ホテル価格10倍はなぜ?収益最大化よりブランドを守るRMの鉄則

ホテル業界のトレンド
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はじめに

世界的な巨大イベントやコンサートが開催される際、開催地のホテル料金が異常に高騰し、予約サイトで通常の何倍もの価格が表示される現象が起きます。特に韓国・釜山でBTSのワールドツアー開催が発表された際、一部の宿泊施設で料金が10倍に跳ね上がり、ついには大統領が「悪質な横暴」として警告する事態に発展しました。

なぜ需要が高まると、ホテルはそこまで極端な価格を設定するのでしょうか。そして、この「サージプライシング(変動料金制)」は、本当にホテルの収益最大化という目的に沿った戦略なのでしょうか。

この記事では、ホテル業界の価格設定の中核をなす「レベニューマネジメント(RM)」の仕組みを解説し、極端な価格高騰がもたらす短期・長期的な経営リスクと、ブランド信頼を守るための適正な価格設定基準について、ホテル経営者・運営責任者向けに深掘りして解説します。

結論(先に要点だけ)

  • イベント時の極端な価格高騰(例:10倍)は、短期的な売上増に貢献しても、長期的にはホテルや地域のブランドイメージ、顧客ロイヤリティを著しく毀損します。
  • 韓国・釜山での事例では、価格高騰が社会的・政治的問題となり、政府による規制や介入のリスクを明確に示しました。(出典:Kstyle/スポニチアネックス)
  • レベニューマネジメント(RM)システムは需要に応じて価格を自動調整しますが、ブランド信頼と倫理的観点から、価格の上限設定(シーリング)と人による戦略的な調整が不可欠です。
  • ホテル経営者が優先すべきは、利益追求だけでなく、「透明性」「公平性」「地域共存」の3つの要素を価格戦略に組み込むことです。

なぜイベント時に宿泊料金が異常に高騰するのか?(RM機能の暴走)

ホテルがイベント時に料金を大幅に引き上げる背景には、現代のホテル経営の根幹である「レベニューマネジメント(Revenue Management, RM)」の仕組みがあります。

RMとは何か?

RMとは、客室という「在庫(供給量が固定された商品)」を、需要予測に基づき「適切な顧客」に「適切なタイミング」で「適切な価格」で販売し、収益の最大化を図る手法です。RMシステムは、過去の予約データ、競合の価格、イベント情報などをAIやアルゴリズムで分析し、リアルタイムで価格を変動させます(ダイナミックプライシング)。

大規模なイベントが開催されると、その地域の宿泊需要は一時的に急増します。この時、RMシステムは自動的に高需要を検知し、在庫が枯渇する前に価格を最大限に引き上げるよう作動します。これがイベント時に宿泊料金が通常時の数倍になる主なメカニズムです。

需要予測と価格弾力性の適用

特定のイベント(例:ワールドツアー、オリンピック)の来場者は、その宿泊機会を失うことのコスト(イベントに参加できないこと)が高いため、価格弾力性が低くなります。つまり、多少価格が高くても予約する傾向が強いため、システムは「価格を上げても売れる」と判断し、極端な高値を提示します。

釜山での事例で見られた10倍もの価格高騰は、市場原理としては「極限まで需要が供給を上回った」結果と言えます。しかし、これが社会的な批判を浴びたのは、その価格設定が「市場原理の範疇を超えた収奪的行為」と見なされたからです。

大統領まで動いた「悪質な横暴」批判の理由

価格設定が成功しても、それが社会や顧客の信頼を損ねた場合、長期的な損失は計り知れません。韓国の事例が示唆するのは、ホテルRMが超えてはいけない「倫理的な一線」の存在です。

1. 「価格の公平性」の破壊

顧客が高騰した価格に対して感じる不満は、単に「高い」という感情だけではありません。普段から利用している一般の旅行客やビジネス客と比べて、自分たちが「巨大イベントの恩恵に預かる業者に搾取されている」と感じる点にあります。これが「ぼったくり」という感情に直結します。

ホテルは地域社会のインフラの一部であり、特にイベントは地域振興のためのものです。イベント客を一時的な「金づる」と見なす価格設定は、地域共存の理念を破壊し、ホテルブランドに対する不信感を生みます。

2. 政治的介入のリスク

今回の釜山の事例のように、価格高騰が社会問題化し、政治的な批判(大統領による「悪質な横暴」という表現)を招くと、ホテル業界全体に規制が課されるリスクが高まります。(出典:BTSワールドツアー関連報道)

もし自治体や国が宿泊料金に上限を設けるなどの規制に乗り出せば、ホテル側が本来持つべきRMの自由度や、イベントによる収益機会そのものを失うことにつながりかねません。これは、ホテル業界が最も避けたい事態です。

3. 長期的なブランドイメージの毀損

イベント時の高価格設定は、SNSや口コミを通じて瞬時に拡散されます。これにより、その地域全体や特定のホテルグループに対して「観光客を歓迎していない」「貪欲である」というネガティブなイメージが定着します。

イベントが終了し、需要が落ち着いた後でも、この悪評は残り続けます。結果として、リピーターの減少や、普段の集客にも悪影響を及ぼし、短期的に得た利益を遥かに上回るブランド価値の損失を被ります。

ホテル経営者が今すぐ見直すべきRMと倫理的判断基準

収益を追求しつつ、ブランドを守るためには、RMシステムに「倫理的なガードレール」を組み込む必要があります。

RM戦略における価格上限(シーリング)の設定

最新のRMシステムは極めて高性能ですが、最終的な価格決定においては、人間の判断や設定が不可欠です。ホテル経営者やレベニューマネージャーは、以下の基準に基づき、機械任せにしない「価格の上限(シーリング)」を明確に設定すべきです。

要素 判断基準 設定すべき上限の目安
ブランド保護ライン 通常時のRack Rate(定価)に対して、顧客が「許容できる」と感じる上限。これを超えると「ぼったくり」と感じる水準。 通常ADRの200%〜300%が限界点(※地域差あり)。500%(5倍)を超える設定は非常に危険。
競合との差別化 競合ホテルが設定している最高値。これを大幅に超えると、悪評の標的になりやすい。 主要競合3社の平均上限値の110%以内に留める。
地域共存責任 市民や関係者、そして他の観光事業者が適正と考える価格帯。 自治体や観光協会と非公式に協調し、上限に関する合意ラインを設けることも有効。
顧客ロイヤリティ保護 既存会員やリピーター向けに、イベント時でも最低限確保すべき優遇価格。 一般価格から一定の割引(例:10%~15%)を保証する部屋数を確保する。

極端な価格高騰を避けるためには、RMシステムの設定を調整し、「最大価格上昇率」を通常時の2~3倍程度に抑えることが実務的な対策となります。この上限値の設定こそが、経営者の「倫理観」をシステムに反映させる唯一の方法です。

価格戦略を「透明性」で強化する

高騰した価格を設定せざるを得ない場合でも、その理由の透明性を高めることで、顧客の不満を和らげることは可能です。

例えば、予約プラットフォーム上や公式ウェブサイトで、「この期間はXXイベントによる異常な需要集中が予測されます。通常価格より大幅に高くなっていますが、イベント運営に伴う追加コストやサービス維持のためです」といった説明を明確に記載します。

また、価格だけではなく、高価格に見合うサービスや体験を同時に提供することも重要です。イベント専用の優待サービスや送迎、特別なアメニティなど、顧客が「支払った金額に対して、それ以上の価値があった」と感じられる施策を講じる必要があります。

現場オペレーションへの影響と対策

価格が異常に高騰すると、現場のスタッフにも大きな負荷がかかります。高額を支払った顧客は、当然ながら高いサービス品質を期待するため、接客や清掃のミスに対する許容度が極端に低くなります。

この期間、現場スタッフはストレスを抱えやすく、離職率の増加につながる可能性もあります。この問題に対応するためには、人手不足対策として、テクノロジーによる業務効率化(RPA導入など)を進めるとともに、現場の士気を高めるための明確なインセンティブ設計や休息期間の確保が欠かせません。

(参考記事:なぜ善意のホテル対応がSNSで炎上した?キャンセル料の公平性とは?

競争優位性を生む「賢明なレベニューマネジメント」とは

極端な価格設定で一時的に稼ぐホテルと、ブランドを確立して長期的に収益を伸ばすホテルの間には、価格設定の哲学に明確な違いがあります。

短期的な価格設定 VS 長期的なLTV(顧客生涯価値)

巨大イベント時の高騰価格で宿泊した顧客の多くは、価格への不満が残れば、二度とそのホテルや地域を訪れない可能性があります。彼らのLTV(顧客生涯価値)はゼロに近くなります。

一方、適正な価格設定(市場原理に基づいて上昇させつつも、倫理的な上限を守る)を行い、顧客体験を最大化できた場合、そのイベント客は将来的にビジネスやプライベートで再訪する可能性が高まり、結果としてLTVが最大化されます。

地域経済への貢献としての価格戦略

ホテル経営は、単なる宿泊業ではなく、地域経済を支える柱の一つです。価格高騰によってイベント客が宿泊を諦め、周辺の飲食店や観光施設への消費が抑制されてしまっては、地域経済全体の恩恵も半減します。

賢明なRMは、ホテルの利益だけでなく、地域全体への経済効果を最大化するために、価格を戦略的にコントロールします。価格をわずかに抑えることで、顧客に余剰資金を生み出し、それを地域での消費に回してもらうという視点も重要です。

よくある質問(FAQ)

Q1. レベニューマネジメント(RM)システムは、なぜ価格を自動で10倍にもしてしまうのですか?

A. RMシステムは、設定されたアルゴリズムに基づき、需要と供給のバランス、競合価格、残り在庫数から、理論上の最大収益を得られる価格を提示します。巨大イベントなどで需要が急激に跳ね上がると、「いくら高くしても売れる」という判断が働き、倫理的な上限がない場合、価格が異常な水準まで自動で上昇してしまいます。

Q2. ホテルの「ぼったくり」対策として、行政が価格規制を導入することは可能ですか?

A. 理論上は可能です。実際に韓国の事例では大統領が警告を発しており、社会的な批判が高まれば、景品表示法や公正取引の観点から行政指導が入ったり、特定期間の宿泊料金に上限を設定する条例が制定される可能性はあります。価格の自由は経営の根幹ですが、公序良俗に反すると見なされれば、介入は避けられません。

Q3. 価格高騰を避けて安く設定すると、ホテルの収益は減りませんか?

A. 短期的な売上(RevPAR)は減るかもしれませんが、ブランド価値の向上、顧客ロイヤリティの確立、政治的リスクの回避、そして長期的なLTV(顧客生涯価値)を最大化することで、結果的に持続可能で安定した収益構造を築くことができます。価格高騰による悪評でキャンセルや訴訟リスクが生じるコストと比較すれば、適正価格設定の方が賢明な投資です。

Q4. イベント料金の上限はどのように決めれば良いですか?

A. 明確な公式ルールはありませんが、経営判断として「通常ADR(平均客室単価)の200%~300%」を目安に設定することが推奨されます。これを超えた価格は、顧客に「不当に高い」と感じさせやすい水準です。また、重要なのは、その価格で提供する付加価値を明確にすることです。

Q5. 予約サイト(OTA)経由の予約と公式予約で価格に差をつけるべきですか?

A. 公式サイト予約者には、OTA経由の価格とは別に、最も良いレートや特典を提供し、ロイヤリティを報いるべきです。イベント時のような高需要期こそ、直接予約を優遇することで、将来的な顧客囲い込みにつながります。

まとめ:RMに「倫理」を注入し、ブランド信頼を守れ

BTSワールドツアー時の釜山のホテル価格高騰事例は、レベニューマネジメントの持つ力と、その負の側面を浮き彫りにしました。RMシステムは利益最大化のための強力なツールですが、倫理的観点やブランド保護の視点を持たないまま運用すると、社会的な信頼を失い、最終的にホテル経営そのものを危機に晒します。

ホテル経営者が取るべき次のアクションは、単に価格を追うのではなく、システムに人為的な上限(シーリング)を設け、価格設定の「透明性」と「公平性」を重視することです。これにより、イベント需要という短期的な利益を安全に享受しつつ、顧客と地域からの信頼という、何物にも代えがたい長期的な資産を守ることができます。

価格戦略は、単なる数字合わせではなく、ホテルが社会に対してどのような価値を提供するのかを表明する「哲学」そのものです。この哲学がブランドの信頼を決定し、持続的な成長を可能にするのです。

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