ホテルはなぜ今、旅行業に参入する?OTA依存を終わらせる新収益戦略

宿泊ビジネス戦略とマーケティング
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結論

ホテルが「旅行業」を取得し自社ツアー販売を開始する最大の目的は、OTA(オンライン旅行代理店)への依存から脱却し、宿泊以外の付加価値で利益率を最大化することにあります。2026年のホテル経営において、単なる「箱貸し」は価格競争に巻き込まれますが、移動や地域体験をパッケージ化できる「着地型観光」の展開は、顧客単価を1.5倍以上に引き上げる強力な武器となります。自社の施設ネットワークを横断した回遊プランを提供することで、グループ全体の稼働率底上げとLTV(顧客生涯価値)向上が可能になります。

はじめに

2026年3月、ホテル運営大手であるアイコニア・ホスピタリティが旅行事業を本格始動させたニュースは、宿泊業界の新たな転換点を示しています。「亀の井ホテル」や「ホテルマイステイズ」など全国183棟を運営する同社が、第1種旅行業(国内外の旅行を取り扱い可能)として自社企画ツアーを開始したことは、これまでの「旅行会社に送客してもらう立場」から「自ら旅行を創り出す立場」への攻めの姿勢を象徴しています。

なぜ今、宿泊施設がわざわざライセンスを取得し、複雑な旅行業務に踏み出すのでしょうか。そこには、止まらない人件費・光熱費の高騰を、宿泊単価の引き上げだけでは吸収しきれないという切実な経営課題があります。本記事では、ホテルが旅行業に進出するビジネス上のメリットと、現場が直面する運用の壁、そして成功のための判断基準を深掘りします。

なぜ今、ホテルが「旅行業」に参入するのか?

最大の理由は、「収益構造の多角化」と「顧客データの独占」です。従来、ホテルの集客は楽天トラベルやじゃらん、Booking.comといったOTAに大きく依存してきました。しかし、これら外部プラットフォームを介した予約は、10%〜15%程度の送客手数料が発生するだけでなく、顧客の属性データが十分に取得できないという弱点がありました。

自社で旅行業免許(特に第2種や第3種、さらには地域限定など)を保有することで、ホテルは以下のような施策が可能になります。

  • 着地型観光(※)の提供: ホテルの立地を活かし、現地の交通機関やガイド、飲食店を組み合わせた独自の体験プログラムを販売できる。(※旅行先で、現地の観光資源を活用して企画・実施される旅行のこと)
  • 回遊型プランの構築: アイコニアの事例のように、自社グループのホテル間を巡る周遊ツアーを組むことで、グループ外への流出を防ぎ、滞在日数を伸ばす。
  • ダイナミックな価格設定: 宿泊とアクティビティをセットにすることで、OTAの「宿泊のみ価格比較」から外れ、価値に基づいた高単価設定が可能になる。

前提として、OTA依存からの脱却を考えている方は、こちらの記事「なぜHiltonはAI導入?ホテル予約のOTA依存を終わらせる新戦略とは?」も併せて読むと、業界全体の潮流が理解しやすくなります。

アイコニアの事例から見る「ネットワーク活用術」

アイコニア・ホスピタリティが第1弾として展開した「南紀周遊ツアー」は、まさに施設ネットワークを横断的に活用した戦略です。同社は和歌山県内に複数の施設(亀の井ホテル 紀伊田辺、那智勝浦など)を保有しており、これらをバスや専用車両で結ぶことで、個人では手配が難しい「効率的な地域周遊」を商品化しました。

【アイコニアが構築したビジネスモデルの構成要素】

要素 具体的な内容 経営上のメリット
交通インフラ 提携バス会社による拠点間送迎 二次交通の課題解決による集客増
独自体験 世界遺産・熊野古道のガイド付き歩行 「泊まる理由」の創出と差別化
施設間連携 グループホテルをハシゴする旅程 グループ内稼働の安定と食売上の確保

旅行業登録のメリットと避けられないリスク

ホテルが旅行業を取得することは、バラ色の未来だけではありません。観光庁の統計によると、2024年以降、宿泊事業者の旅行業参入は増加傾向にありますが、同時に「旅行業法」の遵守という重い責任がのしかかります。以下の比較表で、その実態を整理します。

項目 メリット(チャンス) デメリット(リスク・課題)
収益性 手数料不要、体験代による粗利増加 営業保証金の供託、専任の管理責任者雇用コスト
ブランディング 「地域のエキスパート」としての地位確立 ツアー中の事故・トラブルに対する損害賠償責任
マーケティング 顧客の旅行全体の動線を把握・蓄積 複雑な約款(契約ルール)の作成と説明義務
現場運用 スタッフの地域知識を活かした接客 予約・精算フローの複雑化による現場負荷

特に重要なのは「旅行業務取扱管理者」の設置です。営業所ごとに1名以上の選任が必要であり、国家試験をパスした人材を確保しなければなりません。この人件費や教育コストを、増える利益が上回るかどうかが分岐点となります。

現場運用の壁:フロント業務への影響

ホテルの現場視点で見ると、旅行業の本格始動はオペレーションの複雑化を招きます。例えば、ツアー代金に含まれる「交通費」や「他社施設への支払い分」の計上、キャンセル料の計算(宿泊約款と旅行業約款の違い)など、事務作業は劇的に増えます。

現場で発生する具体的な課題例:

  • 清算の複雑化: 宿泊代とツアー代を分ける必要があるため、POSレジやPMS(宿泊管理システム)の改修が必要になる。
  • 苦情の連鎖: 「バスが遅れた」「ガイドの態度が悪かった」といったホテルの外で起きたトラブルが、宿泊への評価(口コミ)を直接下げるリスク。
  • 在庫管理の難易度: ツアー枠と一般宿泊枠の適切な配分(アロケーション)が、レベニューマネジメントを難しくする。

こうした現場の負担については、人材の可視化と適正配置が不可欠です。「「人手不足」は嘘?2026年ホテル採用難を終わらせる人材「可視化」戦略」を参考に、スタッフのスキルセットを再定義することが、新事業成功の近道となります。

参入すべきか?Yes/No判断基準

自社ホテルで旅行業ライセンスを取得し、ツアー販売を検討すべきかどうかのチェックリストです。

  • Q1. 自社から徒歩圏外に魅力的な観光スポットがあるか?(Yesなら交通手段込みのプランに需要あり)
  • Q2. 近隣の二次交通(バス・タクシー)が脆弱か?(Yesなら送迎付きツアーの価値が高まる)
  • Q3. 半径50km以内に自社系列、あるいは提携可能な宿があるか?(Yesなら周遊プランが組みやすい)
  • Q4. 現場に「地域のストーリー」を語れるスタッフがいるか?(Yesならガイド業務の外注費を抑えられる)
  • Q5. 宿泊単価が頭打ちになっていないか?(Yesなら「体験」を付加して価格帯を上げるフェーズ)

3つ以上「Yes」がある場合、少なくとも「地域限定旅行業」や「第3種旅行業」の取得によるスモールスタートを検討する価値があります。

よくある質問(FAQ)

Q1. 旅行業を取得しなくても、地域の体験プランを販売できますか?
A. 手配代行(手数料を取らない単なる紹介)であれば可能ですが、宿泊と交通、あるいは宿泊と他社体験をパッケージにして「一つの価格」で自社の商品として販売する場合は、旅行業法に基づく登録が必要です。

Q2. アイコニアが取得した「第1種」と、小規模ホテルが狙うべき区分は何が違いますか?
A. 第1種は海外・国内すべての旅行を扱えますが、営業保証金が数千万円単位で必要です。地方のホテルが自社周辺のツアーを企画するなら、供託金が比較的少ない「第3種」や、拠点のある市町村内に限定した「地域限定旅行業」が現実的です。

Q3. ツアー販売を開始すると、既存の旅行会社(JTBなど)との関係が悪化しませんか?
A. 既存の旅行会社が扱えない「ニッチな着地型プラン」であれば、むしろ旅行会社からそのプランを仕入れたいという要望(BtoB販売)が生まれる可能性もあり、共存は可能です。

Q4. 事故が起きた時の責任はどうなりますか?
A. 旅行企画者としての責任を負います。そのため、旅行業賠償責任保険への加入が必須です。また、提携する輸送業者や体験事業者が適切な保険に加入しているかのチェックもホテル側の義務となります。

Q5. 2026年、AIをツアー販売に活用することはできますか?
A. 可能です。顧客の過去の滞在データから最適な体験プランをAIが提案したり、チャットボットで24時間ツアー予約を受け付けることで、フロントの事務負担を大幅に軽減できます。

Q6. 旅行業の資格を持つスタッフが退職したらどうなりますか?
A. 旅行業務取扱管理者が不在になると、一定期間内に補充できなければ営業停止処分を受ける可能性があります。常に2名以上の有資格者を育成・確保しておく「冗長化」が重要です。

Q7. 高齢者向けのツアーなど、特定の層を狙うべきですか?
A. はい。特に移動に制限がある高齢者層にとって、ホテル発着でドア・ツー・ドアの周遊ツアーは非常に価値が高く、高単価でも成約しやすいターゲットです。

Q8. 外国人観光客向け(インバウンド)にも有効ですか?
A. 非常に有効です。訪日客は「その土地でしかできない体験」を求めていますが、言葉の壁や交通の不便さで断念するケースが多いです。ホテルが仲介する安心感は強力なフックになります。

まとめ:ホテルの定義を「宿泊」から「移動・体験」へ拡張せよ

アイコニア・ホスピタリティが示した旅行業への本格参入は、もはやホテルが「泊まるだけの場所」では生き残れない時代になったことを明示しています。2026年の競争優位性は、どれだけ豪華な客室を作るかではなく、チェックインからチェックアウトまで、あるいは自宅を出てから帰るまでの「顧客の旅の時間」をどれだけ自社のプラットフォームでグリップできるかにかかっています。

旅行業登録は、手続きや法的な責任こそ伴いますが、それ以上に「OTAに支払っていた手数料を、顧客体験の向上に回せる」という大きな経済的メリットを生みます。まずは地域の魅力を再発掘し、それを宿泊と組み合わせて「自社商品」として語れる体制を作ること。その一歩が、10年後も選ばれ続けるホテルの境界線となるでしょう。

さらに現場の価値を高めるキャリア戦略については、「2026年、ホテリエの市場価値を最大化する「越境力」の正体とは?」を読み、スタッフが「旅のプロフェッショナル」としてどう活躍すべきか、そのヒントを掴んでください。

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