なぜホテルD&SはF&B出身者が求められる?複合収益戦略の鍵とは

宿泊ビジネス戦略とマーケティング
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  1. はじめに
  2. 結論(先に要点だけ)
  3. ホテルD&S(セールス&マーケティング責任者)の役割はどのように変わったか?
    1. 従来の「客室販売中心」から「複合収益の統合管理」へ
    2. なぜF&B/コンベンション経験者がD&Sに求められるのか
      1. 1. MICE/グループ顧客のLTV(顧客生涯価値)管理能力
      2. 2. 独立系ホテルにおける収益源の多様化
  4. D&Sが実践すべき「複合商業戦略」の具体策
    1. 戦略1:Total RevPARを最大化する在庫配分(スペース・アセットの最適化)
      1. D&Sに求められる判断基準
    2. 戦略2:グループ顧客(MICE)に特化したCRM運用
    3. 戦略3:F&B部門のプロフィットセンター化支援
  5. 複合商業戦略を阻む「部門間の壁」とDXの課題
    1. 課題1:データとシステムの断片化
    2. 課題2:部門責任者の評価基準のミスマッチ
    3. 現場運用における「認知負荷」の解消
  6. 読者が取るべき判断基準:D&S戦略のチェックリスト
  7. よくある質問(FAQ)
    1. Q1: D&Sの「D」は何の略ですか?
    2. Q2: セールスとマーケティングは具体的にどう違うのですか?
    3. Q3: ホテル業界においてTotal RevPARとは何ですか?
    4. Q4: 独立系ホテルでD&Sの役割が特に重要になるのはなぜですか?
    5. Q5: D&Sを目指すキャリアパスとして、F&B経験は有利になりますか?
    6. Q6: D&Sはレベニューマネジメント(RM)とどのように連携しますか?
  8. まとめ:D&Sが牽引する「収益の多角化」

はじめに

観光需要が回復し、ホテルの客室単価(ADR)が上昇する一方で、人件費や運営コストの高騰により、ホテル経営は依然として厳しい局面にあります。このような環境下で収益を最大化するには、客室販売(RevPAR)だけに頼るのではなく、レストラン、宴会場、ケータリングといった付帯サービスからの収益(Non-Room Revenue)をいかに伸ばすかが鍵となります。

本記事では、ホテルの商業戦略を統括する「セールス&マーケティング責任者(D&S)」の役割がどのように進化しているのか、特にF&B(フード&ビバレッジ)やコンベンションサービスといった付帯収益に精通した人材がなぜ今、商業戦略のトップに求められるのかを、具体的な事例と業界構造に基づいて深く掘り下げます。

結論(先に要点だけ)

現代のホテルにおけるセールス&マーケティング責任者(D&S)の役割は、「客室販売の管理者」から「複合商業戦略のリーダー」へと根本的に変化しています。

  • D&Sは、客室収益だけでなく、宴会、ケータリング、レストランなど全ての付帯収益(Non-Room Revenue)を統合的に管理し、全体の収益最大化を目指します。
  • 特に独立系ホテルやラグジュアリーホテルでは、付帯収益の比重が高く、D&Sには複合的な収益構造を理解する能力が求められます。
  • F&Bやコンベンションサービス出身者がD&Sに抜擢されるのは、大型のグループ顧客(MICE)との長期的な関係構築力、そして複雑な体験を設計する専門性が評価されるためです。
  • D&Sの評価指標は、RevPARからTotal RevPAR(全収益)へと移行しており、部門間の壁を越えた連携戦略が必須です。

ホテルD&S(セールス&マーケティング責任者)の役割はどのように変わったか?

かつて、ホテルのセールス部門は主に客室の占有率(OCC)と平均単価(ADR)を追求し、レベニューマネジメント部門と連携して価格設定を行うのが一般的でした。しかし、市場環境の変化により、その役割は大きく拡張しています。

従来の「客室販売中心」から「複合収益の統合管理」へ

現代のD&Sは、客室、レストラン、宴会、スパ、駐車場など、ホテル内の全ての収益源を俯瞰し、それらを統合的に最大化する戦略を策定・実行する責任を負います。特に高級ホテルやリゾート施設においては、客室以外の収益(Non-Room Revenue)が総収益の40%以上を占めることも珍しくありません(観光庁データおよび主要ホテルグループIRより推測される傾向)。

この背景には、以下の二つの構造的な変化があります。

  1. 建設費・運営費の高騰: 客室単体での利益率が圧迫される中、より利益率の高い付帯サービス(特に宴会やケータリング)の収益を安定化させる必要性が高まっています。
  2. ゲスト体験の重視: 現代のゲストは単に寝る場所ではなく、「体験」を求めてホテルを選びます。F&Bやイベントは、そのホテルならではの独自性を打ち出し、価格の正当性を担保する上で極めて重要です。

D&Sは、客室とイベントスペースの最適な在庫配分や価格調整を主導し、ホテル全体の収益効率(Total RevPAR)を最大化する責任を負います。

なぜF&B/コンベンション経験者がD&Sに求められるのか

外部ニュースで確認されたLisa Duncan氏が、長年ケータリング&コンベンションサービス部門の責任者を務めた後、ホテル全体のセールス&マーケティング責任者(D&S)に昇進した事例は、この業界の構造変化を象徴しています。(出典:Hospitality Net 人事発表)

1. MICE/グループ顧客のLTV(顧客生涯価値)管理能力

MICE(Meeting, Incentive, Convention, Exhibition/Event)や大型グループの顧客は、単価が高く、ホテルの利用期間が長い傾向があります。特にケータリングやコンベンションサービスを担当してきた人材は、以下のスキルに長けています。

  • 長期的な関係構築: イベント主催者や法人顧客との信頼関係を数ヶ月、あるいは数年にわたって維持し、リピート受注に繋げる交渉力。
  • 複雑なニーズへの対応: 大規模な宴会や会議では、食事の準備、特殊な機材の設置、動線管理など、客室販売にはない複雑な調整能力が求められます。
  • 高単価の体験設計: 顧客の予算内で「特別な体験」を企画し、単価を正当化する提案力。

これらのスキルは、客室販売にとどまらず、ホテル全体のブランドイメージを高め、高収益なリピートビジネスを確立するために不可欠です。

2. 独立系ホテルにおける収益源の多様化

Hotel Mayaのように独立系のプロパティ(または独立性を重視するソフトブランド提携施設)では、ブランドの力を借りた一律の集客が難しいため、独自のイベントやF&Bの魅力で地域コミュニティや法人顧客を取り込む必要があります。ウォーターフロントという立地特性を活かし、ケータリング部門の知見を活かして、外部イベントやウェディング市場を強力に開拓することが、D&Sの重要なミッションとなります。

D&Sが実践すべき「複合商業戦略」の具体策

現代のD&Sが成果を出すためには、単なる客室販売のノウハウだけでなく、ホテル全体の商業プラットフォームを理解し、部門間の連携を促す具体的な戦略が必要です。

戦略1:Total RevPARを最大化する在庫配分(スペース・アセットの最適化)

従来のD&Sが客室の販売可能性を考えるのに対し、複合商業戦略では「ホテルの物理的な資産(客室、会議室、レストラン、テラスなど)を最も収益性の高い用途に割り当てる」ことが求められます。

たとえば、週末に宴会場が空いている場合、客室収益を一時的に落としてでも、宴会を予約した大型グループ客に客室を割り当て、トータルでの収益(Total RevPAR)を最大化する判断を下します。この判断には、レベニューマネジメント部門とF&B部門のリアルタイムな情報連携が不可欠です。

D&Sに求められる判断基準

判断要素 客室中心のD&S 複合商業戦略のD&S
KPI(評価指標) RevPAR(販売可能客室あたりの収益) Total RevPAR(全収益)およびイベント売上比率
重視する顧客層 OTA/直販のFIT(個人旅行客) MICE、ウェディング、法人(LTV重視)
戦略の焦点 需要予測に基づく価格変動(ダイナミックプライシング) アセット全体の需要予測と収益性の高い用途への振り分け

戦略2:グループ顧客(MICE)に特化したCRM運用

F&B/コンベンション出身のD&Sの強みは、大型顧客の細かい要望や過去のイベント履歴を把握している点です。これを全社的なCRM(顧客関係管理)プラットフォームで活用することで、リピート率と単価を向上させます。

  • 購買履歴の統合: 過去の客室利用だけでなく、どの宴会場で、どのようなメニューを、どれくらいの人数で利用したかを一元管理します。
  • パーソナライズされた再提案: 例えば、「昨年のクリスマスイベントは成功したが、今年はサステナビリティに配慮したオーガニックなケータリングオプションを」といった、より深い提案が可能になります。

これにより、単なる「次の予約」ではなく、「次のビジネスイベント」を提案できるようになり、収益の安定性が増します。

戦略3:F&B部門のプロフィットセンター化支援

多くのホテルにとってF&B部門は運営コストが高く、時に「コストセンター」と見なされがちです。D&Sは、マーケティング戦略を通じてF&Bを強力な収益源(プロフィットセンター)に変える役割を担います。

具体的には、季節のアフタヌーンティーやテーマディナーなど、地域住民もターゲットとした独自性の高い企画を打ち出し、ホテルの「デスティネーション化」を促進します。これにより、宿泊客以外からの収益機会を創出し、稼働率の低い平日やランチタイムの収益を改善します。

F&B収益を最大化するための具体的なシステム戦略については、以下の記事も参考にしてください。<a href=”https://hotelx.tech/?p=4197″>なぜホテルF&Bは赤字か?統合システムで収益を生む戦略とは</a>

複合商業戦略を阻む「部門間の壁」とDXの課題

D&Sが複合商業戦略を成功させる上で、最も大きな課題となるのが「組織内のサイロ化」です。セールス、レベニューマネジメント、F&B、マーケティング部門が個別の目標とシステムで動いていると、統合的な判断ができません。

課題1:データとシステムの断片化

セールス部門が利用するCRM、客室を管理するPMS(プロパティマネジメントシステム)、宴会・イベントを管理するEMS(イベントマネジメントシステム)、そしてレストランのPOS(販売時点情報管理)システムが別々に稼働していると、顧客のトータルなLTVを正確に把握できません。

例えば、あるグループが客室は安く泊まったが、宴会で高額な利用をした場合、客室部門だけを見ると「低単価の顧客」と誤認され、長期的な収益機会を失う可能性があります。

課題2:部門責任者の評価基準のミスマッチ

D&SがTotal RevPARを重視しても、現場のF&Bマネージャーが「F&B部門の売上」だけ、客室マネージャーが「客室のOCC」だけをKPIにしている場合、部門間の協力体制は生まれません。

D&Sは、全部門のリーダーと連携し、部門横断的な目標(例:リピートグループ客のトータル利用額、付帯施設利用率)を設定し、評価制度に落とし込む必要があります。これは、現場の運用負荷を増やすことなく、全スタッフが共通の収益目標に向かうためのリーダーシップが求められます。

現場運用における「認知負荷」の解消

複合商業戦略を実行する際、現場スタッフに新たなシステム操作や複雑な連携手順を強いると、高い離職率やサービス品質の低下を招きます。

優れたD&Sは、部門間の連携を「システム側」で自動化・一元化できる環境整備(DX投資)を推進します。例えば、客室予約時にオプションとして宴会場の見学やケータリングの相談をスムーズに組み込める予約導線の設計や、セールスチームが宴会の空き状況をリアルタイムで把握できるインターフェースの導入などです。

読者が取るべき判断基準:D&S戦略のチェックリスト

ホテル経営者やオーナーが、自施設のD&S戦略が現代の収益構造に対応しているか判断するためのチェックリストを提示します。

質問 Yesの場合の示唆 Noの場合のリスク
D&Sは客室とF&B/イベントの収益を統合したKPI(Total RevPAR)で評価されているか? 収益機会の最大化(客室以外の伸びしろ活用) 部門間の摩擦、客室稼働率だけを追う過剰な価格競争
D&SがF&Bやコンベンションサービスでの実務経験を持っているか? 高単価グループ客のニーズと運用負荷への深い理解 付帯収益のポテンシャルを活かせず、客室頼みの経営に陥る
セールス、レベニューマネジメント、F&Bのシステム間で、顧客の利用履歴データがリアルタイムで連携されているか? LTV(顧客生涯価値)に基づいた正確な価格決定とプロモーションが可能 データがサイロ化し、リピート顧客への最適な提案機会を逸失
マーケティング予算の半分以上が、特定の客層(例:MICE、デスティネーション)をターゲットとした「体験」のブランディングに使われているか? 価格競争から脱却し、ブランドによる高単価の正当化が実現 ブランド価値が浸透せず、OTA依存からの脱却が困難になる

よくある質問(FAQ)

Q1: D&Sの「D」は何の略ですか?

D&Sは「Director of Sales & Marketing(セールス&マーケティング責任者)」の略です。ホテルの商業活動全体を統括し、収益目標達成に向けて戦略を立案・実行するトップマネージャーを指します。

Q2: セールスとマーケティングは具体的にどう違うのですか?

セールス(販売)は、顧客との直接的な交渉を通じて具体的な予約や契約を獲得する活動(例:法人への営業、MICE契約)です。マーケティング(市場戦略)は、ホテルのブランド価値を高め、見込み客を創出し、セールス活動を支援する広範な活動(例:デジタル広告、PR、SNS運用、価格戦略)を指します。現代のD&Sは、これら二つの機能を統合し、相乗効果を最大化します。

Q3: ホテル業界においてTotal RevPARとは何ですか?

Total RevPAR(トータル・レブパー)は、「Total Revenue Per Available Room」の略で、客室の販売可能性をベースに、客室収益だけでなく、F&B、宴会、スパなど全ての付帯収益を含めた総収益を算出した指標です。現代のD&Sは、客室単体の収益(RevPAR)よりもこのTotal RevPARの最大化を目標とします。

Q4: 独立系ホテルでD&Sの役割が特に重要になるのはなぜですか?

独立系ホテルは、大手チェーンのようなグローバルな予約システムや会員プログラムに頼れません。そのため、独自の魅力(F&B、イベント、立地)を最大限に活用したローカルな集客戦略や、大型グループ顧客との長期的な関係構築が収益の生命線となるため、D&Sの戦略的な手腕がより強く求められます。

Q5: D&Sを目指すキャリアパスとして、F&B経験は有利になりますか?

非常に有利になります。客室販売の経験に加え、F&Bやコンベンションサービスでの経験は、高単価な大型顧客の管理、複雑なイベント設計、そしてホテルの付帯収益構造に対する深い理解をもたらします。これにより、客室に限定されない「全社的な商業戦略」を立案・実行できる人材として評価されます。

Q6: D&Sはレベニューマネジメント(RM)とどのように連携しますか?

RMはデータ分析に基づき「どの価格でいつ売るか」を最適化するのに対し、D&Sは「誰に、何を、どのように売るか」という戦略全体を指揮します。D&SはRMに対し、グループの引き合いやマーケティング活動の結果といった市場情報をフィードバックし、RMはそれに基づき価格と在庫の推奨をD&Sに行います。両者の連携が、Total RevPAR最大化の鍵となります。

まとめ:D&Sが牽引する「収益の多角化」

ホテルのセールス&マーケティング責任者(D&S)は、もはや単なる客室の販売担当ではありません。彼らは、客室、F&B、イベント収益といったホテルの全ての商業的資産を統合し、最大の収益を生み出す「複合商業戦略の設計者」です。

特に、今回の事例で示されたように、ケータリングやコンベンションサービスといった付帯収益に精通した人材がD&Sに昇進することは、ホテルが客室単価に依存する経営モデルから脱却し、高単価で安定したグループビジネスを収益の柱に据えようとしている明確なサインです。

ホテルが持続的に高収益を維持するためには、組織全体でTotal RevPARを共通目標とし、D&Sが主導してシステムとデータを統合し、部門間の壁を解消することが不可欠です。この戦略的転換こそが、激化する市場競争を勝ち抜き、ホテルの資産価値を高める唯一の方法と言えるでしょう。

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