はじめに:ホテルの新たな収益源としての「付帯施設」
ホテルビジネスの収益の柱といえば、多くの人が宿泊部門を思い浮かべるでしょう。客室の稼働率(OCC)と平均客室単価(ADR)をいかに最大化するかは、ホテル経営における永遠のテーマです。しかし、客室数という物理的な上限、そして激化する市場競争の中で、宿泊収益だけに依存する経営モデルは限界を迎えつつあります。そこで今、改めて注目されているのが、レストラン、バー、スパ、ギフトショップといった「付帯施設」の収益力強化です。
これらの施設は、単に宿泊客の利便性を高めるための「コストセンター」ではありません。戦略的なマーケティングとテクノロジー活用、すなわちデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進することで、顧客体験を劇的に向上させ、ホテル全体の収益を押し上げる「プロフィットセンター」へと変貌する大きなポテンシャルを秘めています。先日公開された訪日ラボの記事では、飲食・ホテル業におけるセルフレジ導入が売上向上と業務効率化を両立させた事例が紹介されており、まさにこの流れを象徴していると言えるでしょう。(参考:訪日ラボ)
本記事では、この「付帯施設の収益最大化」をテーマに、なぜ今それが重要なのか、そしてテクノロジーを活用して具体的にどのような戦略が考えられるのかを深掘りしていきます。
なぜ今、付帯施設の収益化が重要なのか?
付帯施設の強化が急務とされる背景には、いくつかの明確な理由があります。
1. 宿泊収益の成長鈍化と限界
前述の通り、ホテルの客室数は有限であり、稼働率が100%を超えられない以上、宿泊による売上には物理的な上限が存在します。もちろん、ADRを引き上げることで売上増は可能ですが、それも周辺の競合ホテルの価格戦略や市場環境に大きく左右されます。持続的な成長を目指す上で、宿泊以外の収益源を確立することは、経営の安定化に不可欠です。
2. 顧客体験(CX)の向上と差別化
今日の顧客は、単に「泊まる場所」としてホテルを選ぶわけではありません。そこで得られる「体験」全体を評価します。魅力的なレストランでの食事、リラックスできるスパでの施術、地域ならではの逸品が揃うギフトショップでの買い物。これら付帯施設でのポジティブな体験は、宿泊体験そのものの価値を飛躍的に高めます。結果として、顧客満足度の上昇、好意的な口コミの増加、そしてリピート利用へと繋がり、ホテル全体のブランド価値を強固なものにします。
3. 新たな顧客層の獲得
付帯施設は、宿泊客だけのものではありません。例えば、レストランやバーは、近隣の住民やオフィスワーカーにとって魅力的なランチやディナーの選択肢となり得ます。こうした外来客(ウォークイン)を積極的に取り込むことで、ホテルの稼働率に左右されない安定した収益基盤を築くことが可能です。地域コミュニティとの接点を生み出し、ホテルの認知度向上にも貢献します。
4. 貴重な顧客データの獲得
誰が、いつ、何を注文し、いくら使ったのか。付帯施設の利用データは、顧客をより深く理解するための宝の山です。これらのデータを宿泊データと掛け合わせることで、顧客の嗜好や行動パターンを詳細に分析し、パーソナライズされたマーケティング施策を展開するためのインサイトを得ることができます。
付帯施設の売上を阻む「見えない壁」とは
多くのホテルが付帯施設のポテンシャルを認識しつつも、なかなか収益化に繋げられていないのが実情です。その背景には、顧客とホテルの双方にとっての「見えない壁」が存在します。
顧客側の壁:
- 機会損失:「レストランのレジが混んでいるから部屋で食べよう」「プールサイドでドリンクを頼みたいけどスタッフが見当たらない」「ルームサービスを頼みたいけど電話するのが少し面倒」といった、ささいな心理的・物理的ハードルが購入機会を奪っています。
- 情報不足:魅力的なディナーコースや限定商品があっても、その情報が顧客に届いていなければ存在しないのと同じです。エレベーター内のポスターや客室の案内ファイルだけでは、情報伝達の方法として十分とは言えません。
ホテル側の壁:
- 非効率なオペレーション:手書きの伝票によるオーダーテイク、ピーク時のレジ対応への人員集中など、旧来のアナログな業務プロセスがスタッフの負担を増やし、サービスの質を低下させる原因となっています。
- データの分断:宿泊予約システム(PMS)とレストランのPOSシステム、スパの予約システムなどのデータが独立してしまっている「サイロ化」の状態。これにより、「Aという宿泊プランのお客様に、Bというディナーをおすすめする」といった、データを活用した戦略的なアプローチが困難になっています。
DXで乗り越える!付帯施設収益化の4つの打ち手
これらの「見えない壁」を打ち破り、付帯施設の収益を最大化する鍵こそがDXです。ここでは、具体的な4つの打ち手をご紹介します。
1. モバイルオーダー&ペイメント
顧客自身のスマートフォンを使って、いつでもどこからでも注文と決済ができる仕組みです。レストランのテーブル、客室、プールサイド、ラウンジなど、顧客がいる場所がそのまま注文カウンターになります。
- 顧客メリット:待ち時間やスタッフを探す手間から解放され、ストレスフリーな体験ができます。非対面・非接触での注文・決済は、衛生意識の高まりにも応えます。
- ホテルメリット:オーダーテイク業務が大幅に削減され、スタッフは配膳や顧客とのコミュニケーションといった、より付加価値の高い業務に集中できます。「あと一品」の追加注文も気軽にできるため、顧客単価(アップセル)の向上が期待できます。
2. セルフレジ/セルフKIOSK
ニュース記事でも触れられていたように、特にギフトショップやベーカリー、テイクアウトカウンター、あるいは朝食会場などで絶大な効果を発揮します。
- 顧客メリット:会計の待ち時間がなくなり、スムーズな購買体験が実現します。多言語対応のインターフェースを備えれば、インバウンド観光客も安心して利用できます。
- ホテルメリット:会計業務を自動化することで、深刻な人手不足への対応と人件費の最適化に繋がります。また、売上データがリアルタイムで自動集計されるため、データ分析やレポーティングの手間もかかりません。キャッシュレス決済への対応は、顧客の利便性向上はもちろん、現金管理のリスクとコストを低減する効果もあります。
3. 客室タブレットとの連携
客室に設置されたタブレットを、単なる情報端末から「収益を生むマーケティングツール」へと進化させます。
- プッシュ通知による販促:「雨が降ってきましたね。本日限定でルームサービスが10%OFFです」「ディナータイムが始まりました。レストランの本日のおすすめはこちら」など、顧客の状況に合わせたタイムリーな情報をプッシュ通知で届けることで、効果的に需要を喚起します。
- 館内施設のデジタルカタログ化:レストランのメニューやスパのトリートメント内容を、美しい写真や動画と共に紹介。紙の案内よりもはるかに魅力を伝えやすく、そのまま予約や注文の画面へシームレスに誘導できます。
4. PMS/CRMとのデータ連携
前述のDXツールを導入する上で、最も重要なのがこのデータ連携です。各システムがバラバラに稼働していては、その効果は半減してしまいます。PMSが持つ顧客の基本情報(宿泊履歴、記念日、会員ランクなど)と、付帯施設での利用履歴データを統合することで、究極のパーソナライズが実現します。
- パーソナライズされた提案:「前回のご宿泊時に赤ワインをお楽しみいただいた〇〇様へ。ソムリエ厳選のワインリストをご用意しました」「お誕生日おめでとうございます。ささやかなお祝いに、デザートプレートをプレゼントいたします」といった、一人ひとりの顧客に寄り添った「One to One」のアプローチが可能になります。
- LTV(顧客生涯価値)の向上:こうした特別な体験は、顧客のロイヤリティを醸成し、長期的な関係を築く上で極めて重要です。データを活用してリピート利用を促し、滞在中の利用単価を高めることで、顧客一人あたりのLTVを最大化していくことができます。
まとめ:全体最適の視点で描く、新たなホテル収益戦略
ホテルの付帯施設は、DXの力によって、単なる「おまけ」からビジネス成長の新たなエンジンへと生まれ変わる可能性を秘めています。モバイルオーダー、セルフレジ、客室タブレットといったテクノロジーは、これまで逃していた機会損失を防ぎ、顧客単価を高めるための強力な武器となります。
しかし、最も重要なのは、これらのツールを個別に導入する「部分最適」で終わらせないことです。各種システムを連携させ、データを一元化し、そこから得られるインサイトを基に顧客体験全体を設計する「全体最適」の視点が不可欠です。「どのツールを導入するか」ではなく、「テクノロジーを使って、いかにお客様一人ひとりに合わせた最高のおもてなしをデジタルで実現し、結果として収益を伸ばすか」。この問いこそが、これからのホテル経営の競争力を左右する鍵となるでしょう。まずは自社のホテルで、どの付帯施設に最も機会損失が眠っているかを見極めることから始めてみてはいかがでしょうか。
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