ゲストの「NG行動」にどう向き合うか。現場を守るための対策とDX活用

ホテル業界のトレンド

はじめに:SNSで可視化される、ホテルでの「NG行動」

夏休みや大型連休といった旅行シーズンになると、SNSやニュースサイトでたびたび話題に上るのが、ホテルや旅館での宿泊客によるマナー違反や迷惑行為です。最近も、以下のような記事が注目を集めました。

参考記事:「バレんかったら大丈夫やって!」 ホテル宿泊者の“NG行動” 「最悪、出禁になる場合がある」こととは(Hint-Pot) – Yahoo!ニュース

記事では、客室の備品を持ち帰る、定員を超えて宿泊する、客室で調理器具を使い火災報知器を作動させるなど、ホテル側を悩ませる様々な「NG行動」が紹介されています。これらは、単なるマナーの問題に留まらず、ホテルの運営に深刻な損害を与え、他のゲストの快適な滞在を脅かす重大な問題です。高揚感からつい羽目を外してしまうケースから、悪意を持った確信犯まで、その背景は様々ですが、ホテル側はこれらの行為にどう向き合い、対策を講じるべきなのでしょうか。本記事では、ゲストのNG行動がもたらす課題を分析し、現場の疲弊を防ぎ、すべてのゲストに快適な環境を提供するための組織的なアプローチと、テクノロジー活用の可能性について深掘りします。

NG行動がホテルにもたらす、見えざるコスト

ゲストによるNG行動は、ホテルにとって多岐にわたる「コスト」を発生させます。これらは単なる金銭的損失だけでなく、ブランドイメージや従業員満足度にも深刻な影響を及ぼす可能性があります。

1. 直接的な経済的損失

最も分かりやすいのが、直接的な経済的損失です。備品の盗難や破損は、その補充・修理費用がかかります。客室内で喫煙された場合の消臭・特別清掃費用、壁紙の張り替え費用は高額になりがちです。さらに深刻なのは、客室が使用できなくなることによる機会損失です。例えば、ボヤ騒ぎや水漏れなどを起こされた場合、その客室だけでなく、周辺の客室まで販売停止に追い込まれる可能性があります。これは、ホテルの収益に直接的な打撃を与えます。

2. 従業員の負担と疲弊(EXの低下)

見過ごされがちですが、最も深刻な影響の一つが、現場スタッフへの負担です。NG行動の後始末を行う清掃スタッフ、理不尽な要求やクレームに対応するフロントスタッフは、精神的にも肉体的にも大きなストレスを抱えます。こうした状況が続けば、従業員のモチベーションは低下し、離職率の増加にも繋がりかねません。優秀な人材の流出は、サービスの質の低下を招き、長期的にはホテルの競争力を削ぐことになります。従業員が安心して働ける環境を守ることは、結果的に顧客満足度(CX)の向上にも繋がるのです。
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3. 他のゲストへの悪影響とブランド毀損

深夜の騒音、共用スペースでの迷惑行為などは、他のゲストの快適な滞在を直接的に妨げます。被害を受けたゲストからのクレーム対応に追われるだけでなく、悪い口コミがSNSやレビューサイトに投稿されるリスクも高まります。「あのホテルは客層が悪い」「夜うるさくて眠れなかった」といった評判は、一度広まると払拭するのが難しく、ホテルのブランドイメージを大きく傷つけます。結果として、本来ターゲットとしたい優良な顧客層を失うことにもなりかねません。

「性善説」と「性悪説」のハイブリッドアプローチ

では、ホテルは具体的にどのような対策を講じるべきでしょうか。基本は「性善説」に立ち、ゲストを信頼し、快適な滞在を提供することですが、同時に「性悪説」の視点から、万が一の事態に備える仕組みを構築する「ハイブリッドアプローチ」が求められます。

フェーズ1:予防(Prevent)- コミュニケーションによる期待値コントロール

最も重要なのは、NG行動を未然に防ぐための「予防」です。これは、一方的なルールの押し付けではなく、ゲストとの丁寧なコミュニケーションを通じて実現します。
・ルールの「なぜ」を伝える: 단순히「禁煙です」「客室での調理は禁止です」と伝えるだけでなく、「火災報知器が作動し、他のお客様を含め全館に避難をお願いすることになるため」「スプリンクラーが作動した場合、お客様のお荷物にも甚大な被害が及ぶ可能性があるため」など、その理由を具体的に説明することで、ゲストの理解と協力を得やすくなります。
・多言語での明確な案内: インバウンドゲストに対しては、文化や習慣の違いを考慮した上で、イラストやピクトグラムを多用し、分かりやすくルールを伝える工夫が不可欠です。翻訳アプリだけに頼らず、ネイティブによる表現のチェックも重要になります。
・ポジティブな表現の活用: 「〜しないでください」という禁止のメッセージだけでなく、「静かな環境を保つため、22時以降は廊下での会話をお控えいただけますと幸いです」といった、協力を促すポジティブな表現を心がけることで、ゲストの心理的な抵抗感を和らげることができます。

フェーズ2:対応(Respond)- 毅然かつ標準化されたアクション

残念ながらNG行動が発生してしまった場合、迅速かつ適切な「対応」が求められます。ここで重要なのは、対応の属人化を防ぎ、組織として一貫した行動をとることです。
・対応フローの標準化: 騒音の苦情が入った場合、まず誰が電話を受け、次に誰が注意に向かい、改善されない場合はどういった手順を踏むのか。器物破損を発見した場合、写真撮影、本人への確認、弁償請求の流れはどうするのか。こうした対応フローを事前に明確化し、全スタッフが共有しておく必要があります。これにより、担当者による対応のばらつきを防ぎ、冷静かつ公平な対応が可能になります。
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・法的根拠の理解: 旅館業法では、宿泊者による賭博や公序良俗に反する行為があった場合などに宿泊を拒否できると定められていますが、その適用は限定的です。一方で、宿泊約款にルール違反時の対応(違約金の請求や警察への通報など)を明記しておくことは、ホテル側の正当な権利を守る上で重要です。スタッフがこれらの法的根拠を正しく理解し、自信を持って対応できるように研修を行うことも不可欠です。

迷惑行為対策におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の可能性

こうした予防と対応のプロセスは、テクノロジーを活用することで、より効率的かつ効果的に実行できます。

1. 顧客情報の一元管理と共有

PMS(Property Management System)やCRM(Customer Relationship Management)を活用し、ゲストの情報を一元管理することは基本中の基本です。過去にトラブルがあったゲストについては、その内容を具体的に記録し、予約が入った時点でアラートが鳴るように設定します。これにより、チェックイン時に特に丁寧にルールを説明したり、滞在中に注意深く見守ったりといった、先回りした対応が可能になります。悪質なケースについては、グループホテル間でブラックリストを共有する仕組みも考えられますが、個人情報保護の観点から、その運用には厳格なルールと細心の注意が必要です。

2. IoT技術によるリアルタイム検知

客室に設置されたIoTセンサーは、迷惑行為の早期発見に貢献します。例えば、騒音レベルを検知するセンサーは、一定のデシベルを超えた場合にフロントに通知を送ることができます。これにより、他のゲストから苦情が入る前に、ホテル側から穏便に注意を促すことが可能になります。同様に、煙草の煙を検知するセンサーや、窓の異常な開閉を検知するセンサーも、トラブルを未然に防ぐための有効なツールとなり得ます。

3. コミュニケーションのデジタル化による予防効果

予約確認メールやSMS、あるいはチェックイン前に利用するモバイルアプリなどを通じて、ホテルの利用案内やルールを事前にデジタルで送付することも効果的です。動画やインタラクティブなコンテンツを用いて、楽しくルールを学んでもらう工夫も考えられるでしょう。例えば、チェックイン前に「快適なご滞在のための簡単クイズ」といった形で利用規約の重要ポイントを確認してもらうプロセスを挟むことで、ゲストの意識を高めることができます。
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まとめ:すべてのゲストと従業員を守るための投資

ゲストの「NG行動」への対策は、単に問題客を排除するためのものではありません。それは、ルールを守って静かに滞在を楽しんでいる大多数の優良なゲストと、日々懸命にサービスを提供する従業員を守り、ホテル全体の価値を維持・向上させるための重要な「投資」です。性善説に基づいた温かいおもてなしを基本としながらも、万が一のリスクに備えるためのルール整備、スタッフ教育、そしてテクノロジーの活用。この両輪をバランスよく回していくことが、これからのホテル運営には不可欠です。NG行動というネガティブな事象を、自社のサービスやオペレーション、コミュニケーションのあり方を見直すきっかけと捉え、より強く、選ばれるホテルへと進化していくことが求められています。

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