ひとこと要約
大手ホテルチェーンのロイヤルティプログラムはなぜ成功しているのか?その仕組みを解剖し、独立系ホテルでも実践可能な、テクノロジーを活用した新しい顧客エンゲージメントとファン作りの手法を提案します。ポイント還元だけではない、真の顧客体験とは。
はじめに:なぜ今、ロイヤルティプログラムなのか?
OTA(Online Travel Agent)経由の集客が主流となる中、多くのホテルが手数料の高騰や価格競争に頭を悩ませています。一度きりの利用で終わってしまう顧客を、いかにして「また泊まりたい」と思ってくれるリピーター、さらにはホテルを積極的に応援してくれる「ファン」へと育成していくか。この課題に対する最も効果的な打ち手の一つが、独自の「ロイヤルティプログラム(会員制度)」の構築です。
しかし、「ロイヤルティプログラムは莫大な投資が必要な大手チェーンだけのもの」という考えは、もはや過去のものです。テクノロジーの進化により、独立系ホテルや小規模なホテルでも、工夫次第で顧客の心を掴む魅力的なプログラムを設計・運用できるようになりました。本記事では、大手ホテルチェーンの成功事例を分析しつつ、これからの時代に求められるロイヤルティプログラムのあり方と、テクノロジーを活用した具体的な実現方法について深掘りしていきます。
大手ホテルチェーンのロイヤルティプログラム徹底解剖
まずは、世界中の旅行者を魅了する大手ホテルチェーンのプログラムが、なぜそれほど強力なのかを見ていきましょう。彼らの戦略は、単なる「お得感」の提供に留まりません。
ケーススタディ1:Marriott Bonvoy(マリオット ボンヴォイ)
世界最大のホテルチェーンであるマリオット・インターナショナルが展開する「Marriott Bonvoy」は、ロイヤルティプログラムの王者とも言えます。その強みは圧倒的な規模と多様性にあります。
- 巨大なネットワーク:世界130以上の国と地域、30以上のブランド、8,000を超えるホテルでポイントの獲得・利用が可能です。ラグジュアリーから長期滞在型まで、あらゆる旅のニーズに応える選択肢の広さが、会員を惹きつけます。
- ポイントの価値:貯めたポイントは無料宿泊だけでなく、航空会社のマイルへの交換、さらには「Marriott Bonvoy Moments」という会員限定の特別な体験(コンサートのVIP席や有名シェフとのディナーなど)にも利用でき、顧客の所有欲や自己実現欲求を刺激します。
- 「特別感」の演出:年間の宿泊数に応じて会員ステータスが上がり、客室のアップグレード、レイトチェックアウト、クラブラウンジへのアクセスといった特典が受けられます。この「上級会員」というステータスが、ロイヤルティを高める強力なインセンティブとなっています。
ケーススタディ2:Hilton Honors(ヒルトン・オナーズ)
ヒルトンが展開する「Hilton Honors」もまた、テクノロジーとの連携を強みとする先進的なプログラムです。
- 柔軟なポイント制度:宿泊で得たポイントを、さらにホテルの利用に使うか、提携航空会社のマイルにするかを選べるなど、会員の好みに合わせた柔軟な設計が特徴です。
- デジタルとの融合:公式アプリを使えば、会員はデジタルキーで客室に入室したり、事前に部屋を選んだりすることが可能です。こうしたシームレスな体験は、プログラムの利便性を高め、顧客満足度に直結します。
- 積極的な会員獲得:他のホテルプログラムの上級会員資格を提示することで、同等のステータスを提供する「ステータスマッチ」を積極的に行い、競合からの顧客獲得にも成功しています。
大手チェーン成功の共通項
これらの事例から見えてくるのは、成功するロイヤルティプログラムが単なるポイント還元システムではない、ということです。共通するのは以下の3点です。
- 「経済的価値」以上の「感情的価値」の提供:お得であることは前提ですが、それ以上に「自分は特別な顧客として扱われている」という認識や、プログラムを通じてしか得られない特別な体験が、顧客を熱狂的なファンに変えます。
- データに基づいたパーソナライゼーション:膨大な顧客データを分析し、一人ひとりの好みや過去の利用履歴に合わせたオファーやコミュニケーションを行うことで、「自分のことを理解してくれている」という信頼関係を築いています。
- 一貫したブランド体験の保証:どのホテルに泊まっても、会員であれば一定水準以上のサービスや特典が受けられるという安心感が、ブランドへの信頼を醸成します。
独立系・中小ホテルが陥りがちな罠
大手のようなプログラムは無理だと諦めてしまう前に、多くの中小ホテルが陥りがちなロイヤルティプログラムの失敗パターンを理解しておくことが重要です。
- 単なる値引き合戦:特典が「いつでも5%オフ」のような単純な割引に終始してしまうと、結局は価格でしか勝負できず、利益を圧迫するだけになります。
- 魅力のない特典:誰も欲しがらないホテルオリジナルのノベルティグッズなど、顧客視点で価値が感じられない特典では、会員になるメリットがありません。
- 運用の形骸化:一度プログラムを始めても、日々の業務に追われて会員へのフォローが疎かになったり、特典内容が更新されなかったりして、存在しないも同然の状態になってしまうケースです。
- データの未活用:せっかく会員情報を集めても、それを分析して次のマーケティング施策に活かす仕組みがなければ、宝の持ち腐れです。
これらの失敗は、「顧客との関係を築く」という本来の目的を見失い、プログラムを単なる「販促ツール」として捉えてしまうことに起因します。
テクノロジーが拓く、新しいロイヤルティプログラムの形
では、限られたリソースの中で、独立系ホテルはどのようにして顧客との強い絆を築けばよいのでしょうか。その鍵を握るのが、CRM(顧客関係管理)やMA(マーケティングオートメーション)といったテクノロジーの活用です。
1. CRM/MAツールで顧客理解を深化させる
顧客の氏名や連絡先だけでなく、宿泊履歴、誕生日、記念日、食事の好み、利用したプランといった情報を一元管理できるCRMは、ロイヤルティプログラムの心臓部です。MAツールと連携させることで、以下のようなパーソナライズされたアプローチが自動で可能になります。
- セグメント配信:「直近1年以内に宿泊したリピーター」「記念日利用の顧客」「ビジネス利用の顧客」といったセグメントに分け、それぞれに最適化されたメールマガジンや特別オファーを配信する。
- 記念日マーケティング:顧客の誕生日や結婚記念日の1ヶ月前に、自動で「お祝いプラン」の案内メールを送る。
- 宿泊後のフォローアップ:チェックアウトの翌日に感謝のメールを送り、口コミ投稿を依頼したり、次回の予約に使えるクーポンを提供したりする。
こうしたきめ細やかなコミュニケーションを自動化することで、スタッフの負担を軽減しつつ、顧客一人ひとりに「忘れられていない」という特別感を与えることができます。
2. 「お金で買えない体験」を特典にする
大手のようなポイントの汎用性で勝負するのは困難です。中小ホテルが目指すべきは、そのホテルだからこそ提供できる「唯一無二の体験」を特典にすることです。
- 地域の魅力を活かす:近隣の農家と提携した収穫体験、地元の職人を招いた工芸ワークショップ、支配人が案内する隠れた名所ツアーなど。
- ホテルの個性を活かす:料理長が教える料理教室、ソムリエによるワインセミナー、普段は入れないバックヤードツアー、バーテンダーによるオリジナルカクテル作り体験など。
- 究極のパーソナライズ:顧客の過去の利用履歴から好みを推測し、ウェルカムドリンクとして前回と同じ銘柄のビールをさりげなく用意する。これらは追加コストをほとんどかけずに、絶大な感動を生む可能性があります。
3. ゲーミフィケーションとコミュニティで「楽しさ」を演出する
プログラム自体に「楽しさ」や「参加する意味」を持たせることも重要です。
- ゲーミフィケーション:「レストラン利用で1スタンプ」「SNS投稿で1スタンプ」といった形でスタンプラリー要素を取り入れ、コンプリートした会員に特別な特典を用意する。
- コミュニティ形成:会員限定のFacebookグループやオンラインサロンを作り、ホテルや地域の最新情報を共有したり、会員同士が交流できる場を提供する。定期的にオフラインのイベントを開催し、スタッフと顧客、顧客同士の繋がりを深めることも有効です。
ホテルは単に泊まる場所ではなく、同じ価値観を持つ人々が集う「コミュニティハブ」としての役割を担うことができるのです。
まとめ:プログラムは顧客と共に育てるもの
これからのホテル経営において、ロイヤルティプログラムはOTAへの依存度を下げ、安定した収益基盤を築くための生命線となり得ます。重要なのは、大手チェーンの模倣をするのではなく、自社の規模、コンセプト、そして顧客層に合った、ユニークで心のこもったプログラムを設計することです。
テクノロジーは、その想いを具現化し、効率的に顧客へ届けるための強力な武器となります。しかし、ツールはあくまで手段に過ぎません。その根底に流れるべきは、やはり「お客様一人ひとりと真摯に向き合う」というホスピタリティの精神です。
まずは小さく始めてみましょう。そして、収集したデータと顧客からのフィードバックを元に、プログラムを改善し続ける。顧客と共にプログラムを育てていくという視点こそが、これからの時代にファンを創造し、ホテルを成功に導く鍵となるでしょう。
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