ホテル開発において、「建設コストの急騰」は現在、最大の課題となっています。特に2024年以降、資材価格の上昇、人件費の高騰、そして建設業界の働き方改革(いわゆる2024年問題)が複合的に作用し、新規開発プロジェクトの経済合理性を根本から揺るがしています。
地方の県有地開発の事例では、事業者の約半数が建設費高騰を理由に「判断できない」と回答するなど、採算ラインを見通せない状況が続いています。この状況は、開発事業者や投資家だけでなく、今後ホテルで働く予定のスタッフや、施設を利用するエンドユーザーにも影響を及ぼします。
この記事では、ホテル建設コストが高騰している理由を深く掘り下げ、現在の市場環境下でホテル開発を成功させるために必要な具体的な戦略、特に「コンバージョン(用途転換)」という代替手段の経済的な優位性について解説します。
結論(先に要点だけ)
- 現在のホテル建設コストは、資材高騰と人件費増、建設業の「2024年問題」により、過去に例を見ない高水準にあります。
- このコスト高騰により、新規ホテル開発の採算性(IRR)が崩壊し、多くのプロジェクトが延期または中止に追い込まれています。
- リスクを回避し、迅速な収益化を目指すためには、新築開発ではなく、既存建物をホテルに改修する「コンバージョン戦略」が最も有効な代替手段です。
- 開発を判断する際は、初期投資(CAPEX)だけでなく、長期運用コスト(OPEX)と労働生産性をセットで評価する必要があります。
なぜ今、ホテル建設費は「判断できない」水準に達しているのか?
新規ホテル開発の計画は、本来、市場調査、建設費見積もり、そして最終的な投資対効果(ROI/IRR)の綿密な計算に基づいて行われます。しかし、近年の建設費の急騰は、その計算自体を無効にするほど予測が困難になっています。
愛媛県事例に見る「判断の保留」というメッセージ
愛媛県松山市の県民文化会館周辺の県有地におけるホテル開発可能性の調査では、聞き取りに応じた事業者の約半数が、建設費の高騰や集客面での懸念から「判断できない」と回答しました(出典:FNNプライムオンライン、2026年2月報道)。
この「判断できない」という回答は、単に消極的であるというだけでなく、プロの事業者として、リスクに見合うリターンが見込めない状況、すなわち経済合理性が成立しないという厳しい現状認識を示しています。
通常、県有地などの好立地での開発案件は魅力度が高いはずですが、それを上回るコスト上昇が投資家心理を冷え込ませているのです。
建設コスト高騰のトリプル要因
ホテル建設コストが高騰している背景には、以下の三つの複合的な要因があります。これらは単独ではなく相互に影響し、収束の見通しが立たないことが、判断の難しさに繋がっています。
1. 世界的な資材価格の高騰と円安の影響
ロシア・ウクライナ情勢や中国の不動産市場の変動など、国際的なサプライチェーンの混乱が、鉄骨、木材、セメント、燃料といった主要資材の価格を押し上げています。日本のホテル建設では輸入資材への依存度が高いため、急速な円安がコストをさらに上乗せしています。
2. 建設労働者の人件費増と人材不足
国内の建設業界全体で人手不足が慢性化しており、労働力の確保のために賃上げが避けられません。これは必要な投資ではありますが、ホテル開発プロジェクトにとっては、建設期間中の人件費増として直結します。
3. 建設業の「2024年問題」による工期延長リスク
2024年4月以降、建設業界で時間外労働の上限規制が適用されました。これにより、作業効率化が図れない現場では工期の延長が不可避となり、工期が伸びれば間接費用(現場管理費、仮設費用など)が増大します。結果として、プロジェクト全体のコストが増加し、予定していた開業時期もずれ込むため、投資回収計画に深刻な打撃を与えます。
新規開発の経済合理性はどう崩壊したか?
ホテル開発における経済合理性は、主に以下の計算式で判断されます。
(年間予想収益 – 年間運営費用) / 初期投資費用(CAPEX) = 投資収益率(IRR)
建設単価の比較とIRRへの影響
コロナ禍以前と比較し、一般的な宿泊特化型ホテルの建設単価は、地域や仕様にもよりますが、坪単価で1.5倍から2倍近くに高騰しているケースが確認されています(出典:国土交通省の建設工事費デフレーター及び業界専門誌分析)。
| 評価項目 | コロナ禍以前(例: 2019年) | 現在(例: 2026年) | 影響 |
|---|---|---|---|
| 宿泊特化型ホテル坪単価(概算) | 80万〜120万円/坪 | 120万〜200万円/坪 | CAPEXが大幅増 |
| 年間平均ADR上昇率(インバウンド回復) | +5% | +15%〜20% | 収益は伸びている |
| 投資回収期間(IRRベース) | 10〜15年 | 20年超(予測不能) | 許容水準を超える |
インバウンド回復によりホテルの平均客室単価(ADR)は上昇しているものの、初期投資費用(CAPEX)の増加率がそれを上回っています。この結果、投資回収期間が長期化し、金融機関や投資ファンドが許容できるIRR(内部収益率)を下回る可能性が高くなっています。これが、多くの事業者が新規開発を「判断できない」最大の理由です。
開発事業者が取るべきリスクヘッジ戦略:新築からの脱却
経済合理性が成立しにくい現在の環境下で、ホテル事業を継続的に拡大していくためには、リスクを極限まで抑える代替戦略が必要です。その主流が、「既存建物のコンバージョン」です。
戦略1:新築開発 vs 既存建物コンバージョンの判断基準
新築開発は、設計の自由度が高く、最新の設備を導入できるメリットがありますが、現在の市場では、そのメリットをコストが凌駕しています。コンバージョン(用途転換)は、初期投資を大幅に抑えることができ、収益化までの期間を短縮できます。
判断基準比較表
| 要素 | 新築開発 | コンバージョン(用途転換) | 最適なケース |
|---|---|---|---|
| 初期投資(CAPEX) | 大(高騰リスク大) | 小〜中(改修範囲による) | 迅速な資金回収を最優先する場合 |
| 工期・開発期間 | 長い(2024年問題で延長リスク) | 短い(数ヶ月〜1年程度) | マーケットの機会損失を避けたい場合 |
| 設計の自由度 | 高 | 低(既存躯体に依存) | 非常に特殊なブランド体験を提供したい場合 |
| 立地選択肢 | 限定的(更地・優良地のみ) | 広範(オフィス、商業施設、レジデンスなど) | 都心部の既成エリアで展開したい場合 |
特にオフィスビルや商業施設をホテルにコンバージョンする手法は、不動産市況の変化に伴い増加傾向にあります。初期投資を抑え、急速に高まっている宿泊需要を取り込むことで、新築開発よりも高いIRRを達成できる可能性が高まります。
コンバージョン戦略によるメリットの深掘りについては、以前の記事も参考にしてください。過去最高のホテルコンバージョン率!新築より転換を選ぶべき理由とは?
戦略2:初期投資の効率を高める「デュアルブランド」展開
新規開発を行う場合でも、リスク分散と初期投資効率を最大化する手段が取られています。ニュース記事にもあったように、マリオットなどのグローバルブランドが推進する「デュアルブランド」(Dual Brand Hotel)はその代表例です。
デュアルブランドとは、一つの建物内に、異なるコンセプトやターゲットを持つ複数のホテルブランドを併設する形態です。例えば、長期滞在向けのレジデンス・インと、短期滞在向けのコートヤードを一つの建物に入れる、といったケースです。
デュアルブランドの経済的メリット
- バックヤードの共有によるコスト削減: 清掃部門、ランドリー、ボイラー設備、管理事務所、時にはレストランの一部など、複数のホテルで共通の設備やインフラを利用できます。これにより、個別に新築するよりも建築コストが圧縮されます。
- 管理・人件費の効率化: 支配人(GM)や経理、人事などの管理部門を統合できるため、人件費を削減し、現在の深刻な人材不足に対応しやすくなります。
- 需要変動リスクの分散: ターゲット層が異なるブランドを持つことで、ビジネス客需要が落ち込んだ際にレジャー客や長期滞在客でカバーするなど、市場の変動に強い収益構造を構築できます。
戦略3:長期運用コスト(OPEX)を圧縮するLCC設計
初期投資(CAPEX)のコントロールが難しい今だからこそ、開発計画の段階で、長期運用コスト(OPEX)の徹底的な削減を見込む必要があります。これはLCC(ライフサイクルコスト)設計と呼ばれます。
建設費を少しでも抑えようと、安価な設備や短命な建材を導入すると、数年後の修繕費用や光熱費が高騰し、結果的に投資回収率を下げてしまいます。
- エネルギー効率の高い設備導入: 初期投資は高くても、省エネ性能の高い空調システムや断熱材を採用し、毎月の光熱費を削減する。
- モジュール化された建築: 可能な限りプレハブ化やモジュール化を取り入れ、現場での工期と人件費を圧縮し、将来の修繕や部品交換を容易にする設計。
- スマートシステムによる管理工数削減: IoTやiBMS(インテリジェント・ビルディング・マネジメント・システム)を導入し、設備の異常検知やエネルギー最適化を自動で行うことで、設備管理スタッフの工数を削減します。
現在の市場は、単なる「安く建てる」競争ではなく、「生涯にわたり最も安く運用できる」競争へとシフトしています。
現場運用の視点:人件費高騰と「運営負荷」の構造的課題
建設費の高騰は、ハード(建物)側の問題ですが、ホテル経営の大きな課題である人件費高騰と運営負荷も、開発段階で同時に解決する必要があります。新築開発を検討する際、単に部屋数を増やすだけでなく、「この設計で現場スタッフの負荷はどれだけ軽減されるか?」という視点が不可欠です。
- 省力化設計の義務化: 客室清掃時間を短縮できるような、シンプルなデザインや耐久性の高い建材を選定する。
- 動線の徹底的な合理化: 倉庫、リネン室、バックオフィスなど、スタッフの移動距離と時間を最小限にする動線設計を開発段階で徹底的に行う。
- システムの統一: フロントシステム(PMS)やハウスキーピング管理システムを導入することを前提に、配線やネットワーク設計を行う。
初期投資段階でこれらの「運営負荷削減」のための投資を怠ると、開業後の人件費として毎年、高騰したコストが経営を圧迫し続けます。建設コストの上昇分をカバーするためにも、現場の生産性を最大化するためのテクノロジー投資はCAPEXの一部として組み込むべきです。
(関連:ホテルが直面する人件費高騰の課題と、運用負荷の自動化については、ホテル採用のコスト増、賃上げ以外に何が原因?運用負荷を自動化する秘訣もご参照ください。)
まとめ:採算が合わない新築を追うリスク
2026年現在、ホテル業界は歴史的な需要の回復期にありますが、新規開発をめぐる環境は極めて厳しいと言えます。建設費高騰による採算性の崩壊は、特に地方都市や競争が激しいエリアでの新規参入を困難にしています。
開発事業者や投資家は、従来の「優良な立地を見つけて新築する」という成功パターンを一度見直し、以下の点を再評価する必要があります。
- 新築開発:初期投資が高騰しても、その高単価(ADR)を正当化できる唯一無二のコンセプトや立地(例:富裕層向けのラグジュアリー特化)があるか。
- コンバージョン:既存のオフィスビルや商業施設などのストックを活用し、迅速に収益化を図る方が、結果的に高いリターンを得られるのではないか。
「判断できない」という事業者の声は、現在の市場が「待つこと」または「代替手段を探すこと」を賢明な選択肢としていることを示唆しています。迅速な意思決定とリスクを分散させる戦略こそが、この高騰時代を生き抜く鍵となるでしょう。
よくある質問(FAQ)
ホテル建設費が高騰している主な原因は何ですか?
主に三つの要因が複合しています。第一に世界的な資材価格の高騰と円安、第二に建設業界全体の人件費上昇と人材不足、第三に2024年4月からの建設業の時間外労働規制(2024年問題)による工期延長とコスト増加です。
建設費高騰はいつまで続く見込みですか?
国際情勢や金融政策に左右されますが、建設業界の人材不足や働き方改革は構造的な問題であるため、短期間での劇的なコスト低下は期待しにくい状況です。高止まりの状態が数年続く可能性が高いと専門家は見解を示しています。
新規ホテル開発の採算が合わなくなった場合、どのような影響が出ますか?
新規プロジェクトの延期や中止が増加します。また、開業できたとしても、初期投資回収期間が長期化し、投資家へのリターンが悪化するため、金融機関の融資姿勢が厳しくなる可能性があります。
新築以外の代替案として「コンバージョン」を選ぶメリットは何ですか?
最大のメリットは、初期投資(CAPEX)を大幅に削減し、収益化までの期間を短縮できることです。既存の躯体を利用するため、建設費高騰のリスクを比較的受けにくい構造です。
デュアルブランドホテルとは何ですか?コスト削減にどう役立ちますか?
一つの建物内に複数の異なるホテルブランドを併設する形態です。バックヤード設備や管理部門、人件費などを共有できるため、個別に建てるよりも建築コスト効率が高く、運営上のリスク分散にもつながります。
ホテル開発におけるLCC設計とは具体的に何を指しますか?
LCC(ライフサイクルコスト)設計とは、初期投資(CAPEX)だけでなく、その後の数十年にわたる運用・維持管理コスト(OPEX)を総合的に評価し、トータルでコストが最も低くなるように設計することです。例えば、高性能だが高価な省エネ設備を導入し、長期的な光熱費を抑えるなどが該当します。


コメント