ホテル総務人事の羅針盤:人件費高騰を「柔軟な人材活用」で解決

宿泊業での人材育成とキャリアパス
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この記事は、こんなお悩みを抱えるホテル総務人事部の皆様に役立ちます。

* 人件費の高騰が経営を圧迫し、具体的な対策が見つからない
* 既存の人員配置が本当に最適なのか疑問を感じている
* 従業員の定着と育成を両立させ、組織全体の生産性を向上させたい

はじめに

2025年を迎えた現在、ホテル業界ではインバウンド需要の回復や国内旅行の活性化により、売上は堅調に推移しているように見えます。しかし、その裏側で、総務人事部の皆様は「人件費の高騰」という、見えにくい、しかし深刻な課題に直面しているのではないでしょうか。

単なる賃金の上昇だけでなく、人件費がホテルの利益を圧迫する構造的な問題は、今や経営戦略の喫緊の課題となっています。なぜ人件費はこれほどまでに増加し続けるのか、そして、総務人事部としてこの課題にどのように立ち向かえば良いのでしょうか。

この記事では、ホテル業界における人件費高騰の根本原因を深く掘り下げ、総務人事部が取るべき具体的な戦略と、既存の人材を最大限に活かし、組織全体の収益性を高めるための実用的なアプローチについて詳しく解説します。

ホテル人件費高騰の核心:時代遅れの人員配置と組織の「摩擦」

ホテル業界における人件費高騰は、もはや単なる景気変動によるものではなく、構造的な問題として経営を圧迫しています。この問題の核心は、現状の人員配置モデルが現代のホテル運営の実態やゲストの利用状況に合っていない点にあります。

具体的には、賃上げそのものに加えて、以下の3つの要因が、売上が安定していても利益が減少するという「利益率の低下」を引き起こしています。

  • 古い人員配置モデル:パンデミック収束後、サービス提供のあり方を再設計することなく、以前と同じようなポジションが復活してしまっている。
  • 需要ではなく基準に縛られたスケジュール:スタッフの労働時間が、実際のゲスト需要や利用状況ではなく、ブランドや運営上の「標準作業手順書(SOP)」に厳格に縛られすぎている。
  • 部門間のサイロ化(縦割り):歴史的に部門間のクロス・トレーニング(多能工化)が限られており、たとえ業務量が減少しても、役割が固定されてしまい、柔軟な人員配置ができない。

このような状況では、売上のわずかな変動が直接利益の減少につながってしまいます。運営側は常に人員配置のプレッシャーを感じ、経営層は収益の圧迫に頭を悩ませる。これが、現在のホテル業界が直面している「人件費高騰のジレンマ」なのです。

人件費高騰の根拠と具体的な事例

この人件費高騰の構造的な問題については、2025年12月22日に公開された記事「Hotel Profitability in Transition: Cost Pressures and Budgeting Priorities for 2026」(https://www.hospitalitynet.org/opinion/4130264.html)でも詳しく指摘されています。

この記事では、人件費がホテルの損益計算書(P&L)において最大の費用項目であり、近年着実に増加していることが述べられています。労働コストの増加は賃金インフレだけでなく、「労働モデルの構造そのもの」に問題があると強調されています。

具体的には、前述した「古い人員配置モデル」「需要に合わないスケジュール」「部門間のサイロ化」が人件費が構造的な圧力となっている主要な理由として挙げられています。米国労働統計局のデータによると、2020年から2024年の間に、宿泊・飲食サービス業界における給与、賃金、および給与関連費用が大幅に増加し、総報酬は26.5%も上昇しています。これは同時期の消費者物価指数を上回る増加率です。

この傾向は2025年以降も続くと予想されており、ADR(平均客室単価)の成長が鈍化する中で、人件費の増加が利益をさらに圧迫すると見られています。

古い人員配置モデルの改善:サービス再設計とDX活用

パンデミックが収束し、多くのホテルが通常営業に戻りましたが、その際に「以前と同じやり方」で人員配置を戻してしまったケースは少なくありません。しかし、ゲストのニーズや行動様式は大きく変化しています。

例えば、以前は当たり前だったフルサービスのレストランやルームサービスが、今はよりパーソナルな体験や客室でのプライベートな時間を求めるゲストによって、利用頻度が減少しているかもしれません。一方で、デジタルチェックインやモバイルコンシェルジュといったテクノロジーへの期待は高まっています。

総務人事部がまず取り組むべきは、「現在のゲストがホテルに何を求め、どのようなサービスを、どのタイミングで必要としているのか」を徹底的に分析することです。

  • サービスフローの再設計:ゲストジャーニー(顧客体験)を洗い出し、不要なステップや自動化できる部分を特定します。例えば、モバイルチェックインの導入でフロント業務の一部を効率化し、その分をゲストとのより深いコミュニケーションに充てる、といったサービス設計の見直しが考えられます。
  • 需要予測に基づくシフト管理のDX化:AIを活用した需要予測システムを導入することで、季節や曜日、イベントといった要因だけでなく、気象情報やSNSのトレンドまで加味した詳細な需要予測が可能になります。これにより、必要な時間に必要な人員を配置し、無駄な残業や待機時間を削減できます。最新のホテル運営システム(PMS)や人材管理システム(HRM)は、このような高度な予測機能を備えているものも増えています。
  • 必要なスキルセットの明確化:未来のサービス設計に基づき、「どのようなスキルを持つ人材が何人必要なのか」を再定義します。これにより、採用活動や社内研修の方向性を明確にすることができます。

需要に合わせた柔軟なスケジュール:データ駆動型のアプローチ

多くのホテルでは、ブランドの基準や長年の慣習に基づいた固定的なシフトパターンが存在します。しかし、これは実際のゲスト需要と乖離していることが少なくありません。

重要なのは、「データに基づいて労働時間を柔軟に調整する」という発想です。

  • リアルタイムでの需要データ活用:PMS(ホテル管理システム)やPOS(販売時点情報管理)システムから得られる客室稼働率、レストランの予約状況、イベントの規模などのデータをリアルタイムで分析します。これにより、今日の、あるいは明日の具体的な需要に基づいた人員調整が可能になります。例えば、急な団体客のキャンセルがあれば、その日の勤務シフトを調整するといった柔軟性が求められます。
  • スキルマトリックスの導入と可視化:従業員一人ひとりが持っているスキル(例:フロント業務、レストランサービス、清掃、語学力など)を一覧できる「スキルマトリックス」を作成し、データベース化します。これにより、急な人員補充が必要な際に、どのスタッフが複数の業務に対応できるかを瞬時に判断し、最適な配置を行うことができます。これは従業員のスキルアップにも繋がり、キャリアパス形成の一助となります。ホテル総務人事の必須戦略:キャリアモビリティで人材を育成・定着で詳しく解説されているように、従業員の多能工化はキャリアの選択肢を広げ、定着率向上にも貢献します。
  • フレキシブルな働き方の導入:短時間勤務制度の拡充や、複数の部署を兼任する「ハイブリッド型従業員」の積極的な採用・育成を検討します。特に、客室清掃とレストランの準備、あるいはフロント業務と予約受付など、閑散期と繁忙期が異なる業務を兼務できる人材は、コスト効率を高める上で非常に重要です。現場のスタッフからは「覚えることが増えて大変」という声が聞かれるかもしれませんが、同時に「できることが増えるのは自身の成長にもつながる」という前向きな意見も多いものです。このような多能工化は、ホテル全体の業務の「摩擦」を解消し「おもてなし」を深化させることにも繋がります。

部門間の連携強化と多能工化:組織全体の最適化

ホテルはフロント、客室清掃、レストラン、調理、バンケットなど、多様な部門で構成されています。これら部門がそれぞれ独立して動く「サイロ化」の状態では、業務量の偏りや非効率が生じやすくなります。

総務人事部が果たすべき重要な役割は、この部門間の壁を取り払い、組織全体としての人材活用を最適化することです。

  • クロス・トレーニングの推進:定期的なジョブローテーションや、異なる部門の業務を体験する研修プログラムを導入します。例えば、フロントスタッフが客室清掃のヘルプに入ったり、レストランスタッフが宴会場の準備を手伝ったりすることで、部門間の相互理解を深め、繁忙期には助け合える体制を築きます。これは、従業員一人ひとりの視野を広げ、キャリアの選択肢を増やすことにも繋がります。
  • 共通目標の設定と評価制度の見直し:部門ごとの目標だけでなく、ホテル全体としての顧客満足度や収益性といった共通目標を設定し、その達成度を評価項目に加えます。これにより、部門間の協力意識が高まり、全体最適の視点を持つ人材が育ちやすくなります。
  • 部門横断型プロジェクトチームの編成:特定の課題(例:ゲストからのクレームが多い特定のサービス改善、新しいイベント企画など)に対して、異なる部門からメンバーを集めたプロジェクトチームを編成します。これにより、部門間の連携を自然な形で促し、多角的な視点から問題解決や新しい価値創造に取り組むことができます。
  • コミュニケーションツールの導入:部門間の情報共有をスムーズにするためのデジタルツール(例:チャットツール、業務管理アプリなど)を導入します。リアルタイムでの情報共有は、突発的なゲストの要望への対応や、業務の進捗状況の可視化に役立ち、無駄な伝達コストを削減します。AIを活用した従業員の成長支援については、AIがホテル従業員を育む:定着・成長支援で「おもてなし」を深化でも詳しく紹介されています。

まとめ:総務人事部が描く、持続可能なホテル経営の未来

ホテル業界における人件費高騰は、総務人事部にとって避けられない、しかし乗り越えるべき構造的な課題です。単なる賃上げの圧力として捉えるのではなく、「いかに既存の人材を最大限に活かし、効率的かつ柔軟な人員配置を実現するか」という視点に立つことが、持続可能なホテル経営の鍵となります。

これからの総務人事部には、以下の戦略的なアクションが求められます。

  1. データに基づいた人員配置計画の策定:需要予測システムやスキルマトリックスを活用し、勘や慣習ではなく、客観的なデータに基づいて人員を配置する。
  2. 従業員の多能工化とキャリアパスの多様化:クロス・トレーニングやジョブローテーションを積極的に推進し、従業員一人ひとりのスキルアップとキャリアの選択肢を広げる。
  3. 柔軟な働き方の導入と部門間の連携強化:短時間勤務やハイブリッド型従業員の活用、部門間の壁をなくすためのコミュニケーション促進により、組織全体の生産性を高める。

これらの取り組みは、一時的なコスト削減だけでなく、従業員のエンゲージメント向上、離職率の低下、そして最終的にはゲストへのより質の高い「おもてなし」提供へと繋がります。

まずは、自社の現状の人員配置モデルとサービス提供体制を客観的に見直し、どこに「無駄」や「非効率」が潜んでいるのかを洗い出すことから始めてみましょう。総務人事部がリーダーシップを発揮し、これらの課題に戦略的に取り組むことで、ホテルは人件費高騰の波を乗り越え、さらなる成長を遂げることができるでしょう。

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