はじめに
ホテル業界は現在、建設費の高騰、深刻な人手不足、そして宿泊需要の多様化という三重苦に直面しています。特に新規開発においては、従来の「土地を仕入れ、建物を建て、ホテルとして運営する」というモデルの収益性が厳しく問われています。
こうした状況下で、不動産とホテル運営を融合させた新たなビジネスモデル「シェア別荘兼ホテル」を展開するNOT A HOTELが、2030年までに現在の3倍となる約30拠点への拡大を目指すと発表しました(出典:日本経済新聞、2026年)。
本記事では、NOT A HOTELがなぜ従来のホテルモデルが抱える課題を乗り越え、急拡大を可能にしているのか、そのハイブリッドな収益構造と、建設費高騰時代におけるホテル開発の新たな戦略について、プロの視点から深掘りして解説します。
結論(先に要点だけ)
- NOT A HOTELは、不動産の「販売収入」と「宿泊運営収入」を組み合わせたハイブリッドモデルで急成長しています。
- 不動産をオーナーへ販売することで、従来のホテル開発で最大の課題であった初期投資(イニシャルコスト)を迅速に回収しています。
- 建設業界の人手不足やコスト高騰に対しては、モジュール化された建築手法や「海に浮かぶホテル」のようなオフサイト建築(船舶など)も検討することでリスクを分散させています。
- このモデルの成功は、単なる宿泊施設ではなく、高級不動産としての「資産価値」と、ホテルとしての「利用体験」を同時に提供している点にあります。
なぜNOT A HOTELは急激な拠点拡大が可能になったのか?
従来のホテル開発は、高額な初期投資(土地代、建設費)を銀行融資などで賄い、その後の客室収入(ADR×Occupancy)で数十年にわたって回収していく構造が一般的でした。しかし、昨今の建設費高騰により、この回収期間は長期化し、リスクが増大しています。
NOT A HOTELがこの課題をクリアし、積極的な拡大戦略を取れる背景には、収益構造を根本から変える「ハイブリッド・アセット・モデル」があります。
不動産の「販売収入」を早期に確保する戦略
同社最大の戦略的特徴は、物件をホテルとして運営するだけでなく、ホテルとレジデンス一体化で初期資金と収益を安定させるには?で詳述したように、一部または全部を「シェア別荘」として個人や法人に販売している点です。
この販売手法により、開発にかかる多額のイニシャルコスト(初期費用)を、完成後すぐ、あるいは建設中にオーナーから回収することが可能になります。これにより、開発事業者は負債リスクを軽減し、次の拠点開発へ迅速に資金を再投資できます(出典:IR情報に基づいた推測)。
これは、宿泊業というよりも、付加価値の高い不動産開発・販売業としての側面が強く、従来のホテル経営の収益構造とは一線を画します。
建設コスト高騰への具体的な対抗策は?
ホテル開発の最大の足かせとなっているのが、資材価格高騰と建設業界の人手不足です。日本国内の建設費高騰は深刻であり、地方自治体や事業者が計画の見直しを余儀なくされる事例が相次いでいます(出典:FNNプライムオンライン、愛媛県内でのホテル開発計画に関する報道など)。
NOT A HOTELがこの難局を乗り越えるために打ち出しているとされる戦略は、主に以下の2点です。
1. 建築のモジュール化と標準化
多くのNOT A HOTELの物件は、デザイン性は高いものの、建築プロセスにおいては、ある程度モジュール化(ユニット化)された構造を採用していると考えられます。これにより、現地での作業負荷を減らし、品質を担保しつつ工期を短縮できます。工期の短縮は、人件費高騰リスクの抑制に直結します。
2. 新しい開発形態への進出
同社は「海に浮かぶホテル」の計画も示しています。これは、陸上での建設リソースの制約を受けにくい、船舶製造技術を活用した開発形態を意味します。
建設場所(サイト)を問わないオフサイト建築を採用することで、建設業界全体の人手不足の影響を受けにくくし、開発リソースを多様化・分散させる狙いがあります。これは、従来のホテル開発では考えられなかった、資産形態そのものを変えるリスクヘッジ戦略です。
NOT A HOTELのオーナー制度:収益性と資産価値の両立
NOT A HOTELのビジネスモデルの核となるのは、不動産の購入者が「年間10日〜30日程度の利用権」を購入し、残りの期間はホテルとして運営されるという仕組みです。
この構造が、ホテル運営側と不動産オーナー側の双方にメリットをもたらしています。
ホテル運営側(NOT A HOTEL)のメリット
ホテル運営会社は、年間利用権を販売することで得た資金を開発に充当できるだけでなく、オーナーが利用しない残りの期間(年間335日〜355日)をホテル客室として販売し、宿泊収入を得ることができます。この宿泊収入が、運営コストと利益の源泉となります。
特に重要なのは、オーナーが固定費(別荘の維持管理費、光熱費、修繕費など)の一部を負担するため、ホテル運営側の固定費負担が軽減される点です。
不動産オーナー側のメリット
オーナーは、別荘を所有する喜びと、ハイグレードな施設を毎年決まった日数利用できる権利を得ます。従来の別荘所有の場合、利用しない期間も維持管理やセキュリティ、清掃の手配をすべて自分で行う必要がありましたが、NOT A HOTELモデルでは、すべて運営会社に任せられます。
オーナーにとっての経済的なメリットは、利用しない期間にホテルとして運用されることで、得られた宿泊収益の一部が配当として還元される点です。これにより、単なる消費ではなく、投資としての側面も生まれます。これは、富裕層にとっての魅力的な「資産運用」の形となっています。
| 比較項目 | 従来のホテル開発 | NOT A HOTEL型(ハイブリッド・アセット・モデル) |
|---|---|---|
| 初期投資の回収 | 宿泊収益のみで回収(長期化リスク大) | 不動産販売収入で大半を早期回収 |
| 建設費高騰への耐性 | 非常に脆弱(回収計画が狂いやすい) | モジュール化、オフサイト開発でリスク分散 |
| 資産形態 | 負債(LTV高)として計上 | 売却による資産流動化 |
| 固定費負担 | 運営会社が全額負担 | オーナーと運営会社で分担(運営側負担軽減) |
| ターゲット顧客 | 宿泊ゲストのみ | 宿泊ゲスト + 富裕層の不動産購入者 |
現場運用における課題と技術的解決
このハイブリッドモデルは収益面で優れていますが、運営現場には独自の課題があります。
課題1:所有者と利用者の区別と複雑な在庫管理
一般の宿泊ゲストと、年間利用権を持つオーナーの予約、清掃、メンテナンス、そして収益分配を同時に管理することは、従来のPMS(Property Management System)では困難です。オーナーの利用権は複雑なルール(曜日制限、期間制限など)を持つため、在庫管理が極めて複雑になります。
技術的解決策:OS型の統合プラットフォーム
これを解決するには、通常の宿泊予約だけでなく、不動産販売契約(権利期間、配当計算、固定費請求)と連動した統合的なプラットフォーム(OS/Operating System)が必要です。予約管理、不動産管理、会計処理がシームレスに連携することで、現場スタッフの認知負荷を最小限に抑える必要があります。
課題2:高品質な体験の維持と個別対応
オーナーは「自分の資産」としてホテルを利用するため、一般ゲスト以上に施設の品質やサービス水準に高い期待を持ちます。また、オーナー独自の要望(家具の配置、特定の備品の常備など)に応える必要があり、属人的なサービスになりがちです。
これは、標準化されたビジネスホテルとは異なり、高いレベルのホスピタリティスキルと、オーナーの利用履歴や嗜好を正確に把握するためのCRM(顧客関係管理)システムが不可欠です。
業界構造が変化:ホテル業の新しい収益源
NOT A HOTELの成功は、ホテル業界全体に「初期投資の回収方法」と「高付加価値な体験の提供」という2つの大きな示唆を与えています。
ホテルはもはや宿泊を提供する場所であるだけでなく、富裕層に対する「不動産販売のチャネル」となり、さらにその不動産を「運用して収益を生む資産」に転換させる機能を持つようになりました。このモデルは、特に高単価でデザイン性の高いリゾート開発において、今後主流となる可能性があります。
従来のホテル事業者が取るべき戦略的判断基準
NOT A HOTELのようなハイブリッドモデルが成功しているからといって、すべての事業者がすぐに同様のシェア別荘モデルに転換すべきわけではありません。重要なのは、自社の資産や立地特性に応じた戦略的判断です。
判断基準:資産の特性とターゲット顧客
| 検討事項 | Yesの場合(ハイブリッドモデルが有効な可能性) | Noの場合(従来のホテルモデルを強化すべき) |
|---|---|---|
| 立地は長期滞在や別荘利用に適しているか? | リゾート地、景勝地、都心の高層階など、高単価な利用体験が売れる場所。 | ビジネス街中心、駅前など、短期滞在や利便性が重視される場所。 |
| 開発資金の調達に課題があるか? | 建設費高騰や金融機関の融資姿勢が厳しい。初期段階で資金を流動化したい。 | 強固な資金基盤や優良な借り入れ条件が確保されている。 |
| ターゲット顧客は富裕層か? | 高額な不動産購入と年間利用権に価値を見出す層を狙う。 | マス層、ビジネス層、インバウンドの回転率で勝負する。 |
| 不動産テックやDXへの投資意欲は? | 複雑な運営管理に対応するため、統合OSなど技術投資を積極的に行う。 | 既存システムでの運営効率化や、人手によるきめ細かなサービスを重視する。 |
従来のホテル事業者は、大規模な構造転換が難しい場合でも、「不動産としての価値」を高める視点を運営に取り入れるべきです。例えば、単なる清掃・修繕だけでなく、AIやセンサーを用いたホテルの固定費を消す?設備保全を収益予測に変える新技術を導入し、施設の長期的資産価値を維持・向上させることが求められます。
よくある質問(FAQ)
NOT A HOTELの「海に浮かぶホテル」とは具体的に何ですか?
これは、建設業界の人手不足や資材高騰の制約を受けないための代替開発戦略の一つで、寝室を備えたクルーザーなどの「オフサイト建築」を指します。詳細なデザインや運航計画は順次発表される見込みですが、陸上の開発とは異なるサプライチェーンを活用することで、開発スピードとリスクヘッジを図る狙いがあります(出典:日本経済新聞)。
NOT A HOTELの利用権は誰でも買えますか?
基本的には、同社の不動産を購入したオーナーが、年間10日〜30日程度の利用権を持ちます。一般的なタイムシェア型のサービスとは異なり、高価格帯の不動産購入が前提となるため、富裕層や法人顧客が主なターゲットとなっています。
シェア別荘モデルは旅館業法上のホテルに該当しますか?
NOT A HOTELの施設は、オーナーが利用しない期間を「ホテル」として一般に貸し出すため、旅館業法上の許可を得て運営されています。販売部分(オーナー権)と宿泊運営部分(ホテル)を分離して運用する、ハイブリッドな形態です。
建設費高騰は日本のホテル開発にどの程度影響していますか?
国土交通省の建設工事費デフレーター(統計)によると、2020年代に入り建設物価は高止まりしており、特に人件費の増加が顕著です。これにより、地方部や収益性が低いと見込まれる都市部での新規ホテル開発計画が凍結・延期されるケースが増加しています。
このビジネスモデルは、宿泊単価(ADR)にどう影響しますか?
オーナーが関与する高級施設であるため、一般ゲスト向けの販売価格(ADR)も高水準に設定される傾向があります。オーナーが品質維持に寄与するインセンティブがあるため、一般的なホテルよりも高いクオリティが維持されやすく、その結果として高単価が正当化されます。
まとめ:資産価値と体験価値を融合させたホテル開発の未来
NOT A HOTELが示す拠点拡大戦略は、従来のホテル業界が抱える構造的な課題、すなわち「イニシャルコストの巨大化」と「建設リソースの制約」に対する極めて有効な回答です。
彼らは、ホテルを単なるサービス業として捉えるのではなく、不動産という「資産」に高付加価値な利用権を付与し、富裕層に販売することで開発資金を確保しました。これにより、安定的なキャッシュフローと、高い収益性を両立させています。
今後のホテル事業者は、単に宿泊サービスを改善するだけでなく、保有する不動産や立地が持つ潜在的な「資産価値」をいかにしてビジネスモデルに組み込むか、そしてそれを実現するための技術的プラットフォーム(統合OS)にどこまで投資できるかが、競争力を左右する鍵となります。
不動産テックとホスピタリティの融合は、日本のホテル開発に新しいフェーズをもたらしつつあります。


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