結論(先に要点だけ)
2026年現在、日本の宿泊業界は高い成長意欲を持つ一方で、人材確保と育成の課題が投資の最大の障壁となっています。総務人事部が取るべき戦略の要点は以下の通りです。
- 成長を牽引する営業・マーケティング(S&M)職が最も採用難易度が高く、これらの戦略職種への採用リソース集中が急務です。
- 従業員の約半数(49%)がトレーニング投資増を計画していますが、高コストと高離職率が障壁となっており、育成投資の回収モデル構築が必要です。
- ハウスキーピングやF&Bなどのオペレーション職は比較的採用しやすい傾向にありますが、定着率を高めるための仕組み化された「ハイブリッド型育成プログラム」が効果的です。
- 外部の教育機関やDXツールを活用し、属人化しやすい内部研修の限界を乗り越え、コストと品質を両立させるべきです。
なぜ今、ホテル業界は人材確保と育成戦略を再構築すべきなのか?
2025年以降、日本の宿泊業界は力強い成長モメンタムの中にありますが、成長の足かせとなっているのが深刻な労働力不足です。特にホテル会社の人事部門にとって、単に人を集めるだけでなく、「どの職種に」「どう投資し」「どう定着させるか」という戦略的な判断が求められています。
Booking.comとStatistaが共同で実施した「2025年日本宿泊業バロメーター(Japan Accommodation Barometer 2025)」の調査(出典:Hospitality Net)によると、多くの宿泊施設が事業の成長に強い自信を持っている一方で、人材への投資意欲と、それを阻む具体的な障壁が明確に浮き彫りになっています。総務人事部門は、この最新のファクトに基づき、優先順位付けを行う必要があります。
現場データが示す、採用難易度の高い「戦略職種」とは?
調査結果によると、日本の宿泊施設は今後1年間で平均7.9人の新規採用を計画しており、これは総従業員の約3分の1に相当する規模です。しかし、この採用需要は職種によって難易度が大きく異なります。
ハウスキーピングやF&Bは比較的採用しやすい傾向にある
現場オペレーションを支える以下の職種については、求人を出した場合に比較的従業員を見つけやすい傾向にあります。
- ハウスキーピング(清掃)
- フード&ビバレッジ(F&B)
これらの職種は、インバウンド回復に伴う雇用増加や、特定技能外国人材の活用、あるいは外部委託の拡大などにより、数そのものは確保しやすい状況にあると考えられます。しかし、これはあくまで「採用のしやすさ」であり、「定着」や「育成」の課題は残ります。
最も採用が難しい「セールス&マーケティング(S&M)」職の確保が急務
一方で、ビジネスの成長を直接的に牽引する職種、特に「セールス&マーケティング(S&M)」は、最も採用が難しいポジションの一つとして挙げられています。
ホテル単価(ADR)を最大化し、適切な顧客層を誘引するためには、単なる接客スキルではなく、データ分析、レベニューマネジメント(RM)の知識、デジタルマーケティング戦略、そして交渉力といった高度なビジネススキルが必要です。これらのスキルを持つ人材は他業界との奪い合いになっており、ホテル業界の給与水準やキャリアパスの魅力が相対的に低いと、採用競争に勝つことができません。
【総務人事への提言】採用リソースをS&M職に集中させるべきか?
人事部門は、採用リソースを均等に配分するのではなく、この調査結果に基づき、戦略的な職種への「集中投資」を検討すべきです。
| 職種カテゴリー | 採用難易度(2025年調査に基づく) | 採用戦略の焦点 |
|---|---|---|
| S&M(セールス&マーケティング) | 最も高い | 他業界との競争力強化、高度な分析スキルを持つ人材への高待遇、外部専門家との連携 |
| F&B、ハウスキーピング | 比較的低い | 定着率向上、外国人材活用、自動化・DXによる業務効率化(人数確保より質と継続性) |
| フロント、接客 | 中程度 | EQ・共感性を重視した採用、AIツール活用による業務負担軽減 |
S&M人材は、ホテルの収益基盤を直接左右します。彼らを確保できなければ、競争力の高い価格設定や、収益性の高いマーケットの開拓が滞り、結果的に全体の収益性を下げてしまいます。
育成投資を阻む「高コストと高離職率」の障壁をどう乗り越える?
人材育成と能力開発(アップスキリング)への投資意欲は高い水準にあります。調査では、回答した宿泊施設の約半数(49%)が、今後スタッフ育成への投資を増やす計画だと回答しています(出典:2025 Japan Accommodation Barometer)。
しかし、この投資計画を実行に移す際の主要な障壁として、以下の2点が挙げられています。
- トレーニングにかかる高コスト
- スタッフの高い離職率
「せっかく費用をかけて育てても、すぐに辞めてしまう」という構造的な問題が、ホテル経営者や人事部門の投資意欲を削いでいる実態があります。この問題を解決しなければ、業界全体の成長は鈍化します。
育成投資の回収率を高める3つの具体策
育成を「コスト」ではなく「投資」と見なすためには、離職を防ぎ、投資を確実に回収する仕組みが必要です。
1. 内部研修と外部研修のハイブリッド化と「自律性」の担保
多くの宿泊施設は、内部研修とオンラインプログラムを組み合わせていますが、特に旅館では内部研修をより重視する傾向にあります。しかし、内部研修は属人化しやすく、教育担当者の負担が大きくなり、結果的に高コスト体質になりがちです。
投資回収率を高めるためには、基礎的な知識や定型業務(法令順守、清掃手順、マニュアル操作など)については、e-ラーニングやオンライン研修(外部サービス含む)で効率化し、ベテランスタッフはOJTやメンタリングなどの非定型業務における「判断力」や「共感性」の育成に集中すべきです。
これにより、育成コストを削減しつつ、スタッフが自らのキャリアを主体的に考えられる「自律性」を育むことが可能です。自律性の向上は、離職率の低下に直結することが多くの先行研究で示されています。育成投資と離職率の関係について、さらに詳しく知りたい方は「なぜホテリエは流出する?育成投資を回収する新人事戦略とは?」をご覧ください。
2. スキル習得と連動したキャリアパスの複線化
スタッフが高額な研修を受けても、そのスキルが現在の業務範囲を超えている場合、「もっとスキルを活かせる場所」を求めて離職する可能性があります。総務人事部門は、習得したスキルレベル(例えば、外国語能力、特定のシステム操作能力、レベニューマネジメントの基礎知識など)に応じて、昇給や異動、ジョブローテーションの機会を明確に提示する必要があります。
- スキル習得の可視化:研修の修了証やスキルテストの結果を評価制度に直接組み込む。
- 報酬への反映:特定のスキル資格取得者には、資格手当や昇給を確実に行う。
- 配置の適正化:フロント業務の合間に、S&M部門のアシスタント業務を兼任させるなど、スキルを活かせる配置転換を行う。
特に、インバウンド対応が重要となる現在、従業員の語学力強化は必須です。外部の法人向け英語研修サービスを活用し、短期間で実践的なスキルを習得させることも、育成コストを下げる手段の一つです。スタディサプリENGLISHのようなオンラインツールを使えば、現場の休憩時間や自宅での学習が可能になり、OJTの時間を削らずに能力向上を図ることができます。
3. 定期的な「投資回収チェック」の実施
トレーニング投資が離職率によって回収できないことを防ぐため、KPIを導入します。
- 短期KPI:研修後の業務効率の変化率、顧客満足度(CSAT)スコアの変化。
- 中期KPI:研修修了者の6ヶ月後、1年後の定着率。
- 長期KPI:育成プログラム出身者のGM候補への昇進率や、担当部門の収益貢献度。
これにより、コストをかけた育成が「誰の定着」に繋がり、「どの収益増」に貢献したのかを定量的に把握でき、人事予算の正当性を示すことが可能になります。
現場運用を効率化する「DXと育成」の統合戦略
宿泊業界の成長は、デジタル変革(DX)への投資とも密接に関わっています。2025年調査では、ホテリエの多くがAIの価値を認め始めているものの、オペレーション業務(ハウスキーピングのスケジュール作成やスタッフ育成)へのAI導入には懐疑的な意見も残っています(出典:2025 Japan Accommodation Barometer)。
しかし、総務人事部門が注目すべきは、AIが「育成担当者の負担」を軽減し、「定着率」を向上させる可能性です。
育成の質を均一化する「AI活用型OJT」
新人スタッフが最初に直面するのは、「何を」「いつまでに」「どう覚えるか」という情報の洪水です。特に人手不足の現場では、OJT担当者が付きっきりになることが難しく、教育の質のバラつきが離職の原因になります。
ここでは、定型的なマニュアル知識の伝達や、新人からの初歩的な質問への対応をAIチャットボットや社内ナレッジベースに任せます。これにより、OJT担当者は、人間的な判断、複雑なクレーム対応、ゲストとの深い関係構築といった、AIでは代替できないコア業務の指導に集中できます。
生成AIを活用した学習ツールや研修サービスも増えています。例えば、法人向けの生成AI研修サービスを利用すれば、ホテリエがAIをツールとして使いこなすための基礎知識や、業務効率化への応用方法を体系的に学ぶことができ、育成のDXを加速できます。バイテックBizのようなサービスは、従業員のAIリテラシー向上に役立ちます。
旅館の内部育成モデルから何を学ぶか
調査では、ホテルと比較して旅館は外部研修よりも内部研修を強く好む傾向にあることが示されています。これは、旅館特有の深い文化や地域性、そして高度にパーソナライズされた「おもてなし」の伝承には、外部の汎用的な研修よりも、熟練した内部スタッフによる指導が不可欠だと考えているためです。
しかし、この内部研修モデルは、育成担当者の過負荷と、知識・技術の属人化というリスクを伴います。現代のホテル企業が旅館モデルから学ぶべきは、「伝承すべきコアバリュー(企業の文化やサービス理念)」を内部研修に集中させ、それ以外の「標準化可能な業務スキル」はデジタルや外部リソースに任せるというバランス感覚です。
総務人事部が今すぐ実行すべき人材戦略のチェックリスト
2026年以降、成長を実現し続けるホテル企業となるために、総務人事部門は以下の具体的なステップを実行に移す必要があります。
ステップ1:採用ターゲットの再定義とS&M職への集中投資
- 採用難易度の高い職種(S&M)の給与・待遇を他業界水準と比較し、必要に応じて大幅に見直す。
- 現場業務(F&B, 清掃)の採用は、自動化や外部サービス(採用代行など)の活用を検討し、内部リソースの負担を軽減する。
- 採用活動の効率化は、専門の代行業者を活用することで大幅なコストカットとスピードアップが見込めます。【求人広告ドットコム】などを利用し、多角的な求人チャネルを確保するのも有効です。
ステップ2:育成コストと離職率のデカップリング(分離)
- 育成プログラムを「定型業務(デジタル)」と「非定型業務(人間的)」に分離する。
- 新入社員のオンボーディング(初期研修)にe-ラーニングやAIツールを導入し、OJT担当者の負担を半減させる。
- 研修修了者に対し、定着期間(例:1年間)を設けた上で、スキルに応じた明確な昇給・キャリアアップを約束し、離職のインセンティブを減らす。
ステップ3:従業員体験(EX)の継続的な改善
高い離職率を防ぐには、給与だけでなく、働きがいのある環境、すなわち「従業員体験(EX)」の改善が不可欠です。
- 業務の複雑性をAIやシステムで吸収し、従業員の判断疲れ(ディシジョン・ファティーグ)を減らす。
- 従業員からの意見を匿名で収集する仕組みを導入し、職場環境や育成プログラムのフィードバックループを構築する。
- 管理職に対し、部下のエンゲージメント(仕事への熱意)を評価するKPIを導入し、現場での人間関係の質を高める。
よくある質問(FAQ)
宿泊業界の現在の雇用状況は良いですか?
統計的には、2025年の調査(出典:2025 Japan Accommodation Barometer)では、多くの宿泊施設が過去・現在・未来のビジネスセンチメントが良好だと回答しており、平均で総従業員の約3分の1にあたる新規採用を計画するなど、成長に向けた雇用意欲は高い状態です。
採用が特に難しい職種は何ですか?
最新のデータによると、売上最大化に直結する「セールス&マーケティング(S&M)」職が最も採用難易度が高いとされています。これは、高いデータ分析能力やデジタルスキルを持つ人材が他業界と奪い合いになっているためです。
ハウスキーピングやF&Bの採用は簡単になりましたか?
S&M職と比較すると、ハウスキーピングやF&B職は比較的採用しやすい傾向にありますが、これは「数」の確保のしやすさであり、質の高い人材の定着には引き続き育成と環境改善の投資が必要です。
育成への投資を増やすべきでしょうか、それともコスト削減すべきでしょうか?
約半数の企業が投資増を計画していますが、高コストと高離職率が障壁です。単に投資を増やすのではなく、育成プログラムをDXで効率化し、離職を防ぐキャリアパスを構築することで、「投資回収率」を高めることが重要です。
ホテルと旅館で育成方針に違いはありますか?
はい。調査によると、ホテルが内部と外部の研修をバランス良く使うのに対し、旅館は特に内部研修を重視する傾向が強いです。これは、旅館の文化や高度なサービスが属人化された形で伝承されることに価値を置いているためと考えられます。
スタッフの離職率が高い原因は何でしょうか?
給与水準の問題に加え、業務負荷の高さ、キャリアパスの不明確さ、育成不足による業務への不安感などが複合的な原因として挙げられます。育成投資が離職防止に繋がるよう、スキルアップと連動した評価制度の整備が有効です。
AIは人材育成にどう役立ちますか?
AIは、定型的なマニュアル知識の伝達や、新人の初歩的な質問への対応を担うことで、教育担当者の負担を大幅に軽減できます。これにより、担当者はより価値の高い非定型業務(共感性、トラブル対応など)の指導に集中できるようになります。
総務人事が今すぐ取り組むべき最優先事項は何ですか?
最優先事項は、高収益を牽引するS&M職への採用リソース集中と、既存スタッフの育成投資が離職によって無駄にならないよう、明確なキャリアパスと評価連動型の育成システムを構築することです。
まとめ:成長を加速させるための「戦略的人材ポートフォリオ」構築
2026年、日本の宿泊業界は需要の回復期にありますが、この成長を支えるのは、テクノロジーではなく、それを使いこなす人材です。
総務人事部門は、単なる労働力確保に終始せず、職種ごとに異なる採用難易度(特にS&M職の希少性)と育成投資の障壁(コストと離職率)を明確に認識し、戦略的なリソース配分を行う必要があります。
今後のホテル経営の安定性は、「高い離職率を前提とした大量採用」ではなく、「育成投資が必ず回収できる定着率の高い組織」を構築できるかにかかっています。デジタルツールを活用して標準化された業務の育成コストを抑えつつ、ホテルの核となる「人間的な付加価値」を生み出すための非定型業務の指導に集中することが、成長期にある宿泊企業が取るべき決定版の戦略です。


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