はじめに:窓のないホテル「Zedwell」はなぜ高収益なのか?
ホテル業界、特に都市部における開発は、記録的な建設費の高騰と土地代の上昇により、採算性の確保が極めて困難になっています。豪華な設備や広さを追求する従来の戦略は、高騰したコストをADR(平均客室単価)に転嫁せざるを得ず、価格競争力を失いがちです。
こうした逆境の中で、ロンドンのZedwell(ゼッドウェル)ホテルは、常識を覆す「窓のない客室」を主要戦略とし、成功を収めています。これは単なるコスト削減策ではなく、「ホスピタリティの引き算」を通じて、特定のゲスト体験を究極まで高める戦略です。
この記事では、Zedwellホテルのビジネスモデルを分析し、なぜ窓をなくすことが高収益につながるのか、そしてこのミニマリズム戦略が、日本のホテル経営にどのような示唆を与えるのかを、現場の運用とテクノロジーの側面から深掘りします。
結論(先に要点だけ)
- Zedwellホテルは、都市中心部の好立地で「窓なし客室」を主力とし、高い稼働率と収益を確保しています。
- 窓をなくすことで、建設費、メンテナンス費、空調負荷、防音対策などのコストを大幅に削減できています。
- 提供価値を「究極の睡眠体験(Sleep-centric)」に絞り、光・音・温度を徹底的にコントロールすることで、予算重視の都市旅行者のニーズに応えています。
- PMS(Property Management System)を活用した非対面でのアップセルを推進し、ゲストに摩擦(心理的抵抗)なく追加収益を生み出す仕組みを確立しています。
なぜホテルは今、「窓をなくす」という逆説的な戦略を選ぶのか?
ホテルが豪華さや広さを競う中、Zedwellが窓をなくした理由は、大きく分けて「コスト構造の最適化」と「ゲスト体験の再定義」の2つにあります。
建設費・維持費の劇的な削減効果
従来のホテル開発において、窓の設置はコスト増の大きな要因となります。窓は単に光を取り込むだけでなく、断熱性能、防音性能、デザイン性を確保するための投資が必要です。特に都市中心部では、騒音対策やセキュリティ対策のために、高性能な窓が必須です。
Zedwellは窓を物理的に排除することで、以下のコストを削減しました。
- 建設費の削減:窓の設置、外壁の仕上げ、複雑な構造部材の必要性が減少します。
- エネルギーコストの削減:窓からの熱損失(夏場の熱流入、冬場の熱流出)がなくなり、空調負荷が大幅に軽減されます。
- メンテナンスコストの削減:窓清掃や窓枠、ブラインド、カーテンなどの設備修繕が不要になります。
- 防音対策の簡素化:窓がないため、外部からの騒音侵入リスクがゼロになり、内装材のみで究極の静寂性を実現しやすくなります。
これは、世界的にホテル建設費が高騰し、利益率を圧迫している現状に対する、極めて商業的に合理的な対抗策です。新築開発を検討する際、建設費を抑えるための設計変更は常に課題となりますが、「窓をなくす」ことは抜本的な解決策となり得ます。(建設費高騰対策については、ホテル建設費高騰で採算崩壊!新築を避けて利益を出す開発戦略とはもご参照ください。)
ゲスト体験の再定義:「究極の睡眠」への特化
窓なし客室は、一見すると閉塞感があるように思えますが、Zedwellはこれをネガティブ要素ではなく、「究極の睡眠空間」というポジティブな価値に転換しました。
都市部のホテル利用者の多くは、観光やビジネスで日中活動するため、「客室に求めるのは快適な睡眠」というニーズが顕在化しています。Zedwellは、このニッチなターゲット層に向けて、以下の付加価値を提供しています。
- 完全な遮光:窓がないため、夜間はもちろん、日中でも完全な暗闇を実現でき、体内時計を乱さずに深い睡眠を促進します。
- 静寂性の確保:前述の通り、外部の騒音を完全にシャットアウトします。
- 空気質の徹底管理:窓がない代わりに、高度な換気システムを導入し、温度と湿度のコントロールと清潔な空気の供給を徹底しています。
結果として、従来のホテルではコストがかかりすぎて実現が難しかった「完璧な睡眠環境」を、窓をなくすという「引き算」によって実現し、この価値を求めるゲストから支持を得ています。
現場運用を変える「摩擦ゼロ」の収益最大化戦略
Zedwellホテルは、低コストで高稼働を実現するだけでなく、現場の運用においても極めて効率的な仕組みを取り入れています。特に注目すべきは、テクノロジーを活用した「摩擦のないアップセル」です。
非対面アップセルで従業員の認知負荷を軽減
多くのホテルでは、チェックイン時にフロントスタッフが客室アップグレードや追加サービス(朝食、レイトチェックアウトなど)を口頭で提案します。しかし、これはスタッフにとって心理的な負荷(断られることへの抵抗)が大きく、またゲストにとっても「売り込み」と感じる摩擦を生じさせがちです。
Zedwellでは、チェックインから滞在中の情報提供まで、デジタルチャネルが中心です。ゲストがアプリやデジタル画面を通じて、非対面で追加サービスを申し込める環境を整備しています。これにより、以下の効果が得られています。(出典:Hospitality Net、Mews関係者へのインタビュー)
- アップセル率の向上:ゲストは自分のペースで必要なものを選べるため、心理的な抵抗なく「便利さ」に対してお金を払う傾向が強くなります。
- 人件費の最適化:スタッフは対面での営業活動から解放され、本当に価値のある「ゲストが困っていることへの対応」や「裏方業務の効率化」に集中できます。
- 収益の安定化:アップセルがテクノロジーベースで自動化されることで、スタッフのスキルやモチベーションに依存せず、安定した追加収益が見込めます。
テクノロジーによる業務の抽象化
Zedwellの運用では、PMS(Property Management System)として知られるMewsのようなクラウドプラットフォームが活用されています。PMSとは、予約管理、チェックイン/アウト、請求処理などを一元管理するホテルの基幹システムのことです。(専門用語注釈:PMSは、ホテル運営に必要な多数の業務をデジタル化し、連携させるシステムです。)
これらのシステムを使うことで、現場スタッフは複雑な手作業から解放され、業務が抽象化されます。例えば、どの部屋の清掃が優先か、予約の変更がどのように財務に影響するか、といった判断がシステムから自動で提供されます。
「Less hotel, not less hospitality(ホテルとしての要素は減らすが、ホスピタリティは減らさない)」という哲学の下、徹底的に無駄を削ぎ落としたミニマリストな設計と、テクノロジーによる効率的な運用が組み合わさることで、高収益体質が実現しているのです。
日本のホテルが「引き算のホスピタリティ」を導入する際の課題
Zedwellの成功事例は魅力的ですが、この戦略を日本の都市型ホテルで適用するには、建築法規と文化的な受容性という大きな課題があります。
課題1:建築基準法における「採光・換気」の壁
日本の建築基準法では、居室(客室)には原則として採光のための窓を設け、その面積を居室の床面積の7分の1以上にすることが定められています(建築基準法28条)。また、有効な換気設備も必要です。
窓のない客室(居室)を合法的に実現するには、以下のいずれかの措置が必要です。(出典:建築基準法、国土交通省資料)
- 特殊な換気設備の導入:機械換気設備によって、採光・換気基準を満たす代替措置を講じる。
- 客室用途の再定義:ホテルや旅館ではなく、カプセルホテルや簡易宿所など、異なる規制が適用される施設形態を選ぶ。
- 既存不適格建物の活用:過去の基準で建てられた建物(コンバージョン)で、特例的な承認を得る。
特に、完全に窓のない客室を通常のホテルとして新築・大規模改修で実現するのは、日本の法規制下では設計とコスト面で大きなハードルとなる可能性があります。海外の成功事例を導入する際は、まず日本の法令に照らし合わせ、導入コストが本当に既存の窓付き客室を下回るか慎重に検討する必要があります。
課題2:ゲストの心理的な受容性
日本においては、客室に窓があり、自然光が入ることが「清潔感」「快適さ」の基本要素として強く認識されています。窓がないことに対して、閉塞感や非常時の不安を感じるゲストも少なくありません。
したがって、日本で「究極の睡眠」を売りにする場合でも、以下の工夫が必要です。
- 内装と照明の工夫:閉塞感を打ち消すために、壁の色、質感、照明(間接照明、色温度)を工夫し、心理的な広がりを感じさせるデザインが不可欠です。
- 明確なコミュニケーション:窓がないことのメリット(静寂性、暗闇)を予約段階から明確に伝え、ターゲット層(睡眠重視のビジネス客、時差ボケ対策のインバウンド客など)を絞り込む必要があります。
ミニマリズム戦略を収益化する判断基準
自社のホテルが「引き算のホスピタリティ」戦略を採用すべきか否かは、立地とターゲット層によって判断する必要があります。
判断基準:ターゲット層と立地のマトリクス
窓なし客室のような極端なミニマリズム戦略は、全てのホテルで適用できるわけではありません。以下のマトリクスに基づいて検討してください。
| 要素 | 適しているケース(Yes) | 適していないケース(No) |
|---|---|---|
| ターゲット層 | 究極の機能性(睡眠、アクセス、静寂)を求める都市旅行者 | 長期滞在、リゾート利用、景観を求めるレジャー客 |
| 立地・周辺環境 | 騒音が激しい駅直上、繁華街の中心、景観が悪いエリア | 自然豊かなエリア、高層階で眺望が良い、観光地 |
| ホテルタイプ | 宿泊特化型、トランジットホテル、短期ビジネス利用 | フルサービス、ウェルネスリゾート、体験型ホテル |
| コスト構造 | 建設費・土地代が非常に高く、坪効率を最大化したい | 建物に余裕があり、リノベーション費用が低い |
もし貴社が「騒音が激しく、景色が望めない都心部のビル」を抱えており、「価格に敏感で、立地の良さと睡眠だけを重視するビジネス客」をターゲットとするならば、窓なし客室戦略は強力な競争優位性をもたらす可能性があります。
現場スタッフが留意すべき「引き算」時代の接客
ミニマリズム戦略を導入しても、ホスピタリティが失われては意味がありません。むしろ、無駄なサービスを削いだ分、本当に重要な接客にスタッフの資源を集中させる必要があります。
「人間力」ではなく「的確な状況判断力」が鍵
Zedwellのようなホテルでは、スタッフの役割は「愛想良く話す」ことではなく、「ゲストがデジタルでは解決できない問題」を迅速かつ的確に解決することに集約されます。求められるのは、以下の具体的なスキルです。
- テクノロジーへの習熟:PMSやデジタルツールを完璧に使いこなし、ゲストの予約状況やリクエスト履歴を瞬時に把握する能力。
- 問題解決の優先順位付け:システムが自動処理できない「突発的なトラブル」に対し、優先度とコストを判断し、迅速な対応策を実行する能力。
- 非言語的なニーズの察知:ゲストがデジタルツールを使わずにフロントに来た理由(多くは深刻な問題)を素早く察知し、共感的に対応する能力。
物理的なサービス(窓、広いロビー、豪華なアメニティ)が削ぎ落とされた分、人間が行う接客は、より専門的で、問題解決に特化したものに進化しなければ、ゲストの満足度は維持できません。
よくある質問(FAQ)
Q1: 窓なし客室は日本の建築基準法で許可されますか?
A: 原則として、日本の建築基準法では居室(ホテル客室)に採光のための窓を設けることが義務付けられています。完全に窓をなくすには、機械換気設備などによる代替措置を講じ、自治体の承認を得る必要があります。設計段階で専門家による慎重な確認が必須です。
Q2: 窓がないと、ゲストは閉塞感を感じませんか?
A: 閉塞感を強く感じるゲストは一定数存在します。Zedwellのように成功している事例は、「究極の睡眠」という具体的な付加価値を強く打ち出すことで、ネガティブな要素を打ち消しています。内装のライティングや空気の質を高度に管理する工夫が不可欠です。
Q3: 窓なし客室にすることで、客室単価(ADR)は下がりますか?
A: 一般的には景観がない分ADRは下がります。しかし、Zedwellの戦略は、低単価で高稼働を狙い、削減した建設・運営コストと、デジタルアップセルによる追加収益でトータル利益を最大化することにあります。競合と比較して、独自の高い機能性(静寂性、睡眠の質)を提供できれば、適正な単価を維持することも可能です。
Q4: 窓のないホテルは、非常時の避難経路はどうなっていますか?
A: 窓がない分、非常時の避難計画はより厳格になります。日本の消防法や建築基準法に基づき、必ず複数の避難経路の確保、スプリンクラーや火災報知機などの設備を万全にする必要があります。
Q5: Zedwellホテルが採用しているテクノロジーは何ですか?
A: 記事で言及されているように、ZedwellはMewsというクラウドベースのPMSを活用し、チェックインやアップセルを非対面で効率的に行い、人件費を抑える運用を実現しています。
Q6: 窓なし客室は、ホテルの清掃業務に影響しますか?
A: 窓清掃が不要になるというメリットはありますが、完全密閉空間であるため、換気設備(フィルター清掃など)のメンテナンスや、空気質の維持に関わる清掃プロトコルがより重要になります。
まとめ:ホテルの収益性を高める「引き算」の価値
ホテル経営の収益性を改善する上で、「足し算」(豪華な設備、過剰なサービス)による高単価化には限界があります。建設費の高騰が続く現在、Zedwellホテルが示した「窓をなくす」という戦略は、「引き算のホスピタリティ」の有効性を証明しています。
この戦略の核は、コストを削減すること自体ではなく、「ゲストが本当に必要としている価値」を極限まで研ぎ澄ますことです。Zedwellの場合、それは「究極の静寂と睡眠」でした。そして、その研ぎ澄まされた価値の周辺の運用を、デジタルテクノロジー(PMSなど)によって摩擦なく自動化することで、人件費と運営費を最適化しています。
日本のホテル経営者や開発担当者は、自社の物件の立地やターゲット層を再分析し、「私たちは何を捨てることで、何を究極まで高められるのか」という問いを立てることが、今後の競争力を決定する鍵となるでしょう。


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