一流ホテリエの秘訣は「観察力」にあり。明日からできる実践的トレーニング術

人材育成とキャリアパス

はじめに:ホテリエの「本当の価値」はどこにある?

ホテル業界への就職や転職を考えている皆さん、そして既にホテリエとしてキャリアを歩み始めている皆さん、こんにちは。日々お客様と向き合う中で、「自分ならではの価値をどう提供すれば良いだろう?」と考える瞬間は少なくないでしょう。素晴らしい施設、美味しい食事、快適なベッド。これらはホテルの魅力の重要な要素ですが、お客様の心に深く刻まれる「忘れられない体験」を生み出すのは、最終的には「人」の力です。その力の源泉となるのが、今回お話しする「観察力」です。

テクノロジーが進化し、多くの業務が効率化されても、人の温かみや機微を捉えたおもてなしの価値は決して色褪せません。むしろ、画一的なサービスが溢れる現代だからこそ、一人ひとりのお客様に寄り添う姿勢がこれまで以上に求められています。今回は、ホテリエとしてのキャリアを築く上で、全ての土台となると言っても過言ではない「観察力」について、その重要性から具体的な鍛え方まで、少し掘り下げてお話ししたいと思います。

ただ「見る」のではなく「観る」ことの重要性

「観察力」と聞くと、なんだか難しく聞こえるかもしれません。しかし、これは決して特殊な能力ではありません。シンプルに言えば、「お客様の些細な言動や様子から、その背景や隠れたニーズを想像し、気づく力」のことです。単に視界に入れる「見る(See)」ではなく、注意を払って「観る(Observe/Watch)」という意識が大切になります。

例えば、こんな場面を想像してみてください。

  • ケース1:ロビーのソファで、大きなキャリーケースの傍ら、少し疲れた表情でスマートフォンを見ているお客様。
  • ケース2:レストランで、メニューを何度も見返しながら、少し困ったような表情を浮かべているカップル。
  • ケース3:小さなお子様がぐずり始め、周囲を気にしてそわそわしているご家族。

マニュアル通りの対応であれば、お客様から声をかけられるまで待つかもしれません。しかし、観察力のあるホテリエは、これらの状況から一歩先を読み解こうとします。

  • ケース1の対応例:「長旅お疲れ様でございます。チェックインまでお時間がございますか?もしよろしければ、先にお荷物をお預かりいたしましょうか。」と声をかける。もしかしたら、早く着きすぎて時間を持て余しているのかもしれない、という仮説から行動を起こします。
  • ケース2の対応例:「何かお困りですか?もしアレルギーや苦手な食材がございましたら、お気軽にお申し付けください。シェフと相談して、特別メニューもご用意できます。」と提案する。単におすすめを伝えるだけでなく、相手が言い出しにくいであろう点にまで配慮します。
  • ケース3の対応例:さっと絵本やおもちゃを持って近づき、「よろしければ、こちらで少し遊んでみますか?」と、お子様の気を引くと同時に、ご両親の心理的負担を軽くする手助けをします。

このように、観察力とはお客様の「声にならない声」を聴き、期待を超える行動へと繋げるための最初のステップなのです。

「付加価値」を生む観察力とパーソナライズされた体験

観察に基づいた行動は、お客様にとって「自分のことを気にかけてくれている」「大切にされている」という特別な感情を生み出します。これが、サービスの「付加価値」に他なりません。

最近では、「スモール・ラグジュアリー・ホテルズ」のような、小規模ながらも質の高い、パーソナルな体験を重視するホテルが注目を集めています。こうしたホテルでは、大規模ホテル以上に、一人ひとりのお客様に合わせたきめ細やかな対応が求められます。お客様の好み(例えば、以前滞在した際にハーブティーを好んで飲んでいた、など)を記憶し、次の滞在時にさりげなく提供する。こうしたパーソナライズされたおもてなしの実現には、日々の細やかな観察の積み重ねが不可欠です。

観察力によって生み出された感動体験は、お客様を熱心なリピーターに変え、良い口コミとなって新たな顧客を呼び込みます。結果として、それはホテル全体の評価と収益向上に直接的に貢献するのです。あなたの「気づき」一つが、ホテルの未来を創る力を持っていると言えるでしょう。

明日からできる!観察力を鍛える4つのステップ

「でも、どうすればそんな観察力が身につくの?」と思いますよね。大丈夫です。観察力は、日々の意識とトレーニングで誰でも向上させることができます。ここでは、私が実践してきた具体的な方法を4つのステップでご紹介します。

ステップ1:日常を「人間観察」のトレーニングの場にする

まずは、意識的に「観る」癖をつけることから始めましょう。勤務中はもちろん、通勤中の電車やカフェなど、あらゆる場所がトレーニングの場になります。「あの人はなぜ急いでいるのだろう?」「あのグループはどんな関係性だろう?」と、人々の様子から背景を想像するゲームを一人でやってみるのです。正解はありません。大切なのは、表層的な情報から一歩踏み込んで想像する「思考の筋トレ」を行うことです。

ステップ2:「仮説→実践→検証」のサイクルを回す

お客様の様子から「きっと〇〇を求めているに違いない」という仮説を立てたら、勇気を出して行動に移してみましょう。そして、その結果どうだったかを必ず振り返ります。お客様にとても喜ばれたなら、あなたの仮説は正しかったということです。もし、あまり反応が良くなかったり、見当違いだったりしても、落ち込む必要はありません。それは「この状況では、こういうアプローチは違うんだな」という貴重なデータになります。このトライ&エラーの繰り返しが、あなたの観察眼の精度を格段に高めていきます。

ステップ3:優れた先輩の動きを徹底的に「盗む」

あなたの職場に「この人のおもてなしは素晴らしいな」と感じる先輩や上司はいませんか?その人が、お客様のどこを見て、何を判断し、どう動いているのかを徹底的に観察しましょう。いわば「行動のコピー」です。そして、機会があれば「先ほど、あのお客様に〇〇と声をかけていましたが、どうしてそうしようと思われたのですか?」と、その行動の裏にある思考プロセスを尋ねてみてください。優れたホテリエの「観察の視点」を学ぶことは、何よりの近道になります。

ステップ4:小さな「気づき」を記録する習慣をつける

人間の記憶は曖昧です。うまくいったこと、失敗したこと、お客様からいただいた嬉しい言葉など、印象に残った出来事を簡単なメモで良いので記録しておきましょう。スマートフォンや小さな手帳で十分です。記録を読み返すことで、自分の成功パターンや改善すべき点が見えてきます。また、過去の成功体験は、自信を持って次のお客様と向き合うためのエネルギーにもなります。

観察力は、あなたのキャリアを拓く最強の武器になる

現場で磨かれた観察力は、フロントやレストラン業務だけでなく、その後のキャリアパスにおいても非常に強力な武器となります。

例えば、あなたがチームリーダーやマネージャーになった時、部下の些細な表情の変化や仕事の進め方から、その人が抱える悩みや課題にいち早く気づき、適切なフォローをすることができるでしょう。また、お客様全体の傾向を観察することで、「最近、連泊のお客様は夕食を外で済ませる方が多いな。近隣の飲食店と提携したプランを作れないだろうか?」といった、ホテル全体のサービス改善や新たな企画のヒントを見つけ出すこともできます。

将来的には、マーケティング部門で顧客データを分析する際や、経営企画部門で新たなホテルコンセプトを立案する際にも、現場で培った「生きた顧客理解」の力、すなわち観察力が全ての土台となります。どんなにテクノロジーが進歩しても、お客様のインサイトを深く理解する能力は、常にビジネスの中心にあり続けるのです。

おわりに

ホテリエの仕事は、お客様という「人」と深く関わる、非常にクリエイティブでやりがいのある仕事です。その面白さの中核をなすのが、相手を想い、行動する「おもてなしの心」であり、その心を形にするのが「観察力」です。

今回お話ししたことは、すぐに完璧にできることではないかもしれません。しかし、日々の業務の中で少しだけ「観る」ことを意識するだけで、あなたの世界は確実に変わってきます。お客様からの「ありがとう」の言葉が、これまでとは違った深みを持って感じられるようになるはずです。

この記事が、あなたのホテリエとしての成長の、ささやかなヒントになれば幸いです。

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