はじめに
ホテル収益の大きな柱であるMICE(Meeting, Incentive, Convention, Exhibition)やグループ予約の獲得は、スピードと精度が命です。しかし、多くのホテルでは、B2Bセールスのプロセスが旧態依然としており、問い合わせ管理や見積もり作成が属人化し、収益機会を逃しています。
特に、世界最大のMICEプラットフォームであるCvent(シベント)から送られてくるRFP(提案依頼書)への対応は、営業担当者にとって大きな負荷となっていました。
この記事では、このボトルネックを解消する最新のテクノロジーとして、「ホテル商業プラットフォーム(Commercial Platform)」が果たす役割に焦点を当てます。この統合システムが、いかにB2Bセールスのプロセスを自動化し、収益を劇的に向上させるのかを、具体的な事例(Postillion Hotels)に基づいて徹底的に解説します。
結論(先に要点だけ)
ホテル商業プラットフォームの導入は、B2Bセールス部門に以下の変革をもたらします。
- RFP対応の劇的な高速化: Cventなど外部プラットフォームからのリード情報が自動で取り込まれ、データ入力や転記の手間(データサイロ)を解消します。
- 収益の具体的向上: Postillion Hotelsでは、Thynk Commercial PlatformとCventの統合により、Cvent経由の収益を前年比で30%増加させました(出典:Hospitality Net)。
- データの統一化: セールス&キャタリング(S&C)機能とデータが統一され、営業、オペレーション、財務の連携がスムーズになり、提案の質と意思決定の精度が向上します。
- 営業担当者の「摩擦除去」: 管理業務から解放され、顧客とのエンゲージメントや質の高い提案作成といった「人間にしかできない業務」に集中できるようになります。
なぜ従来のMICE/グループ予約セールスは非効率だったのか?
MICEやグループ予約は、一般の個人予約(トランジェント)と比較して、単価が高く、収益への貢献度が非常に高い分野です。しかし、この重要な領域で、多くのホテルが長年にわたり非効率なプロセスに悩まされてきました。
RFP対応の遅延が収益を奪っていた
MICEプランナーや企業イベント担当者は、Cventなどのプラットフォームを通じて、複数のホテルに対してRFP(提案依頼書)を一斉に送ります。このRFPに対して、いかに迅速かつ質の高い提案を返せるかが成約率の鍵となります。
従来のプロセスでは、RFPが届いてから、営業担当者が以下の複雑な手順を踏む必要がありました。
- Cventからリード情報をダウンロード/確認。
- その情報をホテル独自のCRM(顧客管理システム)やスプレッドシートに手動で転記。
- PMS(施設管理システム)やRMS(収益管理システム)で在庫や料金を個別に確認。
- 会議室の空き状況をS&Cシステムで確認。
- これらの情報を手動で集約し、提案書を作成。
- Cventに戻って提案をアップロード。
この過程で発生する「データ転記」と「システム間の確認作業」が、提案書作成のボトルネックとなり、対応が遅れ、リードの鮮度が落ちていました。特に、繁忙期の営業担当者は、データ入力といったルーティン作業に追われ、提案内容を練り上げる時間に割けなかったのです。
システムがバラバラな「データサイロ」問題
ホテルのシステム環境では、しばしばデータサイロ(データの孤立)が発生します。特に、MICEに関連するデータは、複数のシステムに分散しがちです。
| システムの種類 | 管理データ | 従来の課題 |
|---|---|---|
| PMS (Property Management System) | 客室在庫、基本予約情報 | グループブロックの管理が煩雑。 |
| S&C (Sales & Catering System) | 宴会場・会議室の予約、メニュー、売上 | 客室在庫や財務情報とのリアルタイム連携が難しい。 |
| CRM (Customer Relationship Management) | 顧客履歴、連絡先 | リード情報の手入力が必要。 |
| Cvent / RFPプラットフォーム | 外部からのリード/RFP | ホテル内部システムへの自動連携が未発達。 |
これらのシステムが個別に動作しているため、営業担当者は常にシステム間を行き来し、整合性を確認する必要がありました。このようなデータ断片化の問題は、ホテルDXの最も大きな壁の一つです。
データサイロが現場にもたらす認知負荷については、こちらの記事(なぜホテルDXは進まない?データ断片化が招く現場の負荷とAIの壁)で詳しく解説しています。
ホテル商業プラットフォーム(Commercial Platform)とは?
このB2Bセールスにおける非効率性を解消するために登場したのが、「ホテル商業プラットフォーム(Hospitality Commercial Platform)」です。
PMSやCRMとは異なる、B2B特化の統合OS
ホテル商業プラットフォームは、単なるPMS(宿泊運営)やCRM(顧客管理)の機能拡張ではありません。これは、ホテルが企業やMICEプランナーといったB2B顧客と関係を築き、契約し、実行するまでのプロセス全体(セールス、マーケティング、イベントオペレーション)を、単一のプラットフォーム上で統合的に管理するためのOS(オペレーティングシステム)です。
Thynk Commercial Platform(セールスフォース基盤)はその代表例であり、B2Bセールス、グループ予約、会議、イベント関連の全ワークフローを接続されたエコシステム内で統一します。
鍵となる機能:クリーンデータと自動化
商業プラットフォームの核心的な価値は、以下の点にあります。
- データの一貫性: 営業担当者が扱うすべてのデータ(リード、顧客情報、S&Cデータ、財務データ)が単一のデータベースで管理されるため、データ転記に伴うミスや時間の浪費がなくなります。
- プロセスの自動化: Cventなどの外部ソースからRFPが届くと、自動的にリードが生成され、適切な営業担当者に割り当てられ、提案書テンプレートに必要な情報(空き状況や料金)が瞬時に反映されます。
- エンタープライズ分析: グループ予約のパイプライン、リードの質、成約率、担当者ごとのパフォーマンスなどがリアルタイムで可視化され、データに基づいた意思決定が可能になります。
これにより、営業担当者は、RFPのデータ入力ではなく、「顧客のニーズに合わせた提案内容のカスタマイズ」や「人間的な折衝」といった付加価値の高い業務に集中できるようになります。
Postillion Hotelsの成功事例:収益30%増を実現した仕組みは?
オランダを拠点とするPostillion Hotelsは、この商業プラットフォームとCventの統合を戦略的に活用し、具体的な収益増に成功した事例です(出典:Hospitality Net)。
統合がもたらした「リード対応のスピード革命」
Postillion Hotelsは、4年以上にわたりThynkを導入し、セールスとオペレーションプロセスのDXを推進してきました。その上で、Cvent Supplier Networkとの統合を強化したことが、決定的な効果を生みました。
この統合の最大の特徴は、RFPがCventから送信された瞬間から、リード情報、セールス&キャタリング(S&C)情報、そしてホテル独自のデータがシステム内で自動的に連携され、「ワンストップ」で処理できるようになった点です。
その結果、ホテル側は以下を実現しました。
- 提案書作成時間の劇的な短縮: 従来、数時間から数日を要していた提案書作成が、「ごく短時間」で可能になりました。
- 提案の質の向上: リアルタイムで最新の在庫と料金が反映されるため、顧客に対して質の高い、実現可能性の高いプロポーザルを即座に提出できるようになりました。
- 競争優位性の確保: B2Bセールスにおいて「スピード」は最大の競争力です。誰よりも早く、正確な提案を返すことで、見込み客にポジティブな印象を与え、成約率が大幅に向上しました。
Postillion Hotelsの事例では、この統合によって、Cvent経由で獲得した収益が前年比で30%増加したと報告されています(出典:Hospitality Net)。これは、単なる業務効率化ではなく、売上に直結する「商業的優位性」を確立した証拠です。
データとプロセスの統一化が現場を変える
ThynkのCEO、パスカル・プティ氏は、この統合を「チャネル、リード配信、オンプロパティのS&Cを含むエンドツーエンドの統合」と表現しています。
従来のシステムがバラバラな「サイロ」だったのに対し、プラットフォームアプローチへ移行することで、データとプロセスの両方で一貫性が確保されます。これにより、セールス部門、オペレーション部門、財務部門の間でスムーズなワークフローが実現し、以下のような現場運用上のメリットが生まれました。
- データに基づく意思決定: どのリードに優先的に対応すべきか、過去の類似案件の収益性はどうか、といった判断が、勘や経験に頼らずデータに基づいて行えるようになりました。
- スタッフの負担軽減と定着率向上: 煩雑なデータ入力作業から解放された営業スタッフは、自身の能力を最大限に活かし、顧客との関係構築に時間を費やせるようになり、職務満足度も向上します。
- 新人教育の効率化: プロセスがシステムによって標準化されるため、高い離職率に悩むホテル業界において、新人スタッフでも一定の品質でRFP対応や提案書作成が可能になります。
ホテルがB2BセールスDXを検討する際の判断基準
MICEやグループ予約の収益を最大化するために商業プラットフォームの導入を検討する場合、ホテル経営層やGM(ゼネラルマネージャー)は、以下の判断基準とリスクを考慮する必要があります。
判断基準:あなたのホテルはどちらに該当するか?
商業プラットフォームは、すべてのホテルにとって必須ではありません。MICEやB2Bセールスの収益比率が高い施設ほど、導入メリットが大きくなります。
| 項目 | 導入推奨(Yes) | 導入検討の余地あり(No) |
|---|---|---|
| 年間売上に占めるMICE/グループ収益の割合 | 25%以上 | 10%未満 |
| RFPの平均対応時間 | 1営業日以上かかっている | 数時間以内に対応できている |
| セールス部門の人数 | 複数名が常駐し、分業している | GMや少数の担当者が兼任している |
| 既存のシステム状況 | S&C、PMS、CRMが完全に独立している(データサイロ状態) | 既に統合型PMSを利用している |
| 客層の特性 | 国際的な法人やMICEプランナーが多い | 国内の個人・レジャー客が中心 |
MICE/グループ収益比率が高いホテルは、リード対応の遅延がそのまま機会損失に直結するため、商業プラットフォームによる「スピード」と「一貫性」の獲得が、投資対効果(ROI)を明確に高めます。
導入における課題とリスク
商業プラットフォームの導入は、メリットばかりではありません。導入前に以下の課題とリスクを評価する必要があります。
1. 初期投資と移行コスト
商業プラットフォームは、PMSやRMSとは別に、新たなライセンス費用とカスタマイズ費用が発生します。特に、既存のS&Cシステムからデータとプロセスを移行するには、時間とリソースが必要です。
2. 既存システムとの連携深度
「統合」と謳われていても、連携の深度が不十分な場合があります。例えば、PMSのリアルタイム在庫やRMSのダイナミックプライシング情報が商業プラットフォームに完全に反映されない場合、正確な提案ができません。ベンダー選定時には、既存のテクノロジースタックとのAPI連携の実績と深度を厳密に確認すべきです。
3. 現場スタッフのリスキリング
新しいプラットフォームは、従来の営業プロセスを根本から変えます。導入後、営業スタッフは新たなシステム操作と、自動化されたプロセスに合わせた業務設計を学ぶ必要があります。
特に、AIを活用したデータ分析機能や自動提案機能が組み込まれている場合、その機能を使いこなすための教育は必須です。法人向けにカスタマイズされた生成AI研修サービスなどを活用し、単なるシステム操作研修で終わらせず、データに基づいた戦略的な提案力を磨くことが重要となります。
よくある質問(FAQ)
Q1: ホテル商業プラットフォームとPMS/CRMの違いは何ですか?
A: PMS(施設管理システム)は主に「宿泊オペレーション」と「客室在庫」の管理に特化しています。CRM(顧客管理システム)は「顧客との関係」の履歴管理が中心です。一方、商業プラットフォームは、B2Bの「リード獲得」から「提案」「契約」「イベント実行」まで、MICE/グループセールスの全商業プロセスを統合し、収益最大化を目的として設計されたシステムです。
Q2: ThynkのようにSalesforceを基盤とするメリットは何ですか?
A: Salesforceは世界トップクラスのAI CRMであり、その信頼性の高いインフラと、柔軟なカスタマイズ性、広範なエコシステム(連携可能な外部ツール群)を利用できる点です。これにより、ホテルは自社のニーズに合わせてシステムを拡張しやすく、将来の技術進化にも対応しやすいというメリットがあります。
Q3: Cventとの統合で、RFP対応は完全に自動化されますか?
A: リードの取り込み、顧客情報の一貫性確保、在庫/料金のリアルタイム反映など、提案書作成の「準備段階」の多くは自動化されます。しかし、最終的な提案内容のカスタマイズ、価格交渉、顧客とのエンゲージメントといった、成約率を高めるための「戦略的な判断」は、引き続き営業担当者の役割となります。
Q4: B2BセールスのDXは、小規模な独立系ホテルでも効果がありますか?
A: B2Bセールスの比率が低い場合は、費用対効果が出にくい可能性があります。しかし、会議室や宴会場といった施設があり、グループ予約を積極的に受け入れている場合、営業スタッフの少ない小規模施設ほど、少人数で多くのリードに対応するための「自動化」の恩恵は大きくなります。
Q5: B2Bセールスにおいて「スピード」が重要視されるのはなぜですか?
A: MICEプランナーは、通常、イベント開催に先立ち複数のホテルにRFPを送信し、比較検討します。特にリード獲得の初期段階では、最初に正確な提案を返したホテルが、その後の交渉の主導権を握りやすくなります。対応が遅れると、競合に先に契約を取られてしまうリスクが高まるためです。
Q6: 商業プラットフォームの導入は、運営負荷を減らせますか?
A: はい、間接的に大きく減らせます。セールス部門とオペレーション部門(宴会、宿泊)が同じ統合データを見るため、イベント実行段階で起こりがちな「情報の伝達ミス」や「データの再入力」といった運用上の摩擦を大幅に除去できます。
まとめ:商業的優位性を確立するDX
ホテル業界において、オペレーションのDX(デジタル・トランスフォーメーション)は進んでいる一方で、収益に直結するB2Bセールスプロセスは、依然として手作業や属人化に依存しているケースが少なくありませんでした。
Postillion Hotelsの事例が示すように、ホテル商業プラットフォームと外部リードネットワークの統合は、単なる業務効率化に留まらず、競争優位性を確立し、収益を劇的に向上させるための戦略的な一手です(出典:Hospitality Net)。
MICEやグループ予約の収益をさらに伸ばしたいと考えるホテル経営者やGMは、従来のPMSやS&Cの枠を超え、いかにしてB2Bセールスに必要なデータとプロセスを統合し、営業担当者が「人間にしかできない価値創造」に集中できる環境を整備するかを、最優先課題として検討すべきでしょう。


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