の発展に繋がるでしょう。テクノロジーの活用はもちろん重要ですが、最終的には人と人とのつながり、地域との共生が、これからのホテル業界の成長を支える基盤となります。
地方のホテルが、その地域固有の価値を最大限に引き出し、地域全体を巻き込んだ「体験」を提供することで、日本の観光はさらなる深みと多様性を増していくことでしょう。私たちホテリエは、その最前線に立ち、新たな価値創造に挑戦していく必要があります。
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