はじめに:多拠点ホテル経営の隠れた非効率性を解消するには?
インバウンド需要の回復と国内旅行者の増加に伴い、ホテルチェーンは多ブランド・多拠点展開を加速させています。しかし、事業規模が拡大するほど、フロントや客室以外の「バックオフィス」業務、特に経理・申請業務の複雑化は避けて通れない課題となります。
特に、グループ企業の経営統合や組織再編が行われた場合、拠点ごとに異なる申請ルール、紙ベースの処理、バラバラの会計システムが混在し、「申請・承認地獄」と化すケースが少なくありません。これは現場スタッフの疲弊を招くだけでなく、経営の意思決定を遅らせる要因となります。
本記事では、多ブランド・多拠点運営を行う株式会社ジェイアール西日本ホテル開発が、経営統合を機に、どのように業務プロセスを刷新し、多岐にわたる申請業務の標準化を実現したのかを深掘りします。この事例から、ホテル経営者が今見直すべき、業務の「標準化」と「効率化」が収益に直結する仕組みについて解説します。
結論(先に要点だけ)
- JR西日本ホテル開発は、経営統合に伴う多拠点・多ブランドの複雑な申請業務を標準化するため、業務効率化AIクラウドサービス「バクラク」を導入しました。(出典:LayerXのプレスリリース)
- 導入の最大の目的は、約1,300名の現場スタッフの申請業務負荷を軽減し、間接部門(経理など)の作業時間を大幅に削減することです。
- 多拠点運営において、現場のルールを尊重しつつ、会社全体で申請・承認のフローを統一する「柔軟性と統一性の両立」が成功の鍵です。
- 経理業務の標準化は、現場スタッフがコア業務(顧客サービス)に集中できる環境を作り、ホテルの生産性と収益性の向上に直結する重要なインフラ投資です。
なぜ今、ホテルチェーンは管理業務の「標準化」を急ぐのか?
ホテル経営において、ゲストの体験価値向上は最優先事項です。しかし、その体験を支える現場スタッフが、コア業務ではない申請や経費精算といった間接業務に時間を奪われていては、サービス品質は低下します。
経営統合とブランド増加が引き起こす「申請・承認地獄」の構造
ジェイアール西日本ホテル開発(以下、JR西日本ホテル開発)の事例に限らず、ホテルチェーンが複数の事業体やブランドを統合する際、従来のシステムや慣習が温存されがちです。
例えば、Aホテルでは「消耗品は紙の稟議書」、Bホテルでは「電子メールで申請」というように、ルールがバラバラになります。さらに、ブランドや施設の規模によって承認フロー(誰が、どこまで承認するか)が異なるため、管理部門はチェック・突き合わせ作業で常に膨大な工数を要します。
この非効率性は、特に以下の3つの側面で経営にダメージを与えます。
- スタッフの疲弊と離職:現場のスタッフが顧客対応以外の「雑務」に追われ、「本来やりたかった仕事」ができないと感じることで、モチベーションや定着率が低下します。
- リアルタイム経営の阻害:経費処理や申請承認が遅れると、各拠点のリアルタイムな収支状況(P&L)の把握が困難になり、経営層が迅速な意思決定を行うことができません。
- 内部統制リスク:ルールが複雑で属人化していると、不正が発生しやすくなったり、監査対応に多くの労力がかかったりするリスクが高まります。
約1,300名の現場スタッフが抱えていた申請業務のリアルな負担とは?
JR西日本ホテル開発では、経営統合以前は、申請業務が紙ベースやメール添付ファイルなど、アナログな方法で行われていました。この体制では、約1,300名の全従業員が多岐にわたる申請を行う際、以下のような時間的・精神的な負担を強いられます。
- 申請書の印刷、記入、ハンコ押印、郵送や持参。
- 申請ルートの確認(どの承認者に回すべきか、誰が最終承認者か)。
- 紛失や差し戻しによる再作成。
- 経理部門での手入力やデータチェック作業。
これらの手間は、一人当たりの時間で見ればわずかかもしれませんが、1,300名、そして多岐にわたる申請書(備品購入、休暇、各種費用など)で累積すると、年間で数千時間もの非生産的な労働時間となってしまいます。この無駄を解消し、スタッフを本来の業務に戻すことが、業務標準化の最大の動機となりました。
JR西日本ホテル開発はどのような課題を解決したのか?(導入事例詳説)
JR西日本ホテル開発は、これらの課題を一挙に解決するため、業務効率化AIクラウドサービス「バクラク」を導入しました。(出典:LayerXのプレスリリース)
導入したシステムは?(ファクト確認と出典明示)
株式会社ジェイアール西日本ホテル開発が導入したのは、株式会社LayerXが提供する「バクラク」シリーズです。これは、請求書受取・発行、経費精算、稟議申請など、企業のあらゆる間接部門の業務を効率化するクラウドサービスです。
今回の導入により、ホテル事業の中核となる経費精算、稟議、支払申請など多岐にわたる業務がデジタル上で一元管理されることになりました。
選定基準は?多ブランド・多拠点運営に必要な3つの要件
ホテルチェーンが大規模な業務システムを導入する際、単に「ペーパーレスになる」だけでは不十分です。特に多拠点・多ブランドを運営する場合、現場の特殊性を考慮した上で、会社全体としての統制(ガバナンス)を効かせることが求められます。
JR西日本ホテル開発がシステムを選定する上で重視したのは、「柔軟性」「統一性」「利用しやすさ」の3つのバランスだと考えられます。
1. 柔軟性:拠点ごとのルールや申請フローに対応できるか
ホテルは立地やブランドコンセプトによって、コスト構造や業務プロセスが異なります。例えば、シティホテルとリゾートホテルでは、経費精算の内容や緊急度が異なります。新しいシステムが現場の慣習や必要性を無視して画一的なルールを押し付けると、かえって業務が停滞します。
「バクラク」のようなSaaS(Software as a Service)型のワークフローシステムは、部門や拠点、申請内容に応じて柔軟に承認ルートを設定できるため、既存の複雑な組織構造をシステム上に反映させつつ、徐々に標準化を進めることが可能です。
2. 統一性:多岐にわたる申請業務を一本化できるか
JR西日本ホテル開発は、多くの申請業務(経費精算、支払申請、稟議など)を一つのシステムに統一しました。これにより、現場スタッフは「この申請はあのシステム、あの承認はこのメール」といった混乱から解放されます。
システムが統一されることで、データも一箇所に集約され、経理部門は全社の費用を一元的に分析できるようになります。これは、全社的なコスト管理や予算策定の精度を飛躍的に高めます。
3. 利用しやすさ:現場スタッフが迷わず使える操作性
現場スタッフにとって、新しいシステムはストレス要因であってはなりません。特にホテル業界は、PC操作に不慣れなスタッフや、非正規社員が多く働く環境です。直感的で使いやすいインターフェースでなければ、導入効果は約1,300名の従業員全体に浸透しません。
「バクラク」は、AIによる領収書読み取り機能など、申請者が手入力する手間を極力削減する機能に特化しており、現場スタッフの「申請疲れ」を根本から解消することを目指しています。
【差別化】多拠点ホテル運営の「収益構造」と業務標準化の関係
一見すると、経費精算システムの導入は単なるコスト削減策に見えますが、多拠点ホテル運営においては、これは収益力を高めるための戦略的な投資です。
現場オペレーションの効率化がなぜ利益に直結するのか?
ホテル運営の収益構造を考えるとき、間接コスト(G&A:一般管理費)の削減は重要なテーマです。しかし、それ以上に重要なのは、現場スタッフの時間を「売上に直結する行動」に振り向けることです。
例えば、申請業務に追われていたフロントスタッフや料飲部門のマネージャーが、システム導入により1日30分間、コア業務に充てられるようになったとします。
| 業務内容 | 効率化前の時間の使い方 | 効率化後の時間の使い方 | 収益への影響 |
|---|---|---|---|
| 申請・経理処理 | 1日30分 | 1日5分 | 間接コスト削減 |
| コア業務 | 1日7.5時間 | 1日7.75時間 | 売上向上につながる |
この25分間の余剰時間を使って、ゲストの要望を先回りした提案を行ったり、顧客満足度を向上させるための企画を練ったりすることが可能になります。つまり、申請業務の標準化は、単なる管理部門の効率化ではなく、現場スタッフの「サービス提供能力」を最大化する手段なのです。
これは、ホテリエの離職を防ぎ、育成投資を回収する上でも重要です。雑務が減り、本来のホスピタリティ業務に集中できる環境は、スタッフの満足度(ES)を高め、結果として顧客満足度(CS)の向上、ひいては収益の最大化につながります。
(参考:組織の自律性向上と育成投資の回収について、詳しくはなぜホテリエは流出する?「自律性」KPIで育成投資を回収する人事戦略をご覧ください。)
経理業務を標準化する際の判断基準:ホテルタイプ別比較
経費精算や申請業務の標準化は、すべてのホテルで重要ですが、特にシステム選定で重視すべき点は、運営するホテルのタイプによって異なります。
| ホテルタイプ | 特徴的な申請・経費 | システムに求められる最重要機能 |
|---|---|---|
| 多拠点ビジネスホテル | 消耗品、備品購入、出張旅費の精算頻度が高い | 迅速な承認フロー、領収書のAI読み取り精度、少額精算への対応 |
| 大規模シティホテル/リゾート | F&B仕入れ、大規模イベントの契約稟議、修繕費(高額申請) | 柔軟で複雑な承認ルート設定、予算管理連携、契約書や見積書管理(稟議機能) |
| アパートメント/長期滞在型 | ユーティリティ費(水道光熱費)の支払い、設備トラブル対応の緊急支払い | 自動連携による支払い処理の自動化、複数月の定期的な支払いへの対応 |
JR西日本ホテル開発のように、シティホテル、ビジネスホテル、リゾートホテルなど多様なブランドを抱える場合、これらのすべてに対応できる「柔軟性の高いワークフロー機能」が必須となります。同社が「バクラク」を選定した背景には、この多様な申請形式や承認フローをカバーできるカスタマイズ性の高さがあったと推測されます。
業務標準化を成功させるための「現場運用」チェックリスト
新しいシステムを導入したからといって、すぐに現場の非効率性が解消されるわけではありません。多拠点運営において、業務標準化を成功させるためには、以下の運用上の注意点をクリアする必要があります。
多拠点展開で避けるべき「独自ルールの温存」
システムを導入する際、最も陥りがちな失敗は、「システムに既存の複雑なルールをそのまま移植する」ことです。例えば、「Aホテルのやり方を踏襲するために、システムの承認ルートを20段階も作る」といったケースです。
標準化とは、単にシステムをデジタル化することではなく、「全社で最も効率的で統制の効いたプロセス」にルール自体を合わせることです。システム導入前に、各拠点の申請・精算ルールを徹底的に洗い出し、共通化できる部分は共通化し、現場の特殊事情で残すべきルールは最小限に絞り込む勇気が必要です。
【チェックリスト】標準化を阻む現場の障壁
- 「これはうちの施設では昔からこうだった」という理由だけで、例外ルールを温存していないか?
- 経費精算ルールの解釈が、拠点によって異なっていないか?
- 紙の運用が残っている業務(例:タクシーチケットや手書きの領収書)のデジタル化戦略は確立されているか?
- システム導入後、承認者が「目視チェック」を続けてしまい、デジタルのメリットが活かされていない部分はないか?
システム導入後の定着を促すための施策とは?
1,300名規模の組織全体に新しい業務プロセスを定着させるためには、トップダウンの指示だけでなく、現場の「使いやすさ」を担保する施策が必要です。
- トレーニングのパーソナライズ:現場のスタッフは経理の専門家ではありません。部門や職種(フロント、レストラン、清掃など)に合わせて、必要な申請業務のみに絞った短いマニュアルや動画を作成し、効率的にトレーニングを実施します。
- クイックヘルプ体制の構築:導入直後は質問が殺到します。経理部門や情報システム部門だけでなく、各拠点の業務に詳しいスタッフを「アンバサダー」として育成し、現場レベルで即座に疑問を解消できる体制を整えます。
- システム利用のインセンティブ設計:システムを使えば使うほど、申請が楽になる、承認が早くなるという実感を現場スタッフに持たせることが重要です。例えば、アナログな申請の場合には承認スピードが遅くなることを明示するなど、デジタル利用を推奨する仕組みを組み込みます。
申請業務の効率化は、現場スタッフの「非生産的な時間」を減らし、ホテルの収益の源泉であるサービス提供の質を高めるための、極めて重要な前提条件となるのです。
まとめ:ホテルの成長を支える「見えないインフラ」への投資
ホテル業界の競争が激化する中で、多くの経営者は客室デザインやマーケティング施策といった「見える部分」への投資に注力しがちです。しかし、JR西日本ホテル開発の事例が示す通り、多拠点運営の成否を分けるのは、経費精算や稟議といった「見えないインフラ」である管理業務の標準化にかかっています。
経営統合やブランド拡張が進む現代において、バラバラの業務プロセスは成長の足枷となります。業務を標準化し、現場の負担を軽減することで、ホテリエは最大限のホスピタリティを発揮でき、それが結果として顧客体験の向上と収益の安定化につながります。
自社の経営統合やブランド戦略を成功させるためにも、まずは足元の申請・経理業務の複雑性を洗い出し、全社最適化を目指すデジタル投資を戦略的に進めることが、2026年以降のホテル経営における必須条件と言えるでしょう。
よくある質問(FAQ)
ホテル業界で経費精算システムを導入する最大のメリットは何ですか?
最大のメリットは、現場スタッフ(ホテリエ)が経費処理などの間接業務に費やす時間を削減し、顧客サービスや売上に直結するコア業務に集中できる点です。また、経理部門のチェック作業工数削減や、経営層によるリアルタイムなコスト分析が可能になることも挙げられます。
多拠点・多ブランド運営の場合、システム選定で最も重要な基準は何ですか?
「柔軟性と統一性の両立」です。拠点ごとの細かな経費ルールや承認フローに対応できる高い柔軟性を持ちつつ、全社レベルではデータ集計や統制(ガバナンス)を効かせられる統一性が重要です。
JR西日本ホテル開発はなぜ「バクラク」を選んだのですか?
公式発表(LayerXのプレスリリース)によると、柔軟なワークフロー機能による多岐にわたる申請の一本化、そして現場の約1,300名の従業員が迷わず使える高い操作性が評価されました。
業務標準化は現場の「独自性」を失わせませんか?
業務標準化は、申請・経理といった「バックオフィス業務」のルールを統一することで、現場のスタッフを雑務から解放し、ホスピタリティ発揮という「コア業務」の独自性を高めることに貢献します。標準化すべき業務と、独自性を保つべき業務を切り分けることが重要です。
システム導入後、現場スタッフの定着を促すにはどうすれば良いですか?
導入後の丁寧なトレーニングとサポートが不可欠です。職種別、業務内容別に特化したマニュアルや動画を用意し、現場からの質問に迅速に対応できる体制(社内ヘルプデスクやアンバサダー制度)を構築することで、システムの利用を定着させます。
システム導入は、どの部門が主導すべきですか?
経費精算や稟議のシステム導入は、経理部門と総務部門が実務を担いつつ、全社的な業務プロセス改善の視点から経営企画部門や情報システム部門がリードすべきです。現場の声を吸い上げるため、各拠点・各部門の代表者を含むプロジェクトチームを発足させることが望ましいです。
多拠点運営で経理業務が複雑化すると、経営にどのようなリスクがありますか?
コストのブラックボックス化、予算実績の乖離、不正の温床化(内部統制リスク)が挙げられます。また、申請・承認の遅延により、経営層がタイムリーな収支状況を把握できず、迅速な戦略決定が遅れるリスクも生じます。


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