結論(先に要点だけ)
2026年現在、世界的に「150ドル(約2.3万円)で泊まれる良質な中級ホテル」が急激に姿を消しています。インフレによる運営コストの高騰が主な要因ですが、宿泊客は「価格上昇に見合う体験」を得られていないという不満を抱いています。これに対し、ヒルトンやウィンダムなどの大手チェーンは、既存の老朽化した施設を安価に改装して運営する「プレミアムエコノミー」という新カテゴリーでこの空白地帯を埋めようとしています。日本のホテル経営者も、単なる値上げではなく、コスト構造の根本的な見直しとブランドの再定義が求められています。
150ドルの客室はなぜ消えた?価格高騰の背景と現状
米国ワシントン・ポスト紙(2026年2月21日付)の報道によれば、かつて米国のロードトリップで一般的だった「1泊120ドル〜150ドル」の価格帯で、清潔かつ個性のあるホテルを見つけることが極めて困難になっています。この「ミドルスケール(中価格帯)」の崩壊は、世界のホテル業界が直面している共通の課題です。
なぜ宿泊料金は上がり続けているのか?
主な理由は、ホテルの運営に欠かせない「原材料」と「労働力」のコスト増です。CoStarの市場分析データによると、宿泊料金はインフレと完全に連動しています。具体的には以下のコストが押し上げ要因となっています。
- 人件費:清掃スタッフやフロントスタッフの時給は、2020年比で約30〜50%上昇(地域により異なる)。
- 食材費:朝食ビュッフェで提供される卵や乳製品、パンなどの調達価格の高騰。
- リネン・光熱費:クリーニング費用および電気・ガス代の継続的な上昇。
その結果、「かつて100ドルだった部屋は150ドルになり、150ドルだった部屋は200ドル以上になった」と専門家は指摘しています。しかし、問題は「価格は上がったが、中身(設備やサービス)は据え置き、あるいは人手不足で低下している」という宿泊客の不満です。
「孤児」となったミドル層の旅行者
現在、ホテル市場は「豪華な体験を提供するラグジュアリー層」と「徹底的にコストを削った格安層」に二極化しています。その中間に位置する、「1.5万円〜2.5万円程度で、清潔で少しおしゃれなホテルに泊まりたい」というボリュームゾーンの旅行者が、選択肢を失う「マーケットの孤児」と化しています。日本においても、ビジネスホテルの価格が1.5万円を超えるのが当たり前となり、同様の現象が起きています。
前提として、今の市場で生き残るための価格戦略については、こちらの記事が参考になります。
ホテルの未来は?2026年、宿泊単価を爆上げする新戦略
大手チェーンが「プレミアムエコノミー」に注力する理由は?
この空白地帯を埋めるべく、世界的なホテルチェーンは新ブランドを次々と投入しています。象徴的なのが、ヒルトンが展開する「Spark by Hilton(スパーク)」です。
既存施設を再利用する「ヤドカリ戦略」
Sparkのような「プレミアムエコノミー」ブランドの特徴は、ゼロから建てるのではなく、「古くなった既存の他社ホテルを買い取り、スピーディーに改装してリブランドする」点にあります。これを業界では「コンバージョン(転換)」と呼びます。
| 項目 | 従来のミドルスケール | 最新のプレミアムエコノミー(Spark等) |
|---|---|---|
| 開発手法 | 新築がメイン | 既存の老朽施設を改装(居抜き) |
| ターゲット価格 | 180ドル〜250ドル | 100ドル〜130ドル |
| サービス内容 | フルサービス、豪華なロビー | セルフサービス中心、シンプルな朝食 |
| デザイン | 画一的、コーポレート感 | モダン、SNS映えを意識した最小限の装飾 |
ウィンダム・ホテルズ&リゾーツの幹部も、Days InnやSuper 8といった傘下ブランドにおいて、80ドル〜130ドルの価格帯を維持することが、インフレ下での最大の競争優位性になると述べています。彼らは最新技術を駆使して、低価格帯でも利益が出る構造を作ろうとしています。
こうした低価格帯で利益を出す具体的な手法(AI活用など)については、次の記事で詳しく解説しています。
ウィンダム流AI戦略とは?エコノミーホテルがコスト高を乗り越える術
ミドルスケールホテルが抱える「運営コスト」と「品質」のジレンマ
現場のオペレーションにおいて、中価格帯のホテルが最も苦しんでいるのは「顧客の期待値」との乖離です。1泊2.5万円を支払うゲストは、それなりのサービスを期待しますが、ホテル側はその価格でも利益を出すのがやっとの状態です。
現場で起きている「目に見えないコスト削減」
多くのホテルが利益を確保するために、以下のような現場判断を迫られています。
- 清掃頻度の変更:連泊時の清掃を「リクエスト制」または「3日ごと」にする。
- アメニティの削減:客室設置をやめ、フロント横のアメニティバーでの提供へ切り替え。
- 朝食の簡素化:調理スタッフを減らすため、冷凍食品やパン、シリアルを中心としたメニューへ。
こうした削減は、短期的なコストカットにはなりますが、ゲストに「安っぽくなった」という印象を与え、リピート率を下げるリスクがあります。これを防ぐには、無味乾燥なコストカットではなく、スタッフの英語対応能力向上による満足度向上など、別の価値を付加する必要があります。
スタディサプリENGLISHでスタッフの対応力を磨くことも、無形サービスの価値向上に繋がります。
2026年、日本のホテル経営者が取るべき判断基準
米国の事例は、数年後の日本の姿です。日本のミドルスケールホテル(中価格帯のビジネスホテルやシティホテル)の経営者は、以下の「Yes/No」で自社の立ち位置を再定義すべきです。
あなたのホテルは「プレミアムエコノミー」に振り切るべきか?
- Yesの場合:徹底的な自動化を行い、1.5万円前後の価格を維持する。デザインは「古さ」を「レトロ」や「モダン」に変換し、無駄なサービス(荷物預かりやフル朝食)を削ぎ落とす。
- Noの場合:3万円以上の「アッパーミドル」へ移行する。地元の食材を使った質の高い食事や、そのホテルでしかできない「地域体験」を提供し、高単価を正当化する。
中途半端な「昔ながらの普通の中級ホテル」が、最も早く市場から淘汰されるリスクがあります。
プレミアムエコノミー戦略のデメリットと課題
既存施設の転用による新ブランド展開には、リスクも伴います。
- 品質のバラツキ:元々の建物が異なるため、客室の広さや遮音性に個体差が出やすい。
- ブランド毀損:「ヒルトン」や「マリオット」の名を冠していても、実際は安価な居抜き物件であることに失望するゲストが出る可能性がある。
- 所有者の負担:大手チェーンが求める「リブランド基準」を満たすための改装費用(PIF:Property Improvement Plan)が、オーナーにとって重荷になる。
経済産業省のDXレポート等でも指摘されている通り、物理的な箱の更新だけでなく、予約からチェックアウトまでをシームレスにするデジタル投資が伴わなければ、ただの「古い建物の化粧直し」に終わってしまいます。
まとめ:次のアクションへの提示
「150ドルの部屋」が消えたのは、単なる物価高ではなく、ホテル業界の構造的な再編が起きている証拠です。2026年の市場で生き残るために、ホテル経営者は以下のステップを検討してください。
- 自社のセグメントを再定義する:「低コスト・セルフサービス」か「高単価・体験価値」か、どちらに軸足を置くか明確にする。
- デジタルによる損益分岐点の引き下げ:人件費高騰を前提とした、無人化・省人化システムの導入を加速させる。
- ブランドの「透明性」を高める:単なる値上げではなく、なぜこの価格なのか、どのような価値があるのかをSNSや公式サイトで具体的に可視化する。
今後のキャリアや経営戦略を考える上で、現場スキルの専門職化は避けて通れません。こちらの記事も併せてお読みください。
なぜ2026年ホテリエの市場価値は急騰する?現場スキルを専門職化する鍵
よくある質問(FAQ)
Q1. 宿泊料金は今後下がる可能性はありますか?
A. 2026年現在の経済情勢(人件費・エネルギー価格の高止まり)を考慮すると、大幅な下落は考えにくいです。需要が減った場合に一時的なセールはあっても、標準価格は高い水準で維持される可能性が高いです。
Q2. 「プレミアムエコノミー」と「従来の格安ホテル」の違いは何ですか?
A. 最大の違いは「デザイン性と清潔感」です。プレミアムエコノミーは、サービスを削る代わりに、ベッドの質やWi-Fi環境、ロビーのモダンな雰囲気など、現代の旅行者が重視するポイントに集中投資しています。
Q3. 日本でもSparkのようなブランドは増えますか?
A. はい。特に地方都市の老朽化したビジネスホテルやシティホテルが、外資系チェーンのプレミアムエコノミーブランドにリブランドされる事例は、今後さらに増えると予想されます。
Q4. 小規模な個人ホテルがインフレに対抗するには?
A. 大手チェーンと「価格」や「効率」で戦うのは困難です。チェーンにはできない「オーナーの顔が見えるサービス」や「独自のストーリー」を打ち出し、熱狂的なファン(リピーター)を作るニッチ戦略が有効です。
Q5. ゲストは値上げを許容してくれますか?
A. 理由のない値上げは拒絶されます。しかし、「地産地消の食材への切り替え」や「睡眠の質にこだわったマットレスの導入」など、具体的な改善内容が伴っていれば、納得感を得やすくなります。
Q6. 人手不足でサービスを削らざるを得ない場合は?
A. 「できないこと」を隠すのではなく、事前に明示することが重要です。「清掃は3日に1回ですが、その分ドリンクチケットを差し上げます」といった、代替価値の提案がカスハラ防止にも繋がります。
Q7. 今後、旅行者はどのようにホテルを選ぶようになりますか?
A. 「失敗したくない」という心理が強まり、大手チェーンの信頼性(最低限の品質保証)か、あるいはSNSで話題の「ここでしかできない体験」のどちらかに二極化するでしょう。
Q8. 宿泊特化型ホテルの朝食は廃止すべきですか?
A. 収益性を重視するなら「有料化」または「外部提携」が推奨されます。無料朝食の維持は、現在の食材費・人件費の下では経営を圧迫する大きな要因の一つとなっています。


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