結論(先に要点だけ)
ホテル業界における慢性的な人手不足と高い離職率を打破する鍵は、現場任せの場当たり的なOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を脱却し、外部専門機関と連携した「構造化トレーニングパス」を構築することにあります。2026年現在の労働市場において、働き手が求めるのは「単なる就職」ではなく「スキルの資産化」です。
- 外部専門機関との提携:独自の教育に加え、世界基準のカリキュラム(HTMi等)を取り入れ、客観的なスキル証明を付与する。
- キャリアの可視化:「教育・実務・評価・昇格」を一気通貫で設計し、入社時にゴールを明示することで離職率を大幅に低減。
- 採用戦略の転換:経験者採用に依存せず、未経験者を「育成して戦力化する」教育インフラを、人事部が主導して構築する。
はじめに:2026年、ホテル人事が直面する「教育の限界」
2026年、日本のホテル業界はかつてない分岐点に立たされています。インバウンド需要の質的変化と、国内労働人口の急減。こうした状況下で、多くの総務人事担当者が頭を抱えているのが「採用コストの高騰」と「教育の形骸化」です。
「せっかく採用しても、3ヶ月で辞めてしまう」「現場のリーダーが忙しすぎて、新人の教育が放置されている」。これらの問題の根源は、現場スタッフの努力不足ではなく、人事が提供する教育システムの構造的な欠陥にあります。本記事では、サウジアラビアで始まった最新の教育提携事例を引き合いに、日本のホテル会社がどのように人材育成を再設計すべきか、具体的な手法を解説します。
なぜ今、ホテル人事は「教育の構造化」を急ぐべきなのか?
多くのホテルでは、教育といえば「背中を見て覚えろ」といった旧来の方式や、マニュアルを渡すだけの初期研修に留まっています。しかし、これでは市場価値を意識するZ世代・α世代の働き手を引き留めることはできません。
1. 理由・根拠:教育の不透明さが離職の最大要因
観光庁の調査や民間の意識調査(2025年度データ等)によれば、若手ホテリエが離職する理由の第1位は「給与」ですが、第2位には常に「将来への不安(スキルが身についている実感が持てない)」がランクインしています。特にホテル業務はマルチタスク化が進んでおり、自分がどのレベルのスキルを習得し、次に何を目指すべきかの「地図」がない状態では、モチベーションを維持するのは困難です。
また、現場での教育が属人化している場合、教える側のスタッフの負担が増大し、教育者側の離職も招くという負の連鎖が発生します。これを防ぐには、人事が「教育のプロトコル」を外部の知見を借りて定義し、構造化する必要があります。以前の記事、ホテル指導層の離職を防ぐには?非効率OJTをDXで構造化する育成戦略でも触れましたが、現場の負担を減らすには教育のシステム化が不可欠です。
離職率を下げる「構造化トレーニングパス」とは?サウジアラビアの最新事例
2026年2月9日、サウジアラビアのホテルグループ「Adeera」と、スイスの世界的な教育機関「HTMi(Hotel and Tourism Management Institute)」が戦略的パートナーシップを締結しました。この事例には、日本のホテル人事が学ぶべきエッセンスが凝縮されています。
事例の詳細:座学と実務を融合させた「認定型」キャリアパス
Adeera社が導入したのは、単なる研修の外部委託ではありません。「構造化されたトレーニングパス(Structured Training Pathway)」と呼ばれる、出口戦略(雇用と昇進)をセットにした教育プログラムです。
| 要素 | 具体的な内容 |
|---|---|
| ハイブリッド学習 | 座学による理論(サービス理論、運営管理)と、現場でのハンズオン(実地)経験を交互に繰り返す。 |
| 世界基準の認定 | 自社基準ではなく、HTMiという外部の権威ある機関がスキルを証明・認定する。 |
| 雇用の確約 | プログラム修了者は、Adeeraが運営するポートフォリオ(各ブランドホテル)での優先的な雇用や昇進が約束される。 |
| 標準化 | どの施設に配属されても、一定水準のサービスを提供できるよう「オペレーショナル・エクセレンス」を定義する。 |
この取り組みの肝は、人事が「教育を現場に丸投げしていない」点です。人事が外部機関と組んで「履修証明書」を発行できる仕組みを作ることで、スタッフは「この会社で働けば、履歴書に書ける公的なスキルが身につく」と確信できるのです。
日本のホテル人事が取り組むべき「3つの具体策」
サウジアラビアの事例を日本国内のオペレーションに落とし込む際、総務人事部が取るべき具体的アクションは以下の3点です。
1. 「産学連携」による認定制度の導入
自社内だけで完結する研修プログラムには限界があります。国内の観光系大学や専門学校、あるいは国際的な教育機関と提携し、一定期間の勤務と研修を終えたスタッフに「認定ホテリエ」のような資格を付与する仕組みを検討してください。これは、採用代行などを活用して母集団形成を行う際にも、強力な差別化要因(USP)となります。
業者探しの悩みなら、採用代行一括.jpで解決!
![]()
2. キャリアマップの「ジョブ型」移行と可視化
曖昧な「総合職」としての採用ではなく、「フロントスペシャリスト」「F&Bリーダー」など、職種ごとに必要なスキルと評価基準を明確にした「ジョブ型」のキャリアマップを作成します。人事は、各ステップでどのような研修(リスキリング)が必要かを定義し、それを社内システムで誰でも閲覧できるようにすべきです。
詳細な戦略については、ホテル人事の役割はP&Cへ?収益を伸ばす育成採用戦略とは?の記事が参考になります。従来の「管理」から「ピープル&カルチャー(P&C)」への転換が求められています。
3. 教育DXによる「教える側」の負担軽減
現場の離職を防ぐには、教育を担当する中堅・ベテラン層の負担を減らさなければなりません。動画マニュアルやAIを活用した適応型学習(アダプティブ・ラーニング)を導入し、基礎知識の習得はデジタルで完結させます。人事がすべきは、現場スタッフが「対面でしか教えられない高度な接遇」に集中できる環境を整えることです。
「構造化トレーニング」導入のコストとリスク、その対策
メリットの大きい構造化トレーニングですが、導入には課題も存在します。人事として把握しておくべきリスクは以下の通りです。
導入の壁と解決策
- 初期投資の増大:外部機関への委託費やシステム構築費がかかる。
対策:厚生労働省の「人材開発支援助成金」などの公的支援を積極的に活用する。また、離職率が1%低下した場合の採用・教育コストの削減額を試算し、ROI(投資対効果)を経営層に提示する。 - 「学んで辞める」リスク:スキルを身につけたスタッフが、より好条件の他社へ流出する。
対策:認定取得後の昇給体系を明確にセットにする。また、「この会社にいることで常に最新の教育を受け続けられる」という環境そのものを福利厚生として位置づける。 - 現場の抵抗:「忙しいのに新しい研修など受けていられない」という反発。
対策:研修を業務時間内に完全に組み込み、研修参加を評価対象にする。現場リーダーのKPIに「部下の認定取得数」を加えることで、協力を促す。
専門用語の解説
オペレーショナル・エクセレンス(Operational Excellence):
業務オペレーションが極めて高い水準で標準化・効率化されており、競合優位性を持っている状態。ホテルにおいては、誰が担当しても同じ高品質なサービスが提供できる仕組みを指します。
構造化トレーニングパス(Structured Training Pathway):
学習内容、期間、評価基準、そしてその後のキャリア(昇進・昇給)が論理的に連結された教育カリキュラム。場当たり的な指導ではなく、設計図に基づいた育成を意味します。
よくある質問(FAQ)
Q1. 小規模な単館ホテルでも外部提携は可能ですか?
A. 可能です。スイスのHTMiのような国際機関だけでなく、国内の専門学校や地方自治体が運営する研修、あるいはeラーニングプラットフォームとの提携も有効です。複数の小規模ホテルが連合して、共通の認定制度を作る動きも2026年現在は増えています。
Q2. OJTを完全に廃止すべきということですか?
A. いいえ。OJTは実務を学ぶ上で不可欠です。しかし、「何をもって合格とするか」という基準や、座学との連携が欠如していることが問題です。OJTを「構造化トレーニング」の一部として正しく位置づけることが重要です。
Q3. 認定制度を作っても、給与が上がらなければ意味がないのでは?
A. その通りです。構造化トレーニングの出口には、必ず「スキルの可視化=報酬の向上」という設計が必要です。人事部は、経営層に対して「スキルベースの給与体系」への移行をセットで提案する必要があります。
Q4. 中途採用のベテランにもこの教育は必要ですか?
A. 必要です。中途採用者こそ、自社の独自基準や企業文化(カルチャー)を学ぶ必要があります。また、ベテラン層には「教育者としての認定」を付与することで、キャリアの幅を広げる支援が可能です。
Q5. 英語教育も構造化すべきですか?
A. インバウンド比率が高い現状では必須です。単に「英語を学べ」と言うのではなく、フロント業務に特化したフレーズ習得を段階的に認定するなどの工夫が有効です。法人向けのオンライン英会話サービスなどを活用するのも一つの手です。
Q6. この教育制度が採用にどう有利に働きますか?
A. 求人票に「〇〇認定資格が取得可能」「入社3年間の育成ロードマップあり」と明記できるため、キャリア形成を重視する質の高い応募者が集まりやすくなります。
まとめ:人事が作るべきは「選ばれる理由」としてのキャリアパス
2026年のホテル経営において、人材はもはや「コスト」ではなく、収益を生み出す「最大の資産」です。サウジアラビアのAdeeraとHTMiの提携が示すように、これからの人事に求められるのは、現場の人間力に頼り切る教育ではなく、誰でも成長できる「仕組み(インフラ)」を作ることです。
人事部が主導して「構造化トレーニングパス」を構築し、働き手に対して「このホテルで働くことが、あなたの市場価値を高める」というメッセージを明確に打ち出すこと。それこそが、採用難を勝ち抜き、離職率を最小限に抑えるための決定打となります。まずは、自社の教育プロセスを棚卸しし、どの部分を「構造化」できるか検討することから始めてください。
さらに現場の労働力を最適化し、認知負荷を減らすための人事戦略については、認知負荷軽減で定着率UP!ホテル労働力を最適化する人事戦略も併せてお読みください。


コメント