はじめに
2025年現在、ホテル業界におけるOTA(オンライン旅行代理店)の存在感は、もはや無視できないものとなっています。強力な集客ツールである一方で、高い手数料、ブランドコントロールの難しさ、顧客データの取得制限といった課題も常に付きまといます。ホテルは、OTAとの関係性をどのように構築し、自社の収益性とブランド価値を最大化していくべきなのでしょうか。
本記事では、大手ホテルチェーンの幹部が語る最新のチャネル戦略に焦点を当て、OTAとの共存のあり方、そしてホテルが持続的な成長を遂げるための道筋を深く掘り下げていきます。
大手ホテル幹部が語るOTA戦略の最前線
ホテル業界のチャネル戦略を考える上で、大手ホテルグループの視点は非常に参考になります。2025年9月30日の観光経済新聞が報じた【Trip.com上海カンファレンス特集】ホテル幹部座談会 三井×西武×モントレー×東急では、三井不動産ホテルマネジメント、西武・プリンスホテルワールドワイド、ホテルモントレ、東急リゾーツ&ステイといった日本の主要ホテルグループの幹部が、OTAとの関係構築やチャネル戦略について議論を交わしました。
記事からは、特に東京や京都といった人気エリアにおいて、どのチャネルからでも「一定の」集客が見込めるという現状が示唆されています。これは、OTAが強力な集客ツールであることの裏返しであり、同時にホテル側がOTAへの依存度を高めざるを得ない状況も示しています。しかし、単にOTAに依存するだけでなく、各社がどのように自社の強みを活かし、収益構造を最適化しようとしているのかが、現代のホテル経営における重要な論点となります。
チャネルミックスの最適化:直販とOTAのバランス
OTAは、新規顧客獲得や海外からの集客において絶大な力を発揮します。広範なリーチと多言語対応は、特にインバウンド市場において不可欠な存在です。しかし、OTA経由の予約には高い手数料が発生し、これがホテルの収益を圧迫する要因となり得ます。
このため、多くのホテルは自社ウェブサイトや予約システムを通じた直販を強化することで、手数料を削減し、顧客データを直接取得できるメリットを追求しています。直販では、よりパーソナライズされたプロモーションや、OTAでは提供できない独自の特典を提供し、顧客との直接的な関係構築を目指すことが可能です。
一方で、OTAは特定の市場へのリーチが広く、ブランド認知度の向上にも寄与します。大手ホテルグループは、OTAを「集客装置」として割り切りつつ、いかに直販への誘導やリピート顧客化を図るか、というバランス戦略を練っています。現場では、OTA経由の予約と直販予約とで顧客対応の質に差が出ないよう、統一されたサービス基準の維持が求められます。これは、予約経路に関わらず、全てのゲストに一貫したブランド体験を提供するための重要な課題です。
データ活用とパーソナライゼーションの重要性
OTA経由の予約では、顧客の詳細な行動データや嗜好データがホテル側で十分に把握しにくいという課題があります。しかし、OTAが提供する限定的なデータや、チェックイン時の情報、滞在中の行動履歴などを組み合わせることで、顧客理解を深める努力がなされています。取得したデータを活用し、ゲスト一人ひとりに合わせた情報提供やサービス提案を行う「パーソナライゼーション」は、顧客満足度を高め、次の直販予約に繋げるための鍵となります。
例えば、過去の滞在履歴から好みの客室タイプやアメニティを把握し、次回の予約時に自動で提案する、特定のイベント情報や地域の魅力を個別に発信するなどの取り組みが考えられます。これは、単なる割引提供以上の価値を顧客に提供し、ブランドロイヤルティを醸成する上で不可欠です。7万円超の国内宿泊旅行市場:ホテルが拓く「高付加価値」と「パーソナライゼーション」戦略でも触れたように、高価格帯の宿泊体験を求める顧客層にとって、パーソナライゼーションは決定的な要素となり得ます。
インバウンド市場再活性化とOTAの役割
2025年現在、インバウンド市場は本格的な回復期にあり、特にアジア圏からの訪日客は、Trip.comをはじめとするOTAを主要な情報源・予約手段として利用する傾向が強いです。ホテルは、OTAを通じて多言語対応の情報を発信し、海外からの予約を効率的に獲得しています。
しかし、ここでも「どのチャネルからでも一定の」集客が見込める人気エリアでは、OTAに過度に依存せず、自社のブランド力を高める戦略が求められます。海外ゲストのレビューや評価は、次の予約に大きな影響を与えるため、OTA上の口コミ管理は極めて重要です。国内外口コミの「見えないギャップ」:データと戦略で拓く次世代ホスピタリティで指摘したように、国内外の口コミの傾向を分析し、適切な対応を行うことが、ブランドイメージ向上に直結します。
現場の視点:OTA依存の裏側にある課題
OTA経由の予約は、その手軽さからキャンセル率が高い傾向にあります。特に直前キャンセルは、ホテルの稼働率に直接影響を与え、収益機会の損失に繋がります。現場スタッフは、頻繁な予約変更やキャンセル対応に追われることも少なくありません。
また、OTAのプロモーション戦略によっては、ホテルが意図しない価格競争に巻き込まれることもあります。これにより、ブランドイメージの低下や、収益性の悪化を招くリスクも存在します。現場では、OTAのシステムとホテル側のPMS(プロパティマネジメントシステム)との連携が不十分な場合、手作業でのデータ入力や確認作業が発生し、業務負荷が増大するという泥臭い課題も抱えています。これは、スタッフの生産性を低下させるだけでなく、ヒューマンエラーの原因にもなり得ます。
未来のチャネル戦略:共存と進化
ホテル業界のチャネル戦略は、単にOTAと直販のどちらを選ぶかという二者択一ではありません。いかに両者のメリットを最大限に引き出し、デメリットを最小限に抑えるか、という「共存と進化」の視点が不可欠です。
OTAとは、単なる販売パートナーとしてだけでなく、市場データや顧客動向を共有し、共同でプロモーションを企画するなど、より戦略的なパートナーシップを構築する余地があります。同時に、ホテルは自社のブランド体験を唯一無二のものとして確立し、直販チャネルを通じた顧客との深い関係性を築くことに注力すべきです。ロイヤルティプログラムの強化、限定的な宿泊プランの提供、顧客の声を直接サービス改善に繋げる仕組み作りなどがその具体例となるでしょう。
テクノロジーの進化も、チャネル戦略に新たな可能性をもたらします。AIによるパーソナライズされたレコメンデーション、CRM(顧客関係管理)システムの高度化、そしてOTAとのAPI連携の強化は、ホテルがより効率的かつ効果的なチャネル戦略を展開するための基盤となります。
まとめ
2025年のホテル業界において、OTAは依然として強力な集客チャネルであり続けます。しかし、その活用は戦略的でなければなりません。大手ホテル幹部の座談会が示唆するように、ホテルはOTAの力を借りつつも、直販チャネルを強化し、顧客データを最大限に活用することで、収益性とブランド価値の最大化を目指す必要があります。
現場の課題にも目を向け、システム連携の改善やスタッフの業務負荷軽減を図りながら、OTAとホテルが互いに高め合う「共存共栄」の関係を築くことが、持続可能な成長への鍵となるでしょう。
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