ホテル業界の人手不足突破:総務人事部が導く外国人材と「人財」育成戦略

宿泊業での人材育成とキャリアパス
この記事は約8分で読めます。

はじめに

ホテル業界は、長年にわたり「人」を基盤としたホスピタリティを提供してきました。しかし、近年は国内外からの観光客増加に伴う需要拡大の一方で、深刻な人手不足という構造的な課題に直面しています。特に総務人事部は、この難局を乗り越えるための戦略的な司令塔としての役割が期待されています。単に欠員を補充するだけでなく、いかに質の高い人材を採用し、育成し、そして長く活躍してもらうか。この一連のプロセスは、ホテル全体の競争力とブランド価値を左右する極めて重要な経営課題です。

本記事では、ホテル会社の総務人事部を読者対象とし、人材採用から教育、そして離職率低減に至るまでの具体的な戦略と施策について深く掘り下げていきます。特に、外国人材の活用という喫緊のテーマにも焦点を当て、現場の課題を解決し、持続可能な成長を実現するための実践的なアプローチを提示します。

ホテル業界の人材戦略:現状と未来への挑戦

現在のホテル業界は、少子高齢化による国内労働人口の減少、若年層の労働観の変化、そしてコロナ禍を契機とした労働移動の活発化など、複合的な要因による人材不足に直面しています。観光経済新聞が報じた2025年10月の宿泊・飲食業の就業者数は前年比10万人増の425万人と回復基調にはありますが、依然として慢性的な人手不足は解消されておらず、採用競争は激化の一途をたどっています。

このような状況下で、総務人事部には、従来の採用・管理業務の枠を超え、戦略的な「人財」投資の視点が求められています。目の前の人手不足をしのぐだけでなく、5年後、10年後のホテルを支える人材基盤をどう構築するか。この問いに対する明確な答えを持つことが、これからのホテル経営の生命線となるでしょう。

既存の記事でも触れていますが、ホテル総務人事の未来図を描く上で、人材の採用から定着までを一貫して戦略的に捉えることが不可欠です。詳細は「ホテル人材確保の最前線:総務人事が導く「採用・教育・定着」と「未来のホスピタリティ」」をご参照ください。

外国人材の戦略的活用:経団連提言に学ぶ受け入れと定着の鍵

国内労働力に限界がある中、外国人材の活用はホテル業界にとって不可避かつ強力な解決策となり得ます。2025年12月17日に発表された経団連の「外国人政策に関する政府への提言」は、ホテル会社の総務人事部が外国人材の受け入れと定着を進める上で、極めて重要な示唆を与えています。以下に、その提言の主要なポイントを引用し、ホテル業界への適用を考察します。

経団連が外国人政策で政府へ提言 「活躍意欲の強い人材受け入れ」「在留資格制度の適正運営・受け入れ環境整備」など

ニフティニュースより引用)

この提言は、少子高齢化と労働力減少が加速する日本社会において、外国人材を「ゲスト」ではなく「共に働く仲間」として捉え、その活躍を最大化するための多角的なアプローチを政府に求めています。ホテル業界においても、この提言は外国人材を単なる「労働力」としてではなく、組織の多様性と成長を牽引する「人財」として受け入れるための具体的な指針となり得ます。

1. 活躍意欲の強い人材の円滑な受け入れ

経団連の提言では、高度専門人材や特定技能外国人の制度見直し、留学生の国内就職支援などが挙げられています。ホテル業界においては、特に「特定技能」の在留資格が主な受け入れルートの一つです。

  • 特定技能制度の有効活用: 特定技能は宿泊業も対象となっており、サービス、フロント、レストランサービス、清掃などの業務を担うことが可能です。総務人事部は、この制度の要件を正確に理解し、現地の送出し機関や登録支援機関との連携を強化することが不可欠です。例えば、候補者のスキルや日本語能力だけでなく、日本のホテル文化への適応意欲やキャリア志向を事前に評価する仕組みを構築することで、ミスマッチを防ぎ、定着率を高めることができます。
  • インターンシップや短期就労プログラムの導入: 留学生やワーキングホリデーのビザを持つ外国人を対象に、短期のインターンシップやアルバイトの機会を提供することで、日本のホテル業務や企業文化を体験してもらい、将来的な正規雇用に繋げることも有効です。これにより、相互理解を深め、採用後のギャップを最小限に抑えることが期待できます。

2. 在留資格制度の適正運営・受け入れ環境整備

外国人材の受け入れは、単に「採用」すれば終わりではありません。彼らが日本で安心して働き、生活できる環境を整備することが、離職率低減の最大の鍵となります。

  • 住居と生活支援: 日本での住居探しは外国人にとって大きなハードルです。ホテルが社宅を提供したり、提携不動産会社と協力して住居斡旋をサポートしたりすることは、採用競争力を高める上で非常に有効です。また、入社時の市役所手続き、銀行口座開設、携帯電話契約など、初期の生活立ち上げをきめ細やかにサポートする体制も求められます。具体的には、多言語対応可能な担当者の配置や、マニュアルの多言語化が考えられます。
  • 日本語教育とスキルアップ: 業務に必要な日本語能力の向上は、外国人材のパフォーマンスとキャリアアップに直結します。入社時研修での日本語レッスンだけでなく、勤務時間内のeラーニングの提供、地域コミュニティの日本語教室への参加支援、日本人スタッフとのバディ制度導入などが考えられます。さらに、ホスピタリティスキルやマネジメントスキル向上のための専門研修も提供することで、彼らの成長意欲に応え、長期的なキャリアパスを描けるように支援することが重要です。
  • 多文化共生とインクルージョン: 異なる文化背景を持つ従業員が共に働く上で、文化的な摩擦は避けられません。総務人事部は、多文化理解を促進するための研修を日本人スタッフにも実施し、異文化コミュニケーションのスキルを高める必要があります。例えば、イスラム教徒の従業員のために礼拝室を設ける、食事の制限に対応するなどの配慮は、彼らが企業の一員として受け入れられていると感じる上で不可欠です。定期的な懇親会や意見交換会を設け、互いの文化を理解し尊重する企業文化を醸成することも重要です。

「人材育成」から「人財成長」へ:自律的なキャリア形成支援

採用した人材を定着させ、最大限に活躍してもらうためには、受け身の「育成」ではなく、従業員一人ひとりの自律的な「成長」を支援する仕組みが必要です。これは、外国人材に限らず、全てのホテリエに共通する課題であり、総務人事部の腕の見せ所です。

1. 明確なキャリアパスと評価制度

従業員が自身の将来像を描けるよう、職務に応じた明確なキャリアパスを示すことが重要です。例えば、フロントスタッフからコンシェルジュ、あるいはマネージャー職へのステップアップ、特定の専門職(料飲、客室管理など)への異動など、具体的なロールモデルと成長段階を提示します。評価制度も、単なる業績評価だけでなく、個人のスキルアップや目標達成度、企業への貢献度を多角的に評価し、公正かつ透明性のあるフィードバックを行うことが、モチベーション維持に繋がります。

また、キャリアモビリティの考え方は、人材の定着に大きく寄与します。「ホテル総務人事の必須戦略:キャリアモビリティで人材を育成・定着」でも解説しているように、従業員が社内で多様な経験を積める機会を提供することは、彼らの成長を促し、組織へのエンゲージメントを高めます。

2. 継続的な学習機会の提供

ホテリエには、語学力、コミュニケーション能力、ITスキル、マネジメント能力など、多岐にわたるスキルが求められます。総務人事部は、これらのスキルを継続的に向上させるための学習機会を提供する必要があります。

  • オーダーメイド研修プログラム: 一律の研修ではなく、個々の従業員のキャリア目標や現在のスキルレベルに合わせた研修プログラムを設計します。例えば、オンライン学習プラットフォームの導入、外部セミナーへの参加支援、資格取得奨励制度などです。特に、テクノロジーが進化する現代において、AIを活用したデータ分析や顧客管理システムの操作など、デジタルスキルの習得は不可欠です。
  • メンター制度・コーチング: 経験豊富なベテラン社員が若手社員のメンターとなり、業務だけでなくキャリア形成やプライベートの悩みまで相談できる体制を構築します。これにより、孤独感を軽減し、組織への帰属意識を高めることができます。また、マネジメント層にはコーチングスキル研修を実施し、部下の主体的な成長を促すリーダーシップを養成することも有効です。

3. 従業員エンゲージメントの向上とウェルビーイング

従業員が「このホテルで働き続けたい」と感じるかどうかは、単に給与や福利厚生だけでなく、働きがいや居心地の良さに大きく左右されます。

  • ワークライフバランスの改善: 長時間労働の是正、有給休暇の取得奨励、柔軟な勤務体系(シフト制の最適化、時短勤務など)の導入は、従業員の心身の健康を保ち、離職率を低減させる上で極めて重要です。総務人事部は、現場の業務実態を把握し、ITシステムを活用したシフト管理の効率化などを推進することで、従業員の負担軽減に貢献できます。
  • 心理的安全性の確保: 従業員が意見を自由に発言でき、失敗を恐れずに挑戦できる環境を醸成することが、組織の活性化に繋がります。定期的な従業員満足度調査や1on1ミーティングを通じて、従業員の声に耳を傾け、改善に繋げる姿勢を示すことが重要です。ハラスメント対策や相談窓口の設置も徹底し、誰もが安心して働ける職場環境を構築します。
  • 企業文化の醸成: ホテルが目指す理念やビジョンを従業員全員で共有し、日々の業務に落とし込むことで、一体感とプロ意識を高めます。定期的な社内イベントや表彰制度などを通じて、従業員の貢献を称え、達成感を共有する機会を設けることも有効です。

総務人事部に求められる「戦略的パートナー」としての役割

これからのホテル業界において、総務人事部は単なるバックオフィス業務を担う部署ではなく、経営戦略に深く関与する「戦略的パートナー」としての役割を果たす必要があります。

具体的には、経営層と密接に連携し、ホテルが目指すビジョン達成のためにどのような人材が必要か、そのためにはどのような採用・育成・定着戦略を立てるべきかを提案し、実行していくことが求められます。データに基づいた人材分析(例えば、採用経路別の定着率、研修プログラムの効果測定、離職理由の分析など)を行い、PDCAサイクルを回しながら戦略を常に最適化していく姿勢が不可欠です。

テクノロジーの進化は、総務人事部の業務効率化にも貢献します。「ホテル総務人事の戦略:「効率化」で挑む人手不足と定着率向上」でも述べられている通り、AIを活用した採用管理システムや、従業員エンゲージメントツールなどは、総務人事担当者がより戦略的な業務に集中できる時間を作り出します。

まとめ

ホテル業界における人材不足は深刻な課題ですが、これを乗り越えるための具体的な戦略と施策は存在します。総務人事部が、外国人材の戦略的活用を推進し、従業員一人ひとりの自律的な成長を支援する仕組みを構築し、そして従業員エンゲージメントとウェルビーイングを向上させることで、ホテルの持続可能な成長と競争力強化に大きく貢献できるでしょう。

「人」が最大の資産であるホテル業界において、総務人事部が経営の要として機能し、未来を拓く「人財」戦略をリードしていくことが、今、最も求められています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました