はじめに
ホテル業界における開発投資は、常に新しい市場ニーズや不動産コストの変動に左右されます。近年、特にアメリカの都市部で注目されているのが、新築ホテル開発ではなく、既存の集合住宅(アパートメントビル)をホテルに転用する戦略です。
この動きを象徴するのが、Oliver Hospitality社がテネシー州ナッシュビルのアパートメントビルを、フルキッチンや洗濯機を備えた61ユニットの長期滞在型ホテル「The Nashville Reserve」として開業させた事例です(出典:公式発表)。
本記事では、なぜホテル事業者や投資家が今、既存のアパートメント転用を加速させているのか、その背景にある不動産市場の構造変化と、長期滞在型ホテルが持つ「不況に強い」収益構造を、現場の運営課題も含めて徹底的に解説します。この戦略が、将来のホテル開発投資において、決定版となる理由を掘り下げます。
結論(先に要点だけ)
- 既存アパートメントビルをホテルに転用する動きが加速しているのは、新築よりも低コスト・短期間で開業できるため、投資効率が高いからです。
- 転用先の主流は「長期滞在型(Extended Stay)」であり、これは不況下でも安定した高い稼働率と低い変動費率を維持できる、収益性の高い資産です。
- 転用成功の鍵は、アパートメント仕様の客室(フルキッチン、洗濯機)をホテルのサービス基準で運用し、長期・短期の顧客体験を統合するシステム(PMS/RMS)にあります。
- ホテル開発者は、空室率が高まりつつある都市部のアパートメントビルを、安定収益を生む新たな宿泊施設カテゴリーとして捉え直す必要があります。
なぜ今、アパートメントをホテルに転用する動きが加速しているのか?
集合住宅をホテルに転用する戦略は、単なる不動産の再利用を超えた、現代のホテル業界が直面する構造的な課題に対する解決策として浮上しています。
不動産市場の構造変化:アパート投資の収益性とホテルへの転換
近年、特にアメリカの大都市圏では、集合住宅(アパートメント)の供給過剰や金利上昇に伴う投資コスト増大により、アパートメントビルの収益性が低下するケースが見られます。一方で、ホテルのRevPAR(販売可能客室数当たり売上)は、インバウンド需要の回復や国内旅行の増加により、堅調に推移しています。
この市場の歪みを突くのが、アパートメント転用戦略です。新築でホテルを建設する場合、土地取得、設計、建築に膨大な時間とコストがかかりますが、既存のビルを転用すれば、内装の改修とシステム導入だけで済むため、開業までの期間を大幅に短縮し、開発費用を抑えることができます。
Oliver Hospitality社の事例では、元々アパートメントとして設計された空間(フルキッチン、洗濯機付き)をそのまま活用しており、これはホテル客室として見ると、特に長期滞在客にとって魅力的な付加価値となります。つまり、低コストで高付加価値な客室を提供できるわけです。
不況に強い「長期滞在型」が提供する安定収益構造とは?
転用先として「長期滞在型ホテル(Extended Stay Hotel)」が選ばれるのには、経済的な合理性があります。長期滞在型ホテルは、従来の短期滞在型ホテルと比較して、以下のようなメリットがあり、不況に強いとされています。
| 要素 | 長期滞在型ホテル(転用モデル) | 短期滞在型ホテル(従来型) |
|---|---|---|
| 変動費率 | 低い(清掃頻度、リネン交換が少ない) | 高い(毎日清掃が基本) |
| 予約経路 | 企業の長期契約や直予約が多い | OTAや変動の大きい観光客予約が多い |
| 平均滞在期間 | 数週間〜数ヶ月 | 1〜3泊 |
| 労働力集約度 | 低い(スタッフ人数を抑えやすい) | 高い(フロント・清掃・F&B人員が必要) |
| 稼働率の安定性 | 高い(契約ベースの滞在が多い) | 市場環境に大きく左右される |
特に、清掃・リネン交換の頻度が低くなることは、現在業界全体が抱える深刻な人手不足と育成コストの問題(出典:長期滞在ホテルはなぜ不況に強い?投資家を惹きつける高収益の秘密)の解決にも直結します。清掃コストの劇的な削減は、ホテル資産のEBITDA(税引前利益)を押し上げる重要な要因となります。
【事例解説】ナッシュビル・リザーブが示す転用成功のポイント
Oliver Hospitalityによる「The Nashville Reserve」の転用事例は、この戦略の具体的な成功要素を示しています。
既存のインフラを最大限に活用する戦略
この施設は元々連邦準備銀行として使用された後、アパートメントビルとして活用されていました。Oliver Hospitalityは、建物が持つ歴史的要素(金庫室など)を会議室として残しつつ、アパートメント時代に導入されていたフルキッチンや洗濯乾燥機といった居住に必要なインフラをそのまま客室設備として提供しました。
これにより、ホテルとしての魅力と、アパートメントとしての実用性の両方を兼ね備えることが可能になりました。特に、ナッシュビルのようにビジネスとエンターテイメントの両方で需要が高い都市では、中期滞在する企業駐在員や、家族旅行で自炊を求める層に対して強い競争力を持ちます。
長期滞在と短期滞在のハイブリッド運営
The Nashville Reserveは、スタジオタイプから2ベッドルームまで多様なユニットを提供しており、短期宿泊客(数泊)と長期滞在客(数週間以上)の両方を受け入れています。このハイブリッドな運営形態を実現するためには、レベニューマネジメント(RM)戦略と運営オペレーションの調整が極めて重要になります。
- RM戦略:長期滞在客には安定した割引レートを提供し、ベースとなる稼働率を確保します。短期滞在客にはダイナミックプライシングを適用し、ピーク需要時の収益を最大化します。
- ユニット管理:アパートメントの賃貸管理システムとホテルのPMS(プロパティマネジメントシステム)を連携させ、どちらの用途で利用されているかをリアルタイムで把握する必要があります。
アパートメント転用ホテルが克服すべき「運営上の課題」とは?
アパートメント転用は収益面で魅力的ですが、ホテル運営としては特有の課題を抱えます。これらは、単なる「居住」と「宿泊」の違いによる摩擦点です。
ユニットごとの収益管理(RM)をどう最適化するか
従来のホテル客室は均一なため、RMの計算は比較的容易でした。しかし、アパートメント転用モデルでは、スタジオ、1BR、2BR、さらに広さや眺望が異なる多数のユニットタイプが存在します。
RM担当者は、単にRevPARを追うだけでなく、ユニットタイプごとの清掃コスト、消耗品の消費率、滞在期間に応じた収益貢献度を詳細に分析する必要があります。特にフルキッチンや洗濯機といった高価な設備が付属しているため、設備投資回収率も考慮した複雑な価格設定が求められます。
運営現場:清掃・メンテナンス業務の標準化の壁
アパートメント仕様の客室は、通常のホテル客室よりも広く、設備が多岐にわたります。これにより、清掃スタッフは以下のような調整を強いられます。
- 清掃の複雑性:フルキッチン、食器、調理器具の清掃・補充が加わるため、清掃チェックリストが長大化します。
- 定期メンテナンス:洗濯機や大型冷蔵庫といった家電の故障対応や、長期滞在客が滞在中に発生させる細かな修繕要求への迅速な対応体制が必要です。
- アメニティ供給:短期滞在者向けの使い捨てアメニティと、長期滞在者向けの大容量ボトルや清掃用品の在庫管理を分けなければなりません。
現場スタッフの負担を軽減し、オペレーション効率を維持するためには、デジタルツールを用いたタスク管理の徹底と、専門的なメンテナンスチームとの連携(または外部委託)の仕組み化が不可欠となります。
長期滞在型ホテル事業に参入すべきか?オーナーが取るべき判断基準
既存不動産のオーナーが、アパートメントを長期滞在型ホテルへ転用すべきかを判断するための具体的な基準を提示します。
判断基準1:対象不動産の「立地」と「法規制」
立地がビジネス街や病院、大学などの長期的な需要源に近いことが大前提です。しかし、最も重要なのは、宿泊施設としての許認可が取れるかどうかです。アパートメントとして建てられたビルをホテルとして利用するには、建築基準法、消防法、旅館業法(または特区民泊などの条例)に基づいた大規模な改修が必要となる場合があります。
特に、賃貸住宅と宿泊施設では、避難経路の確保や消防設備に関する要求事項が大きく異なるため、転用計画の初期段階で専門の設計士や行政書士に確認し、改修費用が転用による収益増に見合うかを厳密に試算しなければなりません。
判断基準2:技術的負債を抱えたシステムの統合性
転用後の長期滞在型ホテルの成功は、システムによって左右されます。アパートメント運営では使われていなかった高度なRM、チャネル管理(CMS)、そしてゲストコミュニケーションツール(GMP)の統合が必須です。
特に、アパートからホテルへの転用では、既存の賃貸管理システムからホテルのオペレーションシステムへのデータ移行や連携がスムーズに行えるかを確認すべきです。バラバラのシステムを利用していると、現場の事務作業が増え、せっかく転用で削減したはずの人件費が再び増加する「技術的負債」となるリスクがあります(出典:技術的負債は収益を蝕む!ホテル資産価値を高める統合投資とは?)。
判断基準3:サービスの「脱属人化」と収益の多角化
長期滞在型ホテルは、スタッフとゲストの接触頻度が低い傾向にあるため、少ない人員で高いサービス品質を維持するには、スタッフ個人の能力に依存しない「仕組み化」が重要です。
例えば、ゲストとのコミュニケーションをチャットボットやアプリで自動化し(セルフサービス化)、スタッフはトラブル対応や特別なリクエストに集中できる体制を構築します。また、The Nashville Reserveのように、ミーティングスペース(旧金庫室)を外部にも提供することで、宿泊以外の収益源を確保する多角化戦略も有効です。
この「仕組み化」を進めることで、スタッフが入れ替わってもサービス品質が低下しない、安定した運営モデルが確立します。これは、ホテル資産価値の持続的な向上に直結します。
よくある質問(FAQ)
長期滞在型ホテルとアパートメントの違いは何ですか?
法的な違いは、主に「旅館業法」の適用を受けるかどうかです。長期滞在型ホテルは旅館業法の適用を受け、宿泊者名簿の作成義務などが発生します。客室設備は似ていますが、ホテルは短期滞在客向けのサービス(フロント、清掃サービスなど)が提供される点が異なります。アパートメントは基本的に賃貸借契約に基づき、生活の拠点を提供します。
アパートメントをホテルに転用する最大のメリットは?
最大のメリットは、高い投資効率です。新築開発に比べて工期が短く、初期投資費用を抑えられます。さらに、長期滞在需要を取り込むことで、市場変動に強い安定した収益基盤を確立できます。
転用にかかる具体的な費用はどれくらいですか?
費用は、改修の規模や元の建物の状態、法規制対応の必要性によって大きく異なります。内装の入れ替えやシステム導入は比較的低コストで済みますが、消防設備やバリアフリー対応など、構造的な変更が必要な場合は、高額な費用と時間がかかる可能性があります。
長期滞在型ホテルでの清掃頻度はどうなりますか?
ホテルによりますが、短期滞在型のように毎日の清掃は行いません。一般的には、週に1回程度のフル清掃や、リネン交換のみを数日おきに行うのが主流です。これにより、人件費と消耗品費を大幅に削減できます。
アパートメント転用型の客層はどのような人たちですか?
客層は主に、企業の長期出張者、赴任前の仮住まい利用者、大学の研究者、特定のプロジェクトで滞在する技術者、そして家族連れの長期旅行者(特にワーケーション利用者)などです。
アパート転用にはどんなシステムが必要ですか?
賃貸管理機能とホテルのレベニューマネジメント(RM)機能が統合されたPMS(プロパティマネジメントシステム)が必須です。さらに、キーレスエントリーシステム、ゲストとのコミュニケーションをデジタル化するGMP(ゲストマネジメントプラットフォーム)も重要です。
まとめ:長期滞在型への転換は「安定成長」への投資
既存のアパートメントビルを長期滞在型ホテルに転用する戦略は、2026年以降のホテル開発における重要なトレンドの一つです。
これは、単に不動産をリサイクルするだけでなく、需要変動が激しい市場において、安定した収益を生み出す「不況に強い資産」を確立するための投資戦略です。
ホテル事業者がこの流れを掴むためには、単なる「箱」の転用ではなく、アパートメントの居住性とホテルのホスピタリティを両立させるためのシステムと運営体制の構築が不可欠です。特に、ユニットごとの複雑な収益管理を可能にするRM戦略、そして効率と品質を担保する現場オペレーションのデジタル化こそが、転用成功の鍵を握ります。


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