はじめに
ホテル業界において「次世代の総務・人事(GM)」をいかに育成し、定着させるかは、2026年現在も最大の経営課題です。人手不足が常態化する中、ただ賃金を上げるだけでは若手の離職は止まりません。彼らが求めているのは、具体的で再現性のある「キャリアの地図」です。この記事では、世界的な高級ホテルチェーンの最新人事事例を読み解き、日本のホテル人事が取り入れるべき「内部登用とリーダーシップ・パイプライン(次世代リーダーの育成経路)」の構築術を具体的に解説します。この記事を読むことで、優秀な人材が「辞める理由」を「ここで働き続ける理由」へと変える戦略を学ぶことができます。
結論
2026年のホテル人事が離職率を下げ、組織を強化するための要点は以下の3点です。
- キャリアの可視化:MIT(将来の幹部候補生育成)制度を再定義し、入社からGM就任までの「標準的なステップ」を明確に示すこと。
- 部門横断的な移動:一箇所に留め置かず、リゾート、都市型、海外など、環境の変化を伴う経験を戦略的に提供すること。
- 数値と文化の両立:売上(GOP)などの成果と、サービス文化の継承を等しく評価する評価制度を構築すること。
なぜ今、ホテル人事は「GMへの道」を設計し直すべきなのか?
2026年3月、フォーシーズンズ・リゾート・ウィスラーの総支配人(GM)にピエール・モリヨン氏が就任したというニュースは、ホテル人事にとって非常に示唆に富んでいます。彼は2014年に「MIT(Manager In Training)」としてキャリアをスタートさせ、わずか12年でトップに登り詰めました。この「12年」という期間と、彼が歩んだプロセスに、日本のホテルが離職を防ぐためのヒントが隠されています。
「MIT(将来の幹部候補生育成)」制度の現代的意義
多くの日本のホテルでは、現場のスペシャリストを育成することには長けていますが、「経営を担うゼネラリスト」を育てる教育プログラムが不足しています。モリヨン氏の事例では、リスボン、メキシコシティ、アトランタ、コスタリカと、世界各地で異なる役割を経験しています。
※注釈:MIT(Manager In Training)とは、将来のマネジメント層(管理職)を目指す人材を対象とした、現場実習と経営管理を並行して学ぶ育成プログラムのこと。
若手社員が離職する大きな理由の一つに「この先、自分がどうなるか見えない」という不安があります。これを解消するためには、単なる「勤続年数」による昇進ではなく、明確な「スキルチェックリスト」に基づいた内部登用制度が必要です。
前提理解として、なぜホテルのリーダーは育たない?2026年の離職を防ぐ育成術とは?の記事でも触れられている通り、リーダー不在は現場の疲弊を加速させます。
具体的なアクション:離職率を激減させる「3つの育成戦略」
総務人事部が明日から取り組むべき、具体的な運用方法を解説します。
1. 階層別の「チャレンジ移動」を制度化する
一箇所のホテル、一箇所の部署に3年以上留め置くことは、2026年の労働市場ではリスクです。特に優秀な層ほど、成長の鈍化を感じると転職を検討します。
日本のホテル会社においても、グループ内での「都市型ホテル」と「リゾートホテル」の相互交換研修を制度化すべきです。環境が変わることで、ホテリエは「異なる顧客層への対応力」と「現場オペレーションの柔軟性」を身につけます。これは、将来GMになった際に不可欠な「多角的な視点」を養うことにつながります。
2. 「リゾートマネージャー」ポストの創設
GMと部門長(フロント部長や料飲部長)の間に「リゾートマネージャー(またはホテルマネージャー)」という、実務全体の責任を負うポストを設けていますか?
部門長からいきなりGMに引き上げるのはハードルが高く、失敗のリスクも伴います。実務の全権を担いつつ、最終責任はGMが持つという「クッションポスト」を経験させることで、リーダーシップ・パイプラインが滑らかになります。
3. 評価指標の「二極化」を止める
多くの人事評価は「売上」か「顧客満足度」のどちらかに偏りがちです。しかし、真のリーダーは「組織文化の継承」と「数字の達成」を両立させなければなりません。
モリヨン氏が評価されたのは、リゾートの改修を成功させた結果だけでなく、サービス文化と業績の両方で卓越したパフォーマンスを発揮したことにあります。人事評価シートに「後継者の育成状況」や「チームの心理的安全性のスコア」を項目として加えることを強く推奨します。
もし、自社での採用や初期教育のリソースが不足している場合は、外部の専門サービスを活用するのも一つの手です。
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採用フェーズを効率化することで、人事部は「教育」と「キャリア設計」という本来注力すべき業務に時間を割くことができます。
業界の構造的課題:日本のホテルが陥る「専門性の罠」
日本のホテル業界では「ベル一筋20年」「調理一筋30年」という職人気質が尊ばれてきました。しかし、経営を担う人材を育てる観点では、この「専門性の深掘り」が逆効果になることがあります。
| 項目 | 従来の日本型育成 | 2026年以降のグローバル型育成 |
|---|---|---|
| 異動の考え方 | 欠員補充のための異動 | 成長促進のための戦略的異動 |
| 評価基準 | ミスの少なさ・勤続年数 | 成果(ADR/RevPAR)と文化への貢献 |
| キャリアの終着点 | 部門のトップ(部長) | 総支配人(GM)または経営陣 |
| 若手の離職理由 | 「先が見えない」 | (適切な負荷があれば)定着する |
※注釈:ADR(Average Daily Rate)は平均客室単価、RevPAR(Revenue Per Available Room)は販売可能客室数あたりの宿泊部門売上のこと。いずれもホテルの収益性を測る重要指標です。
この表から分かる通り、日本のホテルが抱える「専門性の罠」から脱却するためには、人事部が「ジョブローテーション」を「欠員補充」ではなく「投資」として再定義する必要があります。
深掘りした内容は、2026年、高待遇を掴むホテリエの条件は?専門×移動力の新常識でも詳しく解説されています。
導入のデメリットとリスク:それでも進めるべき理由
もちろん、こうしたグローバル基準の育成制度導入には課題もあります。
一つは「教育コストの増大」です。頻繁な異動や研修は一時的な現場の生産性を下げます。また、「優秀な人材の引き抜き」というリスクも無視できません。高いスキルを身につけた社員が、より好条件の他社へ流出する可能性は常にあります。
しかし、これらへの私の主観的な意見としては、「辞められるのが怖いから教育しない」という消極的な姿勢こそが、最も組織を弱体化させると考えます。
観光庁の宿泊旅行統計調査(2025年データ参照)を見ても、高単価で成功しているホテルほど、スタッフ一人あたりの教育投資額が高い傾向にあります。教育は「コスト」ではなく、客単価を上げるための「設備投資」と同じです。
よくある質問(FAQ)
Q1:小さな独立系ホテルでもMITのような制度は作れますか?
A:可能です。大規模なローテーションは難しくても、「フロント担当が3ヶ月間、経理業務の補助を学ぶ」といった、バックオフィス業務の可視化から始めることができます。経営の全体像を見せることが重要です。
Q2:GMの適性があるかどうかを判断する基準は何ですか?
A:2026年において重要なのは「共感力(EQ)」と「データ活用能力」のバランスです。現場の声を拾いつつ、収益データを元に論理的な判断ができるかどうかが基準になります。
Q3:若手が「異動したくない」と言った場合はどうすべきですか?
A:本人の希望を尊重しつつ、その場所で「専門職(スペシャリスト)」として生きる道と、「管理職」として生きる道の待遇差(将来的なキャリアの広がり)を、包み隠さず提示すべきです。
Q4:外部からGMを招へいするのと、内部から育てるのはどちらが良いですか?
A:理想は内部登用です。自社の文化を理解している人間がリーダーになる方が、スタッフのエンゲージメント(貢献意欲)が高まり、長期的な離職防止に寄与します。
Q5:英語力はGMに必須ですか?
A:インバウンド比率が高い2026年においては、必須と言わざるを得ません。ただし、流暢である必要はなく、経営判断や異文化コミュニケーションができるレベルであれば十分です。
Q6:育成にかかる期間はどれくらいを見込むべきですか?
A:今回の事例のように、新卒からGMまで10年〜15年が目安です。5年ごとに大きな役割転換(部署移動や昇進)を行うサイクルが、若手のモチベーション維持に適しています。
まとめ:今日から人事が取るべき「次の一手」
ホテル人事が取り組むべきは、現場の穴埋め作業ではありません。ピエール・モリヨン氏のような「生え抜きのスター」を輩出するためのシステム作りです。
ステップ1:自社の過去10年の昇進履歴を分析し、「どのような経験をした人が活躍しているか」を言語化する。
ステップ2:「将来のリーダー候補」を選抜し、あえて今の担当業務とは異なる課題(新プロジェクトのリーダーなど)を与える。
ステップ3:それらのプロセスを、社内広報を通じて若手社員に公開する。
「このホテルにいれば、自分もあんな風に成長できる」という希望こそが、2026年のホテル業界において最強の採用力であり、離職防止策となります。
次に読むべき記事として、AI時代、ホテリエの市場価値はなぜ上がる?共感をシステム化する新スキルを推奨します。テクノロジーが進む今だからこそ、人間によるリーダーシップの重要性を再認識できるはずです。


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