はじめに
2025年のホテル業界は、国内外からの観光客増加に伴い活況を呈する一方で、競争の激化と顧客ニーズの多様化という複雑な課題に直面しています。このような状況下で、各ホテルチェーンがどのようなビジネス戦略とマーケティングアプローチを採っているのかは、業界全体の未来を占う上で極めて重要です。
今回は、特に注目すべき動向として、大手ホテル幹部による座談会の内容に焦点を当て、その深層を掘り下げていきます。観光経済新聞が報じた「【Trip.com上海カンファレンス特集】ホテル幹部座談会 三井×西武×モントレー×東急」の記事では、三井不動産ホテルマネジメント、西武・プリンスホテルワールドワイド、ホテルモントレ、東急リゾーツ&ステイといった主要ホテルの幹部が、OTA(オンライン旅行代理店)との関係性、市場戦略、そして今後の展望について議論を交わしています。この記事を基に、大手ホテルが描くビジネスとマーケティングの現在地と未来像を紐解いていきましょう。
大手ホテル幹部が語る市場の現在地とOTAとの共存戦略
座談会で各社の幹部がまず共通して認識しているのは、OTAが宿泊予約において不可欠なチャネルであるという現実です。特にTrip.comのようなグローバルOTAは、インバウンド需要の取り込みにおいて大きな影響力を持っています。しかし、その一方で、ホテル側としてはOTAへの依存度が高まることによる手数料負担増や、自社ブランドの希薄化といった課題も抱えています。
西武・プリンスホテルワールドワイドの井上氏が指摘するように、OTAは「集客装置」としての役割を果たす一方で、ホテル側は「自社チャネルの強化」と「顧客との直接的な関係構築」を並行して進める必要があります。これは、単にOTAからの予約を待つだけでなく、自社のウェブサイトやアプリを通じた直販を促進し、リピーターを獲得するための戦略です。直販を強化することは、手数料コストの削減だけでなく、顧客データを直接収集し、よりパーソナライズされたサービス提供やマーケティング施策に繋げる上で極めて重要となります。
ホテルモントレの山本氏が言及する「宿泊施設様との関係構築については、特に東京や京都のような人気エリアでは、どのチャネルからでも一定の…」という発言は、人気エリアにおける競争の激しさと、多様なチャネルを活用した多角的なアプローチの必要性を示唆しています。単一のチャネルに頼るのではなく、OTA、直販、法人契約など、複数のチャネルを最適に組み合わせる「チャネルミックス戦略」が不可欠なのです。この点については、過去にもホテルOTA共存の最適解:大手幹部が示す直販とデータ活用の新機軸で詳しく掘り下げています。
高付加価値化とパーソナライゼーションの追求
競争が激化するホテル市場において、大手ホテルチェーンは単なる宿泊施設としての機能提供に留まらず、高付加価値な体験とパーソナライゼーションを追求する方向にシフトしています。東急リゾーツ&ステイの荒氏が、マーケティング戦略において顧客体験の質を重視していることは、この潮流を象徴しています。
高付加価値化とは、単に価格を上げるだけでなく、宿泊客が「そのホテルだからこそ得られる価値」を明確に感じられるようなサービスや空間を提供することです。例えば、地域の文化や歴史を深く体験できるアクティビティ、地元の食材を活かしたこだわりの料理、心身のリフレッシュを促すウェルネスプログラムなどが挙げられます。これらの要素は、画一的なサービスでは満足しない現代の旅行者、特に高単価を支払う層にとって魅力的な要素となります。実際に、7万円を超える国内宿泊旅行市場が拡大していることからも、この傾向は明らかです。詳細は7万円超の国内宿泊旅行市場:ホテルが拓く「高付加価値」と「パーソナライゼーション」戦略で考察しています。
パーソナライゼーションは、顧客一人ひとりの好みやニーズに合わせてサービスを最適化する戦略です。これは、チェックイン時のスムーズな対応から、客室のアメニティ選択、滞在中のアクティビティ提案、食事の好みへの配慮に至るまで、あらゆる接点で実現されます。顧客データを活用し、過去の宿泊履歴や好みを把握することで、まるで専属のコンシェルジュがいるかのような「心動かす体験」を提供することが可能になります。これにより、顧客は「自分だけのために用意された」という特別感を抱き、ホテルへのエンゲージメントが高まります。
ブランド戦略と地域連携の深化
座談会では、各社がそれぞれのブランド特性を活かし、どのように市場で差別化を図るかについても議論されました。三井不動産ホテルマネジメントのような多ブランド展開を行う企業は、それぞれのブランドが持つコンセプトやターゲット層を明確にし、市場の多様なニーズに対応しています。例えば、ビジネスホテル、リゾートホテル、ラグジュアリーホテルなど、異なるブランドで異なる顧客層にアプローチすることで、市場全体でのシェア拡大を目指します。
ブランド戦略のもう一つの重要な側面は、地域との連携です。ホテルは単体で存在するのではなく、その地域の魅力と密接に結びついています。地元の観光資源、文化、食をホテル体験に取り込むことで、宿泊客にその地域ならではの深い感動を提供できます。これは、ホテルが地域の経済活性化に貢献するだけでなく、ホテル自身のブランド価値を高める上でも不可欠です。例えば、地元の職人による工芸品を客室に設えたり、地元の農家から直接仕入れた食材をレストランで提供したりするなどの取り組みが考えられます。
また、MICE(Meeting, Incentive, Convention, Exhibition/Event)需要や長期滞在需要への対応も、今後のブランド戦略において重要です。これらのセグメントは、一般の観光客とは異なるニーズを持つため、専用のプランや施設、サービスを提供することで、新たな収益源を確保できます。
現場のリアルと未来への展望
大手ホテルの幹部が描く壮大なビジネス戦略やマーケティング計画は、最終的に現場のスタッフによって実行されます。しかし、現場には常に「泥臭い課題」が存在します。例えば、高付加価値なサービスを提供するためには、スタッフのスキルアップや多言語対応能力の向上が不可欠ですが、慢性的な人手不足の中でこれらをどこまで実現できるかという現実的な壁があります。
パーソナライゼーションを実現するためには、顧客データの正確な収集と分析、そしてそれをサービスに反映させるための柔軟なオペレーションが求められます。しかし、日々の業務に追われる現場スタッフにとって、個別の顧客情報を細かく把握し、それぞれに対応することは大きな負担となり得ます。ここでは、テクノロジーの活用が進む一方で、最終的に顧客と接する「人」の役割が依然として重要であるというジレンマがあります。
座談会で語られる戦略は、これらの現場の課題を乗り越え、いかに顧客に「心動かす体験」を提供し続けるかという問いに対する答えでもあります。そのためには、幹部層が描くビジョンを現場レベルまで具体的に落とし込み、スタッフがその意義を理解し、主体的に行動できるような環境を整備することが不可欠です。具体的な目標設定、適切なトレーニング、そしてスタッフの努力を評価する仕組みがなければ、どんなに優れた戦略も絵に描いた餅で終わってしまいます。
2025年以降も、ホテル業界は変化の波に晒され続けるでしょう。AIによるレコメンデーションの進化、サステナビリティへの意識の高まり、そして予期せぬパンデミックや経済変動など、予測不能な要素が常に存在します。このような不確実な時代において、大手ホテルチェーンが幹部のリーダーシップのもと、いかに柔軟かつ戦略的に対応していくかが、持続的な成長の鍵を握るでしょう。
まとめ
大手ホテル幹部による座談会は、2025年のホテル業界が直面する課題と、それに対する各社の戦略的なアプローチを浮き彫りにしました。OTAとの共存戦略、高付加価値化とパーソナライゼーションの追求、そしてブランド戦略と地域連携の深化は、今後のホテルビジネスとマーケティングの主要な柱となるでしょう。
これらの戦略は、単に収益を最大化するためだけでなく、顧客に忘れられない体験を提供し、ホテルとしてのブランド価値を高めることを目指しています。しかし、その実現には、現場のオペレーション、人材育成、そしてテクノロジーの適切な活用が不可欠です。幹部が描くビジョンと現場のリアルをいかに繋ぎ合わせ、顧客とスタッフ双方にとって価値のあるホテル体験を創造していくかが、これからのホテル業界の真価を問うことになるでしょう。
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