はじめに
近年、ホテル業界はかつてないほどのスピードで進化しています。特に「ライフスタイルホスピタリティ」と呼ばれる分野は、単なる宿泊施設提供の枠を超え、独自の文化や体験価値を提供するビジネスモデルとして、市場を牽引しています。
その筆頭が、アコー(Accor)とのジョイントベンチャーとして世界的な成長を遂げているEnnismore(エニスモア)です。同社はわずか4年間でネットワークを倍増させ、200軒以上のホテルを達成するという異例の成長を遂げました。この急成長は、従来のホテル経営の常識を大きく変えつつあります。
本記事では、このEnnismoreの驚異的な成長を支える独自のビジネスモデルと戦略を、一次情報(公式発表)に基づき徹底的に分析します。なぜライフスタイルホテルは短期間で急拡大できるのか、そして収益多角化の鍵となる「客室以外の収益」をどのように生み出しているのかを、ホテル経営者、開発担当者、投資家の皆様に向けて詳しく解説します。
結論(先に要点だけ)
Ennismoreの急成長(4年でネットワーク倍増、200軒超達成)は、従来のホテルビジネスとは異なる以下3つの戦略に支えられています。
- 多ブランド戦略の確立:SLS、The Hoxton、Mama Shelterなど17のライフスタイルブランドを統合し、ターゲット顧客のペルソナに合わせて細分化。
- F&B(飲食)の収益最大化:ホテル内の飲食店を「アイコン的(iconic)」な独立採算事業とみなし、地域コミュニティや地元客を惹きつける収益源とする。
- 「Collective(集合体)」による運営:各ブランドの独立した個性を尊重しつつ、アコーのグローバルな流通・予約システムを活用するハイブリッドモデルを採用。
Ennismoreが4年でネットワークを倍増できたのはなぜか?
2026年1月14日、Ennismoreはプレスリリース(出典:Hospitality Net)において、2026年の主要な開業計画を発表するとともに、グループ全体のホテル数が200軒のマイルストーンを超え、わずか4年間でネットワークを倍増させたことを明らかにしました。この成長のスピードは、特に成熟したグローバルホテル市場において、極めて異例です。
なぜ同社はこれほどまでに急速に成長できたのでしょうか。その背景には、単に客室数を増やすだけでなく、ブランド戦略と収益構造そのものに革新を起こしたビジネスモデルがあります。
ライフスタイルホスピタリティの明確な定義と多ブランド展開
Ennismoreが掲げるのは「ライフスタイルホスピタリティ」です。これは単なる「デザイン性の高いホテル」を意味するのではなく、「宿泊体験を通じてゲストのライフスタイルや価値観を共有するコミュニティ拠点を提供する」ことを指します。
同社は現在、SLS、The Hoxton、Mama Shelterといった有名ブランドを含む17の多様なブランドを擁しています。この多ブランド戦略は、以下のような点で従来のホテルチェーンと一線を画します。
- ニッチな市場の獲得:ターゲット層の好みやニーズが細分化する現代において、単一ブランドでは取りこぼしてしまうニッチな顧客層を、特定のブランドコンセプトで深く捉えます。
- ブランド力の持続性:トレンドは移り変わります。特定のブランドが流行に合わなくなっても、多様なポートフォリオを持つことで、全体の収益基盤を安定させることができます。
- オーナーへの柔軟な提案:ホテルを開発するオーナーに対し、立地や建物の特性に応じて最適なブランド(例:高級志向のSLS、カジュアルで地元密着型のMama Shelterなど)を提案できるため、開発スピードが向上します。
アセットライトを超えた「Collective(集合体)」モデルの採用
多くのグローバルホテルグループが採用する「アセットライト(資産を持たず、運営受託やフランチャイズに特化する)」戦略は、Ennismoreの成長の根幹にもあります。
しかし、Ennismoreの最大の特徴は、これをさらに進化させた「Collective(集合体)」という運営モデルです。これは、独立した個性を持つライフスタイルブランドを統合しつつ、親会社であるアコーの強力なグローバルネットワーク(予約システム、ロイヤリティプログラム、営業インフラ)を最大限に活用する、ハイブリッドな構造です。
この仕組みにより、個々のブランドは独立系の自由なクリエイティビティを保ちつつ、大手グループの持つ「スケールメリット」と「流通の安定性」という二律背反を両立させることが可能になります。ブランド独自の文化と、効率的な運営体制を両立させたことが、短期間での爆発的な展開を可能にした根拠です。
(関連:アセットライト戦略と多ブランド展開については「なぜインドのホテル再編が「多ブランド戦略」と「アセットライト」を加速させるのか?」でも詳細に解説しています。)
ライフスタイルホテルの鍵:客室収益に依存しないF&B戦略
ライフスタイルホテルの収益構造は、従来のホテルとは根本的に異なります。従来のビジネスホテルやチェーンホテルが「RevPAR(販売可能客室数あたりの売上)」を最重要視し、客室稼働率に収益が依存するのに対し、ライフスタイルホテルはF&B(飲食)やイベント収益を重要な柱として設計します。
Ennismoreの発表にも「2026年には35以上のホテルと、20以上の象徴的なF&B施設を開業する予定」と明記されている通り、F&B事業は客室と同じか、それ以上に重要な収益源と見なされています。
なぜF&Bは「象徴的(Iconic)」でなければならないのか?
ライフスタイルホテルのF&B施設が目指すのは、単なる宿泊客へのサービス提供ではありません。彼らが追求するのは、以下の価値です。
1. 地域コミュニティの拠点化
ホテル内のバーやレストランを、地元住民が集う「サードプレイス」として機能させます。これにより、たとえ客室稼働率が一時的に落ち込んでも、F&B部門が安定した収益を支えることができます。地元の顧客を固定客化することで、客室予約なしでも、昼夜を問わず館内の活気を維持できるのです。
2. ADR(平均客室単価)の押し上げ効果
ホテル内のレストランやバーがSNSで話題になるなど、強力なブランド力を持つと、それが客室の予約動機につながります。高い評価を得ているF&B施設を持つホテルは、競合施設よりも高い客室単価(ADR)を設定しやすい傾向にあります。宿泊客は、単なる寝床ではなく、「この体験」ができる場所としてホテルを選んでいるためです。
3. 収益性の高さ
一般的に、ホテルの客室事業は変動費の割合が高く(清掃・リネン費、アメニティ費用など)、RevPARは市場の需給に大きく左右されます。一方、F&B事業は原価管理が厳格であれば高い利益率を確保しやすく、顧客単価も客室に依存しないため、収益の多角化と安定化に直結します。
(関連:客室以外の収益多角化については「ホテルは客室以外で稼ぐ?独立系ブランドが挑む3つの新収益源とは?」をご覧ください。)
事例に学ぶ:「Delano Miami Beach」再開が示すブランドの力
Ennismoreの2026年の開業計画の中でも、特に注目すべきは「Delano Miami Beach」の再開です。Delanoはかつてマイアミビーチの象徴的なホテルとして知られ、伝説的な存在でした。このアイコン的なブランドを再活性化させる戦略は、現代のホテルビジネスにおいて「ブランドの資産価値」がいかに重要かを示しています。
ブランドの「リバイバル」戦略の経済合理性
ホテル開発において、ゼロから新しいブランドを立ち上げるには莫大なマーケティング費用と時間が必要です。しかし、Delanoのように過去に強烈な存在感を放ち、人々の記憶に残っているブランドを「リバイバル(復活)」させることは、以下の経済的合理性を生みます。
- 瞬時の認知度:既存のブランド名が持つ「ノスタルジー」や「伝説」といった付加価値を、初期投資を抑えて活用できます。
- PR効果の最大化:「あのDelanoが帰ってくる」というニュースは、単なる新規開業とは比較にならないほどのメディア露出と話題性を生み出します。
- 高い価格設定の正当化:歴史的価値や文化的背景は、競合施設にはない独自の強みとなり、高いADRを設定する根拠となります。
Ennismoreは、単に新しい箱を作るだけでなく、過去の資産(ブランド力)を現代のニーズに合わせて再定義し、収益エンジンとして活用する能力に長けていると言えます。
競合ホテルが取り入れるべき「ライフスタイル戦略」の具体的手順
Ennismoreのようなグローバルプレイヤーの急成長は、日本国内のホテル・旅館事業者にとっても無視できないトレンドです。彼らの戦略は、リソースの少ない独立系ホテルや、画一的なサービスになりがちなビジネスホテルチェーンにも応用可能です。
ここでは、ライフスタイルホテル戦略を自社の競争優位性にするための具体的な判断基準と手順を解説します。
Step 1: 「誰の」ライフスタイルに合わせるか(ペルソナ設定)
ライフスタイルホテル戦略の出発点は、ターゲットを絞り込むことです。「全ての人に快適な空間」を目指すと、誰にも響かない無難な施設になってしまいます。
- 判断基準:地域の特性、立地(都心かリゾートか)、既存の顧客データを基に、理想の顧客像(ペルソナ)を具体的に定義する。
- 具体的な問い:そのゲストが普段利用するカフェ、読む雑誌、働く場所、休日の過ごし方は?
- 例:「リモートワークが中心で、地域文化に関心が高い30代フリーランス」をターゲットとするなら、デザイン性だけでなく、高速Wi-Fi、高品質なコーヒー、地元のクラフトビールを提供するバーなどが必須となる。
この深いペルソナ設定こそが、後のF&Bやイベント企画の方向性を決定します。
Step 2: 「滞在の目的」を宿泊から体験へ転換する
収益の多角化は、客室単価(ADR)を高めるための手段でもあります。客室の「機能」ではなく「体験」に価値を置くことで、付加価値料金(プレミアム)を請求できます。
| 要素 | 従来のホテル | ライフスタイルホテル | ADRへの影響 |
|---|---|---|---|
| 客室 | 清潔、静か、機能的 | デザイン性、テーマ性、地元アーティストの作品展示 | 体験価値に基づく価格設定 |
| F&B | 朝食提供、ルームサービス | 独立した人気ブランドレストラン、バー、カフェ | 高い来店率と客室単価の連携 |
| 共用スペース | ロビー、会議室 | コワーキングスペース、DJブース、コミュニティラウンジ | 地域住民からの収益、コミュニティ付加価値 |
| スタッフの役割 | 手続き、サービス提供 | 地域のコンシェルジュ、体験のキュレーター | 情緒的な価値提供によるロイヤリティ向上 |
この転換を実現するには、スタッフが単なる接客係ではなく、地域の情報や文化を深く知る「キュレーター」としての役割を担う必要があります。
Step 3: 現場オペレーションの負荷軽減と「情緒的価値」の集中
ライフスタイルホテルの成功は、スタッフが「情緒的な価値提供」に集中できるかにかかっています。デザインやF&Bがどれほど優れていても、チェックインで待たされたり、清掃が行き届いていなければ、体験は台無しになります。
Ennismoreがアコーのシステムを利用するように、独立系ホテルもテクノロジーを活用して、人間が介入すべきでない定型業務を自動化すべきです。
- 自動化すべき定型業務の例:オンラインチェックイン/アウト、客室清掃状況のデジタル管理、AIによる定型問い合わせ対応、在庫管理。
- 人間が集中すべき業務の例:ゲストの特別な要望への対応、地元の文化体験の手配、共用スペースでのホスト役(コミュニティ形成)。
現場スタッフが「雑務」から解放され、ゲストの感情的なニーズに応える「感動的なおもてなし」に時間を割くことが、ライフスタイルホテルのブランド価値を決定づけます。
(関連:AIによる判断疲れ解消については「ホテリエの判断疲れをAIが解消!感動的な個別アメニティ提供の裏側は?」をご参照ください。)
ライフスタイルホテルの収益性を支える構造(ADRと収益多角化)
ライフスタイルホテルが投資家を惹きつける最大の理由は、その優れた収益性にあります。これは単に流行に乗っているからではなく、構造的に高いADRを維持しやすく、不況耐性を高める要素を持っているためです。
構造的優位性1:高いロイヤリティによる直販比率の維持
ライフスタイルブランドは、画一的なサービスを提供するチェーンホテルよりも、強い感情的なロイヤリティを顧客に植え付けます。特定のブランドの持つ「文化」が好きになったゲストは、OTA(オンライン旅行代理店)を経由せず、直接ホテルの公式チャネルから予約する傾向が高まります。
直販比率が高いメリット:
- OTAへの手数料(通常15%〜30%)を削減でき、純粋な利益率が向上する。
- 顧客データを直接蓄積できるため、パーソナライズされたサービス提供が可能になり、リピート率がさらに向上する。
構造的優位性2:不況耐性を高めるハイブリッド収益
景気変動や特定のイベント(パンデミック、大規模ライブなど)による宿泊需要の急激な変化は、客室収益に依存するホテルにとって大きなリスクです。
ライフスタイルホテルは、F&Bやイベントスペースの収益が安定しているため、客室稼働率が一時的に低下しても、全体のキャッシュフローを維持しやすくなります。
- F&Bの不況耐性:客室価格が高騰しても、地元客向けのレストランやバーは、宿泊費と比べて比較的安価な「プチ贅沢」として利用されやすく、需要が落ち込みにくい。
- イベント収益:地域の企業やクリエイター向けに、デザイン性の高いスペースを有料で貸し出すことで、安定したB2B収益を生み出せる。
このように、ライフスタイルホスピタリティは、収益源を「客室」と「非客室(F&B・イベント)」に分散させることで、経営リスクを低減させているのです。
よくある質問(FAQ)
Q1: Ennismoreはどのホテルグループに属していますか?
Ennismoreは、フランスのホテル大手アコー(Accor)が主要株主を務めるジョイントベンチャーであり、アコーのグローバルインフラを活用しつつ、独立した経営体制を持つライフスタイルホスピタリティ専門の企業です。
Q2: ライフスタイルホテルの「ライフスタイル」とは具体的に何を指しますか?
単に豪華な設備や派手なデザインを指すのではなく、特定の思想や文化、美意識を反映した宿泊体験全体を指します。具体的には、ホテルのデザイン、BGM、アメニティ、F&Bのコンセプト、スタッフの振る舞い、そして提供されるイベント(例:ヨガクラス、ローカルツアー、DJナイトなど)のすべてが、一貫したライフスタイルを表現します。
Q3: ライフスタイルホテルは高額なのでしょうか?
一般的に、提供する体験価値が高いため、同エリアの一般的なビジネスホテルやチェーンホテルよりも高いADR(平均客室単価)を設定する傾向があります。しかし、ブランドによって価格帯は幅広く、高級なSLSから、よりカジュアルで親しみやすいMama Shelterなど、多様な選択肢があります。
Q4: F&B部門を強化すれば、すぐにライフスタイルホテルになれますか?
F&Bの強化は必須要素ですが、それだけでは不十分です。重要なのは、F&Bが客室やロビー、イベントスペースといった他の要素と一貫した「ストーリー」を語り、相乗効果を生み出すことです。単に美味しいレストランを入れるだけでなく、ホテルブランドのコンセプトに深く根ざしている必要があります。
Q5: 独立系ホテルがEnnismoreのような大手グループと連携するメリットは何ですか?
独立系ホテルとして残る場合、独自のクリエイティビティや地域密着性を保てる反面、グローバルな集客力やIT投資、スケールメリットを得るのが困難です。Ennismoreの「Collective」モデルに参加することで、独立性を保ちつつ、アコーの強大な販売力と技術基盤を活用できることが最大のメリットです。
Q6: ライフスタイルホテルの主なターゲット層は誰ですか?
Z世代やミレニアル世代などの若年層、特に体験や文化的な価値を重視する「 aspirational luxury consumer(意欲的な富裕層)」が中心です。彼らは、単に豪華であることよりも、その場所で得られる独自の体験や、SNSで共有できる価値を重視します。
まとめ:ライフスタイルホスピタリティが示す次世代の収益構造
Ennismoreがわずか4年間でネットワークを倍増させ、200軒を超えるホテル群を築いた事実は、ホテル業界におけるパラダイムシフトを明確に示しています。
その成功は、単なる客室の提供者としてではなく、「文化とコミュニティを提供するプラットフォーム」としてホテルを再定義したことにあります。
客室収益に依存するリスクを避け、F&Bやイベントといった「非客室収益」を事業の根幹に据えることで、収益の多角化と安定化を実現しました。この戦略こそが、高い成長率と不況耐性を両立させる鍵です。
日本のホテル事業者が今後競争優位性を確立するためには、このライフスタイルホスピタリティの構造を深く理解し、自社のリソースと地域の特性に合わせて、単なる宿泊施設から「社交と体験の場」へと進化させることが不可欠です。
目指すべきは、常に新しい体験を生み出し、ゲストと地域住民の両方にとって「そこにいること自体が価値」となるホテル像です。この価値こそが、今後のホテル市場で高いADRと持続的な成長を支える最強の資産となります。


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