はじめに
2025年、ホテル業界はかつてない変革期を迎えています。単に客室を販売するだけでなく、ゲストに提供する「体験」そのものが収益の源泉となる時代へと移行しています。このパラダイムシフトを可能にしているのが、クラウドネイティブなホテルテクノロジー、特にオープンAPI(Application Programming Interface)を備えた次世代型PMS(Property Management System)です。
従来のPMSが主に客室管理と予約業務に限定されていたのに対し、現代のPMSはホテル運営全体のハブとして機能し、多岐にわたるシステムとの連携を通じて、新たな収益機会を創出し、ゲスト体験を飛躍的に向上させる可能性を秘めています。本稿では、このクラウドネイティブなPMSとオープンAPIがホテル業界にもたらす具体的な変革と、それが現場の課題をいかに解決し、収益最大化に貢献するかを深掘りしていきます。
クラウドネイティブPMSとオープンAPIが拓く新時代のレベニューマネジメント
2025年9月16日付けのHospitality Netの記事「How to maximize hotel revenue: key learnings form a revenue manager」は、まさにこの新しいレベニューマネジメントの潮流を的確に捉えています。
引用元記事:https://www.hospitalitynet.org/news/4128948.html
日本語訳:「ホテル収益を最大化する方法:レベニューマネージャーからの主要な学び」
記事の要約:この記事では、最新のクラウドネイティブなホテルテクノロジー、特に統合マーケットプレイスとオープンAPIを備えた現代的なPMSが、ホテルの収益最大化に不可欠であると述べています。これにより、アップセル自動化、駐車場在庫管理、QRコードによるオンプロパティ注文の簡素化などが可能になります。Mewsのようなソリューションはこれらの機能をプラットフォームに統合しており、これらのツールは単なる運用改善に留まらず、ゲストの支出額や体験の容易さに直接影響を与えます。従来の客室収益指標だけでなく、ゲストあたりの平均支出額(RevPAG)や1平方メートルあたりの総収益(Total Revenue Per Square Meter)といった指標が成功のより正確な尺度として注目されており、レベニューマネジメントが部門横断的な規律へと変化していることが強調されています。
この記事が示唆するように、レベニューマネジメントはもはや客室の価格設定だけの問題ではありません。ホテル全体、ひいてはゲスト一人ひとりが生み出す総価値を最大化する、部門横断的な戦略へと進化しています。これを実現するのが、柔軟性と拡張性に富んだクラウドネイティブPMSと、それを支えるオープンAPIです。
従来のPMSが抱える課題とクラウドネイティブPMSの優位性
多くのホテルが現在も利用しているレガシーなPMSは、往々にしてサイロ化されたシステムであり、他のシステムとの連携が難しいという課題を抱えています。フロントオフィス、ハウスキーピング、F&B、レベニューマネジメント、マーケティングといった各部門がそれぞれ独立したシステムや手作業で情報を管理しているため、リアルタイムなデータ共有や統合的な分析が困難でした。このデータサイロ化は、収益機会の見落としや、ゲスト体験の一貫性の欠如につながっていました。
例えば、あるホテルでは、フロントが客室の空き状況を把握している一方で、F&B部門はレストランの予約状況しか見えず、スパ部門は独自の予約台帳を使っている、といった状況が常態化していました。これでは、ゲストがチェックイン時に「今夜、空いているレストランはありますか?」と尋ねても、フロントスタッフはすぐに正確な情報を提供できず、ゲストを待たせてF&B部門に電話で確認するといった手間が発生します。この「待ち時間」は、ゲストの満足度を確実に低下させます。
一方、クラウドネイティブPMSは、その名の通りクラウド上で稼働し、常に最新の機能が提供されます。最大の特長は、オープンAPIを通じて、様々なサードパーティ製アプリケーションと容易に連携できる点にあります。これにより、ホテルは自社のニーズに合わせて最適なソリューションを柔軟に組み合わせ、まるでレゴブロックを組み立てるようにシステムを構築することが可能になります。これは、特定のベンダーに縛られることなく、常に最先端の技術を取り入れられることを意味します。
例えば、過去の記事でも触れたように、ホテル業界データサイロ化:競争優位と人間中心ホスピタリティを創る統合戦略は、この課題を解決する重要性を強調しています。
オープンAPIが実現する部門横断的な収益最大化
オープンAPIを活用したクラウドネイティブPMSは、単なる客室管理システムを超え、ホテル運営のあらゆる側面を統合し、新たな収益源を創造します。
1. アップセル・クロスセルの自動化とパーソナライゼーション
PMSがCRM(顧客関係管理)やマーケティングオートメーションツールと連携することで、ゲストの過去の宿泊履歴、好み、予約パターンなどの詳細なデータをリアルタイムで分析できます。これにより、チェックイン前、滞在中、チェックアウト後といったゲストジャーニーの各段階で、パーソナライズされたアップセル(例:より高グレードの客室へのアップグレード提案)やクロスセル(例:スパトリートメント、レストラン予約、地元の体験ツアーなど)の提案を自動的に行うことが可能になります。
現場のリアルな声として、あるフロントスタッフはこう語ります。「以前は、忙しい時間帯にゲストの顔色を伺いながら手動でアップセルを試みるのは至難の業でした。提案する時間も限られ、効果的な情報提供も難しかった。でも、システムがゲストの好みに合わせて最適なプランを自動で提示してくれるようになってからは、ゲストも興味を持ってくれることが増えました。私たちも、より深い会話に時間を割けるようになり、『お客様に寄り添う』本来のホスピタリティに集中できるようになりました。」
これは、「フロントに聞くのは恥ずかしい」:ゲストの隠れた心理に応えるホテルのおもてなし戦略にも通じる、ゲストの潜在的なニーズを引き出すアプローチと言えるでしょう。
2. 駐車場や付帯施設在庫の最適化と収益化
PMSが駐車場管理システムやスパ、会議室などの付帯施設予約システムと連携することで、これらの在庫をリアルタイムで一元管理できます。これにより、空き状況に応じたダイナミックプライシングが可能になり、ピーク時の収益最大化、オフピーク時の稼働率向上に貢献します。また、ゲストはモバイルアプリを通じて簡単に予約・決済ができるようになり、利便性が向上します。
例えば、ホテルの駐車場がイベント開催で満車になる時間帯には料金を上げ、空きが多い時間帯には割引を提供するなど、需要に応じた柔軟な価格設定が可能になります。これは、従来の固定料金では見過ごされていた収益機会を掘り起こすことに繋がります。特に都市部のホテルでは、駐車場は貴重な収益源となり得ます。ゲストが到着する前に駐車場の空き状況を確認し、必要であれば近隣の提携駐車場を自動で案内するといったサービスも可能になり、ゲストのストレス軽減にも寄与します。
3. QRコードによるオンプロパティ注文の簡素化と効率化
客室内のミニバー、ルームサービス、ランドリーサービス、アメニティ追加注文などを、QRコードを介してゲスト自身のスマートフォンから簡単に行えるシステムとの連携も進んでいます。これにより、ゲストはフロントへの電話やスタッフを探す手間なく、必要なサービスを受けられるようになります。
あるF&B部門のマネージャーは、「以前はルームサービスの電話が鳴りっぱなしで、オーダーミスも発生しやすかった。特に外国語での注文は聞き取り間違いのリスクもあり、現場は常に緊張状態でした。QRコード導入後は、オーダーがデジタル化され、キッチンへの伝達もスムーズに。スタッフはオーダー対応に追われることなく、料理の質やゲストへの配膳サービスに集中できるようになり、結果的にゲスト満足度も向上しました」と、現場の効率化とサービス品質向上への貢献を語っています。さらに、注文履歴がデータとして蓄積されることで、人気のメニューや時間帯、アレルギー情報などを分析し、メニュー改善や在庫管理の最適化にも役立てられるようになります。
これは、ホテルF&BのDX最前線:モバイルオーダーが導く効率化とホスピタリティで語られているモバイルオーダーの進化形とも言えます。
「RevPAG」と「Total Revenue Per Square Meter」が示す新たな成功指標
前述のHospitality Netの記事が強調するように、従来の客室収益(RevPAR: Revenue Per Available Room)だけでなく、ゲストあたりの平均支出額(RevPAG: Revenue Per Available Guest)や、さらに進んで1平方メートルあたりの総収益(Total Revenue Per Square Meter)といった指標が、ホテルの成功を測る上でより包括的な尺度として注目されています。
RevPAGは、宿泊客一人ひとりが客室料金だけでなく、F&B、スパ、アクティビティ、駐車場など、ホテル内で利用した全てのサービスから生み出す収益の総額を示します。この指標を追うことで、ホテルは単に客室稼働率を上げるだけでなく、ゲスト体験の質を高め、滞在中の付加価値サービス利用を促すことで、収益を最大化する戦略を立てることができます。例えば、家族連れのゲストにはキッズアクティビティの割引、ビジネス客にはワークスペースの利用プランなど、ゲストの属性や目的、過去の行動履歴に基づいたきめ細やかな提案が可能になります。
Total Revenue Per Square Meterは、ホテルの物理的な空間全体がどれだけの収益を生み出しているかを示す指標です。これは、客室以外の共用スペース(ロビー、廊下、庭園など)や、レストラン、バー、イベントスペースといった付帯施設の収益貢献度を可視化し、各部門が同じ目標に向かって連携する意識を高める効果があります。例えば、稼働率の低い時間帯の会議室をコワーキングスペースとして提供したり、ロビーの一角で期間限定のポップアップストアを展開したり、庭園で地元のアーティストによるイベントを開催したりするなど、空間の多角的な活用による収益機会を模索するきっかけにもなります。これにより、各部門が「自分たちのスペースがどれだけ収益に貢献しているか」を意識し、部門間の連携を強化する動機付けにもなります。
これらの新しい指標は、レベニューマネジメントを「価格設定」から「価値創造と体験設計」へとシフトさせるものです。クラウドネイティブPMSとオープンAPIによるシステム統合は、これらの指標をリアルタイムで追跡し、データに基づいた意思決定を可能にするための強力な基盤となります。
関連する記事として、ホテル収益最大化の新潮流RevPAG:クラウドPMSが拓く体験創造と未来戦略でもRevPAGの重要性が述べられています。
現場スタッフの働き方とゲスト体験の変革
テクノロジーの導入は、単に収益を増やすだけでなく、現場スタッフの働き方とゲスト体験そのものを大きく変革します。
スタッフの負担軽減とホスピタリティへの集中
手作業によるデータ入力、部門間の連絡調整、定型的な問い合わせ対応など、ホテリエの時間は往々にして「非生産的」な業務に費やされてきました。クラウドネイティブPMSと連携ソリューションは、これらの業務を自動化・効率化することで、スタッフが本来の「人間らしい」ホスピタリティ、つまりゲストとの深いコミュニケーションやパーソナルなサービス提供に集中できる時間を生み出します。
あるコンシェルジュは、「以前は、レストランの空き状況を各店舗に電話で確認したり、タクシーの手配に時間がかかったりして、ゲストとの会話が中断されがちでした。特に、ゲストが急いでいる時に『少々お待ちください』と何度も繰り返すのは心苦しかった。今では、システムを通じて瞬時に情報が手に入り、予約も完了できる。ゲストの顔を見て、本当に求めているものを引き出すことに、より多くのエネルギーを注げるようになりました」と、業務効率化がもたらす本質的な変化を語ります。
これは、ホテル業界の未来戦略:AIと自動化が「非生産時間」を排除し人間力を再定義で提唱されている「非生産時間の排除」と「人間力の再定義」をまさに体現するものです。
シームレスでパーソナライズされたゲストジャーニー
ゲストにとって、ホテル滞在はチェックインからチェックアウトまでの一連の体験です。オープンAPIによるシステム連携は、このゲストジャーニー全体をシームレスにつなぎ、個々のゲストに合わせたパーソナライズされた体験を提供します。
- 予約時:過去の宿泊履歴や好みに基づいた客室タイプやプランの提案。
- チェックイン前:モバイルチェックイン、デジタルキーの発行、滞在中のアクティビティやレストランの事前予約提案。
- 滞在中:QRコードによるルームサービス注文、パーソナライズされた情報提供(イベント情報、周辺観光案内)、AIチャットボットによる問い合わせ対応。
- チェックアウト後:利用履歴に基づいた感謝のメッセージ、次回の宿泊に向けたパーソナライズされたオファー、フィードバックの収集。
このような一貫した体験は、ゲストの満足度を向上させ、リピート率や口コミ評価の向上に直結します。ゲストは「自分のことを理解してくれている」と感じ、ホテルに対するロイヤルティを深めるでしょう。しかし、テクノロジーの導入は、ゲストが使いこなせないと意味がありません。この点については、ホテルテクノロジーの落とし穴:ゲストが使いこなせない現状と「見えないおもてなし」への転換でも警鐘が鳴らされています。直感的で「意識させないおもてなし」としてのテクノロジー活用が重要です。
導入における課題と成功への鍵
クラウドネイティブPMSとオープンAPIの導入は、多くのメリットをもたらす一方で、いくつかの課題も存在します。
1. 初期投資と移行コスト
レガシーシステムからの移行には、初期投資やデータ移行のコスト、スタッフのトレーニング費用が発生します。特に中小規模のホテルにとっては、このハードルが高く感じられるかもしれません。しかし、クラウドベースのソリューションは、従来のオンプレミス型に比べて初期費用を抑えられ、月額課金モデルが多いため、長期的な視点で見ればコストパフォーマンスに優れる場合も少なくありません。
2. スタッフの抵抗とスキルギャップ
新しいシステムへの移行は、現場スタッフにとって一時的な混乱や学習負担を伴うことがあります。テクノロジーを使いこなすためのスキルギャップが生じる可能性もあります。これに対する適切な教育とサポートが不可欠です。あるベテランスタッフは「新しいシステムは覚えるのが大変で、最初は戸惑いました。でも、慣れてしまえば、以前よりもずっと効率的に仕事ができるようになり、ゲストとの会話に集中できる時間が増えたので、今では手放せません」と語ります。この初期の抵抗感を乗り越えるための丁寧なサポートが重要です。
しかし、これらの課題を乗り越えることで得られる長期的なメリットは計り知れません。成功への鍵は、以下の点に集約されます。
- 明確なビジョンと戦略:なぜこのテクノロジーを導入するのか、それによってどのようなゲスト体験と収益目標を達成したいのか、明確なビジョンを持つこと。単なる「最新技術だから」という理由ではなく、具体的な課題解決と価値創造に焦点を当てるべきです。
- 段階的な導入とアジャイルな改善:一度に全てを完璧にしようとせず、小規模なパイロット導入から始め、現場のフィードバックを基に改善を繰り返すアジャイルなアプローチが有効です。これにより、リスクを最小限に抑えつつ、効果的なシステムを構築できます。
- スタッフへの投資とエンゲージメント:テクノロジーはあくまでツールであり、それを使いこなすのは人間です。スタッフへの十分なトレーニング、新しい働き方への理解促進、そして彼らがテクノロジーの恩恵を実感できるような環境作りが重要です。彼らの声に耳を傾け、改善プロセスに巻き込むことで、抵抗感を減らし、エンゲージメントを高めることができます。
- ベンダーとの強固なパートナーシップ:オープンAPIエコシステムを最大限に活用するためには、信頼できるテクノロジーベンダーとの長期的なパートナーシップが不可欠です。単なる製品提供者としてではなく、戦略的なビジネスパートナーとして協業することで、ホテルのニーズに合わせたカスタマイズや機能拡張をスムーズに進めることができます。
これは、ホテルAI導入成功の鍵は「理解」と「教育」:オペレーション変革と人間力の融合で述べられているように、テクノロジー導入には人間側の「理解」と「教育」が不可欠であるという原則と共通しています。
まとめ:テクノロジーが「人間中心のホスピタリティ」を再定義する
2025年、クラウドネイティブPMSとオープンAPIは、ホテル業界におけるレベニューマネジメントの概念を根本から変え、ゲスト体験と収益最大化の新たな地平を切り開いています。これらのテクノロジーは、単に業務を効率化するだけでなく、ホテリエが「人間らしい」ホスピタリティ、つまりゲスト一人ひとりに寄り添い、心に残る体験を創造することに集中できる環境を提供します。
現場の泥臭い課題を解決し、データサイロを打ち破り、部門横断的な連携を促進することで、ホテルは客室収益だけでなく、施設全体、そしてゲスト一人ひとりが生み出す総価値を最大化できるようになります。RevPAGやTotal Revenue Per Square Meterといった新しい指標は、この新しい価値創造の時代における成功の羅針盤となるでしょう。
テクノロジーは、ホテリエの仕事を奪うものではなく、むしろ彼らの「人間力」を最大限に引き出し、より深く、よりパーソナルなホスピタリティを提供するための強力な「エンabler(可能にするもの)」なのです。この変革の波に乗り、未来のホテルを共に創造していきましょう。
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