プラスチック新法から2年、ホテルのアメニティ戦略はどう変わったか?

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はじめに:プラスチック新法施行から2年、ホテル業界の現在地

2022年4月1日に「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」、通称「プラスチック資源循環促進法」が施行されてから、2年以上が経過しました。この法律は、プラスチックごみの削減とリサイクルの促進を目的としており、ホテル業界もその対象として大きな影響を受けています。

特に、客室アメニティとして提供されることが多い「特定プラスチック使用製品」12品目のうち、歯ブラシ、ヘアブラシ、カミソリ、クシ、シャワーキャップの5品目が対象となり、各ホテルは提供方法の見直しを迫られました。具体的には、これらの製品を提供する事業者に対して「使用の合理化」が求められるようになったのです。

法施行当初は、対応に追われるホテルも多く見られましたが、2年が経過した今、その対応は多様化し、各ホテルの思想や戦略が色濃く反映されるようになりました。本記事では、このアメニティ戦略の変化を深掘りし、それが顧客体験(CX)やホテル運営にどのような影響を与えているのか、そしてホテル業界で働く人々や、これからこの業界を目指す人々が何を考えるべきかについて考察します。

多様化するアメニティ提供の3つの潮流

プラスチック資源循環促進法への対応は、大きく分けて3つのパターンに分類できます。それぞれのメリット・デメリットと共に見ていきましょう。

パターン1:アメニティバー(バイキング)形式への移行

最も多くのホテル、特にビジネスホテルチェーンで採用されているのが、ロビーや各階のエレベーターホールなどに「アメニティバー」を設置し、ゲストが必要なものだけを自分で選んで客室に持っていく形式です。

メリット:
この方法の最大の利点は、廃棄ロスの大幅な削減です。客室に一律で設置すると、使われないまま廃棄されるアメニティが大量に発生しますが、この形式であれば本当に必要な分だけが消費されます。結果として、アメニティの仕入れコスト削減にも直結します。また、ゲストにとっては「選ぶ楽しみ」という新たな体験価値を提供できる可能性もあります。

デメリット:
一方で、ロビーの一等地にアメニティバーを設置するためのスペース確保が必要です。また、アメニティの補充や清掃といった新たなオペレーションが発生します。さらに、ラグジュアリーホテルなど、客室での完結した体験を重視するブランドにとっては、ゲストにロビーまで取りに来てもらうという行為が、ブランドイメージや「おもてなし」の思想とそぐわないと判断されるケースもあります。

パターン2:環境配慮型の代替素材への切り替え

従来の提供スタイルを維持しつつ、アメニティの素材そのものを見直すアプローチです。プラスチックの代わりに、竹や木、もみ殻、バイオマスプラスチックなどを利用した製品に切り替えるホテルが増えています。

メリット:
ゲストはこれまで通り、客室で手軽にアメニティを利用できます。ホテル側は、環境に配慮しているというサステナブルな姿勢を具体的に示すことができ、企業の社会的責任(CSR)を重視する顧客層への強力なアピールとなります。特に、環境意識の高いミレニアル世代やZ世代からの共感を得やすい戦略と言えるでしょう。

デメリット:
代替素材を使用した製品は、従来のプラスチック製品に比べてコストが割高になる傾向があります。また、素材によっては使用感が劣る場合も。例えば、「竹製の歯ブラシは硬すぎる」「紙製のクシは使いにくい」といったゲストの声が、顧客満足度の低下に繋がるリスクも考慮しなければなりません。

パターン3:有料化、または持参の推奨

最も踏み込んだ対応が、アメニティを有料化したり、公式サイトなどでゲストに持参を強く推奨したりするアプローチです。

メリット:
コスト削減と廃棄物削減の効果が最も高い方法です。環境保護への貢献度も高く、エコロジーをコンセプトの中心に据えるホテルにとっては、その姿勢を明確に打ち出すことができます。「アメニティを持参するとドリンク1杯サービス」のようなインセンティブを設けることで、ゲストの協力も得やすくなります。

デメリット:
「サービスが低下した」と受け取られるリスクが最も高い選択肢です。特に日本のホテルでは、充実したアメニティが当たり前と考えるゲストも少なくありません。そのため、この戦略を採るには、ホテルのコンセプトやターゲット顧客層を慎重に見極め、丁寧な事前説明で理解を求める努力が不可欠です。

アメニティ戦略が顧客体験とブランド価値に与える影響

アメニティは、単なる消耗品ではありません。それは、ホテルの「おもてなし」の心を伝え、ブランドの世界観を表現するための重要なタッチポイントです。したがって、アメニティ戦略の変更は、顧客体験とブランド価値に直接的な影響を及ぼします。

例えば、アメニティバーの導入は、単なるコストカット策としてではなく、デザイン性の高い空間で、質の高いオーガニックアメニティなどを「選べる」体験として提供すれば、ポジティブな驚きを生むことができます。逆に、何の工夫もない棚にただ製品を並べただけでは、「経費削減」というネガティブなメッセージとして伝わってしまうでしょう。

また、代替素材への切り替えにおいても、ただ環境に良いというだけでなく、その素材の背景にあるストーリー(例えば、地域の木材を活用している、など)を伝えることで、ゲストは単に歯を磨くだけでなく、そのホテルのフィロソフィーに触れる体験ができます。これは、宿泊料金だけでは測れない付加価値となり、顧客ロイヤルティの向上に繋がります。

重要なのは、アメニティの変更を「削減」や「廃止」と捉えるのではなく、「自社のブランド価値を再定義し、ゲストと新たなコミュニケーションを図る機会」と捉える視点です。

ホテル運営者が今、考えるべきこと

このアメニティ戦略の多様化は、ホテル業界で働く、あるいは働こうとしている私たちに、いくつかの重要な問いを投げかけています。

1. 自社のブランドポジショニングとの整合性

「流行っているから」「他社がやっているから」という理由だけでアメニティ戦略を決めるのは危険です。自社のホテルが、ラグジュアリー、ビジネス、エコノミー、ブティックなど、どのような立ち位置にあり、どのような顧客層をターゲットにしているのかを再確認する必要があります。その上で、ブランドイメージを向上させ、ターゲット顧客の満足度を最大化する選択は何かを考え抜くことが求められます。

2. ゲストへの丁寧なコミュニケーション

なぜアメニティの提供方法を変えるのか。その背景にある環境への配慮や、ホテルの想いを、ゲストに丁寧に伝える努力が不可欠です。公式サイトや予約確認メールでの事前案内、チェックイン時の説明、客室やアメニティバーでのポップアップ表示など、あらゆる接点で一貫したメッセージを発信することで、ゲストの理解と共感を得ることができます。このコミュニケーションを怠ると、単なる「サービス低下」や「不親切」という印象を与えかねません。

3. コスト、品質、体験の最適なバランス

環境配慮とコスト削減は重要ですが、それによってゲストの体験価値が損なわれては本末転倒です。代替素材を選ぶ際には、コストだけでなく品質や使用感を実際に試し、ゲストががっかりしないレベルを維持する必要があります。アメニティバーを設置するなら、その空間のデザインや清潔感にも投資すべきです。この三者の最適なバランスポイントを見つけ出すことが、ホテルマネジメントの腕の見せ所と言えるでしょう。

まとめ

プラスチック資源循環促進法への対応から始まったアメニティ戦略の見直しは、今やホテル業界全体のサステナビリティへの取り組みと、ブランド戦略を映し出す鏡となっています。この変化は、ホテル運営者にとって、コスト削減という守りの一手であると同時に、自社の独自性を打ち出し、新たな顧客体験を創造する攻めの一手にもなり得ます。

ホテル業界は、人手不足やインバウンドの急回復など、様々な変化の波に直面しています。その中で、アメニティという一つの要素をとっても、これほど多様なアプローチが生まれていることは、この業界の奥深さと面白さを示しています。これからホテル業界でキャリアを築いていく上では、こうした社会の変化や法改正が、現場のオペレーションや経営戦略、さらには顧客の心にどう影響を与えるのかを多角的に捉える視点が、ますます重要になっていくでしょう。

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