なぜ直販比率が伸びない?ホテルを救うODI戦略とは?

宿泊ビジネス戦略とマーケティング
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  1. 高級ホテルが陥る「成長の幻想」:OTA依存を断ち切る次世代戦略「ODI」とは?
  2. 結論(先に要点だけ)
  3. なぜマーケティングが高度化しても「OTA依存」が解消されないのか?
    1. 「成長の幻想」とは何か?
    2. CRMやロイヤルティが「新規獲得」に機能しない構造
  4. OTAに「需要の所有権」を奪われるとはどういうことか?
    1. 1. ゲストアイデンティティの喪失
    2. 2. パーミッション(許諾)の制限
    3. 3. データアーキテクチャの分断
  5. 構造的な依存を断ち切る「Owned Demand Infrastructure (ODI)」とは?
    1. ODIの定義と従来の取り組みとの違い
    2. ODIはなぜ「インフラ」でなければならないのか?
  6. ODIを導入するためにホテル経営層が取るべき具体的な行動
    1. ステップ1:データガバナンスの再定義と所有権の明確化
    2. ステップ2:ゲスト体験設計における「摩擦除去」の徹底
      1. 現場運用におけるODIの具体例(データ活用)
    3. ステップ3:ROI評価基準の変更と専門人材の配置
  7. ODI導入の潜在的な課題と克服策
    1. 課題1:初期投資の大きさ
    2. 課題2:組織文化の変革への抵抗
    3. 課題3:プライバシー規制への対応
  8. まとめ:ホテル収益を安定させる「インフラ思考」への転換
  9. よくある質問(FAQ)
    1. Q1: Owned Demand Infrastructure(ODI)とCRMの違いは何ですか?
    2. Q2: ODIを構築するのに多額の費用がかかる場合、中小ホテルでも導入すべきですか?
    3. Q3: OTAとの関係は完全に切るべきですか?
    4. Q4: ODIを成功させるための鍵となる指標は何ですか?
    5. Q5: ホテル現場のスタッフはODIにどう関わりますか?

高級ホテルが陥る「成長の幻想」:OTA依存を断ち切る次世代戦略「ODI」とは?

高級ホテルやリゾートでは、マーケティング予算が増え、クリエイティブやCRMシステムも高度化しているにもかかわらず、「直販比率が伸びない」「顧客獲得コスト(CAC)が上昇し続けている」という構造的な課題に直面しています。これは、一時的なキャンペーンの失敗ではなく、ホテル業界が長年抱えてきた需要獲得の構造そのものに問題があるためです。

この記事では、高級ホテルがなぜ外部仲介業者(OTA)への依存を深めてしまうのか、そして、従来のCRMやロイヤルティプログラムといった施策が限界を迎えている理由を、米国のホスピタリティ専門誌の意見(2026年2月)に基づき深掘りします。さらに、この構造的な問題を解決し、長期的な収益安定化をもたらす次世代の経営インフラ「Owned Demand Infrastructure(ODI:オウンド・デマンド・インフラストラクチャー)」の全貌を解説します。

結論(先に要点だけ)

  • 高級ホテルマーケティングの成長停滞の真因は、キャンペーン最適化の限界需要の所有権をOTAに委ねている構造にある。
  • 従来のCRMやロイヤルティプログラムは「維持・変換」システムであり、新規顧客を継続的に獲得するための「獲得エンジン」としては機能しない。
  • OTA依存から脱却し、収益安定化を図るには、技術・組織・データガバナンスを統合した「Owned Demand Infrastructure(ODI)」の構築が必須となる。
  • ODIとは、ゲストのアイデンティティ、パーミッション(許諾)、ファーストパーティデータアーキテクチャを制度として組織内で所有・管理する仕組みである。

なぜマーケティングが高度化しても「OTA依存」が解消されないのか?

ホテル経営において、直販(Direct Booking)の重要性は常に強調されています。直販はOTA手数料を削減し、ゲストデータを直接獲得できるため、収益性を飛躍的に高めるからです。しかし、多くの高級ホテルが直販強化に力を注いでも、構造的なOTA依存から抜け出せていないのが現状です。

「成長の幻想」とは何か?

専門家の意見(2026年2月、Hospitality Net)によると、高級ホテルマーケティングが陥っているのは「成長の幻想(The Growth Illusion)」です。これは、「キャンペーンの最適化だけで成長を確保できる」という誤った信念に基づいています。

ホテルは毎年、より洗練されたクリエイティブを制作し、新しいSNSチャンネルに参入し、CRMプラットフォームに多額の投資を行います。見た目上、マーケティング活動は活発化していますが、その結果として生まれる成長は脆く、結局はOTAへの依存度が変わらない、という状況が続いています。

CRMやロイヤルティが「新規獲得」に機能しない構造

この問題の核心は、マーケティングツールの役割の誤解にあります。

CRM(顧客関係管理)プラットフォーム、メールマーケティングプログラム、ロイヤルティプログラムといったシステムは、非常に効果的な「維持・変換(Retention and Conversion)システム」です。これらは、一度関係性が築かれたゲストに対して、LTV(顧客生涯価値)を高め、リピートを促すために設計されています。

しかし、これらのシステムは、ブランド認知がない状態から新規顧客を獲得する「獲得エンジン(Acquisition Engine)」ではありません。新規顧客がOTA経由でしかブランドに触れられない環境下では、いくらCRMを強化しても、獲得段階で発生するOTA手数料やデータ喪失という構造的コストは解決できないのです。

ツールが「既存顧客への対応」に特化しているため、需要拡大という所有者(オーナー)の経営課題に対し、マーケティング部門が「実行の失敗」や「ツールの問題」として責任を負わされがちですが、実際は「自社で需要を所有するための仕組み」が存在しないことが根本原因です。

OTAに「需要の所有権」を奪われるとはどういうことか?

OTA依存の深刻な影響は、単に手数料が高いということだけではありません。より深刻なのは、ホテルが「ゲストとの関係性の所有権」を外部に委ねていることです。

1. ゲストアイデンティティの喪失

OTA経由の予約では、ホテル側が獲得できるゲスト情報は限定的です。OTAは独自の会員IDで顧客を管理し、ホテルはゲストが予約に至るまでの行動データや、OTA内での検索履歴、価格感応度といった重要な「アイデンティティ」情報を得ることができません。結果として、ホテルはゲストを深く理解できないまま、次回のマーケティング施策を外部データに依存せざるを得なくなります。

2. パーミッション(許諾)の制限

直販の場合、ゲストは予約時にホテルからの直接のコミュニケーション(メール、プロモーションなど)に対する許諾を与えることが一般的です。しかし、OTA経由では、そのコミュニケーションの許諾がOTA側で管理されることが多く、ホテルが直接的な関係を構築する機会を大きく制限されます。これは、ホテルがマーケティングを通じて独自に需要を喚起する能力を低下させます。

3. データアーキテクチャの分断

キャンペーンごとに異なるチャネル(SNS広告、検索広告など)から集客し、そのデータをCRMやPMS(プロパティマネジメントシステム)に繋げようとしても、データ形式や管理構造がバラバラなため、一貫したゲスト体験設計が困難になります。データが断片化していると、ゲストのLTVを正確に測ることもできず、キャンペーンの真のROI(投資対効果)評価が難しくなります。

この状況を打破するには、個別のキャンペーン戦略ではなく、ゲストとの関係性を「インフラ」として組織内部に組み込む構造改革が必要となります。

構造的な依存を断ち切る「Owned Demand Infrastructure (ODI)」とは?

OTA依存を構造的に解消するために専門家が提唱するのが、「Owned Demand Infrastructure(ODI:オウンド・デマンド・インフラストラクチャー)」です。これは、単なる新しいマーケティングツールやキャンペーンではなく、収益管理(RM)やブランド管理と同様に、組織の制度として確立されるべき経営層の戦略レイヤーです。

ODIの定義と従来の取り組みとの違い

ODIは、需要を「レンタル」するのではなく、「所有」するための構造システムであり、以下の3つの要素を中核とします。

要素 定義 ホテルにおける具体的な意味
ゲストアイデンティティの所有 ゲストが誰であるかを自社のシステムで一元的に管理する構造。 OTA経由の顧客も含む全てのゲストデータを統合し、予約チャネルに左右されない単一の顧客プロファイルを作成する。
パーミッション(許諾)の所有 ゲストとの直接的なコミュニケーションの権利を自社で確実に得る仕組み。 予約フローやチェックインプロセスで、明確な特典(割引、アップグレード)と引き換えに、パーソナライズされたプロモーション許諾を取得する。
ファーストパーティデータアーキテクチャ 自社で収集したデータを構造化し、マーケティング、販売、運営部門が連携して利用できる基盤。 PMS、CRM、ウェブサイト、アプリ、現場オペレーションデータをリアルタイムで連携させ、シームレスな体験設計に活かす。

ODIは、キャンペーン実行やクリエイティブの質の向上といった「戦術」ではなく、需要獲得のための「制度」として機能します。これは、ホテル運営におけるシステム戦略とも深く関連します。例えば、旧来のPMS(プロパティマネジメントシステム)が持つデータ分断の課題は、統合された「ホテルOS」への移行によって解決されつつあります。このようなOSの導入は、ODIを構築するための技術的基盤となります。(ご興味のある方は、「ホテルPMSはもう古い?Mews25億ドルが示すOSへの移行判断基準」もご参照ください。)

ODIはなぜ「インフラ」でなければならないのか?

ODIが「インフラ」として重要視されるのは、以下の理由からです。

  1. 部門横断的な連携を保証する: 従来のマーケティング活動はマーケティング部門内で完結しがちでしたが、ODIはゲストデータの収集、管理、利用が、フロント、F&B、収益管理といった全ての部門で標準化されることを意味します。
  2. 持続的な経済的レバレッジを生む: 一度ODIが構築されれば、個々のキャンペーンの成功・失敗に関わらず、自社資産としての需要獲得能力が組織に定着します。これにより、外部環境の変化や広告費の高騰に強い収益構造が生まれます。
  3. 測定基準の永続性: ODIは、短期的な予約数ではなく、ゲストアイデンティティの獲得数、パーミッション率、そしてLTVの増加といった、長期的な価値指標を追跡する仕組みを制度化します。

ODIを導入するためにホテル経営層が取るべき具体的な行動

ODIの構築は、技術導入だけでなく、組織体制や文化の変革を伴います。特に高級ホテルがODIを導入し、OTA依存を低減させるために取るべき具体的なステップを解説します。

ステップ1:データガバナンスの再定義と所有権の明確化

最初にすべきは、「誰がゲストデータを所有し、どのように利用するか」というルール(ガバナンス)を経営層主導で再定義することです。マーケティング部門だけでなく、IT、運営、法務が連携し、以下の項目を明確にします。

  • 全ての予約経路における統一IDの作成: ゲストがOTA経由であっても、チェックイン時などに収集する情報(メールアドレス、ロイヤルティIDなど)をキーにして、既存のCRMデータと紐付けられる仕組みを設計します。
  • パーミッション取得の標準プロセス化: 予約完了後のサンクスメール、チェックインアプリ、現場のタブレットなど、タッチポイントごとに、パーミッション取得を促す動機付け(例:次回の特別なオファー、F&Bの割引など)と手順を標準化します。

ステップ2:ゲスト体験設計における「摩擦除去」の徹底

ゲストが直販を選ぶ最大の動機は「利便性」と「特別な体験」です。ODIを成功させるには、直販体験における「認知負荷」(手間、不安、複雑さ)を徹底的に除去する必要があります。

例えば、直販予約者限定で、モバイルチェックイン時に部屋のIoT設定(照明、温度)やレストラン予約が完了する、といったシームレスな体験を提供します。これにより、ゲストは手間を省きながら、ホテルとの直接的な関係を「価値があるもの」と認識します。

現場運用におけるODIの具体例(データ活用)

ODIによって収集されたファーストパーティデータは、現場のオペレーションに劇的な改善をもたらします。

  • パーソナライズされたアメニティ: 過去の滞在履歴やSNS連携データから、特定のゲストが好む枕や飲み物、新聞などを事前に部屋に準備する。
  • スタッフの行動変容: フロントスタッフのタブレットに、ゲストの「趣味」や「滞在目的」といったODIからの洞察を表示し、単なる事務的な対応ではなく、会話のきっかけを提供する。

ステップ3:ROI評価基準の変更と専門人材の配置

マーケティング部門の評価を、従来の「広告のクリック率(CTR)」や「短期的な予約数」から、「アイデンティティ獲得数」と「LTV増加率」へシフトさせます。

また、ODIの構築と運用は高度なデータスキルを要するため、従来のマーケターとは異なる専門職(データアーキテクト、データガバナンス責任者など)を配置する必要があります。彼らは、キャンペーン実行ではなく、「構造」と「制度」の維持・改善に責任を持ちます。

ODI導入の潜在的な課題と克服策

ODIは強力な戦略ですが、導入には大きな投資と、組織的な抵抗が伴う可能性があります。導入前に考慮すべき課題とその克服策を理解しておくことが重要です。

課題1:初期投資の大きさ

ODIは、既存のCRMやPMSを統合し、新しいデータウェアハウスを構築する必要があるため、初期の技術投資やコンサルティング費用が大きくなります。

  • 克服策: 段階的な導入計画を設定し、まずは最もデータ連携が進んでいない、しかし収益インパクトが大きい部門(例:F&BのPOSデータとPMSの統合)から着手する。投資の回収期間(ROI)を短期的なCAC削減ではなく、長期的なLTV増加とOTA依存度低下率で評価し、経営層の理解を得る。

課題2:組織文化の変革への抵抗

データ所有権や利用方法が変わると、部門間の縄張り意識や既存の業務フローへの抵抗が起こりやすくなります。特に、長年外部委託に頼ってきたマーケティング部門内でのスキルセットの入れ替えも必要です。

  • 克服策: 経営層が「需要の所有権はホテルの長期的な収益性の鍵である」というメッセージを繰り返し発信し、ODIを最優先事項とする。また、部門横断的なODI運用チームを立ち上げ、成功事例を共有することで、組織全体の賛同を得る。

課題3:プライバシー規制への対応

ファーストパーティデータを活用するということは、個人情報保護規制(GDPR、CCPAなど、日本国内の改正個人情報保護法含む)への遵守がより厳格に求められます。データ管理を怠ると、信頼失墜や法的な罰則につながるリスクがあります。

  • 克服策: データガバナンス構築の際に、法務部門を必ず巻き込み、データの収集、保管、利用の各段階で法的要件を満たしているかを確認する。パーミッション取得プロセスを透明化し、ゲストに安心感を与えることが信頼性向上に直結します。

まとめ:ホテル収益を安定させる「インフラ思考」への転換

高級ホテルが持続的な成長と収益性を実現するためには、単に広告予算を増やしたり、最新のCRMツールを導入したりする「戦術的アプローチ」から脱却する必要があります。

重要なのは、収益管理システム(RMS)や施設保全システムと同様に、需要獲得の構造そのものを「Owned Demand Infrastructure(ODI)」として組織のインフラに組み込むことです。これにより、ホテルは変動する外部環境(OTAの戦略変更や広告費の高騰)の影響を受けにくい、自律的な収益エンジンを手に入れることができます。

ODIは、ゲストアイデンティティを所有し、ファーストパーティデータを活用して、OTAでは提供できない圧倒的な価値をゲストに提供するための基盤です。この構造改革こそが、2026年以降の高級ホテル業界の競争力を決定づけるでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q1: Owned Demand Infrastructure(ODI)とCRMの違いは何ですか?

A: CRMは「ゲストとの関係を維持・強化」するためのシステムであり、主にリピーターや既存顧客への対応に使われます。対してODIは、「新規需要を自社で獲得し、そのアイデンティティとデータを所有する」ための組織的・技術的な構造インフラ全体を指します。CRMはODIの一部として機能しますが、ODIはより広範なデータガバナンスと獲得戦略を含みます。

Q2: ODIを構築するのに多額の費用がかかる場合、中小ホテルでも導入すべきですか?

A: はい。中小ホテルこそ、OTA手数料が経営を圧迫しやすい傾向にあるため、ODI的な発想が必要です。フルスペックのシステム導入が難しくても、まずは「ゲストに確実に直販のメリットを感じてもらい、メールやSNSでの直接連絡の許諾を得る」ための現場オペレーションとデータ収集のルールを確立することが、ODI構築の第一歩となります。

Q3: OTAとの関係は完全に切るべきですか?

A: いいえ。OTAは強力な「露出チャネル」として初期認知や新しい市場へのアクセスを提供します。ODIの目的はOTAを排除することではなく、「依存度を下げる」ことです。OTAを経由して初めてブランドを知ったゲストを、2回目以降の予約では直販ルートに引き込むための仕組み(パーミッション取得とLTV向上)を構築することが重要です。

Q4: ODIを成功させるための鍵となる指標は何ですか?

A: 従来の指標(RevPAR、OCCなど)に加え、以下の長期指標を重視すべきです。

  • アイデンティティ獲得率: 総ゲスト数に対し、自社システムで一意のIDとプロファイルが紐付いたゲストの割合。
  • パーミッション取得率: 収集したアイデンティティに対し、直接プロモーションの許諾を得られた割合。
  • 直販顧客のLTV (顧客生涯価値): 直販顧客が将来にわたってもたらす総収益の予測値。

Q5: ホテル現場のスタッフはODIにどう関わりますか?

A: 現場スタッフは「データの収集者」として極めて重要です。チェックイン時やゲストとの会話の中で、個人の興味関心や滞在目的といった「ソフトデータ」を収集し、システムにインプットする役割を担います。ODIは、現場スタッフの努力が長期的な収益向上に直結する仕組みを提供するものです。

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